前田哲男の発言 (安全保障委員会)
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○前田参考人 前田哲男でございます。
私は、本法案に反対の立場から意見を述べたく存じます。
一言で申すならば、この法案は、かくも問題点の多い、かくも問題点に対する議論の少ない、さらに、にもかかわらず、かくも慌ただしく採決が急がれる異常な事態であるというふうに考えます。
普通、この法案は、きょうのこの席でも述べられましたとおり、防衛庁の省昇格ないし移行法案というふうに言われます。そうではないと思います。この法案が持つ本質はそのようなものではなく、自衛隊法のより根源的な改正、性格変更であり、そのような言い方は明らかに本質を隠ぺいする、さらに国民をミスリードする議論であるというふうに考えます。正面から向き合って、正面から国民に問題を投げかける、議論する、それが国会の役目ではありませんか。決して省昇格ではない。にもかかわらず、そのような議論が横行している。かなりの部分、これはメディアの伝え方にも問題があると思いますが、発信源がここにあることはまた間違いないことだと思います。
正式名称は防衛庁設置法等の一部を改正する法律案というふうになっています。これも正確ではないと思います。なるほど、ちょうだいしたこの中には、防衛庁設置法の改正案が冒頭に掲げられておりますが、本則関係八十五ページのうち防衛庁設置法関係は二十ページ。最大の部分、そして実質的な内容、つまり、字句の修正、看板の書きかえでない事項にわたる改正が集中しているのは、分量も内容も自衛隊法改正の部分です。八十五ページ中六十三ページが自衛隊法改正の部分になっています。
したがって、本法案は、正式に言うならば自衛隊法改正案、自衛隊法の基本的性格を改める法案として提出され、審議され、国民に投げかけられる、そのようなものであるはずなのですが、あたかも看板の塗りかえのような装いで提出されている、そこに大きな問題があると思います。
さらに、具体的な問題点を述べてみますと、富井参考人も言及されましたとおり、本法案の核心部分は、自衛隊法改正、それも自衛隊法第三条、任務についての根本的改正を伴うというところにあります。創隊以来初めて、自衛隊創設以来初めて自衛隊の任務にわたる改正が提起された、大変なことであるにもかかわらず、それが議論の核心になっていないのはなぜかという重大な疑問があります。
自衛隊法第三条は、言うまでもなく、「直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛することを主たる任務とし、」と定めています。今回加えられる三条二項には、「国際社会の平和及び安全の維持に資する活動」という表現があります。三条一項をひっくり返す、国際的に拡大する大きな任務の変更がなされている、にもかかわらず、それが一項とどういう関係にあるのかということが十分説明されていない。
防衛庁のホームページを見ますと、説明資料として、「防衛庁の省への移行 法案のポイント」、九月発表のものですが、省移行の理由として、一つは「防衛と外交と「両輪」で国際平和に取り組むことが必要」という理由が挙げられています。第二点として「米国防省と対等に交渉し得る「組織」であることが必要」という理由が挙げられています。三点目に「米国との交渉や地方自治体等への対応について、責任と権限を持って調整し得る「組織と能力」が必要」というふうに改正理由を挙げております。
これは、自衛隊が創隊以来基本任務としてきた三条一項を、全く性格の違ったものにしてしまう改正であると考えます。なぜそこをもっと具体的に、このような、「国際社会の平和及び安全の維持に資する活動」というようなあいまいな内容で表現するのか解せません。
さらに、三条二項を新設するのに伴って、三条二項の以下のくだりには、新しい法律を制定する予告がなされています。「別に法律で定める」。つまり、三条二項の新しい任務は白紙に置かれて、その内容に関しては新しい法律が予定されている。その内容はわかりません。多分、恒久法ないし一般法という名で語られている、自衛隊の海外派遣を即時、事後ではなしに直ちに行うことができる権限を防衛庁長官、内閣に与える、そのような法律であろうと予測できますが、法律の中に新法が予告されている、その内容に関して、私の知る限り議論が行われたということはない。どのような法律が別に定められるのか、その限界は何なのかということをきちっと示してもらわなければ、国民は納得しないと思います。
そもそもという言い方をして恐縮ですが、原理主義者としてやはり述べなければなりません。そもそも自衛隊は、一九五四年、警察予備隊、保安隊を経て創設されたときに、年余にわたる激しい議論がありました。私もジャーナリストとしてその一端をかいま見ています。警察予備隊は、文字どおりナショナル・ポリス・リザーブでした。保安隊も、特別の場合に行動する、空軍を持たないから近代戦遂行能力がないので軍隊ではない、したがって憲法九条二項と違和感はない。しかし、航空自衛隊がついた自衛隊を創設するときに、当然ながら従来の論理では通用しなかった。そこで、必要最小限度の実力の保有は憲法に容認される、それは国家の自然権であり、自衛権発動の三要件に基づく限り合憲であるという今日に至る解釈が確立したわけであります。
したがって、それとの関係で、自衛隊法三条一項、「わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛することを主たる任務」とする。これは必然、憲法九条二項との緊密なあるいはぎりぎりの、私はもう乗り越えておると思いますが、少なくとも緊張関係を持った整合性のある条項としてつけ加えられたわけで、その証拠に、本自衛隊法を採択した参議院本会議は、附帯決議として、自衛隊の海外出動を為さざることに関する決議をつけた上で自衛隊法を採択しています。
そのように、三条一項というのは単なる任務ではなくて、もちろん任務ではあるんだが、憲法九条との関係において設定された条項である。大変重い条項である。ここに二項を加えて、国際活動、海外活動を公然化する、本来任務化するということになりますれば、それは当然ながら憲法九条との整合性が破られるということになります。それについての説明は何もない。これは一体どうしたことなのか。
なるほど、自衛隊法の中における矛盾は解決すると思います。
先ほどの富井参考人の意見にもありましたとおり、九〇年代以降の自衛隊の活動は、海外活動に関する限り、ことごとく、三条任務ではなしに八章「雑則」第百条を活用する、雑則の行列でありました。本来、自衛隊法が制定された昭和二十九年、「雑則」百条は、土木工事の受託、ただ一項をもって成立していたものであります。東京オリンピック、南極観測その他があるにつれて、自衛隊の業務遂行に支障のない限度においていろいろなサービス任務がつけ加えられました。防衛庁は付随的任務と言っていますが、これはサービス任務です。付随では正確ではないと思います。
そのように、六〇年代、幾つかの任務が加えられましたが、それが冷戦終結後、自衛隊が海外活動をするに際して、自衛隊法三条ではできない。そこで、この雑則百条、サービス任務にPKO、周辺事態、在外邦人の救出をくっつけた。百条の六から百条の十一まで、自衛隊が持つ海外任務、これまで二十回、三万人の自衛官がそのような任務を遂行していますが、すべてサービス任務であるわけですね。これが防衛庁当局にとって大変頭の痛いというより、均衡を失したものであると受け取られるのは当然ですが、それを本来任務に組み込むことで自衛隊法をすっきりさせようとするのは本末転倒であり、逆に自衛隊法の憲法に対する下克上がより決定的になると言わなければならない。
そのような憲法と自衛隊法の関係についての根源的な議論が必要であり、そこからむしろ問題は始まる、論戦が始まっていくべきだと思うのですが、そういうふうになっていないわけですね。そこが大変大きな問題であろうと思います。
ちなみに、先ほど少し引用しました、自衛隊法が成立する際に参議院が自衛隊の海外出動を為さざることに関する決議という院の決議を行っておりますが、これに対して、木村保安庁長官、初代防衛庁長官であります方です、この委員会にも防衛庁長官経験者がたくさん列席されているようですが、木村初代防衛庁長官は、こういうふうに参議院の決議に関して答えておられます。「申すまでもなく自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接並びに間接の侵略に対して我が国を防衛することを任務とするものでありまして、海外派遣というような目的は持つていないのであります。従いまして、只今の決議の趣旨は、十分これを尊重する所存であります。」
これは、自衛隊法が成立したときに、自衛隊法三条の任務に関して初代の防衛庁長官が、参議院、国会に対しこのような誓約をした。この重みを皆さんがどうお考えになるのかということをお尋ねしたい。質疑はやってはならないと先ほど注意を受けましたが、私の疑問として持ちます。
このような自衛隊法三条の趣旨、それを根底的に変えるような三条二項の新たな規定、加えて、「別に法律で定める」という新たな法律が予告されているということを考え合わせますならば、これまで自衛隊法百条、さらにその下の附則十七と附則十九に位置していたインド洋派遣、イラク派遣というような、事後、時限立法の特別措置法によって行われていた自衛隊の海外派遣が、第三条第二項、そしてそれに基づく別の法律によって、即座に、ないし場合によっては事前にアメリカの軍事行動とともに行われる可能性を持ち得る。論理的に、合理的な推測の中でこの法案を読む限り、そうとしか読めない、ないし立法者はそれを意図してこういう規定をしたとしか考えられない。そのような議論がなされないのはなぜであるかということも、私の強い疑問の一つであります。
もう一つ、日米安保との関連で考えてみますと、日米安保条約第五条は確かに共同防衛を定めていますが、しかし、そこの共同防衛はあくまで個別的自衛権の範囲内であることは、五条の条文、我が国の施政のもとにある領域に対する、いずれか一方に対する攻撃という規定で明らかでありまして、日米安保、日米協力がいかに重要であるとはいえ、しかし安保の規定に立つ限り、それは本土防衛、日本防衛というところから出るものではない。日米協力をにしきの御旗として自衛隊法に手を入れるということは、明らかにここでも本末転倒があると思います。
それに関して、六〇年安保の協議の中で、あの安保国会では、この条約によって日本がアメリカの戦争に心ならずも引き込まれるのではないかという国民の不安がありました。それに対し、岸信介総理大臣はこういうふうに答えています。「日本は、極東の平和と安全が日本の平和と安全にいかに緊密な関係があるといいましても、日本の自衛隊が日本の領域外に出て行動することは、これは一切許せないのであります」。一九六〇年三月十一日の安保特別委員会での岸首相の答弁で、これに類した答弁は、岸総理のみならず、藤山外務大臣、赤城防衛庁長官から再三、安保国会の中で繰り返されています。
つまり、安保に関連して自衛隊が日本の領域の外に出るということは条約上の義務ではないし、そういう意図もないということなんですね。ですから、国際貢献、日米同盟を根拠にして、おつき合いしなければならないではないかというような言い方は、この岸信介総理大臣の安保条約第五条の解釈によっても退けられなければならない、そのような言い方は通らないというふうに私は考えます。
そのような理由により、この法案は、単なる省の看板をかけかえたり、長官を大臣にしたりというようなものではなく、自衛隊の性格を根本的に変える、憲法第九条第二項との乖離を決定的なものにするという意味で、一種のミニ改憲と呼び得るような性格を持っています。私は、それに対し反対いたしますし、同時に、お願いとして、そのような問題点について正面から提起し、国民に問いかけ、議論し、そして採決していただく。せめて国会が国会である限り、そのような真っ正面から取り組むことをやっていただきたい。国防、安全保障が国の基本であるならば、その基本の法律をなぜ看板のかけかえのようなこそくな手段でおやりになるのか、大変疑問に思います。
以上、私の反対の参考人意見陳述とさせていただきます。ありがとうございました。(拍手)