若月秀夫の発言 (教育基本法に関する特別委員会)

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○若月参考人 ただいま御紹介いただきました、東京品川区の教育長の若月でございます。
 きょうは、この教育基本法特別委員会、お話をさせていただく機会をお与えいただきましたことをまずもって御礼を申し上げたいと思います。
 大変限られた時間でございます。若干早口になってお聞き取りにくいところがあろうかと思いますが、ひとつ御容赦をいただければと、かように思う次第でもございます。
 私は、もともと小学校の教員をやっておりました。現場の人間でありました。その後、地方教育委員会で今は教育行政に携わり、常に現場との関係を密接に保ちながら仕事をしている者でございます。したがいまして、私がこれから申し上げますことは、若干話の中身は細かいことになるのかもしれません。その辺をひとつ御容赦いただきましてお聞き取りをいただきたいと思います。
 そして、基本的には、今回提案されておりますこの政府案を支持する立場で私は御意見を申し述べさせていただきたい、かように思っている次第でもございます。
 まず、もう申し上げるまでもございませんけれども、この教育基本法前文そして第一条、今までの教育基本法で培われてきましたすばらしい理念といったようなものをきちんと今回も継続をしております。その上で、今具体的に子供たちの上に発生をしているさまざまな問題や課題、そして新たな課題、そうしたようなものを視野におさめた新しいこの案、これは大変今の時代に合っている、そういう考えを持っているところでもございます。
 特に、第一条に続きまして第二条に、教育の方針から教育の目標という項を設けてございます。実は、現場のサイドから言わせていただきますと、非常にこれは大事なことを指摘していただいた、かように思うわけであります。
 実は、戦後我が国の、特に学校教育をめぐって克服すべき問題は多々ありますが、いろいろありますが、その中の一つに、わかりやすく具体的に申し上げますと、素朴な児童生徒中心主義の克服というのが私はあると思います。ほかにも課題はいっぱいありますよ。いっぱいありますが、これも一つの大きな課題だと思います。
 この児童生徒中心主義というものが、現場の教員をどれぐらいある意味では自信を失わせるといいますか、教育や指導に腰を引かせてしまうかというような現実が多々ありました。いっとき、指導よりも支援なんだ、子供の主体性を重視するんだといったことから、強い指導をしたり、時には強制をしたり管理をしたりすることがあたかも悪いことのような、間違った教育観が戦後はびこったことは事実であろう、私はこう思います。
 そういった意味からも、この教育基本法の案の目標といったものの中で、個人の成長とともに、公、いわゆる社会の形成者としての資質といったようなものをやはり一つの理念として挙げてくださっています。
 それで、こういったようなものを実現していく場合には、教育基本法そのもので指導するわけではございませんけれども、これから派生してきます教育振興基本計画であるとか、それに基づく学習指導要領であるとか、あるいは学校教育法、地方教育行政法、さまざまなものに影響をしていくわけでありまして、その中で、教師がもう一度しっかりとした教育をしていく上での教師としての信念、今まで足りなかった部分をきちんと補っていこうとするそうした一つの根拠、こういったようなものを第二条の中の目標に明記されているということは非常に意義のあることである。まさに、戦後日本教育の足らざる部分をきちんと明記されたという点で私は高く評価をさせていただきたい、かように思っているところでございます。
 さて、すべてを申し上げるわけにはいきませんので、大まかに、学校教育に関する部分、家庭教育に関する部分、教育行政に関する部分、そして最後に、十七条の基本計画に関する部分だけについての私の私見を申し上げたいと思いますが、まず、学校教育における案でございます。
 第六条第二項でありますけれども、ここに「教育を受ける者の心身の発達に応じて、体系的な教育が組織的に行われなければならない。」ということがはっきりと明示をされております。
 実は、学校というところは、ほかのいろいろな社会的組織は皆、法、理、情というのが一般的な物の考え方だろうと思います。しかし、とかく学校というところは、とかくです、すべてとは言いませんが、それが逆転しまして、情、理、法といったようなもので動く傾向の強い組織体でもありました。そうした組織体が、例えば今問題になっているいじめであるとか不登校であるとかといったようなさまざまな問題に対する対応、こういった点において、適切で、国民の信頼を得られるような対応が十分にしてこられたかというと、必ずしもそうではないだろうという部分は認めざるを得ません。
 ここで一番大事なことは、学校といえども、やはり一つの体系的な意思決定機関である、そしてそれは、組織を通したそういった性格のものなんだといったようなことを、学校の、そして多くの国民の方々に新たにお知らせをする、国としてはっきりとそこを明示するということは、これまた非常に大事なことであろう。特に、学校経営の責任を持ちます管理職である校長、教頭、そういった職責にある者にとって、体系的、組織的な意思決定をしていくんだよ、運営をしていくんだよ、この指摘といったものは、ある意味で大変に心強いものであろうと思います。
 もちろん、物事は、民主的に、話し合いを基本として進めていくことは当然であります。そうしたものを基調に置いて、なおかつ、体系的、組織的に、最終的には組織としての意思決定を校長がきちんとできる、そういった環境整備をこの第六条二項において明示されているということ、これは、現場に近い人間、現場の人間にとってこれほど心強いものはないだろうと。ここもまた、従来、一生懸命学校もやってきましたけれども、ややここら辺が必ずしも十分ではなかった部分をきちんと補っていただいている、かように思うところでもございます。
 また、続いて、「学校生活を営む上で必要な規律」といったような文言も新たに案の中に御提案をしていただいております。これも、規律というと、すぐに、管理であるとか、強制であるとか、子供の自発性を抑えつけるものといった一方的な考え方が比較的学校にははびこっておりました。もちろん、学校は子供のためにあります。そして、子供中心であること、子供のためであることは言うまでもないことでありますが、しかし、余りにも子供の自主性とか自発性とか自立性とかといったようなものを尊重し過ぎる余り、本来学校が、教師がやるべき適切な指導といったようなものがどれぐらい行われてきただろうかということは、私たちは謙虚に反省すべきだろうと、かように思うわけであります。
 何も子供たちの自主性や主体性を否定するわけではありません。しかし、やはり指導するべきものはきちんとしましょう、それがこの「学校生活を営む上で必要な規律」といったような表現で明記をされている。これはやはり、どこまでやっていいのかなと迷っている教師、学校現場あるいは教育委員会に対して一つの大きな指針をここで示してくださっているものと考えております。
 次に、新設されました家庭教育でございます。
 この家庭教育の件につきましても、こういった根本法で家庭教育のことまで規定するのはどうだろうというようないろいろな御意見もあるようでございます。しかし、地方教育委員会が今直面している問題は、もちろん、目の前にある私たちの管轄下の学校をどうするかと同時に、学校だけではどうにもできない問題がある。学校にはやはりできることとできないことがあります。それが今、学校、学校というようなことで学校にすべてが押し寄せてきている。しかし、教育というものを今回のこの法案の案のように広くとらえていただき、それぞれ子供の教育を考えるときには、学校、家庭、地域、そして、何よりもまず家庭といったようなものが第一義的なその使命を持つんだよということを改めて社会に対してメッセージとして送るということは、非常に意味のあることだろうと考えているものでもございます。
 さらに、政府案では、その役割と責任といったようなことをきちんとお伝えいただいている。それぞれのパートで責任を果たしていく、これがまさに、戦後の日本の広く教育界を振り返ってみたときに、やはり私たちはここで考え直さなければいけない点であろう、かようにも思っているところでございます。
 続きまして、教育行政についてでございます。
 教育行政の初めの項でありますけれども、ここに「不当な支配に服することなく、」という文言をきちんと残されていることは大変高く評価をするものでございます。これはもう今さら申し上げることもないわけでありますけれども、この「不当な支配に服することなく、」という現行の第十条の解釈といったようなものがかなり誤解をされている部分が、かつて、戦後の学校教育の中でも間違いなくありました。
 したがいまして、今回の案におきましては、「不当な支配に服することなく、」ということを受けて、この法律や他の法律に定めるところによって行われるもの、すなわち、国会において制定される法律に基づく教育であるとか、あるいは法律の定めによって行われる教育委員会の命令や指導といったようなもの、これは不当な支配ではないんだよということをきちんとここで明記されています。これはやはり、地方教育委員会がこれから公正中立な教育行政を進めていく上でなくてはならない重要な部分である、このようにも考えるものでございます。
 また、同じく十六条の第三項において、地方公共団体、私どもの点についてもきちんと触れられております。地方公共団体は、その地域における教育の振興を図るために、その実情に応じた教育に関する施策を策定しなきゃだめだ、そして実施をすることが大事なんだと。これはまさに、今の地方分権といったようなものの流れ、そして、それぞれの地域地域に合った生き生きとした教育をこれから進めていく必要があるんだといったようなメッセージとして大変意味のあるものである、かように考えているところでもございます。
 こうした国からの一つのメッセージといったようなものがそれぞれの地方教育委員会の活性化につながってくる大事な部分であろう、かようにも考えるところでございます。
 最後でございますけれども、十七条の振興基本計画でございます。これは新設をされたものでございます。
 教育行政のみならず、ほかの行政もそうでありますけれども、個々の行政を進めていく場合、やはり、安定的かつ継続的な財源確保といったようなものは当然必要不可欠であります。特に教育におきましては、安定的そして継続的な財源確保は、これは必要不可欠でございます。
 そうした意味からも、この新たな教育基本法案、これを一刻も早く成立をさせていただき、基本計画といったようなものに移っていただかない限り、地方教育委員会といたしましても、この次に打つ教育施策といったようなものがなかなか打ち出せないでいるのが実は現状でございます。
 先ほど申し上げましたように、この根本法から振興基本計画が出、その基本計画から具体論になっていく学習指導要領であるとか、学校教育法であるとか、地教行法であるとかといったようなものに影響を与えていくものでございます。それによって我々地教委の人間は、この新たな教育基本法が示す理念を実現していこうと考えているわけであります。
 そうした意味からも、平成十二年の教育改革国民会議から提言をされて六年経過をしております。やはり、この教育基本法を早くお通しいただければ私たち地方教育委員会の人間としても大変ありがたい、かように思うところでございます。
 私見を申し述べさせていただきました。失礼をいたしました。(拍手)

発言情報

speech_id: 116504048X00920061109_004

発言者: 若月秀夫

speaker_id: 4558

日付: 2006-11-09

院: 衆議院

会議名: 教育基本法に関する特別委員会