中嶋哲彦の発言 (教育再生に関する特別委員会)

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○中嶋参考人 中嶋哲彦と申します。
 名古屋大学の教育発達科学研究科で教育行政学、教育法学を研究し教育をするとともに、犬山市教育委員会の教育委員として、もう六、七年になりますけれども、仕事をしています。その立場から今回は発言の機会を与えていただいたものと思います。ありがとうございます。
 それでは、まず法案の個別の点に入る前のところで、私の地方教育行政に関する一つの考え方として提示しておきたいと思いますけれども、文部科学省による国の教育行政とは別に地方教育行政が存在していて、しかもそれが地方公共団体の自治事務として位置づけられているということの意味は、これは大変重く受けとめなければならないだろうと思います。これは、地方自治というのは憲法上の制度でありますし、それから、国と地方の役割分担の中で、住民の生活に近い領域については地方にゆだねるのだということが憲法それから地方自治法の定める大きな原則だと思います。その中で、教育をいかに地方において地方自治的に展開していくか、担っていくかということが地方教育行政制度というものであろうと思います。
 その中で、教育委員会というのはどういう位置にあるか。それは、私の考えるところ、教育の地方自治を制度的に担っていく、制度的に担う行政機関であると考えます。ここであえて制度的というところを力を込めて申し上げたのは、それは、教育の地方自治を担うというのはもう行政機関だけではないと思うんですね。それぞれの町に住んでいる保護者、住民、これが真の担い手であるということは変わりはないと思います。それぞれの住民が主権者としてその町の教育、教育行政に対して最終的な責任を持っているということはとても大事なことで、その上で、それを制度として一つの意思としてまとめていく際に、教育委員会制度という一つの行政機関の制度が設けられているということだと思います。
 その意味で、教育委員会というものが果たしている役割は、その地域に住む住民の意思を行政に生かしていく、公教育を具体的に地域でつくり出していくという役割、これを制度的に果たしていくものであろうと思います。
 その意味で、一つお考えが先ほど市川参考人からも出されましたけれども、私も、教育委員会の委員というものは住民によって直接選ばれる制度であるということがとても重要なことで、そのことによって住民の意思を教育行政に反映させていくことができるものだと思っております。その点で、今回の地方教育行政法改正において教育委員会の公選制というものが提案されていないということについては、大変残念なことだと思っています。
 それでは、その上で、今日の地方教育行政における一つの大きい問題は一体どこにあるか、教育委員会がそれぞれの町ごとに教育の地方自治を展開することを困難にしている原因というのは一体どこにあるかということを考えてみると、これは、一つは文部科学省の影響力がかなり強過ぎると思っています。
 文部科学省が、例えば全国学力テストを実施しましたが、実際に参加しなかったのは私の犬山市だけでした。ただ、これは、事前にベネッセが昨年の段階で調査をしているんですが、その調査では、教育長の一二・数%の人たちが全国学力テストには否定的なお答えをしています。それから、校長の三分の一の方々がやはり否定的なお答えをしています。
 そのような状況にあってなお、この全国学力テストが犬山市を除くすべての公立小中学校で実施されたという事態は一体どういうことなんだろうと思います。もっと自立的に、自分の町の教育だから自分の町に即して考えてみると、もっと多様な対応があってよかったのではないかと思いますが、実際にはそうはなりませんでした。
 私の知っている限りでの他の教育委員会の方々に聞いてみると、これは国が実施する政策だから、文科省がやると言っているから参加するのは当然なんだということで、事務局報告だけで実施してしまったというところがあった。これは決して少なくなかったようです。このようなことでは、地域の教育にみずから責任を負っていく教育委員会という役割は果たせないのではないかと考えます。そこを改めていく必要があるだろうと思っています。
 その点で、今回の地方教育行政法改正を見てみると、事前に資料をお配りしましたけれども、一ページから書いてあるのは、教育委員会制度を文科省としては何としても維持していこうというお考えであるということは理解できます。何としても教育委員会制度を残すというのは、文科省として国の政策を地方の末端にまで及ぼしていくルートとして教育委員会制度を多分残したいのであろうということは理解しますが、そのようなお考えであろうと思いますが、そのために、例えば教育委員会の広域での共同設置が可能になるということを書かれています。
 二ページの方に図を書きましたけれども、これは、共同設置することによって、それぞれの町から教育行政が固有の機能としては失われることを意味します。これは住民と教育行政の間がさらに開いていくということを意味しているわけで、そのようなことで地域の考え、地域の保護者、住民の考えに基づいた教育行政が果たして行えるのかということについては、非常に疑問があるところです。
 また、条文には、五十五条の二には「地域」という言葉が出てまいりますが、この地域というのは、幾つかの市町村をあわせた広域のことを地域と呼んで文言が使われていますが、教育基本法十六条第三項及び十七条第二項における「地域」は、これは市町村を領域とした地域という言葉の使い方をしています。非常に近接した、関連し合った法律の文言において地域の意味がこのように変わっているということは、今後の地方教育行政において混乱を引き起こす可能性がある文言の使い方であると思います。この点、果たして法案作成過程においてしっかりとした調整が行われていたのかどうかということをかなり疑わしく感じています。
 それから、スポーツ、文化の行政に関しては先ほど御意見がありましたので、ここでは割愛させていただきたいと思います。
 それから、次の四ページのところに、教育長への教育委員会権限の委任ということを書いておきました。五ページに図がありますように、教育委員会がこれまで果たしてきた役割が、教育長そして首長へ委任するという形になります。
 したがって、この図にありますように、教育委員会の職務権限が、実際に教育委員会によって担われる職務権限は小さくなっていくということです。その上で、教育委員会は、教育事務の管理、執行の基本的方針に関することであるとか、規則の制定、改廃に関すること、そして教育委員会の点検、評価に関することというように、機能が非常に狭くなっていくわけです。
 ところが、基本的方針の決定というものは、やはり日常的な教育行政を直接担う立場になければ基本方針なんというものは定めることはできないわけで、その意味では、日常的なところを教育長に委任し、基本原則は教育委員会で審議するといっても、これは結局のところ、教育長が提出してきた基本方針案を追認するだけの委員会になってしまう可能性が非常に高いのではないか。
 その意味では、委員五人で合議することになっているはずの教育委員会の実質が失われてしまって、結局のところ、教育長制、教育委員会というのは一つの殻であって、殻になってしまって、実質は、その中に教育長がいて、その教育長が実質的な権限を行使するということになるのではないかと考えます。教育長独任制というのは、教育委員会制度が持っている、合議によってさまざまな意見を教育行政に反映させる、そのことによって政治的、宗教的中立性を維持するということに大きく反するのではないかと考えます。
 次に、六ページをごらんください。六ページには、地方教育行政に対する国の関与のことです。これについても先ほど御意見がありましたので、なるべく重複は避けたいと思います。
 是正の要求が第四十九条に定めがあります。これは七ページのところに書いてあります。先ほど御意見がありましたように、地方自治法に既に是正の要求の制度がありますので、基本的にはそれに従って、国、地方関係を形成していけばよいと考えます。
 ただ、今回のこの法案の中で一つ注目すべきなのは、是正の要求をするに当たっては講ずべき措置の内容を示して行う、文部科学省としてどのような是正をするかという講ずべき措置の内容を示すということが書かれています。これは、地方自治法が定める関与の原則とは異なるものであるという点で、地方自治法の原則からはみ出していくものであると考えます。その点で、この是正要求の四十九条と地方自治法の関与の原則との間には矛盾が生じてしまう可能性があるのではないかと考えます。
 また、冒頭で申しましたように、現在、文部科学省と教育委員会の関係は、指導助言という形で行われておりますが、その指導助言が既に十分に地方教育委員会に対しては強い影響力として機能している。これは、先ほど申し上げた学力テストもまたそうです。地方自治体で判断して行うべきところ、実施すると言っただけでそれをそのまますぐ実施してしまうという結論を導いてしまうという点では、あえて今回ここで地方自治法とは別にこの第四十九条と五十条を定めることによって、ますます地方教育委員会を萎縮させることになるのではないかと考えます。それではまずい、問題があるのではないかと考えます。
 次に、九ページをごらんください。ここには、教育委員会の自己点検・評価制度に関する事柄です。
 この自己点検、評価というのは、まさに、教育委員会としてみずからの行政を行っていく上で必要な反省をし、それに基づいて次の施策を講じていくという点ではとても重要なことで、私ども犬山市でも、「学びの学校づくり」という文書を毎年度作成し、それに従って一年間の活動をし、また、そこで総括をしながら次の年度の施策を講じていくということをしております。その意味で、みずからの計画を立て、実施し、それを総括するシステムというのは、とても大事なことだと考えています。
 ただ、今回、ここで行おうとしている自己点検、評価というのは一体どのようにして行うのか。どのような項目について、どのような基準で、どのような内容の評価を行うかということについては、何もまだ示されておりません。これは、それでは地方教育委員会にゆだねられるのかと考えると、必ずしもそうではないのではないか。
 このような場面においては、しばしば文部科学省が自己点検、評価のガイドラインを設定し、指導助言文書としてそれを教育委員会に示すことによって、実際には、すべての市町村の教育委員会、都道府県教育委員会は、その文部科学省が示した自己点検、評価のガイドラインに従ってみずからの評価を行うということになってしまうだろうと思います。ところが、地方における教育というのは非常に多様性に富んでいるわけで、一つの基準を示して、それに従って評価を行えば適切に活動が評価できるかといえば、そういうものではないと思います。
 しかも、たくさんの評価基準を設ければ設けるほど、実は、人間というのはそれがすべてを網羅した最もよい基準であると考えがちになってしまうわけで、実際にはそうではなくて、個別具体的な事柄に応じてみずからの評価をしていかなければならないという点で、多くの基準を設ければそれでよいというものではない。毎年度毎年度同じ基準で評価をすればよい教育行政が行えるかというと、そういうものではないと考えます。
 最後に、十ページになりますが、私立学校に対する管理強化という点です。
 これは、先ほど御意見がありましたが、都道府県教育委員会に対して、知事は、学校に関する専門的事項についての助言または援助を求めることができるということになっています。このことは、知事が学校に関する専門的事項についての助言または援助を必要とするような行政活動を行うことを前提にしなければ、このような助言または援助を受ける必要はないわけです。
 そもそも、知事の私立学校に対する権限というのは、その設置であるとか学校法人の認可であるとかというところに限られてきているわけで、このような文言が入ってきたということは、今後は私立学校における教育課程や具体的な教育内容に対する関与をしようとしているのではないか、そのようなものになるのではないかと考えられます。この点で、私立学校関係者の立場から見て大変問題があるという指摘があるのではないかと感じています。
 以上です。ありがとうございました。(拍手)

発言情報

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発言者: 中嶋哲彦

speaker_id: 22503

日付: 2007-05-15

院: 衆議院

会議名: 教育再生に関する特別委員会