森本敏の発言 (外交防衛委員会)
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○参考人(森本敏君) 我が国は戦後、憲法を制定し、そのときはまだ日本国としての主権を回復していなかったのですが、一九五〇年に勃発した朝鮮戦争を契機にして、日本はアメリカの極東戦略の変更に伴いサンフランシスコ平和条約によって主権を回復し、その際、この主権を回復したと同時に、九十日以内に占領軍が日本から出ていく、撤退するということになったので、日本は日米同盟という道を選択し今日に至っているわけです。この選択は歴史的に見て非常に正しかったと思いますし、今日の国家の安定と反映がこの日米同盟を選択したという選択に大きく依拠していることは明らかであると思います。そのとき我が国の固有の防衛力というのは当然ありませんでしたので、アメリカを日本及びその周辺にいさせるというか駐留させることによって国家の安定を維持し、日本は持っているリソースをすべて戦後の経済開発に、経済発展に投入するという選択を同時にしたわけです。この選択も、今日歴史を振り返ると正しかったと思います。
その後、日本の防衛力というのが確実に育ち、日米安保条約に基づくいわゆる日米同盟というものと日本の防衛というのはどういう役割を果たしてきたかということについては、冷戦時代と冷戦後と少し内容というか質が変化しているのではないかと思います。
冷戦時代の日米同盟と防衛力というのは、明らかにアメリカの極東における抑止戦略が非常に強力で強大なものであり、かつ極東における対ソ封じ込め戦略という大きな戦略的枠組みの中に日本が位置付けられていたので、したがって日本の防衛力は日米安保体制に基づくアメリカの抑止力の不足部分を補い、相互に補完をすることによってトータルで日本の国家の安定を維持すると。結果として、アメリカの抑止戦略によって日本の国家の安定を維持するという役割を果たしていたのではないかと思います。
しかしながら、冷戦が終わってみると、リスクや脅威が非常に多様化し、アメリカが関心を持たないところまで日本が自らの手で国家の防衛をしないといけないということになり、例えば不審船の事件や北朝鮮のミサイル発射に見られるように、必ずしもアメリカが直接関心を持たないような東アジアにおけるリスクについても日本が独自の対応能力を整備し、そのことによってむしろ日米同盟の内容、質と量を完全なものにするということであり、軸足が、どちらかというと、相互補完というより、必要な場合に日本が独自の能力を自ら整えることによって結果としてイコールパートナーシップとしての役割を果たすというふうに内容が変質してきたんだろうと思います。依然として、日米同盟と防衛力によってトータルで抑止とそして対応といいますか、脅威があった場合にこの二つの機能で対応するという役割には変わりはないのですが、一層、冷戦時代よりも冷戦後に日米同盟、日米協力、防衛協力の中身がより対等なものになりつつある、あるいはそういうふうにしなければならないという状態に現在来ているのではないかと思います。
私が冒頭申し上げた諸点は、正にその観点について見れば、防衛庁を防衛省にしてもまだまだこれからやることが多く、同盟国の関係としては完全なものとは言えないと。我々は何に着意をしてこれからこの日米安保体制に基づく同盟協力と日本の国家の独自の防衛力を相互に機能させるかということについて私の所見を申し上げたわけです。
したがって、戦後、日本が日米同盟という道を選択したときから常に日米安保条約、日米安保体制というものと日本の固有の防衛力というものとが合わさって日本の国家の安定を維持してきたのですが、その内容をつぶさに見ると、明らかにプライオリティーや重点が質的に変化しているということではないかと思います。
以上でございます。