小川義男の発言 (教育基本法に関する特別委員会)

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○参考人(小川義男君) 高等学校によりましてそれぞれのカラーがあって、私の学校の場合は、時代的な変化を世間で騒がれるほど受けていないと。変わった変わったというふうに騒ぐ向きがありますけど、深く見詰めて、親が本当にそんなに変わっているのかどうか。離婚ぐらいは増えているでしょうけれども、その辺りはそれほど変わっていないと。もうとにかく我が子がかわいくて、我が子のためならどんなことでもしようと、この思いは大正、昭和、今日を通じて変わらないのでないか。我々、今変わったところに騒ぐことも大事だが、変わっていないものをしっかり見詰めることが大事ではないかと思っております。
 それから、私はいじめ問題その他ありますけれども、存在感のある教師がいれば、これは家庭がどのような状態でもいじめは起きないと。
 私は、五十七年間教壇に立ち続けておりますね。これは我が国で一人でしょう、恐らく。戦後教育のシーラカンスと言われているぐらいですから。
 それで、私のクラスでいじめが起きたことはあるが、それを解決できなかったことはないですね。存在感のある教師とは何か。それは、子供を愛して、子供から好かれていることです。好かれていない先生に怒られてもおっかなくない。好かれている先生でがっと怒ったら、そのときが本当におっかない。好かれて恐れられている、必要なときにはですよ、その先生が存在感のある先生です。友達先生では務まらない。
 教育とは、導き導かれる関係で、両者の間には親密さはあっても常に一定の緊張関係はかすかに残されていなければならない。そのような存在感のある教師だからこそいじめられているという情報が伝わってくる。存在感のない先生のところに伝えていったって、おまえチクったなと言っていじめられるのが落ちだと。この辺りで、私たちは存在感のある教師として子供を愛し、それからしからねばならないときには毅然としてしかると。そのときに両者の間に起きる緊張を恐れないと。この姿勢で臨めば、たとえ家庭に荒廃状況があっても良い子供を育てられる。
 私は職員に言っている、家庭の教育が良くならなきゃ学校が良い人間を育てられないなら学校は要らない、どんな家庭でもおれのところへよこせと、いい子供にしてみせる。やれるかどうかそれは、今まではやれたと思うが、この先もやれるかどうかそれは分からないけれども、そのぐらいの自負を持って生きることが家庭をも変えると思います。

発言情報

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発言者: 小川義男

speaker_id: 1859

日付: 2006-12-01

院: 参議院

会議名: 教育基本法に関する特別委員会