安全保障委員会

2006-11-24 衆議院 全234発言

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会議録情報#0
平成十八年十一月二十四日(金曜日)
    午前十一時開議
 出席委員
   委員長 木村 太郎君
   理事 赤城 徳彦君 理事 今津  寛君
   理事 北村 誠吾君 理事 寺田  稔君
   理事 中谷  元君 理事 笹木 竜三君
   理事 前田 雄吉君 理事 遠藤 乙彦君
      安次富 修君    石破  茂君
      小野 次郎君    大塚  拓君
      大前 繁雄君    瓦   力君
      篠田 陽介君    高木  毅君
      仲村 正治君    西銘恒三郎君
      浜田 靖一君    福田 峰之君
      福田 良彦君    宮路 和明君
      山内 康一君    山崎  拓君
      内山  晃君    神風 英男君
      津村 啓介君    長島 昭久君
      東  順治君    赤嶺 政賢君
      辻元 清美君    下地 幹郎君
      西村 真悟君
    …………………………………
   国務大臣
   (防衛庁長官)      久間 章生君
   内閣官房副長官      下村 博文君
   防衛庁副長官       木村 隆秀君
   防衛庁長官政務官     大前 繁雄君
   政府参考人
   (防衛庁長官官房長)   西川 徹矢君
   政府参考人
   (防衛庁長官官房技術監) 佐々木達郎君
   政府参考人
   (防衛庁防衛政策局長)  大古 和雄君
   政府参考人
   (防衛庁運用企画局長)  山崎信之郎君
   政府参考人
   (防衛庁人事教育局長)  増田 好平君
   政府参考人
   (防衛施設庁長官)    北原 巖男君
   政府参考人
   (防衛施設庁総務部長)  新保 雅俊君
   政府参考人
   (外務省大臣官房審議官) 長嶺 安政君
   政府参考人
   (海上保安庁警備救難部長)            石橋 幹夫君
   参考人
   (東洋英和女学院大学教授)            増田  弘君
   参考人
   (首都大学東京法科大学院教授)          富井 幸雄君
   参考人
   (軍事ジャーナリスト)  前田 哲男君
   安全保障委員会専門員   三田村秀人君
    —————————————
委員の異動
十一月二十四日
 辞任         補欠選任
  仲村 正治君     西銘恒三郎君
  山内 康一君     篠田 陽介君
  山崎  拓君     福田 峰之君
同日
 辞任         補欠選任
  篠田 陽介君     小野 次郎君
  西銘恒三郎君     仲村 正治君
  福田 峰之君     山崎  拓君
同日
 辞任         補欠選任
  小野 次郎君     山内 康一君
    —————————————
十一月二十四日
 米軍と自衛隊の一体化等に関する請願(笠井亮君紹介)(第六八二号)
 同(塩川鉄也君紹介)(第六八三号)
 防衛庁の省昇格法案反対に関する請願(赤嶺政賢君紹介)(第六八四号)
は本委員会に付託された。
    —————————————
本日の会議に付した案件
 政府参考人出頭要求に関する件
 参考人出頭要求に関する件
 防衛庁設置法等の一部を改正する法律案(内閣提出、第百六十四回国会閣法第九一号)
     ————◇—————
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木村太郎#1
○木村委員長 これより会議を開きます。
 第百六十四回国会、内閣提出、防衛庁設置法等の一部を改正する法律案を議題といたします。
 この際、参考人出頭要求に関する件についてお諮りいたします。
 本案審査のため、本日、参考人として東洋英和女学院大学教授増田弘君、首都大学東京法科大学院教授富井幸雄君及び軍事ジャーナリスト前田哲男君の出席を求め、意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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木村太郎#2
○木村委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。
    —————————————
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木村太郎#3
○木村委員長 この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多用中のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。参考人各位におかれましては、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただき、審査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いを申し上げます。
 次に、議事の順序について申し上げます。
 まず、増田参考人、富井参考人、前田参考人の順に、お一人二十分程度御意見をお述べいただき、休憩を挟んで午後一時から、委員からの質疑にお答え願いたいと存じます。
 なお、念のため申し上げますが、御発言の際は委員長の許可を得ることとなっております。また、参考人は委員に対し質疑をすることはできないこととなっておりますので、あらかじめ御承知をいただきたいと存じます。
 それでは、まず増田参考人にお願いいたします。
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増田弘#4
○増田参考人 増田でございます。
 今回、防衛庁を防衛省へ昇格するという大きな問題の背景といたしまして、私は、国民世論の安全保障に対する認識が極めて深まっている、こういう事実を指摘したいのであります。
 国民の安全保障に対する認識が急速に変化したのは、一九九〇年代がターニングポイントではなかったか、このように考えるわけでございます。
 具体的に申しますならば、まず第一番目に、九〇年代初頭に湾岸戦争が発生し、御承知のとおり、日本は数回にわたり合計百三十億ドルもの資金を、アメリカを中心とする多国籍軍に提供したわけであります。ところが、そうした日本の国際貢献のあり方というものが国際社会から批判を浴びることになります。すなわち、日本は金は出すけれども汗を流さないのではないか。こういう、それまでの日本の国際貢献のあり方というものを真正面から批判される。政府のみならず、一般国民世論の間でも改めて反省の念が起こった。それが、PKOという活動につながるわけであります。
 第二番目に、一九九〇年代の前半期、九二年から九四年にかけまして北朝鮮の核疑惑が生じ、九四年には米朝間で、極めて厳しい、緊迫した状況が生まれる。後にテポドンが、九八年でありましたか、日本の上空を通過するという極めてショッキングな事態が生じ、今日、北朝鮮による核実験が行われた。こういう事実が、日本国民をして、改めて、日本のすぐ北に位置いたします朝鮮半島において日本の安全保障を脅かす事態が生じている、こういう認識が広まってきている、これが第二点であります。
 それから、第三点といたしまして、九六年にいわゆる台湾海峡危機が生ずるのであります。これは、台湾の総統選挙に際しまして、中国がミサイルを台湾沖に発射する、これに対してアメリカが空母二隻を派遣する、こういう事態が生じまして、これまた緊迫した事態となったわけであります。そういうことで、日本の北、南、日本の周辺におきまして、こうした、日本にとって軽視できない事態が生じたということが、第三番目といたしまして指摘できるところであります。
 国内におきましては、九五年にあの地下鉄サリン、オウム真理教による事件が発生しておりますし、淡路・阪神大震災というような自然災害も生じて、いわゆる危機管理の問題が改めてクローズアップされるわけであります。のみならず、遠くペルーの地におきまして、九六年から九七年にかけまして、日本大使館大使以下、現地のテログループによって拉致されるというような、これまた衝撃的な事態が生じたという一連の事態を通じまして、国内、国外におけるそうした一連の安全保障、あるいは危機管理に関する問題が生じたということが、政府のみならず、国民の間で安全保障に対する認識を新たにさせるということになったわけであります。
 それまで、日本のいわゆる吉田路線というものは、むしろ経済を最優先する、ということは、言いかえますと、政治、安全保障の面を極力抑えるといいましょうか、政経分離あるいは経軍分離といった形で、できるだけ避けるという姿勢が内外、内政、外交にあったわけであります。五〇年代、六〇年代という、日本がまだ世界の片隅で息を潜めて生きている時代であれば、そうした姿勢というものは問題とされることは小さかったわけでありますけれども、七〇年代、八〇年代と、日本は押しも押されもしない経済大国となり、世界の多極化構造の中の一極を占めるような事態になりますと、そうした姿勢に対する批判が、同盟国でありますアメリカからもジャパン・バッシングというような形で、あるいは日本のただ乗りというような批判も八〇年代の末に生ずるわけであります。
 そういう過程を経て九〇年代を迎えたわけでありまして、そうしたことから、日本の現状にふさわしい、経済力に見合うだけの政治力、あるいは安全保障の能力を高める、いわば二等辺三角形の国から正三角形の国になるという、こうした状況が国民の間にもごく自然に受け入れられるような状況が生まれてきた。事実、若い世代におきましても、政治や経済と同列に、同レベルにこの安全保障の問題が論ぜられるような、そうした空気が生じてきているわけであります。
 いささか古いことになりますけれども、昭和四十年代、私は当時大学生でありましたけれども、その当時は、軍事とか安保とか国防といったような言葉は、むしろ禁句とされるわけでありまして、日米安保体制を肯定するようなことを申せば非国民扱いされかねない、そうした空気が漂っていたのであります。しかし、九〇年代を通じまして、日本社会の通念、理解、常識というものが大きく変わったということが、今回、それに見合う、防衛庁を防衛省に昇格すべきである、こういう状況を生んだものである、こう指摘できるのであります。
 さらに、第二番目として私が指摘させていただきたいことは、先ほど申し上げました、湾岸戦争を通じての日本の国際貢献のあり方が反省を余儀なくされた、その延長線上に生じたのがPKOでありました。九二年に、PKO協力法のもとに日本は自衛隊をカンボジアに派遣することになったのであります。その際、マスコミ等々を通じまして、日本の海外派兵につながる、こういう批判がありましたけれども、PKOの原則を遵守するという形で、カンボジアでの政権のスムーズな交代、選挙を通じての新政権の誕生に日本は貢献をするということによりまして、世界から日本のそうした役割というものが評価されることになったのみならず、国内におきましてもそうした自衛隊の平和的な活動というものが改めて評価されたと申してよろしいかと思います。
 その後、自衛隊は、このPKO活動といたしまして、モザンビークであるとか、あるいは東ティモール、ゴラン高原といった各地におきましてPKO活動を続けていることは御承知のとおりでありまして、自衛隊にとりまして、国内の災害に対する緊急出動であるとか、あるいは一連の日本の防衛という問題に加えまして、国際的な平和活動というものが、今日の防衛庁・自衛隊にとって大きな役割になってきている、すなわち、いわば車の両輪となってきている。
 そうしたことも、この際、付随的な役割ということから本来的な役割へと移行させることによって、より国際的な面での協調的な活動に奉仕することが可能になる、こういうことが大きな第二番目の省昇格の要因、理由であるというふうに考えられます。
 それから、第三番目といたしましては、今日、防衛庁の長官、これは、防衛の役割を担う長として限定された立場に置かれているわけであります。すなわち、二〇〇一年の行政改革によりまして一府十二省庁がスタートしたわけでありますけれども、いわば防衛庁はこの改革に事実上取り残されたと言っても言い過ぎではない。すなわち、内閣府の外局として防衛庁が位置づけられる。したがいまして、防衛面の一義的役割は内閣府の長でもある内閣総理大臣ということになっているわけであります。
 片や、数千の庁が省になり、片や、二十七万もの要員を擁する防衛庁が庁のままにおかれるということは、国内の法的な側面、すなわち、予算面を独自に出すといったことや、閣議を独自に要求するといったことが難しい、こういう側面のみならず、対外的には、防衛庁という、エージェンシーという位置づけが、外国から見れば一つの省の部局という位置づけになるわけでありまして、これまた外国から見れば防衛を担う部局としては適切な名称とは言えない。そういう内外の点からも、この際、日本は防衛庁を防衛省に昇格させることが時宜にかなった措置であろう。
 こういう以上の大きな三つの点から、防衛庁を防衛省にこの際昇格することがより適切ではないだろうか。
 以上、私の意見でございます。拍手
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木村太郎#5
○木村委員長 ありがとうございました。
 次に、富井参考人にお願いいたします。
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富井幸雄#6
○富井参考人 おはようございます。富井でございます。
 おととい、急にこういうことをやれということを言われましたので、準備不足をまずおわびしたいと思います。
 お手元にレジュメが行っていると思いますけれども、非常に雑駁ですけれども、考えているところを述べさせていただきたいと思います。
 先ほど委員長より忌憚のない意見ということがありましたので、まず最初に、大きい数字で書きましたけれども、今回の防衛省昇格という議論ですけれども、ちょっと筋が悪いのではないかというふうに考えるということであります。
 すなわち、一番、盛り上がりに欠ける省昇格議論と書きましたけれども、どうも世論というか社会で、防衛省にすべきだという強い議論が果たして起きているのかということを疑問とせざるを得ない。すなわち、私が言いたいのは、国民は、防衛庁を防衛省とするという難しい問題よりも、これだけ、特に九・一一以降、非常に安全保障に対する危機意識等が高まっている。本当に今のままで、個人の安全のみならず国家の安全というのが保たれるのかというようなことが第一の関心にあるというわけで、そういうことであるならば、庁でも省でも別に構わないというような議論をせざるを得ないというのが出てきてもしようがないのではないかということであります。
 一番のところですけれども、防衛庁は、御存じのように、防衛省にするという議論は防衛庁ができたときからある、あるいはそれ以前からあると言ってもいいわけですが、例えば防衛庁のホームページを見ますと、今回は非常に鼻息が荒いという感じがするということです。
 防衛庁の防衛省昇格の理論づけということを見ますと、ここにちょっと書きましたが、重要なのは、自衛隊法の三条の二項を追加する、すなわち国際平和協力業務と周辺事態、主に国際平和協力業務の方だと思いますが、これをしたいということで、そうなると今のままではだめだということなんですけれども、そうなってくると、では省にしないとそれはできないのかというような反論をされても仕方ないということになってくる。
 防衛庁のホームページを見ますと、諸外国では省になっているから国際並みにしたいとか、あるいは、ここに書きましたが、自衛隊員の士気にかかわるということ。これは書いてなかったんですけれども、ここに書きましたが、もしかすると、これは非常にうがった見方で憶測かもしれませんけれども、防衛官僚という立場からすると、ほかのI種の人間は省にいるわけですけれども、自分はどうも防衛庁というところにいるという引け目という意識がある、早くこれを払拭したいというようなこともあるのかもしれない。これは、非常にうがった見方でありますけれども。
 そうすると、こういった論理というのは果たして説得力を持つのかということであります。ここに書きましたが、昔から言われていることは、防衛省にしないと自衛隊員の士気が下がるという議論、これは一見まとも、合理的なような気がするんですけれども、では、省じゃないと自衛官の士気は上がらないのか。これは非常に自衛官をばかにした言い方でありまして、自衛官は省だろうが庁だろうが淡々と任務をこなしているという集団であります。
 ただ、ここに書きましたが、士気、特に武装集団において士気というのは非常に重要なことであるわけで、だから、士気が上がる下がるということ、確かにこれは重要なことであります。ただ、これは検証のしようがないという問題があるということです。
 そうなってくると、防衛庁が今出しているような、いわばこういった政治的な側面、いわゆるハートに、心理に訴えかけるような説得の仕方というのは、一部の人間には説得力があるかもしれませんが、さめた目からすると、必ずしもできないということであります。
 次に、ちょっと法律的な話をしますが、一般に、過去において庁から省に昇格した事例というのがある。古くは昭和二十五年ですか、これは間違っているかもしれませんが、自治庁は自治省になっている、あるいは、環境庁というのは先般の二〇〇一年から環境省になっている。防衛庁はもっと古くからあるのに、自分だけが置いてきぼりにされたというような感覚があるのではないか。これは、法律的な話をすると、庁も省も、省はいわゆる国家行政組織法の行政機関であるし、庁は外局であるというようなことで、それを何をもって省にし、何をもって庁にするか、外局にするかということについて、法律上の何か明確なメルクマールというのがあるというわけではない。
 ただ、環境庁が環境省になったりしたということにはそれなりの理由があるということで、ちょっとここに書きましたけれども、総合的に取り組まなければいけないというような認識が非常に高まったということがあるのではないかと思います。もちろん、国際的にも環境というのが非常に重要視されてきているということがあると思います。
 そうすると、四角の大きな枠で書きましたけれども、国民は、庁を省にするということが、もしそれが、究極の目的である国民あるいは国家の平和、安全を守るということにとって不可欠であるというような説得づけがなければ支持されないのではないかということで、二番に書きましたけれども、今の防衛省の議論というのは必ずしも筋がいいとは言えないということであります。
 すなわち、私が言いたいのは、防衛省を否定するというわけではなくて、防衛庁を省とするということであるならば、やはり国民の負託にこたえる、今、特に九・一一以降、あるいは日本の場合はもっと古いかもしれません、サリン事件以降かもしれませんけれども、国民のそういう安全保障に対する不安というのを除去してあげる、国家としては万全の体制をつくり上げるということをしなければいけないのではないかということで、防衛庁の省問題というのは防衛庁一行政機関の改革だけではないということであります。
 一ページの最後から二ページにかけてですけれども、何を言いたいかというと、やはり、この際、中央省庁の再編、安全保障機構を再編するというような大きな枠組みの中で防衛省を議論するということでなければ、これはどうも筋が悪いのではないかという気がするということです。
 二ページを見ていただきたいんですけれども、諸外国の例を見ますと、九・一一以降、例えば、アメリカやカナダしか勉強していないんですけれども、安全保障機構を大きく改編しているわけですね。御存じのように、アメリカは、デパートメント・オブ・ホームランド・セキュリティーというのをつくっている。私は個人的にカナダのことに関心がありまして、あのカナダでさえという言い方も失礼ですが、あのカナダでさえ、九・一一のすぐ後、アンタイテロリズムアクトという反テロ法をつくっている。
 さらに、二ページの一番上に書きましたけれども、カナダも、どちらかというと、日本と同じように余り危機意識とか安全保障というのは薄かった部分があるんですけれども、急遽、緊急事態対処というようなことを統合してつくっているということであります。
 二〇〇三年にクレティエンの後を継いだマーチンが提唱して、二〇〇四年から立ち上がっているわけですが、PSEPC、パブリック・セーフティー・アンド・エマージェンシー・プリペアードネス・カナダ、公共安全緊急事態対処省という形になっている。この中に、連邦警察を初め、情報機関ですとかそういうものを入れているということであります。あのカナダでさえそういうことをやっている。カナダでさえというのは失礼ですけれども、ということです。
 ということで、(二)と(三)ですけれども、総合的な取り組み、安全保障機構を再編する、国民の負託にこたえるというような改革がなければいけないのではないかということであります。
 時間がないので詳しいことは言いませんが、例えば(二)では、安全保障の前提は情報収集、分析ということでありますけれども、これをちゃんとやる機関、首相官邸で合同情報会議ですとかいうのはあるとは思いますけれども、例えば、警察、治安情報と、防衛庁が集めている情報、今テロという非常に怖いものがありまして、これはどちらが集めるのか。公安調査庁というのは何をやっているのかよくわからないというようなことがあるということで、やはり情報収集ということを明確にするということと、それをちゃんとすり合わせる機関というのがまず不可欠ではないかということであります。
 ここに書きましたけれども、例えばカナダなどでは、CSIS、カナディアン・セキュリティー・インテリジェンス・サービスと言うわけですが、これは、緊急事態対処省の中に入っているわけですけれども、例えばアメリカのように、必要な場合は令状なしに盗聴ですとかそういうのができるというようなことになっている。もちろんこれはいろいろ批判がありますけれども、しかし、カナダの場合は、そういったことをした場合は議会にちゃんと報告するというような仕組みをとっているということであるわけで、日本でこれをやるということは憲法上いろいろ難しい問題があると思いますけれども、しかし、それぐらい真剣に考えないといけないのではないかということです。
 あと、(三)ですが、そもそも、こういった安全保障機構を再編するというわけですけれども、その指導原理がない、基本法ですとかというものがない、あるいは機関に関する調整をする機関がないということであります。
 ということで、むしろ、そういう流れの中で防衛省という構想が出てくる方が筋としてはよいのではないかという議論であります。
 二番目ですけれども、矛盾するようですが、そうはいっても私は防衛省構想に反対するという立場ではない。ここに書きましたが、法的な意義は認められるということであります。
 これは、防衛庁が出している二番目の側面、すなわち、省になることによって、防衛に関する重要案件の閣議を要請できるですとか、あるいは予算だとか法案について自主的に出すことができるですとかというような面が出てくるということであります。これは、なるほどそのとおりだと。すなわち、むしろこの点は評価されていいのではないかということであります。
 二ページから三ページにかけてですけれども、しかし、そもそも防衛庁や防衛省といっても一体何かという議論、これは果たして十分なされているのか。確かに、戦後五十年、防衛庁は五十年たっているわけですが、防衛庁や防衛省とは一体どういう組織なのか、何をするところなのか。確かに防衛庁設置法には自衛隊を管理すると書いてありますけれども、一体、ではそれはどういうことなのかということですね。
 ここで重要なのは、今度、省になれば、国家行政組織法の国の行政機関、すなわち財務省や国土交通省などと同じ省になる。しかし、それは同じ省なのかということであります。
 大きく違う点は二つ挙げることができると思います。いろいろあると思いますが、二つ挙げることができると思います。
 一つは、防衛というのは国の基本的な責務にかかわるということで、武力行使を前提とするという言い方はおかしいんですけれども、武力行使をする機関である。
 すなわち、一般行政庁というのは、例えば財務省なんかは税金を取るですとか、そういういわゆる通常の意味での一般行政事務、国民の権利義務にかかわる事柄をやる。しかし、防衛庁というのは、もちろんそういう部分もあるわけですが、究極的には、そういう国民にサービスをするという、まあサービスなんですけれども、サービスするという部分よりも、やはり国の基本的な枠組みを守るということで、対外的なものに向いているということで、どうも一般行政という概念というのは必ずしもなじまないのではないかという問題がある。これが一点です。
 もう一点は、ほかの省庁と違って、防衛庁はいわゆる官僚だけではないということですね。これはほかの省庁と違います。ほかの省は全部文官ですけれども、防衛庁は、文官と自衛官、この二つの集団から成っているということが大きく違うということであります。
 三ページの一番上に書きましたけれども、では、防衛庁とか防衛省、まあ防衛庁でもいいんですけれども、そういういわゆる官僚集団ですね、わかりやすく言ってしまえば。国の通常の行政機関と一緒にする防衛省、防衛庁というのはどういう意味があるのかということですけれども、これもいろいろ議論は分かれています。
 ここにちょっと書きましたが、一番重要なのは、やはり自衛官というのは、アメリカだとか、いわゆるハンチントンですとか、そういう流れから見ますと、いわゆる異質な職業集団であるということなんですね。したがって、これは一番に書きましたけれども、防衛省という官僚集団、文官集団の、もちろん自衛官も中に入っていますけれども、その文官集団の意味というのは、やはり政治過程、政策というソフトなものをいわゆる軍事というハードな面に流しをする、行き渡しをする、かみ砕いて行う。
 例えば、ここにちょっと英語の文献を書きましたけれども、この中では、防衛省、MOD、ミニストリー・オブ・ディフェンスというのは、バッファーの役目だと。バッファーというのは緩衝器という、いわゆる和らげるというか、そういうような意味ということであります。
 そもそも防衛省、防衛庁あるいは防衛政策というものを突き詰めてみれば、自衛隊をどう使うかということです。これは、もちろん自衛隊の使い方の一番根本はその内閣、政治家で決められるわけですけれども、それを実際に具体的にどう使っていくか、運営管理していくかというようなことをマネージするというのが防衛省、防衛庁というふうに言えると思います。
 ということで、ここで重要になってくるのは、防衛省に限りませんけれども、官僚集団ということですよね。すなわち、防衛省になると、これは意義あることですが、自主的に予算、人事、自主的にというか、予算ですとか法案あるいは閣議をここで求めることができる。そうすると、やはり重要なのは、防衛官僚が質のいい防衛政策というものをちゃんとつくってくれるということでなければいけないということなんですね。
 シビリアンコントロールという概念は、軍を統制する、政治に服させるという、これは間違いないわけですけれども、むしろ最近は、私の考え方では、確かにそれは基本なんですが、どうも軍を統制するということばかり向いている。実は、大きな意味では、軍事官庁ですね、軍事官庁を政治によって統制するということが重要であるということなんですよね。
 では、防衛省設置を否定するというわけじゃないんですけれども、どういうことを官僚に考えていくのかということですが、結局、今、防衛官僚の質が問われているということであります。石破先生の「国防」という本の中にも、これは私の読み違いかもしれませんが、非常に参事官に失望したという、これは言い過ぎかもしれませんが、そういうような記述、におわせる記述があったということですけれども、防衛官僚の質が今求められているということです。
 したがって、これはやはり、今海外で議論されているのは、単に防衛官僚というのは事務的なことだけ行う、予算ですとか人事ですとか法令ですとか、いわゆる官僚の典型的なことをやればいいんだということではないんですよね。軍事にもかなり精通していなければいけないということであります。
 だから、防衛省設置でもいいんですけれども、これは法案に盛り込むという事柄のことではないんですが、いい政策をつくり上げるということのためには、防衛官僚をどうしたらいいのかということを見なければいけないということであります。
 あと、防衛省設置でもいいんですけれども、これは時間的にはもう事後的になるかもしれません。きょう出てくるときに、民主党さんも一応基本的には合意するというようなことを漏れ聞きましたので、それはできてしまうのかもしれません。防衛省は認められるとは思いますが、やはり重要なのは、これはなるべく早く、先ほど第一段、前提で申しましたけれども、安全保障機構の再編ということを真剣に考えなければいけないということです。これが(二)のお話ということですね。
 今、例えばNSC構想というのがありますが、個人的には、勝手にというわけじゃないですけれども、つくり上げてから考えるというよりも、やはり法律で、権限ですとか調整ですとか、そういうものをちゃんと割り振った上で立ち上げるという方がいいんではないかなという気がするということです。これは雑駁な議論です。
 四ページの(三)、三番目ですけれども、今般懸念されるのは、防衛省になると、今言ったように、防衛省設置構想は、自衛隊法三条二項を追加する、周辺事態ですとか国際平和協力業務というものを追加するということで、どうもいろいろ広がってしまっているんじゃないか。本来任務化する。これもよくわからない。なぜかというと、自衛隊法三条一項は、主たる任務として国防に当たる、従たる任務として治安の秩序維持に当たるとなっています。今度は、改正案ですけれども、二項の方で本来的な任務にするということなんですよね。
 ということで、これもちょっとよくわからないんですけれども、少なくとも、これは多分、自衛隊法百条というのが打ち出の小づちのように使われていたんですね。ぼんぼんぼんぼん雑則のように、何か表現はちょっと思い浮かびませんけれども、いろいろつけ足していくというようなやり方をしていた。これは余りにも無節操というか、よくない。すなわち、軍に対する法律の役目というのは、いろいろな形で拡大させないようにするということ、コントロールするということの基本は法律によってセーブするということにあるわけなんですよね。ということで、それを明確にするということがあるのかもしれないということです。
 ただ、重要なのは、いろいろ権限を付与するということですが、では一体どこまで認められるのか。今回、国連、もういいよとなったときに、では次にまた何か出てきてそれもくっつけるんじゃないかというような危惧というのが出てくるわけですね。
 個人的には、自衛隊というのは、ここに書きましたがパナシアではない、万能薬じゃないんですよ。これは、憲法でしっかり、個別的自衛権をちゃんとやる、武力集団であると。これが本来の任務なわけですよね。だから、本来の任務がおろそかになるというわけじゃないですけれども、おろそかにされて、どんどんどんどん文民支援活動、これも大事なことですけれども、というのでいいのか。あるいは、それはいいとしても、一体、ではどういう原理でそれが認められるのかということを明確にしなければいけないのではないかということです。
 日本は憲法で軍に対する指導原理というのが、ネガティブなものはありますが、基本的にはない。そうすると、やはり自衛隊法というのが自衛隊に対するいわゆる基本的な法になるということなんですね。ということで、その辺にしっかり明確な指導原理というものを置いておくということが必要なのではないかということであります。
 あと、法律的な話ですが、(四)ですけれども、今般、防衛大臣というものをつくって、つまり、内閣府の首長である内閣総理大臣というものを通さないということになるわけで、これはこれでいいことなんですけれども、例えば、防衛出動時に内閣総理大臣が直接自衛隊を指揮監督するというようなことには現行の改正法ですと読めないということで、果たしてそれでいいのかという問題がちょっとあるのかなと思います。
 以上、いろいろなことを言いましたが、要は、防衛省の法的な意義ということは認められる。やはり安全保障は、軍事というところからも責任ある官庁を明確にして、意見、政策形成というものをしていかなければいけない。そういう意味では、防衛省という構想は、防衛省昇格というのは必ずしも否定されるわけではないだろう。しかし、本来、本当のターゲットというのは安全保障機構の再編にある、そういったダイナミズムの中でこの議論をしなければ国民には受けないのではないかというのが、私の考えということであります。
 以上です。拍手
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木村太郎#7
○木村委員長 ありがとうございました。
 次に、前田参考人にお願いいたします。
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前田哲男#8
○前田参考人 前田哲男でございます。
 私は、本法案に反対の立場から意見を述べたく存じます。
 一言で申すならば、この法案は、かくも問題点の多い、かくも問題点に対する議論の少ない、さらに、にもかかわらず、かくも慌ただしく採決が急がれる異常な事態であるというふうに考えます。
 普通、この法案は、きょうのこの席でも述べられましたとおり、防衛庁の省昇格ないし移行法案というふうに言われます。そうではないと思います。この法案が持つ本質はそのようなものではなく、自衛隊法のより根源的な改正、性格変更であり、そのような言い方は明らかに本質を隠ぺいする、さらに国民をミスリードする議論であるというふうに考えます。正面から向き合って、正面から国民に問題を投げかける、議論する、それが国会の役目ではありませんか。決して省昇格ではない。にもかかわらず、そのような議論が横行している。かなりの部分、これはメディアの伝え方にも問題があると思いますが、発信源がここにあることはまた間違いないことだと思います。
 正式名称は防衛庁設置法等の一部を改正する法律案というふうになっています。これも正確ではないと思います。なるほど、ちょうだいしたこの中には、防衛庁設置法の改正案が冒頭に掲げられておりますが、本則関係八十五ページのうち防衛庁設置法関係は二十ページ。最大の部分、そして実質的な内容、つまり、字句の修正、看板の書きかえでない事項にわたる改正が集中しているのは、分量も内容も自衛隊法改正の部分です。八十五ページ中六十三ページが自衛隊法改正の部分になっています。
 したがって、本法案は、正式に言うならば自衛隊法改正案、自衛隊法の基本的性格を改める法案として提出され、審議され、国民に投げかけられる、そのようなものであるはずなのですが、あたかも看板の塗りかえのような装いで提出されている、そこに大きな問題があると思います。
 さらに、具体的な問題点を述べてみますと、富井参考人も言及されましたとおり、本法案の核心部分は、自衛隊法改正、それも自衛隊法第三条、任務についての根本的改正を伴うというところにあります。創隊以来初めて、自衛隊創設以来初めて自衛隊の任務にわたる改正が提起された、大変なことであるにもかかわらず、それが議論の核心になっていないのはなぜかという重大な疑問があります。
 自衛隊法第三条は、言うまでもなく、「直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛することを主たる任務とし、」と定めています。今回加えられる三条二項には、「国際社会の平和及び安全の維持に資する活動」という表現があります。三条一項をひっくり返す、国際的に拡大する大きな任務の変更がなされている、にもかかわらず、それが一項とどういう関係にあるのかということが十分説明されていない。
 防衛庁のホームページを見ますと、説明資料として、「防衛庁の省への移行 法案のポイント」、九月発表のものですが、省移行の理由として、一つは「防衛と外交と「両輪」で国際平和に取り組むことが必要」という理由が挙げられています。第二点として「米国防省と対等に交渉し得る「組織」であることが必要」という理由が挙げられています。三点目に「米国との交渉や地方自治体等への対応について、責任と権限を持って調整し得る「組織と能力」が必要」というふうに改正理由を挙げております。
 これは、自衛隊が創隊以来基本任務としてきた三条一項を、全く性格の違ったものにしてしまう改正であると考えます。なぜそこをもっと具体的に、このような、「国際社会の平和及び安全の維持に資する活動」というようなあいまいな内容で表現するのか解せません。
 さらに、三条二項を新設するのに伴って、三条二項の以下のくだりには、新しい法律を制定する予告がなされています。「別に法律で定める」。つまり、三条二項の新しい任務は白紙に置かれて、その内容に関しては新しい法律が予定されている。その内容はわかりません。多分、恒久法ないし一般法という名で語られている、自衛隊の海外派遣を即時、事後ではなしに直ちに行うことができる権限を防衛庁長官、内閣に与える、そのような法律であろうと予測できますが、法律の中に新法が予告されている、その内容に関して、私の知る限り議論が行われたということはない。どのような法律が別に定められるのか、その限界は何なのかということをきちっと示してもらわなければ、国民は納得しないと思います。
 そもそもという言い方をして恐縮ですが、原理主義者としてやはり述べなければなりません。そもそも自衛隊は、一九五四年、警察予備隊、保安隊を経て創設されたときに、年余にわたる激しい議論がありました。私もジャーナリストとしてその一端をかいま見ています。警察予備隊は、文字どおりナショナル・ポリス・リザーブでした。保安隊も、特別の場合に行動する、空軍を持たないから近代戦遂行能力がないので軍隊ではない、したがって憲法九条二項と違和感はない。しかし、航空自衛隊がついた自衛隊を創設するときに、当然ながら従来の論理では通用しなかった。そこで、必要最小限度の実力の保有は憲法に容認される、それは国家の自然権であり、自衛権発動の三要件に基づく限り合憲であるという今日に至る解釈が確立したわけであります。
 したがって、それとの関係で、自衛隊法三条一項、「わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛することを主たる任務」とする。これは必然、憲法九条二項との緊密なあるいはぎりぎりの、私はもう乗り越えておると思いますが、少なくとも緊張関係を持った整合性のある条項としてつけ加えられたわけで、その証拠に、本自衛隊法を採択した参議院本会議は、附帯決議として、自衛隊の海外出動を為さざることに関する決議をつけた上で自衛隊法を採択しています。
 そのように、三条一項というのは単なる任務ではなくて、もちろん任務ではあるんだが、憲法九条との関係において設定された条項である。大変重い条項である。ここに二項を加えて、国際活動、海外活動を公然化する、本来任務化するということになりますれば、それは当然ながら憲法九条との整合性が破られるということになります。それについての説明は何もない。これは一体どうしたことなのか。
 なるほど、自衛隊法の中における矛盾は解決すると思います。
 先ほどの富井参考人の意見にもありましたとおり、九〇年代以降の自衛隊の活動は、海外活動に関する限り、ことごとく、三条任務ではなしに八章「雑則」第百条を活用する、雑則の行列でありました。本来、自衛隊法が制定された昭和二十九年、「雑則」百条は、土木工事の受託、ただ一項をもって成立していたものであります。東京オリンピック、南極観測その他があるにつれて、自衛隊の業務遂行に支障のない限度においていろいろなサービス任務がつけ加えられました。防衛庁は付随的任務と言っていますが、これはサービス任務です。付随では正確ではないと思います。
 そのように、六〇年代、幾つかの任務が加えられましたが、それが冷戦終結後、自衛隊が海外活動をするに際して、自衛隊法三条ではできない。そこで、この雑則百条、サービス任務にPKO、周辺事態、在外邦人の救出をくっつけた。百条の六から百条の十一まで、自衛隊が持つ海外任務、これまで二十回、三万人の自衛官がそのような任務を遂行していますが、すべてサービス任務であるわけですね。これが防衛庁当局にとって大変頭の痛いというより、均衡を失したものであると受け取られるのは当然ですが、それを本来任務に組み込むことで自衛隊法をすっきりさせようとするのは本末転倒であり、逆に自衛隊法の憲法に対する下克上がより決定的になると言わなければならない。
 そのような憲法と自衛隊法の関係についての根源的な議論が必要であり、そこからむしろ問題は始まる、論戦が始まっていくべきだと思うのですが、そういうふうになっていないわけですね。そこが大変大きな問題であろうと思います。
 ちなみに、先ほど少し引用しました、自衛隊法が成立する際に参議院が自衛隊の海外出動を為さざることに関する決議という院の決議を行っておりますが、これに対して、木村保安庁長官、初代防衛庁長官であります方です、この委員会にも防衛庁長官経験者がたくさん列席されているようですが、木村初代防衛庁長官は、こういうふうに参議院の決議に関して答えておられます。「申すまでもなく自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接並びに間接の侵略に対して我が国を防衛することを任務とするものでありまして、海外派遣というような目的は持つていないのであります。従いまして、只今の決議の趣旨は、十分これを尊重する所存であります。」
 これは、自衛隊法が成立したときに、自衛隊法三条の任務に関して初代の防衛庁長官が、参議院、国会に対しこのような誓約をした。この重みを皆さんがどうお考えになるのかということをお尋ねしたい。質疑はやってはならないと先ほど注意を受けましたが、私の疑問として持ちます。
 このような自衛隊法三条の趣旨、それを根底的に変えるような三条二項の新たな規定、加えて、「別に法律で定める」という新たな法律が予告されているということを考え合わせますならば、これまで自衛隊法百条、さらにその下の附則十七と附則十九に位置していたインド洋派遣、イラク派遣というような、事後、時限立法の特別措置法によって行われていた自衛隊の海外派遣が、第三条第二項、そしてそれに基づく別の法律によって、即座に、ないし場合によっては事前にアメリカの軍事行動とともに行われる可能性を持ち得る。論理的に、合理的な推測の中でこの法案を読む限り、そうとしか読めない、ないし立法者はそれを意図してこういう規定をしたとしか考えられない。そのような議論がなされないのはなぜであるかということも、私の強い疑問の一つであります。
 もう一つ、日米安保との関連で考えてみますと、日米安保条約第五条は確かに共同防衛を定めていますが、しかし、そこの共同防衛はあくまで個別的自衛権の範囲内であることは、五条の条文、我が国の施政のもとにある領域に対する、いずれか一方に対する攻撃という規定で明らかでありまして、日米安保、日米協力がいかに重要であるとはいえ、しかし安保の規定に立つ限り、それは本土防衛、日本防衛というところから出るものではない。日米協力をにしきの御旗として自衛隊法に手を入れるということは、明らかにここでも本末転倒があると思います。
 それに関して、六〇年安保の協議の中で、あの安保国会では、この条約によって日本がアメリカの戦争に心ならずも引き込まれるのではないかという国民の不安がありました。それに対し、岸信介総理大臣はこういうふうに答えています。「日本は、極東の平和と安全が日本の平和と安全にいかに緊密な関係があるといいましても、日本の自衛隊が日本の領域外に出て行動することは、これは一切許せないのであります」。一九六〇年三月十一日の安保特別委員会での岸首相の答弁で、これに類した答弁は、岸総理のみならず、藤山外務大臣、赤城防衛庁長官から再三、安保国会の中で繰り返されています。
 つまり、安保に関連して自衛隊が日本の領域の外に出るということは条約上の義務ではないし、そういう意図もないということなんですね。ですから、国際貢献、日米同盟を根拠にして、おつき合いしなければならないではないかというような言い方は、この岸信介総理大臣の安保条約第五条の解釈によっても退けられなければならない、そのような言い方は通らないというふうに私は考えます。
 そのような理由により、この法案は、単なる省の看板をかけかえたり、長官を大臣にしたりというようなものではなく、自衛隊の性格を根本的に変える、憲法第九条第二項との乖離を決定的なものにするという意味で、一種のミニ改憲と呼び得るような性格を持っています。私は、それに対し反対いたしますし、同時に、お願いとして、そのような問題点について正面から提起し、国民に問いかけ、議論し、そして採決していただく。せめて国会が国会である限り、そのような真っ正面から取り組むことをやっていただきたい。国防、安全保障が国の基本であるならば、その基本の法律をなぜ看板のかけかえのようなこそくな手段でおやりになるのか、大変疑問に思います。
 以上、私の反対の参考人意見陳述とさせていただきます。ありがとうございました。拍手
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木村太郎#9
○木村委員長 ありがとうございました。
 以上で参考人各位の意見の開陳は終わりました。
 午後一時から委員会を再開することとし、この際、休憩いたします。
    午前十一時五十九分休憩
     ————◇—————
    午後一時開議
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木村太郎#10
○木村委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。
 これより参考人に対する質疑に入ります。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。高木毅君。
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高木毅#11
○高木(毅)委員 自由民主党の高木毅でございます。
 参考人の先生方には、大変お忙しい中お越しをいただきまして、そしてまた、先ほどは非常に貴重な有意義な御意見を賜りまして、まことにありがとうございました。
 私は、ほんの二カ月ほど前まで、安倍政権発足まで防衛庁の長官政務官をしていたわけでございます。約十一カ月でございますけれども、その間、いわゆる施設庁の談合事件だとか、あるいはまた情報流出事案等も発生したわけでございますが、しっかりと私なりに、当時の額賀長官のもと、木村副長官を中心にそうしたことについての対応はしたと私は思っております。あとは久間長官のもとでその対応をしっかりしていただけるというふうに信じているところでございます。
 そうしたことはあったわけでございますけれども、十一カ月間中におりまして、隊員の皆様方をつぶさに拝見いたしておりました。国内外での活躍、活動、すばらしいものがあるというふうに私は思っておりますし、また、日々の訓練においても、まさに整々と行われているものでございまして、そうした防衛庁の職員の、あるいはまた、私は政治家でございますので、あえて悲願という言葉を申し上げるわけでございますけれども、悲願である防衛庁の省移行というものを何としてでも今国会でなし遂げたいという思いでいるわけでございます。そうした思いを持ちながら、参考人の先生方に何点か質問をさせていただくところでございます。
 まず、増田参考人にお尋ねいたします。
 先ほど来、話も出ておりましたけれども、まさに二十七万人の職員を擁する、しかも国防というものは国家の基本であると言われているわけでございますけれども、にもかかわらず、そもそも一九五四年の庁発足以来、何ゆえ五十年以上にわたって庁のままであったのか、まずその点について御意見をお聞かせいただきたいというふうに思います。よろしくお願いいたします。
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増田弘#12
○増田参考人 私は、歴史家でもございますので、どうしても歴史的な経緯ということに一言、あるいは二言になるかもしれませんが、触れざるを得ません。
 実は、防衛庁の成立経緯につきましては、先ほど前田先生の方からも若干お話ございましたけれども、私なりにその経緯を考察した結果、これは、まさに占領期以降の複雑な、あるいは矛盾に満ちた過程の中で発足したということが五十年間にも及ぶ庁であり続けた背景として指摘できるのではないかということであります。
 それはどういうことかと申しますと、まず、終戦から三年を経た昭和二十三年、一九四八年にワシントンの対日占領政策が大きく転換するわけであります。すなわち、それ以前はポツダム宣言にのっとった、つまり、米ソ協調というルーズベルト的な発想のもとに、日本が二度と他国に脅威を与えないようにするという意味で、非軍事化、民主化が基本政策として推進されたのであります。しかし、思わぬ米ソ対立、冷戦、こういう状況がアジア方面にまで広がってくる、グローバル化してくる、こういう経緯の中で、アメリカの対日占領政策は、それまでの非軍事化、民主化から日本の経済的自立化へと大きくカーブを描くことになるわけであります。いわば日本をアジアの防波堤に、アジアの工場に、こういう政策がアメリカの新しい政策になったのであります。
 ところが、こうしたワシントンの決定の前に立ちはだかったのがマッカーサーであったのであります。マッカーサー自身は、自分自身が憲法九条の生みの親であるということを自負していたわけでもあり、一連の再軍備、その延長線上にある日本の再軍備化に対しまして、あるいは公職追放をなくすということに対しましても激しく抵抗するのであります。
 ところが、そのマッカーサーにとって全く予期せぬ事態が起こりました。それが一九五〇年、昭和二十五年の朝鮮戦争であったのであります。冷戦どころか熱戦、ホットウオー、こういう事態の前に、そこでワシントンに妥協せざるを得なくなる。それがナショナル・ポリス・リザーブというものであったわけであります。しかし、この実質はスモールアーミーだったのであります。スモールアーミーをナショナル・ポリス・リザーブ、警察予備隊、こういう名称に置きかえた。これはまさにワシントンとマッカーサー間のいわば冷戦、第二の冷戦の結果であると言ってよろしいかと思います。
 そうした中で、七万五千の警察予備隊がスタートし、それが保安隊を経て自衛隊、海空を加えた三自衛隊になることは申すまでもないわけであります。その間、吉田首相が、戦力なき軍隊、こういう言葉を使いまして物議を醸したわけであります。戦力なき軍隊というのは極めて矛盾に満ちた言葉であったのでありますが、そういう憲法九条との絡み、そして占領期にそうしたアメリカ内部の対立、そういう幾つかの矛盾の中で防衛庁・自衛隊というものが発足した、こういう経緯を無視できないのであります。そういう中で防衛庁がスタートした、そして防衛庁が三自衛隊を管理運用する、こういう立場をとったということが今日につながっている、このように解釈するのであります。
 以上でございます。
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高木毅#13
○高木(毅)委員 ただいまは、なぜこれまで庁のままだったのかというお話、そして、先ほどの意見陳述では、それが九〇年代にどう変わってきたかというお話をしていただきました。そして、ようやくここに来て庁から省へということになってきたわけでございますけれども、やはり、庁から省にする上においてどうしても必要なものは、国民の理解だというふうに私は思っております。昨今の自衛隊のいろいろな活動等を見ていただいて、あるいはまた取り巻く環境、国際環境を見ていただいて、私は、国民もしっかりと今回のこの省移行を理解していただけるというふうに思っておりますけれども、国民の理解という点において、いま一度、増田参考人の御意見を賜りたいというふうに思います。
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増田弘#14
○増田参考人 確かに、国民の理解が安全保障という面で深まっているということは冒頭申し上げたとおりであります。しかし、依然として、やはり防衛庁が防衛省に昇格すると、例えばシビリアンコントロール等々において変化が生じてくるのではないか、こういう疑念、疑問が生ずることは避けられない。そういう点を丁寧に説明する義務があるかと思います。
 ちょっと話がそれるかと思いますけれども、このシビリアンコントロールという懸念に対しましては、これまた私、歴史家という立場でお答えさせていただくのでありますけれども、戦前のあのような軍部の暴走がなぜ生じたのかという原因を考えますと、何と申しましても、一番大きな点は、統帥権がひとり歩きしたという点があるのであります。つまり、軍部が天皇の威光をうまくかりて、彼らの都合のいい方向にこれを運用したというところにあるのであります。あるいはまた、首相の権限、これが閣僚同輩中の上位にすぎない、こういう位置づけでありまして、したがって首相自身が閣僚を解任できない、こういったような問題もございました、そして軍部大臣の現役制が生じた、こういうことが軍部の独走を許した理由であると言えると思います。
 翻って、戦後の日本の新憲法下におきましては、そうした一連の過去の反省に立ちまして、総理大臣の権限が、戦前と比較いたしますと相対的に強大化したのであります。閣僚の罷免権、解任権も持つに至りましたし、シビリアンコントロールという点でもしっかりと根づいてきているのであります。
 そういう一例からいたしましても、国民に、省への昇格は決してそのような疑念を生ずるものではない、こういうことを説得していくことが肝要である、かように考える次第でございます。
 以上です。
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高木毅#15
○高木(毅)委員 ただいま増田参考人からは、いわゆる歴史的背景、そしてまた国民の理解の必要性というものを訴えていただいたというふうに思います。
 もう一つやはり懸念されるのは対外的な影響でございまして、続けて増田参考人にお聞きいたしますけれども、この省移行という問題を国際社会はどう受けとめていると考えていらっしゃるか、特にまた、近隣諸国になろうかというふうに思いますけれども、そういったところがどのようにとらえるであろうかということ、そしてまた、それについて我が国としてどのように対応していけばいいのか、その点についてお尋ねをいたします。
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増田弘#16
○増田参考人 これまた極めて重要な問題であると思います。
 御指摘のとおり、日本が防衛庁から防衛省に昇格するということになりますと、近隣諸国、とりわけ中国や韓国が懸念を表明するということは十分予想できるわけであります。それが政治的意図を含んでいるといたしましても、日本はこれに対して丁寧に説明をしていく必要があろうと思います。
 具体的には、日本は既に一九七七年に、福田ドクトリンという形でアジア諸国に対しまして、日本は決して軍事大国にならないということを鮮明にしているわけであります。そしてもちろん、前後いたしまして、日本は一貫して専守防衛ということを内外にうたってきているわけでありまして、そうしたことを、やはり丁寧にアジア諸国に対して、かつて日本の侵略を受けた、こういう懸念が払拭されていない諸国に対して丁寧に説明を重ねる必要があろうかと思います。
 ただ、私、それに関連して一つ申し上げなければいけないこと、それは、省に昇格することによって、諸外国が当然、庁とは違う立場というものを理解し、そしてその立場で対応してくるということから、やはり、防衛庁・自衛隊の幹部の皆さん方は、単に、俗に言う庁から省に昇格して偉くなったというようなお気持ちではなくして、むしろ、省に昇格することによって、より一層義務、負担が増すんだということを十分自覚した上で、その責任、義務の重さというものをしっかり受けとめながら、具体的にそれを実行していく、それが省昇格のメリットにつながってくるということもあわせて理解していく必要があるのではないか、このように考える次第でございます。
 以上です。
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高木毅#17
○高木(毅)委員 ありがとうございました。
 次に、富井参考人に一つお伺いしたいと思いますが、レジュメにおきましても、先ほどの御発言の中におきましても、自衛隊の士気という話にお触れになられております。戦闘集団として自衛官の士気を高めることは必要だというふうにおっしゃりながらも、それは省でも庁でも同じではないかというような御発言だったかというふうに思いますが、しかもそれは検証のしようがないんだというお話でございました。
 私は、先ほど申し上げたとおり、十一カ月ほどでございますけれども中におりまして、やはり多くの自衛官が、なぜ私たちの役所は庁であって省ではないんだという言葉も聞いておりますし、私は、少なからず、省にすることによって自衛官の士気というものは必ず高まるというふうに思っているところでございます。
 しかも、検証のしようがないということでございますけれども、先ほど、環境省のお話もございました。私は、環境庁が環境省になって、職員の皆さん方の士気も上がったというふうに思いますし、あるいはまた、国民の環境に対する意識というものも非常に高まったというふうに思っております。私は、これは非常にいい好例だというふうに思っておりますが、先ほどおっしゃっていた、省でも庁でも隊員の士気という点ではという話でございますが、私の今の話をお聞きいただいて、どのようなお考えでございましょうか。よろしくお願いいたします。
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富井幸雄#18
○富井参考人 今御指摘の点でございますけれども、私も、士気の問題ということ、今議員の先生がおっしゃったことを否定するということではありません。
 ただ、重要なのは、自衛官、防衛庁職員すべてそうですけれども、防衛庁のために奉職する、あるいは防衛省のために奉職するというわけではない、国の安全のために働くんだということが基本であります。それは、庁だろうと省だろうと基本的に何か変わるところはあるのかと。自衛官というのは、宣誓にもありますけれども、身を賭してという、いわゆる無定量の仕事をするということであります。
 ということで、まず、庁だとか省だとかということで自衛官の士気にぶれがあるということがあるとするならば、これは極めてゆゆしきことであるということは一つ言えると思います。
 さはさりながら、今の先生のおっしゃるように、環境省の職員の士気、まあ士気というかどうかよくわかりませんけれども、例えば、私も自衛隊員の方、何人か知っていますけれども、もちろん、庁というと、まさにこの議論は昇格という議論になりますよね。だから、庁というのは、昇格する前だから一つ下というふうに見られるということでありますので、そういう意味では、士気にも影響するのかなと。これはいろいろ世間で見られていることですから、それを否定するということではありません。
 しかし、それは省の問題のその根本的な議論ではないというふうに考えます。先ほど御報告しましたように、むしろ、防衛庁が省になるということは、士気ということもさることながら、責任を持って防衛省が動くということ、ここがメーンでありまして、士気ということが必ずしもそのメーンな議論ではないというふうに考えるということであります。
 以上です。
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高木毅#19
○高木(毅)委員 もう時間がなくなってまいりましたけれども、前田参考人に一つだけ、沖縄大学の客員教授だということで、お聞きをしたいわけでございますけれども、省移行後、仮に、庁のままかもしれませんけれども、今後の政策課題として、やはり大きなテーマとして、沖縄の基地問題だとか、あるいはまた米軍再編の問題があるわけでございます。
 実は、さきの県知事選挙におきましては、言うならば、比較的基地容認の候補が当選をしたというふうに思います。しかも、名護だとか、あるいはまた嘉手納だとか、そういったようなところにおいても仲井真氏の得票が多かったわけでございますが、私は、これは、政府あるいはまた与党の、基地あるいはまた米軍再編への取り組みというものが沖縄県民に一定の評価を得ているというふうに感じているところでございますが、先生の御所見をぜひお聞かせいただきたいというふうに思います。
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前田哲男#20
○前田参考人 沖縄県知事選挙の結果は、私にとって極めて残念なものでありまして、見解は違うわけですが、確かに、仲井真知事が当選して糸数候補が落選したという事実が厳然として存在し、かつ、受け入れなければならないものだと思います。
 ただ、仲井真知事が今回の再編、沖縄の新基地を含む事態に対し全面的に協調的である、ないし、それを公約にしたというのは違うと思います。むしろ、彼は、政府の沖縄再編案に関しては、チェック・アンド・バランスといいますか、留保しながら注文をつけていく、そういう手法が糸数さんの基地政策よりよりましな形で受け入れられたと見るべきであって、私はそれは残念な結果だと思いますが、それによって沖縄の基地に対する見方が受け入れ協調に変わったとまで結論するのは少し行き過ぎではないかというふうに考えます。
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高木毅#21
○高木(毅)委員 終わります。ありがとうございました。
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木村太郎#22
○木村委員長 次に、笹木竜三君。
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笹木竜三#23
○笹木委員 民主党の笹木竜三です。
 参考人の先生方に質問をさせていただきます。
 まず最初に、先ほどから、士気の問題もある、あるいはプライドの問題もあるというふうな発言とか、質問に対するお答えでも出ているわけですが、当然御存じだと思うんですが、この平成十八年だけでも機密情報の流出ということが頻繁に起こっております。一月には魚雷データの流出事件、同じく一月には陸上自衛隊ミサイルデータ流出事件、二月には海上自衛隊機密資料流出事件、三月には防衛庁ホームページ機密情報流出事件、五月には陸上自衛隊ミサイル関連資料流出。これは、ことしだけです。ことしの一月からだけでこれだけ問題が起こっております。
 先ほど、ほかの委員からも、そして参考人からも、ふさわしい体制を、省昇格のこともそれで理解できる、そういう御発言もありました。反対の御意見もありましたが。
 まず、増田先生にお伺いをしたいのは、先生は、書いたものの中で、省昇格、しかし、その後の課題として、独自情報、例えば、すべてアメリカに頼るのじゃなくて日本の防衛体制の中での独自情報をもっと手に入れるような、そういう工夫も必要だということは言われています。
 そのとおりだと思いますが、逆に、自衛隊あるいは防衛庁内部の情報が垂れ流しのように、ことしだけでもこれだけ起こっている。主なものを今挙げただけですが、ほかにもいろいろあります。こうした事実は御存じでいらっしゃるのかどうか、お答えいただきたいと思います。
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増田弘#24
○増田参考人 決して詳細とは申しませんが、ある程度のことは承知いたしております。
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笹木竜三#25
○笹木委員 それでは、三人の先生方にそれぞれお聞きをしたいわけですが、先生方からも、看板のかけかえに終わっちゃいけない、塗りかえに終わっちゃいけないという御発言がありました。私もそのとおりだと思います。それで、こうしたことがなぜこんなにことし一年だけでも起こっているのか、原因の究明も必要でしょうが。
 では、こうした問題が、防衛庁を防衛省にしたからということで、それで士気とかプライドの面で非常に向上されるんだ。それも事実でしょう。しかし、それで解決ができるとお考えかどうか。あるいは、こうした問題は非常に深刻な問題だと思いますが、それについての御意見もあわせて伺えたらと思います。増田先生から順に、三人の先生それぞれに御意見を伺いたいと思います。
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増田弘#26
○増田参考人 先生御指摘のとおり、これは極めて重要な問題であり、座視できない問題として、やはり政府、防衛庁が、肝に銘じて、襟を正してこれに真剣に取り組む、こういう姿勢が重要であることは改めて申すまでもないかと思います。
 私が先ほど申し上げた、防衛庁から防衛省への昇格の背景、理由、要因ということは、もちろんそうした微視的な問題ということよりも、むしろ巨視的な、大局的な観点から論じたという点にあるわけであります。しかし、今御指摘のとおり、そうした微視的な、決してそれは軽視すべきことであるという意味ではございませんけれども、そうしたことも、やはり国民の信頼を得るためには十分慎重に対処していくべきであるというふうに考える次第でございます。
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富井幸雄#27
○富井参考人 最近、非常に機密漏えい事件があるということですけれども、事件にならないものだけでも、例えば、コンピューターウイルスですとか、あるいはパソコンの中に侵入されて、防衛庁の、機密とまでは言わないですけれども、漏れたりしたというようなことを挙げると、あるいは世間に報告されていないものなんかも入れますとかなりあるのではないかというふうに考えるわけで、そういう意味では、機密保持ということはやはり厳格にやらなきゃいけない。
 それで、現行法は、もちろん防衛庁の防衛情報の秘密を特別に保護するというような法制度ができている部分もありますが、これを強化するということも一つの案かと思います。ただ、これは、防衛省になろうが防衛庁になろうが、機密を保持する、秘密を漏らさないというのは当たり前のことでありまして、それは庁になる省になるという議論とはとりあえずは別の議論ではないか。
 施設庁の談合もその類型に属すると思いますけれども、防衛省構想というのが施設庁の談合でちょっと頓挫したというのもありますが、施設庁の談合等々も含めて、そういった公務員の規律という問題、これは省だろうが庁だろうがちゃんとやらなきゃいけないということであります。
 以上です。
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前田哲男#28
○前田参考人 私は、申しましたとおり、今回の法案を省昇格という脈絡ではとらえておりません。自衛隊の基本任務のつけかえということでとらえておりますので、士気云々の問題に直接問題意識を持っているわけではありません。
 海上保安庁は海上保安省ではない。消防庁も消防省ではない。しかし、プロフェッショナルな能力、モラールを考えますと、海上保安庁、消防庁、見事な特化された能力、訓練、そして国民の信頼に足る行動を随所随所で示していると私は思います。省であれ庁であれ、そういう明文論で士気が変わるとか、また変わり得るというふうな問題ではないと思います。ですから、情報流出の問題は別次元のこととして考える必要があるだろうというふうに思います。
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笹木竜三#29
○笹木委員 機密情報の流出、この問題だけじゃないんですね。規律ですとかモラールにかかわるような問題で、御存じだと思いますが、例えば薬物事件、これも〇五年七月にありました。自衛官が所持、使用のみならず、栽培までして売り歩いていた、そういうような報道もあります。さらに、海外への無断渡航の問題もあります。それともう一つ、これはまだ原因が余りはっきりしていませんが、自衛官が、年間百人を上回るときもあるわけですが、七十人とか八十人とか百人を超える、自殺者がそれだけ多く出ているとかという問題。
 今までの御発言の中で、庁であろうが省であろうが、当然、庁であってもその問題は是正されないといけない、そういうニュアンスでお答えがありましたが、要は、話を戻しますが、やはり看板のかけかえだけでいいのかということにかかわると思うわけです。
 当然、国民の生命財産を守る、そういう方々には、安心な環境で、誇りを持てる環境で働いていただくことは必要だと思いますが、当たり前の問題として、ほかの任務につく方々よりは規律とかモラールの問題で強いものが求められるのは当たり前だと思います。国民もそれを前提にしないと全く安心などできません。
 ですから、こういった法案を出すのであれば、それにふさわしい体制にいかに抜本的に変えていくか、そういう議論がどうしても必要だと思うわけですが、それが全く行われていない、私はそう感じております。
 関連で、官製談合の問題もそうです。官製談合、それはどこの省だって庁だってあるじゃないか。そのとおりです。しかし、報道なんかで、先生方も御存じでしょうが、防衛庁の官製談合が数年前にあって、また施設庁の官製談合が去年の年末からこれだけ報道をにぎわしている。いろいろ調べたら、防衛庁の官製談合のあの一件以来、いろいろなチェック機関も内部につくったはずだと。機能するはずだということでいろいろ体制を組んだわけですが、その後も全くチェックができていなかった。しかも、今回の報告書ではっきりしていますが、その官製談合の原型が、昭和五十年代の半ば、一九八〇年ごろからずっと続いていた、同じ構図で続いていた。チェック機関をつくった後も、五年、六年、同じ形で続いていた。これで本当に国民の期待にこたえられるんですかという話です、先ほどのいろいろな不祥事も含めてですが。
 あわせて言いますと、私、この委員会、今回理事になっていろいろな資料請求もしました。異常なぐらいに情報が出てきません、資料が出てきません。いや、国防上の機密情報なら、流出するんじゃなくて、国会でも非常に慎重に扱わないといけない。これはわかります。あるいは、今まで数十年の経験から、国会に資料を出すとろくなことがない、防衛上の大事な情報が外にばらまかれてしまうとか、そんないろいろな思い込みもあるのかもしれませんが。一つは、さっき言った、現場から流出している問題。
 それと、この官製談合の問題をいろいろやりとりしてきて、どの省に比べても非常に閉鎖的だ。先ほど国民の納得とか国民への説明とか、あるいは、例えば中国に軍事についてもっと透明化しろと日本はしょっちゅう言っているわけですが、こんなことで中国に対して言えるのか。かなり異常な閉鎖性を感じるわけです。きょうも午前中、参考人の先生方のお話を聞く前に二時間ほど資料のやりとり、現物も見たりしておりましたが、どうしてここまで黒塗りにするのか、これは異常としか言いようがない、理屈が通らない、そういう世界だと実感をしています。
 こうしたことで、もう一度お話をしますが、では、単に士気とかプライドの面で非常に向上もするということだけでこの問題を簡単に考えていいのか。しっかりと内実ともに立て直す。先ほど、危機管理とかそういった面も含めて総合的にもっと政策的な詰めが必要だというお話が先生からもありましたが、そうしたことがどうしてもこのきっかけになるわけですから、不可欠だと私は感じているわけです。
 例えば、全く機能をしなかった。この官製談合についての調査も内部の方だけでやっています。ちゃんと外部の方を入れてチェック機構もつくる、トップに外部の方を据えてつくる、あるいは、こうした調査もちゃんと外部の方の力もかりて行う、そうした風通しがもう少しよくなっていかないと、この体質は今後も引き継がれていく可能性が非常に強いと思います。
 この官製談合あるいはいろいろな不祥事、今、機密情報の流出から含めていろいろお話ししました。そうしたことについて、今の体制のままでそれで省になって、内実ともに本当の立て直しができるんだろうか、疑問に感じておりますが、ぜひそれについて御意見をまたお三方からいただきたいと思います。
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