教育再生に関する特別委員会
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会
会議録情報#0
平成十九年五月十五日(火曜日)
午前九時開議
出席委員
委員長 保利 耕輔君
理事 大島 理森君 理事 河村 建夫君
理事 小坂 憲次君 理事 鈴木 恒夫君
理事 中山 成彬君 理事 野田 佳彦君
理事 牧 義夫君 理事 西 博義君
赤池 誠章君 井澤 京子君
井脇ノブ子君 伊藤 忠彦君
稲田 朋美君 稲葉 大和君
猪口 邦子君 亀岡 偉民君
木原 誠二君 鈴木 俊一君
とかしきなおみ君 西村 明宏君
西本 勝子君 馳 浩君
原田 憲治君 平田 耕一君
二田 孝治君 松本 洋平君
やまぎわ大志郎君 安井潤一郎君
山内 康一君 若宮 健嗣君
市村浩一郎君 岡本 充功君
川内 博史君 北神 圭朗君
佐々木隆博君 田島 一成君
田嶋 要君 田村 謙治君
高井 美穂君 松本 大輔君
横山 北斗君 笠 浩史君
伊藤 渉君 大口 善徳君
石井 郁子君 保坂 展人君
糸川 正晃君
…………………………………
議員 田島 一成君
議員 高井 美穂君
議員 藤村 修君
議員 牧 義夫君
議員 松本 大輔君
議員 笠 浩史君
文部科学大臣政務官 小渕 優子君
参考人
(京都市教育委員会教育長) 門川 大作君
参考人
(比治山大学非常勤講師)
(前東広島市教育委員会教育長) 荒谷 信子君
参考人
(国立大学財務・経営センター名誉教授) 市川 昭午君
参考人
(名古屋大学大学院教育発達科学研究科教授) 中嶋 哲彦君
衆議院調査局教育再生に関する特別調査室長 清野 裕三君
—————————————
委員の異動
五月十五日
辞任 補欠選任
田嶋 要君 田村 謙治君
西村智奈美君 佐々木隆博君
同日
辞任 補欠選任
佐々木隆博君 西村智奈美君
田村 謙治君 岡本 充功君
同日
辞任 補欠選任
岡本 充功君 市村浩一郎君
同日
辞任 補欠選任
市村浩一郎君 田嶋 要君
—————————————
本日の会議に付した案件
学校教育法等の一部を改正する法律案(内閣提出第九〇号)
地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案(内閣提出第九一号)
教育職員免許法及び教育公務員特例法の一部を改正する法律案(内閣提出第九二号)
日本国教育基本法案(鳩山由紀夫君外五名提出、衆法第三号)
教育職員の資質及び能力の向上のための教育職員免許の改革に関する法律案(藤村修君外二名提出、衆法第一六号)
地方教育行政の適正な運営の確保に関する法律案(牧義夫君外二名提出、衆法第一七号)
学校教育の環境の整備の推進による教育の振興に関する法律案(笠浩史君外二名提出、衆法第一八号)
派遣委員からの報告聴取
————◇—————
この発言だけを見る →午前九時開議
出席委員
委員長 保利 耕輔君
理事 大島 理森君 理事 河村 建夫君
理事 小坂 憲次君 理事 鈴木 恒夫君
理事 中山 成彬君 理事 野田 佳彦君
理事 牧 義夫君 理事 西 博義君
赤池 誠章君 井澤 京子君
井脇ノブ子君 伊藤 忠彦君
稲田 朋美君 稲葉 大和君
猪口 邦子君 亀岡 偉民君
木原 誠二君 鈴木 俊一君
とかしきなおみ君 西村 明宏君
西本 勝子君 馳 浩君
原田 憲治君 平田 耕一君
二田 孝治君 松本 洋平君
やまぎわ大志郎君 安井潤一郎君
山内 康一君 若宮 健嗣君
市村浩一郎君 岡本 充功君
川内 博史君 北神 圭朗君
佐々木隆博君 田島 一成君
田嶋 要君 田村 謙治君
高井 美穂君 松本 大輔君
横山 北斗君 笠 浩史君
伊藤 渉君 大口 善徳君
石井 郁子君 保坂 展人君
糸川 正晃君
…………………………………
議員 田島 一成君
議員 高井 美穂君
議員 藤村 修君
議員 牧 義夫君
議員 松本 大輔君
議員 笠 浩史君
文部科学大臣政務官 小渕 優子君
参考人
(京都市教育委員会教育長) 門川 大作君
参考人
(比治山大学非常勤講師)
(前東広島市教育委員会教育長) 荒谷 信子君
参考人
(国立大学財務・経営センター名誉教授) 市川 昭午君
参考人
(名古屋大学大学院教育発達科学研究科教授) 中嶋 哲彦君
衆議院調査局教育再生に関する特別調査室長 清野 裕三君
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委員の異動
五月十五日
辞任 補欠選任
田嶋 要君 田村 謙治君
西村智奈美君 佐々木隆博君
同日
辞任 補欠選任
佐々木隆博君 西村智奈美君
田村 謙治君 岡本 充功君
同日
辞任 補欠選任
岡本 充功君 市村浩一郎君
同日
辞任 補欠選任
市村浩一郎君 田嶋 要君
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本日の会議に付した案件
学校教育法等の一部を改正する法律案(内閣提出第九〇号)
地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案(内閣提出第九一号)
教育職員免許法及び教育公務員特例法の一部を改正する法律案(内閣提出第九二号)
日本国教育基本法案(鳩山由紀夫君外五名提出、衆法第三号)
教育職員の資質及び能力の向上のための教育職員免許の改革に関する法律案(藤村修君外二名提出、衆法第一六号)
地方教育行政の適正な運営の確保に関する法律案(牧義夫君外二名提出、衆法第一七号)
学校教育の環境の整備の推進による教育の振興に関する法律案(笠浩史君外二名提出、衆法第一八号)
派遣委員からの報告聴取
————◇—————
保
保利耕輔#1
○保利委員長 これより会議を開きます。
内閣提出、学校教育法等の一部を改正する法律案、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案及び教育職員免許法及び教育公務員特例法の一部を改正する法律案並びに鳩山由紀夫君外五名提出、日本国教育基本法案、藤村修君外二名提出、教育職員の資質及び能力の向上のための教育職員免許の改革に関する法律案、牧義夫君外二名提出、地方教育行政の適正な運営の確保に関する法律案及び笠浩史君外二名提出、学校教育の環境の整備の推進による教育の振興に関する法律案の各案を一括して議題といたします。
本日は、各案審査のため、参考人として、京都市教育委員会教育長門川大作君、比治山大学非常勤講師・前東広島市教育委員会教育長荒谷信子君、国立大学財務・経営センター名誉教授市川昭午君、名古屋大学大学院教育発達科学研究科教授中嶋哲彦君、以上四名の方々に御出席をいただいております。
この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多用のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。理事会の協議により、本日は、特に地方教育行政を中心に審査を行うことといたしておりますので、参考人各位におかれましては、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。よろしくお願いいたします。
次に、議事の順序について申し上げます。
まず、参考人各位からお一人十五分以内で御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑に対してお答え願いたいと存じます。
なお、御発言の際はその都度委員長の許可を得て御発言くださいますようお願いいたします。また、参考人から委員に対して質疑をすることはできないことになっておりますので、あらかじめ御了承願います。
それでは、まず門川参考人にお願いいたします。
この発言だけを見る →内閣提出、学校教育法等の一部を改正する法律案、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案及び教育職員免許法及び教育公務員特例法の一部を改正する法律案並びに鳩山由紀夫君外五名提出、日本国教育基本法案、藤村修君外二名提出、教育職員の資質及び能力の向上のための教育職員免許の改革に関する法律案、牧義夫君外二名提出、地方教育行政の適正な運営の確保に関する法律案及び笠浩史君外二名提出、学校教育の環境の整備の推進による教育の振興に関する法律案の各案を一括して議題といたします。
本日は、各案審査のため、参考人として、京都市教育委員会教育長門川大作君、比治山大学非常勤講師・前東広島市教育委員会教育長荒谷信子君、国立大学財務・経営センター名誉教授市川昭午君、名古屋大学大学院教育発達科学研究科教授中嶋哲彦君、以上四名の方々に御出席をいただいております。
この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多用のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。理事会の協議により、本日は、特に地方教育行政を中心に審査を行うことといたしておりますので、参考人各位におかれましては、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。よろしくお願いいたします。
次に、議事の順序について申し上げます。
まず、参考人各位からお一人十五分以内で御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑に対してお答え願いたいと存じます。
なお、御発言の際はその都度委員長の許可を得て御発言くださいますようお願いいたします。また、参考人から委員に対して質疑をすることはできないことになっておりますので、あらかじめ御了承願います。
それでは、まず門川参考人にお願いいたします。
門
門川大作#2
○門川参考人 おはようございます。京都市の教育長の門川でございます。
このような機会をいただきまして、ありがとうございます。また、国を挙げて教育再生を最重要視していただくことを本当に心強く思っております。
迷ったときは困難な道を選ぼう、今、京都の教育界で合い言葉にしております。一人一人の子供を徹底的に大切にする、一つ一つの学校を徹底的に大切にする、家庭訪問を大事にしよう、現場へ足を運ぼう。人間、ややもしますと楽な方を選んでしまいますが、あえて困難な方を選ぼう、いろいろな問題が起これば、制度の責任にせずに制度の限界まで挑戦しよう、タブーに挑戦しよう、そんな取り組みを、今熱意あふれる教職員が進めていただいております。
実は、きょうから京都市議会本会議が始まりまして、この参考人意見陳述の話をいただいたときにお断りしようかなとも思ったんです。与野党意見の対立する法案の審議に現職の教育長が意見を述べる、いささかのちゅうちょもございましたが、あえて私も自分に負荷をかけて、ここで勉強させていただきたい、そのように思って参加させていただきました。
また、今、教師に対する、学校に対する厳しいバッシングがございます。教育委員会のあり方も問われております。しかし、現場から見ておりまして、非常に困難な教育条件のもとで、課題が山積する中で、現場の多くの熱意あふれる教職員が懸命な努力をしております。朝から晩まで、校長先生、教頭先生なんかは土曜日も日曜日も、教育委員会も、全国で多くの方々が頑張っておられます。今、学校教育は大きく前進してきております。
私は、しばしば申しておりますが、子供の教育を悪くしようと思えば子供の前で先生の悪口を言えばいい、地域の学校を悪くしようと思えば地域で学校の批判をすればいい、確実に教育は悪くなります。今、日本じゅうでそんなことが起こっているんじゃないかなと危惧しております。頑張る教師を励ます、教職員のモチベーションを高める、そして教育者がたっとばれるような世の中にしなければ教育の未来はない、日本の未来はない、そのように思っています。そんな現場の悲鳴とも思えるものもここでお話しさせていただけたらありがたいな、そんなことを感じております。
おかげさんで、教育を大事にしていこう、あるいは美しい国づくり、環境問題、あるいは歴史と伝統を大事にしていこう、そんなことが大きな課題になってきました。国民の価値観も大きく変わってきたんじゃないかな、再認識されてきたんじゃないかな。そんなときに、歴史都市京都が果たすべき役割にも大きなものがあると思っています。
今、桝本市長を先頭に美しい京都をつくっていこう、そのために、この三月に景観条例などが通りました。都心部のビルの高さ、四十五メーターから三十一メーターに、三十一メーターは十五メーターに規制する、屋上の看板は全面禁止する、建物のデザインを規制する、あるいはお寺や神社の借景を守っていく。市民の大きな自己犠牲もあります。そうしたことをしながら、さらに国に対して国家戦略としての京都創生をお願いしていこう、そして、いつまでも日本に京都があってよかった、そんなことを実感していただける京都をつくっていこう、創生していこう、守っていこう、そんな取り組みが始まっています。
そうしたときに、私ども教育関係者の責任もなお重いと感じています。ハードも大事でありますけれども、美しいものを美しいと感じる子供たち、次世代を育成していかなければなりません。そのためにみずから行動しなければなりません。
先日の土曜日も朝七時から梅津北小学校というところで、子供、教職員、地域の方々みんなで二時間かけて便所掃除をしました。百人を超える子供たち、PTA、地域の方々が参加をしていただきました。便所を磨いて心を磨こう、便教会と言っています。便所の便に、キョウは教えるでしたけれども、教えるはちょっとおこがましいかな、鏡でもいいな、響くでもいいな、共にでもいいな、協力の協でもいいな、みんなが思いを込めて便教会、そんな取り組みが一歩一歩ですが進んでおります。
さて、教育改革であります。私は、最大のキーワードは当事者意識と参画行動であります。学校、家庭、地域、大学、経済界、企業、すべての大人が共に汗をする共汗関係が大事じゃないかな、そのためには大事なことが二つあるんじゃないかな。
一つは、学校現場、できるだけ子供に近いところに権限を移譲していく。人事の権限も予算の権限もできるだけ学校現場に移譲していく、そんな取り組みを進めております。同時に、現場に移譲するだけではだめ、そのときに教育委員会が適切な指導をするということも大事であります。一つはそういうことであります。
もう一点は、学校、家庭、地域の連携と協力であります。学校と家庭、地域が足りないところを批判する関係やなしに、足りないところをともに高め合うような関係にしていこう、そういうことであります。そのためには、情報を共有する、学校が説明責任を果たすということが大事であります。
情報の共有は課題意識の共有になる、さらにそれを行動の共有へと高めていく、そして評価も共有する、子育ての喜びも共有していく、そんな関係をつくっていこう。そのために、保護者、地域の代表が学校運営に参画する学校運営協議会を設置するコミュニティースクール、昨年度までに六十校に広がりました。学校からどんどん申請していただいて指名していきます。今年度中に百校を超える、小学校では半分以上の学校がコミュニティースクールになっていく、そんなことを進めております。
連携、連携といいます。しかし、学校に閉鎖的な体質があれば、教師に信頼されないような行動があれば、連携は生まれません。連携、連携というと、ややもしますと相手に物を求めます。しかし、まず連携とは自己変革であります。学校の閉鎖的な体質、教師の専門性を高めていく、そして同時に、地域の方々に、保護者の方々に、あなたは子供のために何ができますかということを大胆に提言していく。
おかげさんで、二万人を超える方々が、子供の安全確保、授業のサポート、障害のある子供のために、あるいは読書活動にといろいろ協力していただける、そんな関係が生まれてきております。
同時に、連携とは重なり合うことである。家庭、地域の教育力が低下した、嘆いていても始まりません。それをともに高め合う、重なり合って高まっていく、そんな環境をつくっていきたい、そんなことをやっています。
そのためにも、教師が変わらなきゃならない、指導力不足教員になってはいけないということで、いろいろなチームを組み、教員評価制度を導入し、頑張る先生を応援する。
この五年間で二千八百人の先生を表彰してきました。同時に、課題のある先生にはいろいろな研修プログラムをつくっていく。そして、それでも変わらない先生には、残念ではありますが、十年間で百四十五人、この五年間で九十五人の先生に教壇から去っていただきました。しかし、だめな先生はほんの一部です。多くの先生は頑張っている。そうした先生のモチベーションを高めていく、そのことが何よりも大事じゃないかな。
京都市では、小学校一、二年生、独自予算で既に三十五人学級をやっています。そしてことしから、義務教育の終了であります中学校三年、三十人学級に踏み切りました。オール京都市では、財政危機の中で三千人を超える職員の削減を行っております。しかし、教師はふやそう、そして教師の処遇の改善も大事であります。それらにつきましても、ぜひとも国会での御英断をお願いしたい、そのように考えております。
次に、学力であります。
ゆとり教育の見直しということが言われています。ゆとり教育という言葉自体、私は余り好ましい言葉でないと思います。誤解を与えます。しかし、この理念、画一と受け身から自立と創造へ、知識の量も大事ですけれども、それを生きて働く知恵に変えていかなきゃならない。そのためには体験が大切だ。そうした理念は不変のものだ。その理念が実現しなかったから、見直しであります。
そのために、教育条件の整備充実、教職員定数改善計画がストップしていますが、そういったこともふやさなきゃなりませんし、いろいろな条件整備、社会全体で受け入れていく社会総がかりの教育改革が重要ではないかと思っています。
同時に、学力も大事。みずみずしい感性もつくっていかなきゃならない。京都市では、国の基準の一〇%を超える授業時間数を確保しよう、そんなことで取り組みをしています。
教職員の人事異動は四月一日とおおむね決まったものでありますが、京都市では三月二十日に事実上発令しました。そして、異動した先生は三月二十六日には新しい学校に赴任して、新年度の準備をしていただきます。そして、毎年ですと四月の八日、九日が入学式、始業式ですが、ことしは、四月四日に入学式、そして五日始業式。桜の咲いている間に入学式ができる、地球温暖化で桜も早く咲きますから。これは副次効果でありますけれども、そんなことをしています。
また、桝本市長のマニフェストで、すべての小中学校の教室にクーラーがつきました。そんな中で教職員が、夏休みも短くしよう、さらには夏休みに補習をしよう、そんな取り組みも現場の熱意に支えられて進んでおります。
改正法案との関係でございますが、京都市では、既に保護者の代表が教育委員に参画しております。さらに、スポーツ行政や文化行政は市長部局において補助執行していただいています。一方、私立幼稚園、私立高校の行政は、教育委員会で補助執行しております。そして、オール京都市として、子育て支援やあるいはいろいろな生涯学習等々については、全庁的な体制をつくって進めております。ただ、学校行政については、政治的な中立が大事だということで、教育委員会が果たさなければならない役割が大事だと今思っています。
なお、評価が大事であります。京都市では、政策評価、施策評価、それから千三百項目にわたる事務事業評価を進めてきましたが、この五月市議会で行政評価条例が制定されようとしています。その中には、学校評価も条例化します。そして、適切な評価をしていく、そして改善をしていく、そんなことを今進めております。
地方分権か国の関与かということが論じられておりますが、私は、地方分権が基本であります。ただ、伝家の宝刀的なものも必要であります。同時に、そういったことが行使されないように、地方が主体性を発揮して頑張らなければならない、そんなことも感じております。
なお、教育条件の整備充実が何よりも大事であります。教職員は本当に苦労しております。教師のたっとばれるような社会をつくるために、教職員の処遇の改善、さらに教職員の増員をお願いしたいな。
京都の教育改革を進めておりまして、やはり現場主義が大事だな、同時に、教師の潜在能力を生かしていく、こうした地域の力とそれを融合させていく。今、堀川高校の奇跡というような本がベストセラーになっております。朝日新書であります。十年ほど前に本当に厳しい条件であった堀川高校が、今は四年連続で京都大学現役合格率がトップになる、そんな改革が進んでいます。堀川に続けと西京高校が、そしてことしは銅駝美術高校、十年前、現役で国公立大学進学はゼロでしたが、ことし、九十人の卒業生のうち三十一人が国公立大学に入りました。
教師の潜在能力を生かしていく、そういうことによって学校は変わります。現場を激励していただきたいな、同時に、教師も頑張っていかなければならないな。そのために、国の基準を上回る教職員を配置しています。今、教育が大事なときに、どうぞ国家政策として教師の処遇の改善、定数の改善にも取り組んでいただきたいなと思います。
同時に、厳しい社会環境であります。勝ち組、負け組というようなものができないように教育条件を整備していく、そんなこともぜひともお願いしたいな。謹んで皆さん方にお願いして、意見陳述にかえさせていただきます。
ありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →このような機会をいただきまして、ありがとうございます。また、国を挙げて教育再生を最重要視していただくことを本当に心強く思っております。
迷ったときは困難な道を選ぼう、今、京都の教育界で合い言葉にしております。一人一人の子供を徹底的に大切にする、一つ一つの学校を徹底的に大切にする、家庭訪問を大事にしよう、現場へ足を運ぼう。人間、ややもしますと楽な方を選んでしまいますが、あえて困難な方を選ぼう、いろいろな問題が起これば、制度の責任にせずに制度の限界まで挑戦しよう、タブーに挑戦しよう、そんな取り組みを、今熱意あふれる教職員が進めていただいております。
実は、きょうから京都市議会本会議が始まりまして、この参考人意見陳述の話をいただいたときにお断りしようかなとも思ったんです。与野党意見の対立する法案の審議に現職の教育長が意見を述べる、いささかのちゅうちょもございましたが、あえて私も自分に負荷をかけて、ここで勉強させていただきたい、そのように思って参加させていただきました。
また、今、教師に対する、学校に対する厳しいバッシングがございます。教育委員会のあり方も問われております。しかし、現場から見ておりまして、非常に困難な教育条件のもとで、課題が山積する中で、現場の多くの熱意あふれる教職員が懸命な努力をしております。朝から晩まで、校長先生、教頭先生なんかは土曜日も日曜日も、教育委員会も、全国で多くの方々が頑張っておられます。今、学校教育は大きく前進してきております。
私は、しばしば申しておりますが、子供の教育を悪くしようと思えば子供の前で先生の悪口を言えばいい、地域の学校を悪くしようと思えば地域で学校の批判をすればいい、確実に教育は悪くなります。今、日本じゅうでそんなことが起こっているんじゃないかなと危惧しております。頑張る教師を励ます、教職員のモチベーションを高める、そして教育者がたっとばれるような世の中にしなければ教育の未来はない、日本の未来はない、そのように思っています。そんな現場の悲鳴とも思えるものもここでお話しさせていただけたらありがたいな、そんなことを感じております。
おかげさんで、教育を大事にしていこう、あるいは美しい国づくり、環境問題、あるいは歴史と伝統を大事にしていこう、そんなことが大きな課題になってきました。国民の価値観も大きく変わってきたんじゃないかな、再認識されてきたんじゃないかな。そんなときに、歴史都市京都が果たすべき役割にも大きなものがあると思っています。
今、桝本市長を先頭に美しい京都をつくっていこう、そのために、この三月に景観条例などが通りました。都心部のビルの高さ、四十五メーターから三十一メーターに、三十一メーターは十五メーターに規制する、屋上の看板は全面禁止する、建物のデザインを規制する、あるいはお寺や神社の借景を守っていく。市民の大きな自己犠牲もあります。そうしたことをしながら、さらに国に対して国家戦略としての京都創生をお願いしていこう、そして、いつまでも日本に京都があってよかった、そんなことを実感していただける京都をつくっていこう、創生していこう、守っていこう、そんな取り組みが始まっています。
そうしたときに、私ども教育関係者の責任もなお重いと感じています。ハードも大事でありますけれども、美しいものを美しいと感じる子供たち、次世代を育成していかなければなりません。そのためにみずから行動しなければなりません。
先日の土曜日も朝七時から梅津北小学校というところで、子供、教職員、地域の方々みんなで二時間かけて便所掃除をしました。百人を超える子供たち、PTA、地域の方々が参加をしていただきました。便所を磨いて心を磨こう、便教会と言っています。便所の便に、キョウは教えるでしたけれども、教えるはちょっとおこがましいかな、鏡でもいいな、響くでもいいな、共にでもいいな、協力の協でもいいな、みんなが思いを込めて便教会、そんな取り組みが一歩一歩ですが進んでおります。
さて、教育改革であります。私は、最大のキーワードは当事者意識と参画行動であります。学校、家庭、地域、大学、経済界、企業、すべての大人が共に汗をする共汗関係が大事じゃないかな、そのためには大事なことが二つあるんじゃないかな。
一つは、学校現場、できるだけ子供に近いところに権限を移譲していく。人事の権限も予算の権限もできるだけ学校現場に移譲していく、そんな取り組みを進めております。同時に、現場に移譲するだけではだめ、そのときに教育委員会が適切な指導をするということも大事であります。一つはそういうことであります。
もう一点は、学校、家庭、地域の連携と協力であります。学校と家庭、地域が足りないところを批判する関係やなしに、足りないところをともに高め合うような関係にしていこう、そういうことであります。そのためには、情報を共有する、学校が説明責任を果たすということが大事であります。
情報の共有は課題意識の共有になる、さらにそれを行動の共有へと高めていく、そして評価も共有する、子育ての喜びも共有していく、そんな関係をつくっていこう。そのために、保護者、地域の代表が学校運営に参画する学校運営協議会を設置するコミュニティースクール、昨年度までに六十校に広がりました。学校からどんどん申請していただいて指名していきます。今年度中に百校を超える、小学校では半分以上の学校がコミュニティースクールになっていく、そんなことを進めております。
連携、連携といいます。しかし、学校に閉鎖的な体質があれば、教師に信頼されないような行動があれば、連携は生まれません。連携、連携というと、ややもしますと相手に物を求めます。しかし、まず連携とは自己変革であります。学校の閉鎖的な体質、教師の専門性を高めていく、そして同時に、地域の方々に、保護者の方々に、あなたは子供のために何ができますかということを大胆に提言していく。
おかげさんで、二万人を超える方々が、子供の安全確保、授業のサポート、障害のある子供のために、あるいは読書活動にといろいろ協力していただける、そんな関係が生まれてきております。
同時に、連携とは重なり合うことである。家庭、地域の教育力が低下した、嘆いていても始まりません。それをともに高め合う、重なり合って高まっていく、そんな環境をつくっていきたい、そんなことをやっています。
そのためにも、教師が変わらなきゃならない、指導力不足教員になってはいけないということで、いろいろなチームを組み、教員評価制度を導入し、頑張る先生を応援する。
この五年間で二千八百人の先生を表彰してきました。同時に、課題のある先生にはいろいろな研修プログラムをつくっていく。そして、それでも変わらない先生には、残念ではありますが、十年間で百四十五人、この五年間で九十五人の先生に教壇から去っていただきました。しかし、だめな先生はほんの一部です。多くの先生は頑張っている。そうした先生のモチベーションを高めていく、そのことが何よりも大事じゃないかな。
京都市では、小学校一、二年生、独自予算で既に三十五人学級をやっています。そしてことしから、義務教育の終了であります中学校三年、三十人学級に踏み切りました。オール京都市では、財政危機の中で三千人を超える職員の削減を行っております。しかし、教師はふやそう、そして教師の処遇の改善も大事であります。それらにつきましても、ぜひとも国会での御英断をお願いしたい、そのように考えております。
次に、学力であります。
ゆとり教育の見直しということが言われています。ゆとり教育という言葉自体、私は余り好ましい言葉でないと思います。誤解を与えます。しかし、この理念、画一と受け身から自立と創造へ、知識の量も大事ですけれども、それを生きて働く知恵に変えていかなきゃならない。そのためには体験が大切だ。そうした理念は不変のものだ。その理念が実現しなかったから、見直しであります。
そのために、教育条件の整備充実、教職員定数改善計画がストップしていますが、そういったこともふやさなきゃなりませんし、いろいろな条件整備、社会全体で受け入れていく社会総がかりの教育改革が重要ではないかと思っています。
同時に、学力も大事。みずみずしい感性もつくっていかなきゃならない。京都市では、国の基準の一〇%を超える授業時間数を確保しよう、そんなことで取り組みをしています。
教職員の人事異動は四月一日とおおむね決まったものでありますが、京都市では三月二十日に事実上発令しました。そして、異動した先生は三月二十六日には新しい学校に赴任して、新年度の準備をしていただきます。そして、毎年ですと四月の八日、九日が入学式、始業式ですが、ことしは、四月四日に入学式、そして五日始業式。桜の咲いている間に入学式ができる、地球温暖化で桜も早く咲きますから。これは副次効果でありますけれども、そんなことをしています。
また、桝本市長のマニフェストで、すべての小中学校の教室にクーラーがつきました。そんな中で教職員が、夏休みも短くしよう、さらには夏休みに補習をしよう、そんな取り組みも現場の熱意に支えられて進んでおります。
改正法案との関係でございますが、京都市では、既に保護者の代表が教育委員に参画しております。さらに、スポーツ行政や文化行政は市長部局において補助執行していただいています。一方、私立幼稚園、私立高校の行政は、教育委員会で補助執行しております。そして、オール京都市として、子育て支援やあるいはいろいろな生涯学習等々については、全庁的な体制をつくって進めております。ただ、学校行政については、政治的な中立が大事だということで、教育委員会が果たさなければならない役割が大事だと今思っています。
なお、評価が大事であります。京都市では、政策評価、施策評価、それから千三百項目にわたる事務事業評価を進めてきましたが、この五月市議会で行政評価条例が制定されようとしています。その中には、学校評価も条例化します。そして、適切な評価をしていく、そして改善をしていく、そんなことを今進めております。
地方分権か国の関与かということが論じられておりますが、私は、地方分権が基本であります。ただ、伝家の宝刀的なものも必要であります。同時に、そういったことが行使されないように、地方が主体性を発揮して頑張らなければならない、そんなことも感じております。
なお、教育条件の整備充実が何よりも大事であります。教職員は本当に苦労しております。教師のたっとばれるような社会をつくるために、教職員の処遇の改善、さらに教職員の増員をお願いしたいな。
京都の教育改革を進めておりまして、やはり現場主義が大事だな、同時に、教師の潜在能力を生かしていく、こうした地域の力とそれを融合させていく。今、堀川高校の奇跡というような本がベストセラーになっております。朝日新書であります。十年ほど前に本当に厳しい条件であった堀川高校が、今は四年連続で京都大学現役合格率がトップになる、そんな改革が進んでいます。堀川に続けと西京高校が、そしてことしは銅駝美術高校、十年前、現役で国公立大学進学はゼロでしたが、ことし、九十人の卒業生のうち三十一人が国公立大学に入りました。
教師の潜在能力を生かしていく、そういうことによって学校は変わります。現場を激励していただきたいな、同時に、教師も頑張っていかなければならないな。そのために、国の基準を上回る教職員を配置しています。今、教育が大事なときに、どうぞ国家政策として教師の処遇の改善、定数の改善にも取り組んでいただきたいなと思います。
同時に、厳しい社会環境であります。勝ち組、負け組というようなものができないように教育条件を整備していく、そんなこともぜひともお願いしたいな。謹んで皆さん方にお願いして、意見陳述にかえさせていただきます。
ありがとうございました。拍手
保
荒
荒谷信子#4
○荒谷参考人 皆様、おはようございます。広島県の東広島市から参りました荒谷信子と申します。
本日は、教育再生に関する特別委員会において参考人として意見を述べさせていただきますことを、大変光栄に思っております。
私は、平成十八年六月末まで四年間、東広島市の教育委員会の教育長をしておりましたことから、主として、東広島市の取り組みと現場から見た教育行政の課題、そしてそれを踏まえて、今回の地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案についての意見を述べさせていただきたいと思います。
最初は、東広島市の取り組みと現場から見た教育行政の課題について申し上げます。
東広島市は平成十七年二月に一市五町が合併をいたしました。それを機に町づくりの将来像は、「未来にはばたく国際学術研究都市」となりました。人口は十八万人ですが、広島県内一の人口増加率、都市の成長力は全国十二位という数字を示しております。
その中で、教育委員会では、新しい町の人づくりを担い、学校教育改革と生涯学習の推進を車の両輪とした、新しい時代にふさわしい教育改革を進めてまいりました。定例教育委員会は月一回の開催ですが、必要に応じて臨時教育委員会を開催いたします。
市の中心市街地はマンション建設ラッシュです。中学校がマンモス化しておりますので、分離新設するか通学区域を見直すかで夜間や土日にたびたび臨時教育委員会を開催し、審議をいたしました。その結果、分離新設がよいという結論をもって市長と協議をいたしました。このような重要案件、大きな予算が伴うものについては、委員がそろって市長に要望をしましたり協議をいたします。
近隣五町と合併しましてからは、五町を持ち回って開催しておりまして、午前中は教育施設を訪問し、お昼は子供たちと学校で学校給食を試食し、午後からは教育委員会を開催いたします。
教育委員は五名です。産業界一名、他町教育長経験者一名、幼児教育・スポーツ関係者一名、芸術文化関係者一名、そして教育長という構成です。教育委員は、人格が高潔で、教育、学術及び文化に関し識見を有するもののうちから任命されますので、年齢が高くなりがちです。
東広島市の場合、会議は大変活発で、委員の方々も御自分で参考資料を作成しましたり、よい情報を資料として提供されておりまして、議論は白熱しております。教育長も、委員という立場からと事務局を指揮監督するという両方の立場から発言しております。ただ、教育委員会の責任体制はといいますと、必ずしも明確になっていないという課題はございます。
教育委員会は公開で、教科書採択時など市民の関心事には多くの傍聴がございます。教育委員会の取り組みにつきましては、広報誌を年二回発行し、保護者に配付いたしますとともに、教育機関等で自由にお持ち帰りいただくことにしております。第一回は七月に出し、一年間の方針や具体的な施策を市民の皆さんにお知らせし、第二回は三月に出して、成果と課題をお示ししております。しかしながら、教育委員会の事務の管理、執行状況の点検、評価をし、公表するというところまでには至っておりません。
教育予算につきましては、教育委員会が策定しております学校教育プランと生涯大学システムアクションプラン、これは生涯学習推進のプランでございますが、この年次計画に沿ったものと緊急に取り組まなければならないものをまとめて、事業調整という形で市長に提示、協議します。
限られた予算の中ですから、市長の理解と議会の応援を得なければなりません。そのためには、平素より、市長や議会に対してタイムリーに情報提供をしたり相談しておくことが大切と思っておりました。市長や議会の協力のもと、市教育委員会として、国の基本的な教育制度の枠組みと県の方針は踏まえつつ、東広島市の独自性を出した施策は十分に行うことができたと考えております。他の市や町も同じだろうと思います。
広島県では、広域合併により八十六の市町村が二十三の市町になった現在、各市町教育委員会はこれまで以上に切磋琢磨し、特色ある取り組みが行われており、加速しているようにも思われます。
次に、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案について申し上げます。
戦後、我が国の教育は、教育委員会制度のもとで、政治的中立性の確保、継続性、安定性の確保、地域住民の意向の反映を求めて成果を上げてきました。国民からの教育委員会への安心感や信頼感は非常に大きいものがあると思います。その一方で、教育委員会に対して指摘されている問題も多くあり、制度そのものを廃止するとか任意に設置するなどの意見もございます。
これらの意見がある中、「新しい時代の義務教育を創造する」という中央教育審議会答申では、教育委員会制度の今後のあり方については、すべての地方自治体に設置することなど現在の基本的な枠組みを維持しつつ、制度をできるだけ弾力化するとともに、機能の強化、首長との連携の強化、教育委員会の役割の明確化のための改善を図ることが適当であるとしております。
文部科学省では、地方教育行政の弾力化と地方分権化を推し進めるべく、地方教育行政制度の改正を数次にわたって行い、努力をされてきております。今回の地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案もその一環であり、これまでのあいまいであった点をより一層明確にしようというものであると高く評価しております。
また、地方分権が進む中、市町村は広域合併で規模が拡大しております。したがって、首長は、広範な事務処理に加えて多くの課題を抱えることになりました。教育の分野においても、教職員人事や学級編制など、市区町村の権限と責任が拡大することも考えられ、教育の専門機関としての教育委員会制度という仕組みはこれまで以上に必要かつ重要になってきますので、その機能の強化が求められます。
法律案を具体的に見ていきますと、法律改正により、教育委員会の事務の管理、執行状況の点検、評価の制度化を図るなど教育委員会の責任体制が明確になることは、学校に対して点検、評価を求める教育委員会としては必要なことであり、また、教育委員の一層の自覚の喚起と市民に教育委員会というものをより理解していただくためには、不可欠であると思っております。
県費負担教職員の同一市町村内の転任については、最もその町の事情に精通しております市町村教育委員会の内申を重視すべきだと考えておりまして、待ち望んでいたことであります。
教育委員に保護者を含めることにつきましては、保護者の立場から見た児童生徒の様子がわかりやすくなりますし、任命に当たる市長も選任しやすくなるのではないかと思います。
市町村教育委員会の事務局に指導主事を置くように努めることにつきましては、社会教育法第九条の二には、「都道府県及び市町村の教育委員会の事務局に、社会教育主事を置く。」と必置規定があるのと同じように、指導主事を置くの方がよいと考えます。
教育委員会の法令違反や怠りにより生徒等の教育を受ける権利が明白に侵害されている場合、もしくは緊急に生徒等の生命身体を保護する必要が生じ、他の措置によってはその是正を図ることが困難な場合、文部科学大臣は当該教育委員会に対して是正の要求を行うものとするという今回の改正案は、当然のことだと思っております。
平成十年から三年間、広島県教育委員会は、当時の文部省から全国で初めての是正指導を受けました。法令にのっとらず、不適切な取り組みに対する是正であり、教育内容に関すること七項目、学校管理運営に関すること六項目の計十三項目について指導を受けることになりました。
その結果として、一つには、不適切な教職員の勤務実態が是正され、教育公務員としての自覚が見られるようになりましたこと、二つには、法令にのっとって実施する公教育の確立に向け、市町村教育委員会と校長等が一体となって取り組む体制づくりが進み、学習指導要領に基づいた教育実践及び研究が活性化するようになりましたこと、三つには、校長権限が確保されるようになり、多くの校長がリーダーシップを発揮するとともに、主任等の働きが活性化し、組織的な校務運営が行われるようになってきました。是正指導を機に、県を挙げて新たな「教育県ひろしま」の創造に向けて動き始めたのです。
私は是正指導後に市の教育長に就任しましたが、是正指導のおかげで教育現場は大変伸びやかになっており、広島県が、いち早く学校評価、人事評価も導入し、開かれた学校づくりが進んでいることを強く実感いたしました。
地方分権時代に国からの是正の要求や指示というものはいかがなものかとの意見もあると思います。これらを受けることは、教育委員会として恥ずべきことであって、あってはならないことであります。しかしながら、是正の要求や指示は、法令違反や児童生徒の生命にかかわるような場合に、義務教育に責任を負う国としての責務であると思います。
教育委員会の責任体制の明確化や体制の充実、教育行政における地方分権の推進と国の責任の果たし方について提出されております地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案の早期成立を望み、私の意見陳述を終わらせていただきます。
ありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →本日は、教育再生に関する特別委員会において参考人として意見を述べさせていただきますことを、大変光栄に思っております。
私は、平成十八年六月末まで四年間、東広島市の教育委員会の教育長をしておりましたことから、主として、東広島市の取り組みと現場から見た教育行政の課題、そしてそれを踏まえて、今回の地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案についての意見を述べさせていただきたいと思います。
最初は、東広島市の取り組みと現場から見た教育行政の課題について申し上げます。
東広島市は平成十七年二月に一市五町が合併をいたしました。それを機に町づくりの将来像は、「未来にはばたく国際学術研究都市」となりました。人口は十八万人ですが、広島県内一の人口増加率、都市の成長力は全国十二位という数字を示しております。
その中で、教育委員会では、新しい町の人づくりを担い、学校教育改革と生涯学習の推進を車の両輪とした、新しい時代にふさわしい教育改革を進めてまいりました。定例教育委員会は月一回の開催ですが、必要に応じて臨時教育委員会を開催いたします。
市の中心市街地はマンション建設ラッシュです。中学校がマンモス化しておりますので、分離新設するか通学区域を見直すかで夜間や土日にたびたび臨時教育委員会を開催し、審議をいたしました。その結果、分離新設がよいという結論をもって市長と協議をいたしました。このような重要案件、大きな予算が伴うものについては、委員がそろって市長に要望をしましたり協議をいたします。
近隣五町と合併しましてからは、五町を持ち回って開催しておりまして、午前中は教育施設を訪問し、お昼は子供たちと学校で学校給食を試食し、午後からは教育委員会を開催いたします。
教育委員は五名です。産業界一名、他町教育長経験者一名、幼児教育・スポーツ関係者一名、芸術文化関係者一名、そして教育長という構成です。教育委員は、人格が高潔で、教育、学術及び文化に関し識見を有するもののうちから任命されますので、年齢が高くなりがちです。
東広島市の場合、会議は大変活発で、委員の方々も御自分で参考資料を作成しましたり、よい情報を資料として提供されておりまして、議論は白熱しております。教育長も、委員という立場からと事務局を指揮監督するという両方の立場から発言しております。ただ、教育委員会の責任体制はといいますと、必ずしも明確になっていないという課題はございます。
教育委員会は公開で、教科書採択時など市民の関心事には多くの傍聴がございます。教育委員会の取り組みにつきましては、広報誌を年二回発行し、保護者に配付いたしますとともに、教育機関等で自由にお持ち帰りいただくことにしております。第一回は七月に出し、一年間の方針や具体的な施策を市民の皆さんにお知らせし、第二回は三月に出して、成果と課題をお示ししております。しかしながら、教育委員会の事務の管理、執行状況の点検、評価をし、公表するというところまでには至っておりません。
教育予算につきましては、教育委員会が策定しております学校教育プランと生涯大学システムアクションプラン、これは生涯学習推進のプランでございますが、この年次計画に沿ったものと緊急に取り組まなければならないものをまとめて、事業調整という形で市長に提示、協議します。
限られた予算の中ですから、市長の理解と議会の応援を得なければなりません。そのためには、平素より、市長や議会に対してタイムリーに情報提供をしたり相談しておくことが大切と思っておりました。市長や議会の協力のもと、市教育委員会として、国の基本的な教育制度の枠組みと県の方針は踏まえつつ、東広島市の独自性を出した施策は十分に行うことができたと考えております。他の市や町も同じだろうと思います。
広島県では、広域合併により八十六の市町村が二十三の市町になった現在、各市町教育委員会はこれまで以上に切磋琢磨し、特色ある取り組みが行われており、加速しているようにも思われます。
次に、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案について申し上げます。
戦後、我が国の教育は、教育委員会制度のもとで、政治的中立性の確保、継続性、安定性の確保、地域住民の意向の反映を求めて成果を上げてきました。国民からの教育委員会への安心感や信頼感は非常に大きいものがあると思います。その一方で、教育委員会に対して指摘されている問題も多くあり、制度そのものを廃止するとか任意に設置するなどの意見もございます。
これらの意見がある中、「新しい時代の義務教育を創造する」という中央教育審議会答申では、教育委員会制度の今後のあり方については、すべての地方自治体に設置することなど現在の基本的な枠組みを維持しつつ、制度をできるだけ弾力化するとともに、機能の強化、首長との連携の強化、教育委員会の役割の明確化のための改善を図ることが適当であるとしております。
文部科学省では、地方教育行政の弾力化と地方分権化を推し進めるべく、地方教育行政制度の改正を数次にわたって行い、努力をされてきております。今回の地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案もその一環であり、これまでのあいまいであった点をより一層明確にしようというものであると高く評価しております。
また、地方分権が進む中、市町村は広域合併で規模が拡大しております。したがって、首長は、広範な事務処理に加えて多くの課題を抱えることになりました。教育の分野においても、教職員人事や学級編制など、市区町村の権限と責任が拡大することも考えられ、教育の専門機関としての教育委員会制度という仕組みはこれまで以上に必要かつ重要になってきますので、その機能の強化が求められます。
法律案を具体的に見ていきますと、法律改正により、教育委員会の事務の管理、執行状況の点検、評価の制度化を図るなど教育委員会の責任体制が明確になることは、学校に対して点検、評価を求める教育委員会としては必要なことであり、また、教育委員の一層の自覚の喚起と市民に教育委員会というものをより理解していただくためには、不可欠であると思っております。
県費負担教職員の同一市町村内の転任については、最もその町の事情に精通しております市町村教育委員会の内申を重視すべきだと考えておりまして、待ち望んでいたことであります。
教育委員に保護者を含めることにつきましては、保護者の立場から見た児童生徒の様子がわかりやすくなりますし、任命に当たる市長も選任しやすくなるのではないかと思います。
市町村教育委員会の事務局に指導主事を置くように努めることにつきましては、社会教育法第九条の二には、「都道府県及び市町村の教育委員会の事務局に、社会教育主事を置く。」と必置規定があるのと同じように、指導主事を置くの方がよいと考えます。
教育委員会の法令違反や怠りにより生徒等の教育を受ける権利が明白に侵害されている場合、もしくは緊急に生徒等の生命身体を保護する必要が生じ、他の措置によってはその是正を図ることが困難な場合、文部科学大臣は当該教育委員会に対して是正の要求を行うものとするという今回の改正案は、当然のことだと思っております。
平成十年から三年間、広島県教育委員会は、当時の文部省から全国で初めての是正指導を受けました。法令にのっとらず、不適切な取り組みに対する是正であり、教育内容に関すること七項目、学校管理運営に関すること六項目の計十三項目について指導を受けることになりました。
その結果として、一つには、不適切な教職員の勤務実態が是正され、教育公務員としての自覚が見られるようになりましたこと、二つには、法令にのっとって実施する公教育の確立に向け、市町村教育委員会と校長等が一体となって取り組む体制づくりが進み、学習指導要領に基づいた教育実践及び研究が活性化するようになりましたこと、三つには、校長権限が確保されるようになり、多くの校長がリーダーシップを発揮するとともに、主任等の働きが活性化し、組織的な校務運営が行われるようになってきました。是正指導を機に、県を挙げて新たな「教育県ひろしま」の創造に向けて動き始めたのです。
私は是正指導後に市の教育長に就任しましたが、是正指導のおかげで教育現場は大変伸びやかになっており、広島県が、いち早く学校評価、人事評価も導入し、開かれた学校づくりが進んでいることを強く実感いたしました。
地方分権時代に国からの是正の要求や指示というものはいかがなものかとの意見もあると思います。これらを受けることは、教育委員会として恥ずべきことであって、あってはならないことであります。しかしながら、是正の要求や指示は、法令違反や児童生徒の生命にかかわるような場合に、義務教育に責任を負う国としての責務であると思います。
教育委員会の責任体制の明確化や体制の充実、教育行政における地方分権の推進と国の責任の果たし方について提出されております地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案の早期成立を望み、私の意見陳述を終わらせていただきます。
ありがとうございました。拍手
保
市
市川昭午#6
○市川参考人 市川でございます。
本日は、このように私の意見を述べさせていただきまして、大変ありがとうございます。
私は、公選制教育委員会のころから地方教育行政の調査研究に携わってまいりましたが、地方教育制度をいかに設計するかというのは大変難しい問題でございまして、絶対にこれがいいというようなシステムはなかなかつくりにくいと感じております。しかしながら、ここに参りました以上は、何がしかの意見を申し述べなければなりませんので、地方教育行政の基本理念、教育委員会の体制、それから地方自治体の首長さんと教育委員会の関係、それから都道府県と市町村の関係、国と地方の関係に分けて、順次申し上げたいと思います。
まず、地方教育行政の基本理念はいかがなものであるべきかということでございますが、地域の実情に応じて教育の振興を図るということは言うまでもないことでございますが、いかなる内容の教育の振興を図るかということもまた大事なことではないかと思うわけでございます。いかなる内容の教育がいいかということは、これはそれぞれお考えが異なるかと思いますが、基本的に私は、国民の教育を受ける権利を保障する点において、国民ないしは住民に責任を持って行われることが肝心ではなかろうか、こう考えております。
昨年改正されました教育基本法の十六条三項では、地方公共団体が主に担う役割は、その地域における教育の振興を図るために、その実情に応じた教育に関する施策を策定し、実施するということであり、国の主な役割は、教育の機会均等と教育水準の維持向上を図ることとなっておりますが、今回の改正法を見ますと、このいずれもが地方の分担のようにも書かれておりまして、この教育基本法と学校教育法の改正法案との関係がどうなっているのかということが若干わかりにくいところでございます。
次に、教育委員会の執行体制をいかにして整備拡充するかということでございますが、世間から一番求められておりますのは、教育委員会の活性化ということで、これは以前から言われておることでございます。そのためには、法案にもありますように、教育委員の方々の自覚ということも大事でございましょうし、その権限の強化ということも大事ではございましょうが、狭い意味での教育委員会が事務局に対してなぜ影響力が乏しいかということは、これは非常勤であるとかいろいろな理由もございましょうけれども、もう一つは、一応法律上の権限はあるわけでございますが、私は、権威が少し足りないのではなかろうか、こう思うわけでございます。
なぜ権威が足りないかといえば、事務局の職員も教育委員もいずれも任命制でございまして、その点では同じでございます。そういう点から申しますと、やはり教育委員に権限だけではなくて権威を持たせるためには公選制にする必要があるのではなかろうか。首長さんが権限と同時に権威を持っていらっしゃるのは、これはやはり公選、住民から選ばれてきた、授権されているというところにあるのではなかろうか、こう思うわけでございます。
今日、世間ではレーマンコントロールを強化する必要があると言われております。確かにレーマンコントロールの原理を徹底することは大事でございますが、同時に、プロフェッショナルリーダーシップを確立するということも教育委員会制度の根本的な考え方でございまして、この両面が必要であるわけであります。
そのためには事務局職員の専門性を高めるということも必要になってまいりますが、そういった点からいいますと、今回の改正案で市町村教育委員会に指導主事を置くことに努めるという規定がありますのは、理解できるところでございます。ただ、ここ十数年来の地方分権改革におきましては、いろいろな専門職員の必置制をなくしていくという基本方向にあるようでございまして、これとどのように調整されるのかという点が気にかかるところでございます。
それから、改正案では、学識経験者の知見を活用して教育委員会の活動状況を点検、評価するということがございます。無論それも結構でございますが、単に学識経験者だけでなくて、保護者とか住民の知見を活用することもまた肝要であり、それによって初めて地域の実情に合った教育の振興が可能となるのではないかと考える次第でございます。
三番目に、地方教育行政に関しましての首長と教育委員会の関係でございますが、この点で改正案はやや混乱しているような印象も受けます。それは、一方で教育委員会の権限を縮小し、他方では拡大しようとしているところでございます。
文化、スポーツの事務を首長に移譲するという規定が一方にあり、それで、他方では、私立学校に関する首長の権限を教育委員会に移譲するかのごとき表現もあり、基本的に改正がどちらの方向を向いているのかという点が理解しかねるところでございます。将来的に、文化とスポーツだけでなくて、社会教育や生涯学習、施設設備などの権限も移譲されていくのか、そうなりますと、結局、教育委員会は学校委員会のようなものになっていく、スクールボードになっていくわけでございますが、そうなりますと民主党案に近づいていくような印象も受けるわけでございますが、その点いかがなものでございましょうか。
四番目は、都道府県と市町村の関係でございますが、これは市町村の規模との関係があるわけでございまして、これは教育委員会制度発足以来の難問なのでございます。
発足当時は一万ぐらいの市町村がございまして、それが昭和の大合併で三分の一に減り、それから、平成の大合併でさらに減ってきているわけでございます。しかしながら、なお弱小市町村というものが残っているわけでございまして、これとの関係で、行政能力とそれから民意の反映という、とかく矛盾し相克する関係をどう調整するかということが課題として残っているわけでございます。
また、改正案では、市町村の教育委員に対して都道府県や文部科学省が研修を行うというようなことも規定してございます。研修をさせて悪いということはないでしょうが、ややもすれば、国、都道府県、市町村が上下関係にあるような印象も与えますし、そもそも、改めて研修する必要がないような教育委員を任命すべきではないかということも考えられるわけであります。
最後に、国の地方に対する権限でございますが、改正案は、国の地方に対する権限を拡大する方向に基本的にあるんだろうと思います。地方分権改革によりまして削除されました諸権限が復活していくというような方向にあろうかと思うのでございますが、しかし、四十九条の改正は、現在地方自治法にもほとんど同じような規定があるわけでございまして、これで、地方自治法二百四十五条の五の規定でなぜだめなのかということがよく理解できません。
それから、五十条は、さらに強い権限を国に持たせようということでございますが、しかしながら、地方自治法二百四十五条の三がうたっておりますように、地方の自主性及び自立性に配慮し、国及び都道府県の関与は必要な最小限度のものにすべきだということとの兼ね合いも必要かと思います。
また、生徒等の生命身体を保護する必要が生じているような緊急事態に文部科学大臣が是正、改善の指示をしても、実際には間に合わないんじゃないか。それだけでなくて、文部科学省が関与してまいりますと、これは市町村から報告を上げ、さらに都道府県に報告を上げ、文部科学省に報告を上げていくわけでございますから、その事務にいろいろ振り回されまして、対応がかえっておくれることになるんじゃなかろうか、こんなふうにも考えるわけでございます。
時間が参りましたので私の意見陳述はこの辺で終わりますが、民主党案なども大変興味深く読ませていただきましたが、時間の関係で意見は省略させていただきます。拍手
〔中山(成)委員長代理退席、委員長着席〕
この発言だけを見る →本日は、このように私の意見を述べさせていただきまして、大変ありがとうございます。
私は、公選制教育委員会のころから地方教育行政の調査研究に携わってまいりましたが、地方教育制度をいかに設計するかというのは大変難しい問題でございまして、絶対にこれがいいというようなシステムはなかなかつくりにくいと感じております。しかしながら、ここに参りました以上は、何がしかの意見を申し述べなければなりませんので、地方教育行政の基本理念、教育委員会の体制、それから地方自治体の首長さんと教育委員会の関係、それから都道府県と市町村の関係、国と地方の関係に分けて、順次申し上げたいと思います。
まず、地方教育行政の基本理念はいかがなものであるべきかということでございますが、地域の実情に応じて教育の振興を図るということは言うまでもないことでございますが、いかなる内容の教育の振興を図るかということもまた大事なことではないかと思うわけでございます。いかなる内容の教育がいいかということは、これはそれぞれお考えが異なるかと思いますが、基本的に私は、国民の教育を受ける権利を保障する点において、国民ないしは住民に責任を持って行われることが肝心ではなかろうか、こう考えております。
昨年改正されました教育基本法の十六条三項では、地方公共団体が主に担う役割は、その地域における教育の振興を図るために、その実情に応じた教育に関する施策を策定し、実施するということであり、国の主な役割は、教育の機会均等と教育水準の維持向上を図ることとなっておりますが、今回の改正法を見ますと、このいずれもが地方の分担のようにも書かれておりまして、この教育基本法と学校教育法の改正法案との関係がどうなっているのかということが若干わかりにくいところでございます。
次に、教育委員会の執行体制をいかにして整備拡充するかということでございますが、世間から一番求められておりますのは、教育委員会の活性化ということで、これは以前から言われておることでございます。そのためには、法案にもありますように、教育委員の方々の自覚ということも大事でございましょうし、その権限の強化ということも大事ではございましょうが、狭い意味での教育委員会が事務局に対してなぜ影響力が乏しいかということは、これは非常勤であるとかいろいろな理由もございましょうけれども、もう一つは、一応法律上の権限はあるわけでございますが、私は、権威が少し足りないのではなかろうか、こう思うわけでございます。
なぜ権威が足りないかといえば、事務局の職員も教育委員もいずれも任命制でございまして、その点では同じでございます。そういう点から申しますと、やはり教育委員に権限だけではなくて権威を持たせるためには公選制にする必要があるのではなかろうか。首長さんが権限と同時に権威を持っていらっしゃるのは、これはやはり公選、住民から選ばれてきた、授権されているというところにあるのではなかろうか、こう思うわけでございます。
今日、世間ではレーマンコントロールを強化する必要があると言われております。確かにレーマンコントロールの原理を徹底することは大事でございますが、同時に、プロフェッショナルリーダーシップを確立するということも教育委員会制度の根本的な考え方でございまして、この両面が必要であるわけであります。
そのためには事務局職員の専門性を高めるということも必要になってまいりますが、そういった点からいいますと、今回の改正案で市町村教育委員会に指導主事を置くことに努めるという規定がありますのは、理解できるところでございます。ただ、ここ十数年来の地方分権改革におきましては、いろいろな専門職員の必置制をなくしていくという基本方向にあるようでございまして、これとどのように調整されるのかという点が気にかかるところでございます。
それから、改正案では、学識経験者の知見を活用して教育委員会の活動状況を点検、評価するということがございます。無論それも結構でございますが、単に学識経験者だけでなくて、保護者とか住民の知見を活用することもまた肝要であり、それによって初めて地域の実情に合った教育の振興が可能となるのではないかと考える次第でございます。
三番目に、地方教育行政に関しましての首長と教育委員会の関係でございますが、この点で改正案はやや混乱しているような印象も受けます。それは、一方で教育委員会の権限を縮小し、他方では拡大しようとしているところでございます。
文化、スポーツの事務を首長に移譲するという規定が一方にあり、それで、他方では、私立学校に関する首長の権限を教育委員会に移譲するかのごとき表現もあり、基本的に改正がどちらの方向を向いているのかという点が理解しかねるところでございます。将来的に、文化とスポーツだけでなくて、社会教育や生涯学習、施設設備などの権限も移譲されていくのか、そうなりますと、結局、教育委員会は学校委員会のようなものになっていく、スクールボードになっていくわけでございますが、そうなりますと民主党案に近づいていくような印象も受けるわけでございますが、その点いかがなものでございましょうか。
四番目は、都道府県と市町村の関係でございますが、これは市町村の規模との関係があるわけでございまして、これは教育委員会制度発足以来の難問なのでございます。
発足当時は一万ぐらいの市町村がございまして、それが昭和の大合併で三分の一に減り、それから、平成の大合併でさらに減ってきているわけでございます。しかしながら、なお弱小市町村というものが残っているわけでございまして、これとの関係で、行政能力とそれから民意の反映という、とかく矛盾し相克する関係をどう調整するかということが課題として残っているわけでございます。
また、改正案では、市町村の教育委員に対して都道府県や文部科学省が研修を行うというようなことも規定してございます。研修をさせて悪いということはないでしょうが、ややもすれば、国、都道府県、市町村が上下関係にあるような印象も与えますし、そもそも、改めて研修する必要がないような教育委員を任命すべきではないかということも考えられるわけであります。
最後に、国の地方に対する権限でございますが、改正案は、国の地方に対する権限を拡大する方向に基本的にあるんだろうと思います。地方分権改革によりまして削除されました諸権限が復活していくというような方向にあろうかと思うのでございますが、しかし、四十九条の改正は、現在地方自治法にもほとんど同じような規定があるわけでございまして、これで、地方自治法二百四十五条の五の規定でなぜだめなのかということがよく理解できません。
それから、五十条は、さらに強い権限を国に持たせようということでございますが、しかしながら、地方自治法二百四十五条の三がうたっておりますように、地方の自主性及び自立性に配慮し、国及び都道府県の関与は必要な最小限度のものにすべきだということとの兼ね合いも必要かと思います。
また、生徒等の生命身体を保護する必要が生じているような緊急事態に文部科学大臣が是正、改善の指示をしても、実際には間に合わないんじゃないか。それだけでなくて、文部科学省が関与してまいりますと、これは市町村から報告を上げ、さらに都道府県に報告を上げ、文部科学省に報告を上げていくわけでございますから、その事務にいろいろ振り回されまして、対応がかえっておくれることになるんじゃなかろうか、こんなふうにも考えるわけでございます。
時間が参りましたので私の意見陳述はこの辺で終わりますが、民主党案なども大変興味深く読ませていただきましたが、時間の関係で意見は省略させていただきます。拍手
〔中山(成)委員長代理退席、委員長着席〕
保
中
中嶋哲彦#8
○中嶋参考人 中嶋哲彦と申します。
名古屋大学の教育発達科学研究科で教育行政学、教育法学を研究し教育をするとともに、犬山市教育委員会の教育委員として、もう六、七年になりますけれども、仕事をしています。その立場から今回は発言の機会を与えていただいたものと思います。ありがとうございます。
それでは、まず法案の個別の点に入る前のところで、私の地方教育行政に関する一つの考え方として提示しておきたいと思いますけれども、文部科学省による国の教育行政とは別に地方教育行政が存在していて、しかもそれが地方公共団体の自治事務として位置づけられているということの意味は、これは大変重く受けとめなければならないだろうと思います。これは、地方自治というのは憲法上の制度でありますし、それから、国と地方の役割分担の中で、住民の生活に近い領域については地方にゆだねるのだということが憲法それから地方自治法の定める大きな原則だと思います。その中で、教育をいかに地方において地方自治的に展開していくか、担っていくかということが地方教育行政制度というものであろうと思います。
その中で、教育委員会というのはどういう位置にあるか。それは、私の考えるところ、教育の地方自治を制度的に担っていく、制度的に担う行政機関であると考えます。ここであえて制度的というところを力を込めて申し上げたのは、それは、教育の地方自治を担うというのはもう行政機関だけではないと思うんですね。それぞれの町に住んでいる保護者、住民、これが真の担い手であるということは変わりはないと思います。それぞれの住民が主権者としてその町の教育、教育行政に対して最終的な責任を持っているということはとても大事なことで、その上で、それを制度として一つの意思としてまとめていく際に、教育委員会制度という一つの行政機関の制度が設けられているということだと思います。
その意味で、教育委員会というものが果たしている役割は、その地域に住む住民の意思を行政に生かしていく、公教育を具体的に地域でつくり出していくという役割、これを制度的に果たしていくものであろうと思います。
その意味で、一つお考えが先ほど市川参考人からも出されましたけれども、私も、教育委員会の委員というものは住民によって直接選ばれる制度であるということがとても重要なことで、そのことによって住民の意思を教育行政に反映させていくことができるものだと思っております。その点で、今回の地方教育行政法改正において教育委員会の公選制というものが提案されていないということについては、大変残念なことだと思っています。
それでは、その上で、今日の地方教育行政における一つの大きい問題は一体どこにあるか、教育委員会がそれぞれの町ごとに教育の地方自治を展開することを困難にしている原因というのは一体どこにあるかということを考えてみると、これは、一つは文部科学省の影響力がかなり強過ぎると思っています。
文部科学省が、例えば全国学力テストを実施しましたが、実際に参加しなかったのは私の犬山市だけでした。ただ、これは、事前にベネッセが昨年の段階で調査をしているんですが、その調査では、教育長の一二・数%の人たちが全国学力テストには否定的なお答えをしています。それから、校長の三分の一の方々がやはり否定的なお答えをしています。
そのような状況にあってなお、この全国学力テストが犬山市を除くすべての公立小中学校で実施されたという事態は一体どういうことなんだろうと思います。もっと自立的に、自分の町の教育だから自分の町に即して考えてみると、もっと多様な対応があってよかったのではないかと思いますが、実際にはそうはなりませんでした。
私の知っている限りでの他の教育委員会の方々に聞いてみると、これは国が実施する政策だから、文科省がやると言っているから参加するのは当然なんだということで、事務局報告だけで実施してしまったというところがあった。これは決して少なくなかったようです。このようなことでは、地域の教育にみずから責任を負っていく教育委員会という役割は果たせないのではないかと考えます。そこを改めていく必要があるだろうと思っています。
その点で、今回の地方教育行政法改正を見てみると、事前に資料をお配りしましたけれども、一ページから書いてあるのは、教育委員会制度を文科省としては何としても維持していこうというお考えであるということは理解できます。何としても教育委員会制度を残すというのは、文科省として国の政策を地方の末端にまで及ぼしていくルートとして教育委員会制度を多分残したいのであろうということは理解しますが、そのようなお考えであろうと思いますが、そのために、例えば教育委員会の広域での共同設置が可能になるということを書かれています。
二ページの方に図を書きましたけれども、これは、共同設置することによって、それぞれの町から教育行政が固有の機能としては失われることを意味します。これは住民と教育行政の間がさらに開いていくということを意味しているわけで、そのようなことで地域の考え、地域の保護者、住民の考えに基づいた教育行政が果たして行えるのかということについては、非常に疑問があるところです。
また、条文には、五十五条の二には「地域」という言葉が出てまいりますが、この地域というのは、幾つかの市町村をあわせた広域のことを地域と呼んで文言が使われていますが、教育基本法十六条第三項及び十七条第二項における「地域」は、これは市町村を領域とした地域という言葉の使い方をしています。非常に近接した、関連し合った法律の文言において地域の意味がこのように変わっているということは、今後の地方教育行政において混乱を引き起こす可能性がある文言の使い方であると思います。この点、果たして法案作成過程においてしっかりとした調整が行われていたのかどうかということをかなり疑わしく感じています。
それから、スポーツ、文化の行政に関しては先ほど御意見がありましたので、ここでは割愛させていただきたいと思います。
それから、次の四ページのところに、教育長への教育委員会権限の委任ということを書いておきました。五ページに図がありますように、教育委員会がこれまで果たしてきた役割が、教育長そして首長へ委任するという形になります。
したがって、この図にありますように、教育委員会の職務権限が、実際に教育委員会によって担われる職務権限は小さくなっていくということです。その上で、教育委員会は、教育事務の管理、執行の基本的方針に関することであるとか、規則の制定、改廃に関すること、そして教育委員会の点検、評価に関することというように、機能が非常に狭くなっていくわけです。
ところが、基本的方針の決定というものは、やはり日常的な教育行政を直接担う立場になければ基本方針なんというものは定めることはできないわけで、その意味では、日常的なところを教育長に委任し、基本原則は教育委員会で審議するといっても、これは結局のところ、教育長が提出してきた基本方針案を追認するだけの委員会になってしまう可能性が非常に高いのではないか。
その意味では、委員五人で合議することになっているはずの教育委員会の実質が失われてしまって、結局のところ、教育長制、教育委員会というのは一つの殻であって、殻になってしまって、実質は、その中に教育長がいて、その教育長が実質的な権限を行使するということになるのではないかと考えます。教育長独任制というのは、教育委員会制度が持っている、合議によってさまざまな意見を教育行政に反映させる、そのことによって政治的、宗教的中立性を維持するということに大きく反するのではないかと考えます。
次に、六ページをごらんください。六ページには、地方教育行政に対する国の関与のことです。これについても先ほど御意見がありましたので、なるべく重複は避けたいと思います。
是正の要求が第四十九条に定めがあります。これは七ページのところに書いてあります。先ほど御意見がありましたように、地方自治法に既に是正の要求の制度がありますので、基本的にはそれに従って、国、地方関係を形成していけばよいと考えます。
ただ、今回のこの法案の中で一つ注目すべきなのは、是正の要求をするに当たっては講ずべき措置の内容を示して行う、文部科学省としてどのような是正をするかという講ずべき措置の内容を示すということが書かれています。これは、地方自治法が定める関与の原則とは異なるものであるという点で、地方自治法の原則からはみ出していくものであると考えます。その点で、この是正要求の四十九条と地方自治法の関与の原則との間には矛盾が生じてしまう可能性があるのではないかと考えます。
また、冒頭で申しましたように、現在、文部科学省と教育委員会の関係は、指導助言という形で行われておりますが、その指導助言が既に十分に地方教育委員会に対しては強い影響力として機能している。これは、先ほど申し上げた学力テストもまたそうです。地方自治体で判断して行うべきところ、実施すると言っただけでそれをそのまますぐ実施してしまうという結論を導いてしまうという点では、あえて今回ここで地方自治法とは別にこの第四十九条と五十条を定めることによって、ますます地方教育委員会を萎縮させることになるのではないかと考えます。それではまずい、問題があるのではないかと考えます。
次に、九ページをごらんください。ここには、教育委員会の自己点検・評価制度に関する事柄です。
この自己点検、評価というのは、まさに、教育委員会としてみずからの行政を行っていく上で必要な反省をし、それに基づいて次の施策を講じていくという点ではとても重要なことで、私ども犬山市でも、「学びの学校づくり」という文書を毎年度作成し、それに従って一年間の活動をし、また、そこで総括をしながら次の年度の施策を講じていくということをしております。その意味で、みずからの計画を立て、実施し、それを総括するシステムというのは、とても大事なことだと考えています。
ただ、今回、ここで行おうとしている自己点検、評価というのは一体どのようにして行うのか。どのような項目について、どのような基準で、どのような内容の評価を行うかということについては、何もまだ示されておりません。これは、それでは地方教育委員会にゆだねられるのかと考えると、必ずしもそうではないのではないか。
このような場面においては、しばしば文部科学省が自己点検、評価のガイドラインを設定し、指導助言文書としてそれを教育委員会に示すことによって、実際には、すべての市町村の教育委員会、都道府県教育委員会は、その文部科学省が示した自己点検、評価のガイドラインに従ってみずからの評価を行うということになってしまうだろうと思います。ところが、地方における教育というのは非常に多様性に富んでいるわけで、一つの基準を示して、それに従って評価を行えば適切に活動が評価できるかといえば、そういうものではないと思います。
しかも、たくさんの評価基準を設ければ設けるほど、実は、人間というのはそれがすべてを網羅した最もよい基準であると考えがちになってしまうわけで、実際にはそうではなくて、個別具体的な事柄に応じてみずからの評価をしていかなければならないという点で、多くの基準を設ければそれでよいというものではない。毎年度毎年度同じ基準で評価をすればよい教育行政が行えるかというと、そういうものではないと考えます。
最後に、十ページになりますが、私立学校に対する管理強化という点です。
これは、先ほど御意見がありましたが、都道府県教育委員会に対して、知事は、学校に関する専門的事項についての助言または援助を求めることができるということになっています。このことは、知事が学校に関する専門的事項についての助言または援助を必要とするような行政活動を行うことを前提にしなければ、このような助言または援助を受ける必要はないわけです。
そもそも、知事の私立学校に対する権限というのは、その設置であるとか学校法人の認可であるとかというところに限られてきているわけで、このような文言が入ってきたということは、今後は私立学校における教育課程や具体的な教育内容に対する関与をしようとしているのではないか、そのようなものになるのではないかと考えられます。この点で、私立学校関係者の立場から見て大変問題があるという指摘があるのではないかと感じています。
以上です。ありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →名古屋大学の教育発達科学研究科で教育行政学、教育法学を研究し教育をするとともに、犬山市教育委員会の教育委員として、もう六、七年になりますけれども、仕事をしています。その立場から今回は発言の機会を与えていただいたものと思います。ありがとうございます。
それでは、まず法案の個別の点に入る前のところで、私の地方教育行政に関する一つの考え方として提示しておきたいと思いますけれども、文部科学省による国の教育行政とは別に地方教育行政が存在していて、しかもそれが地方公共団体の自治事務として位置づけられているということの意味は、これは大変重く受けとめなければならないだろうと思います。これは、地方自治というのは憲法上の制度でありますし、それから、国と地方の役割分担の中で、住民の生活に近い領域については地方にゆだねるのだということが憲法それから地方自治法の定める大きな原則だと思います。その中で、教育をいかに地方において地方自治的に展開していくか、担っていくかということが地方教育行政制度というものであろうと思います。
その中で、教育委員会というのはどういう位置にあるか。それは、私の考えるところ、教育の地方自治を制度的に担っていく、制度的に担う行政機関であると考えます。ここであえて制度的というところを力を込めて申し上げたのは、それは、教育の地方自治を担うというのはもう行政機関だけではないと思うんですね。それぞれの町に住んでいる保護者、住民、これが真の担い手であるということは変わりはないと思います。それぞれの住民が主権者としてその町の教育、教育行政に対して最終的な責任を持っているということはとても大事なことで、その上で、それを制度として一つの意思としてまとめていく際に、教育委員会制度という一つの行政機関の制度が設けられているということだと思います。
その意味で、教育委員会というものが果たしている役割は、その地域に住む住民の意思を行政に生かしていく、公教育を具体的に地域でつくり出していくという役割、これを制度的に果たしていくものであろうと思います。
その意味で、一つお考えが先ほど市川参考人からも出されましたけれども、私も、教育委員会の委員というものは住民によって直接選ばれる制度であるということがとても重要なことで、そのことによって住民の意思を教育行政に反映させていくことができるものだと思っております。その点で、今回の地方教育行政法改正において教育委員会の公選制というものが提案されていないということについては、大変残念なことだと思っています。
それでは、その上で、今日の地方教育行政における一つの大きい問題は一体どこにあるか、教育委員会がそれぞれの町ごとに教育の地方自治を展開することを困難にしている原因というのは一体どこにあるかということを考えてみると、これは、一つは文部科学省の影響力がかなり強過ぎると思っています。
文部科学省が、例えば全国学力テストを実施しましたが、実際に参加しなかったのは私の犬山市だけでした。ただ、これは、事前にベネッセが昨年の段階で調査をしているんですが、その調査では、教育長の一二・数%の人たちが全国学力テストには否定的なお答えをしています。それから、校長の三分の一の方々がやはり否定的なお答えをしています。
そのような状況にあってなお、この全国学力テストが犬山市を除くすべての公立小中学校で実施されたという事態は一体どういうことなんだろうと思います。もっと自立的に、自分の町の教育だから自分の町に即して考えてみると、もっと多様な対応があってよかったのではないかと思いますが、実際にはそうはなりませんでした。
私の知っている限りでの他の教育委員会の方々に聞いてみると、これは国が実施する政策だから、文科省がやると言っているから参加するのは当然なんだということで、事務局報告だけで実施してしまったというところがあった。これは決して少なくなかったようです。このようなことでは、地域の教育にみずから責任を負っていく教育委員会という役割は果たせないのではないかと考えます。そこを改めていく必要があるだろうと思っています。
その点で、今回の地方教育行政法改正を見てみると、事前に資料をお配りしましたけれども、一ページから書いてあるのは、教育委員会制度を文科省としては何としても維持していこうというお考えであるということは理解できます。何としても教育委員会制度を残すというのは、文科省として国の政策を地方の末端にまで及ぼしていくルートとして教育委員会制度を多分残したいのであろうということは理解しますが、そのようなお考えであろうと思いますが、そのために、例えば教育委員会の広域での共同設置が可能になるということを書かれています。
二ページの方に図を書きましたけれども、これは、共同設置することによって、それぞれの町から教育行政が固有の機能としては失われることを意味します。これは住民と教育行政の間がさらに開いていくということを意味しているわけで、そのようなことで地域の考え、地域の保護者、住民の考えに基づいた教育行政が果たして行えるのかということについては、非常に疑問があるところです。
また、条文には、五十五条の二には「地域」という言葉が出てまいりますが、この地域というのは、幾つかの市町村をあわせた広域のことを地域と呼んで文言が使われていますが、教育基本法十六条第三項及び十七条第二項における「地域」は、これは市町村を領域とした地域という言葉の使い方をしています。非常に近接した、関連し合った法律の文言において地域の意味がこのように変わっているということは、今後の地方教育行政において混乱を引き起こす可能性がある文言の使い方であると思います。この点、果たして法案作成過程においてしっかりとした調整が行われていたのかどうかということをかなり疑わしく感じています。
それから、スポーツ、文化の行政に関しては先ほど御意見がありましたので、ここでは割愛させていただきたいと思います。
それから、次の四ページのところに、教育長への教育委員会権限の委任ということを書いておきました。五ページに図がありますように、教育委員会がこれまで果たしてきた役割が、教育長そして首長へ委任するという形になります。
したがって、この図にありますように、教育委員会の職務権限が、実際に教育委員会によって担われる職務権限は小さくなっていくということです。その上で、教育委員会は、教育事務の管理、執行の基本的方針に関することであるとか、規則の制定、改廃に関すること、そして教育委員会の点検、評価に関することというように、機能が非常に狭くなっていくわけです。
ところが、基本的方針の決定というものは、やはり日常的な教育行政を直接担う立場になければ基本方針なんというものは定めることはできないわけで、その意味では、日常的なところを教育長に委任し、基本原則は教育委員会で審議するといっても、これは結局のところ、教育長が提出してきた基本方針案を追認するだけの委員会になってしまう可能性が非常に高いのではないか。
その意味では、委員五人で合議することになっているはずの教育委員会の実質が失われてしまって、結局のところ、教育長制、教育委員会というのは一つの殻であって、殻になってしまって、実質は、その中に教育長がいて、その教育長が実質的な権限を行使するということになるのではないかと考えます。教育長独任制というのは、教育委員会制度が持っている、合議によってさまざまな意見を教育行政に反映させる、そのことによって政治的、宗教的中立性を維持するということに大きく反するのではないかと考えます。
次に、六ページをごらんください。六ページには、地方教育行政に対する国の関与のことです。これについても先ほど御意見がありましたので、なるべく重複は避けたいと思います。
是正の要求が第四十九条に定めがあります。これは七ページのところに書いてあります。先ほど御意見がありましたように、地方自治法に既に是正の要求の制度がありますので、基本的にはそれに従って、国、地方関係を形成していけばよいと考えます。
ただ、今回のこの法案の中で一つ注目すべきなのは、是正の要求をするに当たっては講ずべき措置の内容を示して行う、文部科学省としてどのような是正をするかという講ずべき措置の内容を示すということが書かれています。これは、地方自治法が定める関与の原則とは異なるものであるという点で、地方自治法の原則からはみ出していくものであると考えます。その点で、この是正要求の四十九条と地方自治法の関与の原則との間には矛盾が生じてしまう可能性があるのではないかと考えます。
また、冒頭で申しましたように、現在、文部科学省と教育委員会の関係は、指導助言という形で行われておりますが、その指導助言が既に十分に地方教育委員会に対しては強い影響力として機能している。これは、先ほど申し上げた学力テストもまたそうです。地方自治体で判断して行うべきところ、実施すると言っただけでそれをそのまますぐ実施してしまうという結論を導いてしまうという点では、あえて今回ここで地方自治法とは別にこの第四十九条と五十条を定めることによって、ますます地方教育委員会を萎縮させることになるのではないかと考えます。それではまずい、問題があるのではないかと考えます。
次に、九ページをごらんください。ここには、教育委員会の自己点検・評価制度に関する事柄です。
この自己点検、評価というのは、まさに、教育委員会としてみずからの行政を行っていく上で必要な反省をし、それに基づいて次の施策を講じていくという点ではとても重要なことで、私ども犬山市でも、「学びの学校づくり」という文書を毎年度作成し、それに従って一年間の活動をし、また、そこで総括をしながら次の年度の施策を講じていくということをしております。その意味で、みずからの計画を立て、実施し、それを総括するシステムというのは、とても大事なことだと考えています。
ただ、今回、ここで行おうとしている自己点検、評価というのは一体どのようにして行うのか。どのような項目について、どのような基準で、どのような内容の評価を行うかということについては、何もまだ示されておりません。これは、それでは地方教育委員会にゆだねられるのかと考えると、必ずしもそうではないのではないか。
このような場面においては、しばしば文部科学省が自己点検、評価のガイドラインを設定し、指導助言文書としてそれを教育委員会に示すことによって、実際には、すべての市町村の教育委員会、都道府県教育委員会は、その文部科学省が示した自己点検、評価のガイドラインに従ってみずからの評価を行うということになってしまうだろうと思います。ところが、地方における教育というのは非常に多様性に富んでいるわけで、一つの基準を示して、それに従って評価を行えば適切に活動が評価できるかといえば、そういうものではないと思います。
しかも、たくさんの評価基準を設ければ設けるほど、実は、人間というのはそれがすべてを網羅した最もよい基準であると考えがちになってしまうわけで、実際にはそうではなくて、個別具体的な事柄に応じてみずからの評価をしていかなければならないという点で、多くの基準を設ければそれでよいというものではない。毎年度毎年度同じ基準で評価をすればよい教育行政が行えるかというと、そういうものではないと考えます。
最後に、十ページになりますが、私立学校に対する管理強化という点です。
これは、先ほど御意見がありましたが、都道府県教育委員会に対して、知事は、学校に関する専門的事項についての助言または援助を求めることができるということになっています。このことは、知事が学校に関する専門的事項についての助言または援助を必要とするような行政活動を行うことを前提にしなければ、このような助言または援助を受ける必要はないわけです。
そもそも、知事の私立学校に対する権限というのは、その設置であるとか学校法人の認可であるとかというところに限られてきているわけで、このような文言が入ってきたということは、今後は私立学校における教育課程や具体的な教育内容に対する関与をしようとしているのではないか、そのようなものになるのではないかと考えられます。この点で、私立学校関係者の立場から見て大変問題があるという指摘があるのではないかと感じています。
以上です。ありがとうございました。拍手
保
保
赤
赤池誠章#11
○赤池委員 自由民主党の赤池誠章でございます。
きょうは、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案を中心にいたしまして、参考人の皆様方から貴重な御意見を賜りました。時間は短いですが、質問をさせていただきたいと思います。
きょうは、門川参考人から、まさに安倍内閣が進めようとする教育改革、教育再生を既に先取りなさっておりまして、そういう面では、京都がまさにこれからの日本の道筋をモデルとして示していただいているのではないか、そんな思いを強くさせていただき、聞かせていただきました。迷ったときに困難な道を選べとか現場主義というような、教育のみならず、すべての分野に通ずる非常に貴重な御意見、本当にありがとうございました。
そんな中で幾つか質問をさせていただきたいというふうに思うのは、今回、地教行法の中で、教育委員会の責任体制の明確化ということで、特に基本理念というものを明記させていただいております。つまり、国と地方との関係、これは是正の要求や指示などにもかかわってくるんですが、日ごろ教育行政に実際に携わっていらっしゃって、国との役割分担、国との関係というものをどういう形で感じられ、また教育行政を行っているのか。その点、門川参考人から御意見をちょうだいしたいと思います。
この発言だけを見る →きょうは、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案を中心にいたしまして、参考人の皆様方から貴重な御意見を賜りました。時間は短いですが、質問をさせていただきたいと思います。
きょうは、門川参考人から、まさに安倍内閣が進めようとする教育改革、教育再生を既に先取りなさっておりまして、そういう面では、京都がまさにこれからの日本の道筋をモデルとして示していただいているのではないか、そんな思いを強くさせていただき、聞かせていただきました。迷ったときに困難な道を選べとか現場主義というような、教育のみならず、すべての分野に通ずる非常に貴重な御意見、本当にありがとうございました。
そんな中で幾つか質問をさせていただきたいというふうに思うのは、今回、地教行法の中で、教育委員会の責任体制の明確化ということで、特に基本理念というものを明記させていただいております。つまり、国と地方との関係、これは是正の要求や指示などにもかかわってくるんですが、日ごろ教育行政に実際に携わっていらっしゃって、国との役割分担、国との関係というものをどういう形で感じられ、また教育行政を行っているのか。その点、門川参考人から御意見をちょうだいしたいと思います。
門
門川大作#12
○門川参考人 ありがとうございます。
とりわけ義務教育につきましては、国が最低限必要な基準をつくるということは必要と思います。同時に、地方が、創意を生かして、当事者意識を持ってそれぞれの地域の子供を社会の宝として教育を充実改善していく。その関係が大切だと思っています。
中教審の論議にも参加をさせていただきましたが、国の関与か地方分権の流れを大切にするのか、そうした対立軸でもって議論しているような報道がなされていました。私は、ここでも徹底して現場主義に徹すべきじゃないかな、一人一人の子供、一つ一つの学校、そのことをイメージして論議に参画しました。
もちろん、地方それぞれが創意を生かして仕事をしていく。細かいところまで文部科学省が指示する、文部科学省の顔色を見なければ教育行政ができないということになったら大変なことであります。そういうことは決してならないと思っていますし、これは地方の責任においてそういうことをしていかなきゃならない。
同時に、異常な事態が起こったときに伝家の宝刀的なものがこれは必要じゃないか。例えば先ほど、京都市でどんどん学校運営協議会を設置して、できるだけ学校に権限を移譲しております。しかし、地域のいろいろなあつれきが学校現場に入ってくる、校長のリーダーシップが発揮できない、公教育の責任が果たせないという危惧も正直ございます。
そういうときに私どもは、例示としては不適切かとは思いますが、教育委員会の外郭団体として、第三者機関として専門委員会を設置して、そして、学校運営協議会が正常に機能しないという答申をいただいたときには、教育委員会は、学校長の申請等に基づいて学校運営協議会を解散することができるという権限を担保しています。そういう担保があって、どんどん校長先生は安心して学校運営協議会をつくって保護者、地域に参加していただく、そうした関係ができる。
したがいまして、私は、あくまでも学校現場に、地方に権限をゆだねていただく、しかし、異常な事態があったときには、国が適切な関与、それは抑制的なものでなければならないし、透明性、公開性を求めていきたい、そのように思います。
この発言だけを見る →とりわけ義務教育につきましては、国が最低限必要な基準をつくるということは必要と思います。同時に、地方が、創意を生かして、当事者意識を持ってそれぞれの地域の子供を社会の宝として教育を充実改善していく。その関係が大切だと思っています。
中教審の論議にも参加をさせていただきましたが、国の関与か地方分権の流れを大切にするのか、そうした対立軸でもって議論しているような報道がなされていました。私は、ここでも徹底して現場主義に徹すべきじゃないかな、一人一人の子供、一つ一つの学校、そのことをイメージして論議に参画しました。
もちろん、地方それぞれが創意を生かして仕事をしていく。細かいところまで文部科学省が指示する、文部科学省の顔色を見なければ教育行政ができないということになったら大変なことであります。そういうことは決してならないと思っていますし、これは地方の責任においてそういうことをしていかなきゃならない。
同時に、異常な事態が起こったときに伝家の宝刀的なものがこれは必要じゃないか。例えば先ほど、京都市でどんどん学校運営協議会を設置して、できるだけ学校に権限を移譲しております。しかし、地域のいろいろなあつれきが学校現場に入ってくる、校長のリーダーシップが発揮できない、公教育の責任が果たせないという危惧も正直ございます。
そういうときに私どもは、例示としては不適切かとは思いますが、教育委員会の外郭団体として、第三者機関として専門委員会を設置して、そして、学校運営協議会が正常に機能しないという答申をいただいたときには、教育委員会は、学校長の申請等に基づいて学校運営協議会を解散することができるという権限を担保しています。そういう担保があって、どんどん校長先生は安心して学校運営協議会をつくって保護者、地域に参加していただく、そうした関係ができる。
したがいまして、私は、あくまでも学校現場に、地方に権限をゆだねていただく、しかし、異常な事態があったときには、国が適切な関与、それは抑制的なものでなければならないし、透明性、公開性を求めていきたい、そのように思います。
赤
赤池誠章#13
○赤池委員 ありがとうございました。
そういう面では、国と地方との適切、公正、相互協力という今回の法の基本理念の趣旨というのは、評価をしていただいたのではないかということでお伺いをさせていただきました。
同様な考え方の中で、特に荒谷参考人の御発言の中で、広島県教育委員会のいわゆる一連の不正行為の中での、まさに文科省の是正指導がなければ広島県の教育の改革、再生は進まなかった、そういう非常事態の中での国の適切な関与があったからこそということの御発言もいただいております。
その点、幾つかの視点の中で御説明をいただいておりますが、荒谷参考人からも国と地方との今回の基本理念に関して御見解をお伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →そういう面では、国と地方との適切、公正、相互協力という今回の法の基本理念の趣旨というのは、評価をしていただいたのではないかということでお伺いをさせていただきました。
同様な考え方の中で、特に荒谷参考人の御発言の中で、広島県教育委員会のいわゆる一連の不正行為の中での、まさに文科省の是正指導がなければ広島県の教育の改革、再生は進まなかった、そういう非常事態の中での国の適切な関与があったからこそということの御発言もいただいております。
その点、幾つかの視点の中で御説明をいただいておりますが、荒谷参考人からも国と地方との今回の基本理念に関して御見解をお伺いしたいと思います。
荒
荒谷信子#14
○荒谷参考人 文部科学省、国の方からいろいろな規制があって地方は身動きができないというふうな御意見もございますけれども、地方としてはそういうふうな受けとめはしておりませんで、これは義務教育でございますので、当然ながら、国の方で法律によって大枠は示していただく。その中で、また今度は県というのがございますが、県でも県の特色ある取り組み、そういうものを市町村としては踏まえながら、市独自のさまざまな人的資源、物的資源、そういうものを生かし、それぞれの歴史的背景、文化的な背景、そういったものを生かし、そして、その町の市民の方の御意見を十分に尊重しながら、市独自の取り組みというものは十分に、自由闊達にこれまでもできてきたと思っております。
そうした中で、非常事態と先ほど先生がおっしゃいましたけれども、広島県は法令違反をしておりまして、全国で初めて是正指導というのを受けたわけでございますが、これは本当に最後のとりでというんでしょうか、そういうときに国の方が関与していただき、そして指導していただいたということになります。
しかしながら、それはずっと文部科学省の方で指導があったのではなくて、自治能力というんでしょうか、県を挙げて、県知事さんも県議会も市町村も校長会も、そして県民も、市民、県民総参加の教育改革ということを三年間やってまいりました。それで、新たな教育県広島の創造に向けて一歩一歩今踏み出していっているところでございます。その動機づけを国にしていただいた、このように考えているところでございます。
この発言だけを見る →そうした中で、非常事態と先ほど先生がおっしゃいましたけれども、広島県は法令違反をしておりまして、全国で初めて是正指導というのを受けたわけでございますが、これは本当に最後のとりでというんでしょうか、そういうときに国の方が関与していただき、そして指導していただいたということになります。
しかしながら、それはずっと文部科学省の方で指導があったのではなくて、自治能力というんでしょうか、県を挙げて、県知事さんも県議会も市町村も校長会も、そして県民も、市民、県民総参加の教育改革ということを三年間やってまいりました。それで、新たな教育県広島の創造に向けて一歩一歩今踏み出していっているところでございます。その動機づけを国にしていただいた、このように考えているところでございます。
赤
赤池誠章#15
○赤池委員 ありがとうございました。
そういう面では、国そして地方、まさに、今回の基本理念に明記をされたということが既に大事なことだということを両参考人から御意見をいただいたと思います。
その中で、既に京都ではいわゆる活動状況の点検、評価が行われて、相当詳細になさっているということも聞いております。今回、教育委員会の責任体制の明確化の中に法規として位置づけるわけなんですけれども、京都の実例として、点検、評価することによって、どのような形で学校現場が、また子供たちが変わっていったのか、短く御意見、御見解をお伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →そういう面では、国そして地方、まさに、今回の基本理念に明記をされたということが既に大事なことだということを両参考人から御意見をいただいたと思います。
その中で、既に京都ではいわゆる活動状況の点検、評価が行われて、相当詳細になさっているということも聞いております。今回、教育委員会の責任体制の明確化の中に法規として位置づけるわけなんですけれども、京都の実例として、点検、評価することによって、どのような形で学校現場が、また子供たちが変わっていったのか、短く御意見、御見解をお伺いしたいと思います。
門
門川大作#16
○門川参考人 参考としてちょっと資料をお配りさせていただいていますけれども、まず、学校、家庭、地域が、育てるべき子供像を共有していく、そしてそれぞれがみずからを振り返る。
京都では、すべての児童生徒が授業評価をやっています。しかし、学校の先生の授業をいいか悪いか一方的に評価するんじゃない。あなたは先生の授業をしっかり聞いていますか、ノートをとっていますか、わからないところは質問していますか、同時に、先生の授業はわかりますか、質問に答えていただいていますか、学校は楽しいですかというような問いかけをしています。学校、家庭、地域、子供、それぞれがみずからを振り返り、また評価もし、ともに高め合うような評価でなければならない。どうも今の世の中、自己中心的で、相手ばかり批判しているというような傾向がありますけれども、そういうことではなしに、ともに高まり合うような評価でなければならない。
それからもう一つ、地方分権か国の関与かという非常事態のときの議論がたくさんあるんですけれども、それよりも、国が画一的な物差しで全国の学校を評価していく、私は、その方が学校教育活動を萎縮させるんじゃないかな。それぞれの地域がそれぞれのところで評価をしていく、その評価が機能しているかどうかということを教育委員会が評価し、そして国もそれを評価していく。あくまでも、この評価においても地方主権というものを大事にした評価でなければ、日常の教育活動が萎縮するような評価であってはだめだな、そんなことも感じております。
以上です。
この発言だけを見る →京都では、すべての児童生徒が授業評価をやっています。しかし、学校の先生の授業をいいか悪いか一方的に評価するんじゃない。あなたは先生の授業をしっかり聞いていますか、ノートをとっていますか、わからないところは質問していますか、同時に、先生の授業はわかりますか、質問に答えていただいていますか、学校は楽しいですかというような問いかけをしています。学校、家庭、地域、子供、それぞれがみずからを振り返り、また評価もし、ともに高め合うような評価でなければならない。どうも今の世の中、自己中心的で、相手ばかり批判しているというような傾向がありますけれども、そういうことではなしに、ともに高まり合うような評価でなければならない。
それからもう一つ、地方分権か国の関与かという非常事態のときの議論がたくさんあるんですけれども、それよりも、国が画一的な物差しで全国の学校を評価していく、私は、その方が学校教育活動を萎縮させるんじゃないかな。それぞれの地域がそれぞれのところで評価をしていく、その評価が機能しているかどうかということを教育委員会が評価し、そして国もそれを評価していく。あくまでも、この評価においても地方主権というものを大事にした評価でなければ、日常の教育活動が萎縮するような評価であってはだめだな、そんなことも感じております。
以上です。
赤
赤池誠章#17
○赤池委員 ありがとうございます。
教育委員会の体制充実の中で、今回、教育委員の研修を進めるという項目も入れさせていただいているんですが、京都の場合は、そういう教育委員会の研修制度みたいなもの、また、実際どんな形でなさっているのかもちょっと実例をお伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →教育委員会の体制充実の中で、今回、教育委員の研修を進めるという項目も入れさせていただいているんですが、京都の場合は、そういう教育委員会の研修制度みたいなもの、また、実際どんな形でなさっているのかもちょっと実例をお伺いしたいと思います。
門
門川大作#18
○門川参考人 研修、いろいろな説明会もやっておりますし、何よりも、学校現場、直接いろいろな現場を見てもらうのが一番の教育委員の先生方の学んでいただくことではないか、僣越な言い方ですが、そう思っています。
同時に、このたびの改正法案の研修というのは、いろいろな制度についての理解を深める、文部科学省が一つの価値観を持って教育委員を研修するということではなしに、いろいろな教育行政の制度でありますとか、あるいは教育界の流れであるとか、そういうことを学ぶ機会をつくっていくということではないかと思います。
それで、実態としては、文部科学省が一方的になされるんじゃなしに、都道府県なり市町村なりの教育委員会とともに協議をしながら進めていかれるものになろうかと、そのように思っております。
この発言だけを見る →同時に、このたびの改正法案の研修というのは、いろいろな制度についての理解を深める、文部科学省が一つの価値観を持って教育委員を研修するということではなしに、いろいろな教育行政の制度でありますとか、あるいは教育界の流れであるとか、そういうことを学ぶ機会をつくっていくということではないかと思います。
それで、実態としては、文部科学省が一方的になされるんじゃなしに、都道府県なり市町村なりの教育委員会とともに協議をしながら進めていかれるものになろうかと、そのように思っております。
赤
赤池誠章#19
○赤池委員 ありがとうございます。現場主義の考え方というのをまた聞かせていただいたと思います。
それから、教育における地方分権の推進の中で、今回、保護者の教育委員への選任を義務化ということで、既に京都では保護者の方を入れているということをお伺いさせていただきましたが、保護者の方が入る前、入ってから、その辺の教育委員会のあり方なりその辺の効果みたいなものがありましたら、門川参考人からお伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →それから、教育における地方分権の推進の中で、今回、保護者の教育委員への選任を義務化ということで、既に京都では保護者の方を入れているということをお伺いさせていただきましたが、保護者の方が入る前、入ってから、その辺の教育委員会のあり方なりその辺の効果みたいなものがありましたら、門川参考人からお伺いしたいと思います。
門
門川大作#20
○門川参考人 教育委員会制度の根本はレーマンコントロールでございます。そして、審議会ではございません、合議制の執行機関です。そして京都では、京都市全体のPTAの代表が教育委員になられました。私の上司であります。これは非常に重たいものであります。その方に理解していただかなければ教育行政は進まない、これは非常にいいことだと思っています。
そして、このたびの改正法で教育委員の人数についても弾力化を図っていく。より保護者の参画の道が開けるということは、いいことだというふうに思っております。
この発言だけを見る →そして、このたびの改正法で教育委員の人数についても弾力化を図っていく。より保護者の参画の道が開けるということは、いいことだというふうに思っております。
赤
赤池誠章#21
○赤池委員 そういう面では、私も子供を持つ親として、教育行政に対してどういう形で反映をするかということで、PTA団体だけではなかなか伝わらない部分、そういうことでは、我々の代表が教育委員として入っているということは、今、門川参考人のお話にあったとおり、大事なことではないかということを改めて感じました。
それから、今回、文化、スポーツの事務を、いわゆる教育委員会から首長の担当できることがあるということで、疑義を示される部分もあるんですが、既に京都では文化、スポーツ分野は首長部門でやっていらっしゃるということなんです。その辺の教育委員会から首長部門に移した経緯それから効果みたいなものを、ぜひ門川参考人からお伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →それから、今回、文化、スポーツの事務を、いわゆる教育委員会から首長の担当できることがあるということで、疑義を示される部分もあるんですが、既に京都では文化、スポーツ分野は首長部門でやっていらっしゃるということなんです。その辺の教育委員会から首長部門に移した経緯それから効果みたいなものを、ぜひ門川参考人からお伺いしたいと思います。
門
門川大作#22
○門川参考人 総合行政としてやっていくことが大事じゃないかな。京都市の場合は、より一歩含めまして、文化財行政も、市長部局で、市長と教育委員会との覚書によりまして、権限は教育委員会ですけれども、市長部局で執行していただいています。国宝の二〇%が京都市内にあります。文化財行政だけで教育委員会は手いっぱいになります。教育行政が分離独立しているのは、やはり学校行政に政治的な中立、安定性が大事、これが根本で、そういう意味では非常に大事だと思います。
文化財行政とか文化行政、これは総合行政だということ、同時に、総合行政を教育委員会も含めてきちっと市長のもとに総合的に管理していく、そこに教育委員会も的確に参画していく、そんな行政が進められております。
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赤
赤池誠章#23
○赤池委員 そういう面では、本当に地域の実情、特に京都というのは、門川さんが御指摘になったように、文化財というのが大変な貴重な部分ということでありますから、そういう面での今回の規定というのは重要ではないかということを聞かせていただいたと思います。
それから、教育における国の責任の果たし方ということで既にお伺いしております、伝家の宝刀という言葉に象徴される部分ではないかというふうに思います。
今回、これは、いじめの問題とか未履修の問題ということが起こった中での教育委員会への批判ということが背景にあったわけでございますし、分権化と一面批判がありますが、国の関与のあり方、これはまさに適切な役割分担ではないかというふうに私は感じておりますが、京都における、特に今回問題になったいじめ対策みたいなのを具体的にどうなさっているかということも、ぜひ門川参考人の方からお伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →それから、教育における国の責任の果たし方ということで既にお伺いしております、伝家の宝刀という言葉に象徴される部分ではないかというふうに思います。
今回、これは、いじめの問題とか未履修の問題ということが起こった中での教育委員会への批判ということが背景にあったわけでございますし、分権化と一面批判がありますが、国の関与のあり方、これはまさに適切な役割分担ではないかというふうに私は感じておりますが、京都における、特に今回問題になったいじめ対策みたいなのを具体的にどうなさっているかということも、ぜひ門川参考人の方からお伺いしたいと思います。
門
門川大作#24
○門川参考人 いじめ問題は、今の教育界の大変大事な問題であります。この問題から、今の教育界の、また日本の大人社会の多くの問題が見えてきます。
私ども、いじめ問題につきましては、まずこれも子供を中心に考えようと。子供たちがいじめをなくすアピール活動を全市の学校で展開していく、それを先生方が適切に指導する、そして子供のみずみずしい感性を引き出していく、そんな取り組みがこれも現場主義で起こってくる、それを教育行政が的確に条件をつくっていく、指導していく、そんな取り組みが進んでおります。
同時に、見逃しのない観察、手おくれのない対応、これらは教育委員会、学校を挙げて取り組んでいかなければならない、そういうふうに考えております。
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同時に、見逃しのない観察、手おくれのない対応、これらは教育委員会、学校を挙げて取り組んでいかなければならない、そういうふうに考えております。
赤
赤池誠章#25
○赤池委員 ありがとうございます。自主的にやっているというところの発想がすばらしいのではないかということを聞かせていただきました。
荒谷参考人も、東広島市での教育長等の体験の中で当時いじめ対策で御苦労もなさっていたのではないかと思いますが、実例も踏まえて御見解をお伺いしたいと思います。
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荒
荒谷信子#26
○荒谷参考人 私は、教育長に就任いたしましたときに、子供たちの生徒指導というのは学校教育を指導する課の中にございました。私が就任いたしまして、それを分離いたしまして、学校教育は教育内容について推進していこう、充実させていこう。そして生徒指導につきましては、子供たちを学校の中と外を切り離して考えることはできませんので、生涯学習部という他のセクションに移しまして、そこに指導主事を置き、そして学校内外での子供たちの生徒指導に当たるような対策をとってまいりました。
したがいまして、学校は、学校教育とそれから生涯学習の両方に支援を求めていくというふうな体制をとっております。
その中では、常に学校には、スクールカウンセラーそしてメンタルアドバイザー、これは、県それから市のそれぞれの派遣職員を学校に週一回あるいは週二回配置して、学校では相談に当たる。そして、学校の外では心の教育総合アドバイザーというものを、これは退職校長先生なんですけれども、家庭に入っていただく。ひどい話をすれば、子供たちを起こしに行く。朝起きない、お母さんも一緒に寝ている、そんな家庭を起こしに行って家庭訪問してもらう、そのようなアドバイザー制度も設けております。そして、そこには大学院生あるいは大学生が、サポートとして、チームとしてその総合アドバイザーと一緒に子供の健全育成にかかわる。
学校内外での一連の対策を、青少年育成課というものを設けて対策を講じておりました。
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その中では、常に学校には、スクールカウンセラーそしてメンタルアドバイザー、これは、県それから市のそれぞれの派遣職員を学校に週一回あるいは週二回配置して、学校では相談に当たる。そして、学校の外では心の教育総合アドバイザーというものを、これは退職校長先生なんですけれども、家庭に入っていただく。ひどい話をすれば、子供たちを起こしに行く。朝起きない、お母さんも一緒に寝ている、そんな家庭を起こしに行って家庭訪問してもらう、そのようなアドバイザー制度も設けております。そして、そこには大学院生あるいは大学生が、サポートとして、チームとしてその総合アドバイザーと一緒に子供の健全育成にかかわる。
学校内外での一連の対策を、青少年育成課というものを設けて対策を講じておりました。
赤
赤池誠章#27
○赤池委員 ありがとうございました。
今回、私立学校に関する教育行政という形で、必要と認めるときは、教育委員会に専門的な事項については助言、援助を求めることができるという条項も入ったんですが、京都の場合、私立学校との関係で、お話がなかったので、門川参考人からも見解をいただきたいと思います。
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門
門川大作#28
○門川参考人 私学の権限は基本的に知事でありまして、指定都市といえども余り権限的なものはございませんけれども、私学とともにいろいろな取り組みをしています。
例えば、私立幼稚園と公立幼稚園、一緒に教育研修をやる、教育相談をやる、こどもみらい館というようなものをつくっております。同時に、高校行政も私学とともにやっていく、それで私学と公立がよさをともに発揮していく、そんな関係ができていくんじゃないかな、このように考えています。
この発言だけを見る →例えば、私立幼稚園と公立幼稚園、一緒に教育研修をやる、教育相談をやる、こどもみらい館というようなものをつくっております。同時に、高校行政も私学とともにやっていく、それで私学と公立がよさをともに発揮していく、そんな関係ができていくんじゃないかな、このように考えています。
赤
赤池誠章#29
○赤池委員 時間が参りました。
今回の法律の改正の意義、具体的な実例を踏まえてお話をお伺いさせていただきました。
今回、法的な部分とは直接関係ないんですが、日ごろから教育委員会の行政の中で思っているのは、いわゆるレーマンコントロールといいながら、教育行政における専門性、専門職員の充実、つまり、ほかの部署を数年で終わって、教育行政もまさに数年で職員がかわるようなことがあってはいけない。それとともに、学校現場の中も、校長の在職年数というのも非常に大事だなというふうに思っておりました。
今回、資料を文科省からいただきましたところ、全国で校長の在職平均年数が、小学校で三・一年、中学校で三年、高等学校で二・七年、特殊教育の諸学校で三・一年。京都市においては、小学校が十年、それから中学校が八・三年、高等学校で八・五年、特殊教育でも四・三年。そういう面では、やはり現場主義に徹せられて、校長を十年務めれば、当然そこには成果、発想が出てくるなということを改めて感じさせていただきまして、私の質疑を終わらせていただきたいと思います。
ありがとうございました。
この発言だけを見る →今回の法律の改正の意義、具体的な実例を踏まえてお話をお伺いさせていただきました。
今回、法的な部分とは直接関係ないんですが、日ごろから教育委員会の行政の中で思っているのは、いわゆるレーマンコントロールといいながら、教育行政における専門性、専門職員の充実、つまり、ほかの部署を数年で終わって、教育行政もまさに数年で職員がかわるようなことがあってはいけない。それとともに、学校現場の中も、校長の在職年数というのも非常に大事だなというふうに思っておりました。
今回、資料を文科省からいただきましたところ、全国で校長の在職平均年数が、小学校で三・一年、中学校で三年、高等学校で二・七年、特殊教育の諸学校で三・一年。京都市においては、小学校が十年、それから中学校が八・三年、高等学校で八・五年、特殊教育でも四・三年。そういう面では、やはり現場主義に徹せられて、校長を十年務めれば、当然そこには成果、発想が出てくるなということを改めて感じさせていただきまして、私の質疑を終わらせていただきたいと思います。
ありがとうございました。