高橋和夫の発言 (国際問題に関する調査会)
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○参考人(高橋和夫君) 高橋でございます。
世の中には運が悪いことというのがよくありまして、例えば、雄弁で知られる寺島さんの後でしゃべるというのは、何か都はるみが歌った後にカラオケのマイクが回ってくるようなもので、本当に今日は運が悪いと思っております。
最近の国際政治を考える上で、私は重要な数字が二つあると思っています。九と十一です。冷戦という時代が第二次大戦後ずっとあったわけで、ソ連とアメリカのぎりぎりとするような対立の時代があって、いつ本当にどちらかが核兵器のボタンを押して人類がそれとともに亡くなるかというような時代がずっとあったんですけれど、この冷戦というのが終わったのが、エリツィンさんの貢献もあるのかどうか知りませんけれど、一九八九年の十一月の九日で、ですから、イレブンとナインという言葉が非常に重要になります。それ以降、アメリカが唯一の超大国としてそびえ立っているわけです。
これを面白いと思うか面白くないと思うか、何と表現するかという議論はあろうかと思うんですけれど、取りあえず、ここでは一極覇権という言葉を使わせていただきました。このアメリカの一極覇権を支えるものは何かということになるんですけど、寺島さんは三つのEということを強調されたんで、私は負けないように四つのMということを言いたいと思います。
一つは、アメリカの軍事力、ミリタリーのMです。それから二つ目が、アメリカの経済力、金融力のM、マネーのM。そして三つ目が、アメリカという国が持っている、自分の国の主張を言い触らす力ですね、メディアのM。ニューヨークタイムズであれCNNであれ、いろんなメディアを持っているわけです。それから四つ目が、現在のアメリカの人口は三億人ですけれど、人の力ですね、マンパワー、女性も含めたマンパワーです。
これは、人口が先進工業諸国の中では珍しく増えているということが一つあるわけで、それからもう一つは、非常にある意味で競争力のある人材を世界から吸い寄せてしまうマンパワーと。だから、イチローも松井も松坂もみんなアメリカに行ってしまうという、そういうアメリカというシステムが持っている非常に力のある人にとっての魅力です。
そして四つ目は、このメディア、言い触らす力を持っていても何か言い触らすものを持っていなければ意味がないわけですけど、アメリカは、まあこれを何と表現していいか分からないんですけど、ソフトパワーというかカルチャーというかシビリゼーションというか、アメリカ的生活様式がいいんだと。ジャズを聴いてくれ、ミッキーマウスの漫画を見てくれ、マイケル・ジャクソンの音楽を聴いてくれという、そのメディアに乗せるソフトをたくさん持っている。まあ、これをカルチャー、文化あるいは文明、シビリゼーションという大げさな言葉で言うことも可能だと思うんですけれど、ですから、アメリカの外交力というのはこの四つのMとCで成り立っていると思うわけです。
第二次大戦が終わり、冷戦が終わって、イレブン・ナイン後のアメリカの一極覇権の時代がいつ揺さぶられたのかということになると、それは二〇〇一年の今度は九月十一日のナイン・イレブンだったと思うわけです。アルカイダの挑戦というのは非常に象徴的な挑戦だったと思います。
アルカイダが攻撃を掛けたのが、まずはアメリカのマネー、金融力を象徴するワールド・トレード・センター、二つのビル、ツインタワーズに対する攻撃を掛けてきます。それから、アメリカの軍事力を象徴する、ミリタリーを象徴するペンタゴンという建物に対して爆弾を仕掛けてくるという、突っ込んでくるということが起こります。それから、アメリカのメディアに対しても、これはアルカイダがやったのかだれがやったのか、依然として不明なんですけれど、炭疽菌がばらまかれると。アメリカが持っている三つのMに対する攻撃をアルカイダが仕掛けてきたということになります。
その結果何が起こるのかというと、一つは、アメリカという国が人の受入れに関して慎重にならざるを得ない。だから、これまでは第三世界で成績のいい子はみんなアメリカに留学したかったのに、イスラム諸国の子はしにくい、アラブ系の人はアメリカに入りにくいということで、アメリカが持っていたマンパワーという面では少し陰りがここに出てくる。
それからもう一つは、これは後の話ともつながってくるんですけれど、アメリカがアフガニスタンで戦争を戦う。このアフガニスタンの戦争に関してはかなり国際的なコンセンサスもあったんですけれど、イラクで戦争を戦う。このイラクの戦争に関しては、捕虜の虐待事件が出る、民間人の誤射事件が出るというようなことで、決してイラクは良くなっていない。だから、アメリカが掲げた自由とか民主主義とは何なんだと。これが、イラクの内戦を引き起こしたアメリカの価値とは何なんだということで、アメリカの社会が持っていたメッセージ性も弱まってくる。そういう意味では、アルカイダの引き起こした一連の展開が、アメリカが持っていた力すべてをある程度そぐ結果になったんではないかと思っています。
特に、そうしたことを強く思わせるのはもちろんイラクの状況で、アメリカ政府は内戦という言葉を避けておりますけれど、実質、シーア派とスンニ派が殺し合いをするという状況があって、これを内戦と呼ばなかったら内戦というのは何なんだというような状況にあって、この内戦を見て、やはりアメリカが掲げた中東の民主化、中東の自由化、そういったものがこういう結果をもたらしたんではないかということで、アメリカ社会が発していたメッセージ性がやはり傷付けられたというふうに思っているわけです。
もちろん、アメリカ政府が内戦という言葉を嫌うのは、内戦が起こっているということになれば、アメリカのこれまでの政策は失敗したということになるわけですし、内戦が起こっているということであれば、内戦であるならばイラク人の問題であって、なぜアメリカ人が付き合わないといけないんだ、とっとと早く帰ってくればいいじゃないかという議論になるわけで、内戦という言葉は使いたくないということがあるんですけれども。
もう一つは、日本語では内戦と言いますけれども、英語ではザ・シビルウオーと言います、シビルウオー。アメリカ人の頭の中で実はシビルウオーという言葉が聞こえたときに想像するのは、内戦なんですけれども、アメリカ史上最大の内戦、南北戦争を想像するわけです。アメリカ人にとってはザ・シビルウオーというのは南北戦争なわけです。
幕末から明治期にアメリカの歴史を日本語に翻訳した方は非常に想像力と言語力に富まれた方で、このザ・シビルウオーを内戦と訳したんでは日本人はぴんとこなかったんですけれども、南北戦争と言うと何か後醍醐天皇が出てきたり足利尊氏が出てきたり、日本人の意識としてはすぐ分かるということで南北戦争と日本語では呼ばれているんですけれども、英語ではザ・シビルウオー、ザが付く。これが最大のシビルウオー。
実は、アメリカ史においては、一番人が死んだ戦争は、今のイラク戦争でもなければアフガン戦争でもないしベトナム戦争でもないし朝鮮戦争でもないし第一次世界大戦でもないし第二次世界大戦でもなくて、この南北戦争で、六十万以上の方が亡くなっているわけです。当時の人口は、アメリカの人口はたった三千万かそこらのところですから、人口の二%ぐらいが亡くなっているんで、大ざっぱに言うと、今の人口で言えば三億の二%ですから六百万ぐらいの人が死んでいるというとんでもない数字になるわけで、アメリカの人にとっては戦争と言うと実は南北戦争なんですね。
日本人の最近学生さんを教えていて、戦後と言うと何か湾岸戦争後だったりイラク戦争後だったりする方がいるんですけれども、熊本とか鹿児島に行って戦争と言うと、何か薩摩の西南戦争のことを言っているおじいちゃん、おばあちゃんがまだ生きているという話を聞いたことがあるんですけれども、アメリカの人にとってはザ・シビルウオーというのはこの南北戦争で、本当にたくさんの人が死んだ戦争で、ザ・シビルウオーという言葉の持つ語感は非常に厳しい。ああ、もうそんなにひどい戦争なのかということで、今のアメリカ政府は認めたくないということだと思うわけです。
そういう意味では、アルカイダが引き起こしたことはペンタゴンとワールド・トレード・センターへの攻撃にすぎなかったんですけれども、それに対応する形でアメリカがしたことが、結局、アメリカが持っていたマンパワーの面、そしてもっと大きな面ではソフトパワーを大きく傷付けることになったんではないかというふうに見ています。
アメリカの力が、イラクでこれだけたくさんの兵士を失い、さらに現在、たくさんの負傷者を出し、多大の費用を使い、アメリカがかつてほどの圧倒的力を持っているという認識はもはやないわけで、寺島さんのお話にもありましたように、この勉強会のテーマでもある恐らく多極化という時代に入っているんだと思うわけです。
多極化と言うからには極はどこだということになれば、もちろん一つはロシアであります。ロシアのカムバックに関しては、これはプーチンの手腕なのか、あるいは石油と天然ガスの価格が急騰するという幸運の問題なのかは議論があろうかとは思いますけれども、ロシアがエネルギーをてこにしてその主張を強めてきているというのも明らかです。
それからもう一つは、中国の発展ということだと思います。この中国がどこまで大きくなるのか、あるいはこのまま大きくなり続けるのかということに関しては、中国を見られている方の間に御議論はあろうかと思うんですけれども、今の中国の大きさを否定する方はいらっしゃらないと思います。
同時にまた、もう一つのインドという巨大な存在、ちょっと取り上げてみただけでもあるわけです。
こうしたアメリカの一極覇権が緩んだ時代の中で日本は何をしていくのかということでありますけれども、アメリカの力の源泉が四つのMだとかCだとかいうお話をしましたけれども、それに倣いますと日本もそれなりの力を持っているわけで、それなりの力をどう使っていくかということを考えざるを得ない。
最初のミリタリーということに関しては、国民間のコンセンサスがございませんので、これをどう使うか、どうしていくかということに関しては発言を控えさせていただきますけれども、マネーの面、経済の面では、やはり下がってきたとはいえ多額のODAを出すだけの力を持っているわけであります。
これからどうしていくのかということになるんですけれども、私はODAということを考えるときに、あるいは日本の直接投資ということを考えるときに、これまではもちろんODAによってその国が発展するか、あるいはそれから二つ目は日本にとって国益であるか、あるいは環境はどうかというようなことを考えてきたんですけれど、やはりこれからは、もう既に一部ではこの動きは始まっているんですけど、このODAを出すことによって世界のエネルギーにはどういう影響があるのかという、環境アセスメントに倣ってエネルギーアセスメントというようなことを考える必要があるんではないかと思うわけです。
よく思うんですけれど、日本という国は第二次大戦後、非常に貧しい中からはい上がってここまで来たわけです。もちろん、国民の総意、努力ということがあったわけですけれど、日本のこの経済発展を支えたのは最初は石炭であり、その後は中東の石油だったわけです。
中東を旅行していますと、油田地帯があって、パイプラインというのがあって、実際パイプラインというのは非常に大きなパイプがあるわけですけれど、飛行機から見ていますとそのパイプラインというのはだんだんだんだん細くなってクモの糸みたいに見えるんですね。
それを見ていると芥川龍之介の「蜘蛛の糸」というお話を思い出すんですけれど、小学校のときに習ったお話を覚えているかどうか知らないんですけど、お釈迦様が天国から地獄を見ていたら、カンダタという男が非常に苦しんでいるのを見て、またお釈迦様はふびんに思ってあの人を助けてあげようというんで、データベースをたたいてカンダタは何かいいことをしてないかというので調べたら、カンダタは一生悪いことばっかりをしてきたんですが、たった一回、道を通っているときに、クモが歩いているのにそれがかわいそうだからって踏みつぶさずにまたいで通ったと。一回だけいいことをやっていると。じゃ、お釈迦様は助けてあげようということで、クモを連れてきて、クモの糸を地獄に垂らすわけです。カンダタはそのクモの糸を見付けて、あ、これに登っていこうということで上に登り始めるわけです。カンダタはかなり上の方に登ってきてひょいと下を見ると、ほかの罪人たちも地獄の住人たちもみんなこのクモの糸にすがって登ってきていると。クモの糸は細いのに、自分一人でも切れそうなのにほかの連中がぶら下がっちゃったら切れてしまうというので、カンダタは下に向かって、だれの糸だと思ってんだ、おまえら下りろ下りろと叫ぶと。仏様はそこで悲しい顔をされて、カンダタの上でクモの糸がぷっつり切れてカンダタは地獄に戻っちゃったというお話なんですけど。
私は日本という国がカンダタのように見えることがあるわけです。この中東の石油パイプラインにしがみついてずっと登ってきて、もちろんまだ天国には着いてないんですが、かなりいいところまでやってきた。国民が飢えなくていいところまでやってきた。
今、日本がやっていることはどういうことをやっているかというと、日本はカンダタほど悪じゃありませんで、世界じゅうにODAを配って、皆さん日本みたいにやりなさいと、日本みたいに経済発展しなさいと、そうしたら日本みたいに豊かになりますよと。その細いクモの糸にみんなぶら下がるように勧めているというのがこれまでの日本のODAだったんじゃないかなと思うわけです。もしかしたら日本が天国に着く前に切れてしまうんじゃないかと。日本の下で切れればいいんですけど、上で切れたらどうするんだろうかというのが実は私の心配でして。
日本の政策というのを見ていますと、右手は一生懸命、中東諸国と仲良くしてエネルギーを確保して石油を持ってこようということを一生懸命やっているんですけど、左手は一生懸命ODAをばらまいて、発電所を造りなさい、石油を燃やしなさい、自動車に乗りなさい、日本人みたいになりなさい、幸せでしょうといって、みんなに石油を燃やすようにけしかけてきた。何か日本の政策には一体性がなかったんじゃないか。
ですから、これからはやはり、この援助をすることが、この投資をすることが日本のエネルギー供給にどういう影響を長期的に与えるんだろうかということを考える必要があるんではないかと思っています。
二つ目のMです。マンパワーのお話なんですけれど、これは寺島さんの御紹介にもありましたし、昨年、国連からも報告書が出まして、日本の人口はこのままでは減っていくということが明らかなわけです。
やはり私は思うんですけれど、もう日本にはチョイスはなくて、ある程度外国人を日本に受け入れざるを得ないんじゃないかというように思っています。それが何割程度か何十%なのかということは、国民がどのくらい受け入れるかということで話し合っていく必要があるわけですけど、早い時期にこのコンセンサスを国民の間でまとめなければ、法的な整備がないままにどんどん外国人が入ってくるということになるのかなと思うわけです。
最近完結しました塩野七生さんの「ローマ人の物語」という本を見ていますけれども、私は何か昔からどうしてローマというのは大帝国をつくってずっと繁栄して、その前に帝国をつくっていたギリシャ人、アテネとかスパルタはすぐ滅びたんだろうという疑問を持っていたんですけれども、アテネとかスパルタの人はやっぱりアテネとかスパルタで生まれた人以外は受け入れなかったんですね。だから、アテネ人やスパルタ人は早い話が戦争が続けばだんだん人が少なくなって、そのうちいなくなっちゃって国力が落ちていった。ローマ人はどうしたのかというと、ローマ人は征服地の国民に、市民にローマ市民権を与えてどんどんどんどんローマ人を新たに生産して仲間に加えてローマ帝国というのをつくり上げて維持してきたわけですね。
日本はもちろんローマになるつもりもアテネになるつもりもないんですけれども、極端な例を考えると、アテネの道かローマの道かと。アテネの衰亡の道に行くのかローマの道に行くのかという今曲がり角に来ているようで、やはり若干アテネ寄りよりはローマ寄りの道を選ばざるを得ない。どのくらいローマ寄りの道を選ぶのかということは、これから国民で議論を深めていかないといけないという問題ではないかと思っています。
それから、三つ目のMなんですけれども、メディアの問題で、最近、私、ニューヨークに行きまして、ホテルでテレビを見ていたんですけれども、いつもはCNNとかBBCを見ているんですけれども、今回見ていたら、中国の国営放送が英語で二十四時間、ほぼ二十四時間ニュースを流し続けているわけです。実はインターネットで、例えば私、中東の専門ですから、イランとかサウジアラビアのことを見ていると、結構中国発のニュースというのがたくさんあるわけです。そういう意味では、もう明らかに日本の発信能力というのは中国に後れを取ってきているというのを思います。
実は、そういう意味ではこれまで日本の外交のお金の使い方を若干間違えてきたんではないかという気がいたします。やはり、こうした日本という国をどうやって売り込むんだと、発信するんだということにもう少しお金を使うべきかなと思っています。
実は、ワシントンに日本大使公邸というのがありまして、行くと本当に立派なシャンデリアのある大マンション、日本語の言うマンションではない、大マンションでして、納税者として今時こういうことをする必要があるんだろうかと、まだベルサイユ宮殿の外交をやっているんだろうかと。もちろん、エリートに訴えるためには日本の豊かさを示す必要はあるんですけれども、明治国家の日本であれば、地図上で日本という国がどこにあるか知らない人が多かったわけですから、こういうことは必要だったと思うんですけれども、今や、もはやそういう問題ではなくて、やはりエリートだけじゃなくて、アメリカの大衆に、イギリスの大衆に、ロシアの大衆にどう訴えていくかという問題で、そうなるとやはり、まあお金が無限にあればそれもいいんですけれども、ないんであれば、やはりお金の使い方を変えるべきじゃないかなというふうに思っております。皆様方の議員宿舎が立派過ぎるとか安過ぎるとか問題になっていますけれども、ワシントンの日本大使公邸に比べると、あんなものはウサギ小屋か掘っ建て小屋程度にしかならない。そんなにお金を、もちろんマクドナルドで外交やるわけにはいかないんですけれども、それほどの道具立てが要るんだろうかと納税者の立場としては思うわけです。
ですから、結論は、メディアということにもう少しお金を使っていただきたい。もちろんエリートに対する訴え掛けは重要なんですけれども、それ以上に日本のイメージをアメリカ人全体に、イギリス人全体に、ロシア人全体に、世界の人たち全体に訴えるということが必要なのではないかと思います。
特に今朝も思ったんですけれども、ロシアのエリツィンさんが亡くなって今日はお葬式だそうで、もうエリツィン死亡のニュースが流れるとともに、次に流れたニュースはというとクリントン前大統領が葬儀に参列なさると。それから、ブッシュお父さん元大統領も葬儀に参列なさる。日本からは駐モスクワの大使が参列なさると。もちろん日ロ関係いろんな問題を抱えていますけれども、やはりこういうときは日本の熱いメッセージを、日本がいかにロシアという国、問題はあっても隣国として大切にしているんだ、付き合っていこうとしているんだというメッセージを出すべきであって、どうして、もちろん安倍総理はお忙しいにしても、どうして元総理が一人ぐらい行かないのかと。日本で今一番余っているのは元総理大臣ではないかと私は思うんですけれども、一人も行かれないというのは、本当に皆さんそろって、何人も総理大臣は、アメリカだって元大統領、前大統領二人で行くわけですから、日本から、日本は領土の問題をめぐってロシアと付き合っていこうというわけですから、もっとたくさんの人を出したっておかしくないわけで、やっぱり外務当局の条件反射が足りない、世界のメディアにどう訴えるかという認識が足りないということを言わざるを得ないように思います。
最後に、外交のことをお話ししたんですけど、今日をどうするか、あしたをどうするかという問題はもちろんあるんですけれど、やはり優れた外交というのは優れた国民の見識の上にしか成り立たないわけですから、一番重要なことは、やっぱり長期的に重要なことは国民に外交を理解していただく、国民に日本の外交を支持していただくということが一番重要で、そのためにはやはり日本国民の、教員の立場からしてみますと、やはり世界情勢に関する知識の薄さ、少なさ、情けなさというのを強く感じます。
英語を早い段階から必修化しようというような議論もあるようですけれど、是非世界史をやはり必修化にすると。世界史を勉強していない少年少女は大学には入れないというぐらいの決意で世界史を勉強していただくということでなければ、世界の中で日本が生きていこうという中で、ヨーロッパのことを知らない、中国のことを知らない、朝鮮半島の歴史を知らないという国民に支えられた外交では余りにも厳しいと思います。
特に、今世界史を教える点で特に強化していただきたいのは、やはり宗教をしっかり教えてほしいと。どの宗教がいいとか悪いとかいう議論ではなくて、どの宗教はどういう教義で、その宗教の人たちはどういうことを大切にしていて、どういうことをしてはいけないというような、そういう文明のイロハのようなことを教えていただきたいと思います。
それから最後に、本当に最後なんですけれど、海外でいろんな人とお話しして、海外の新聞を読んでいて、日本の新聞を読んでいて一番違うなと思うのは、日本の新聞を読んでいると、北方領土はすぐ返ってくるんではないかというような印象を受けてしまったり、あるいは、もう来年あるいは再来年、近い将来に日本が安全保障理事会の常任理事国になれるんではないかというような印象を受けてしまうんですけれど。
もちろん、私は、北方領土は返ってきてほしいし、日本が安保理の常任理事国になれればすばらしいと思っている一人なんですけれど、でも実際、国連で各国の外交官、専門家と本音で話してみて、そんなことが起こると思っている人はこれまで私は会ったことがないわけです。そうした議論を国民に流し続けるというのは、ある意味で国民を欺いているんではないかというような気さえするわけです。
やはり、現実の厳しさというのはやはり政府は国民に伝える義務があるわけで、にもかかわらず努力をする義務はあるし、努力はしていただきたいんですけれど、日本の外交に、国民に対する説明、国民に対する正直さというものが若干私は欠けていたような気がしてなりません。
どうもありがとうございます。