日野原重明の発言 (少子高齢社会に関する調査会)

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○参考人(日野原重明君) 少子高齢化の日本はどうなるかということで、どうすればいいかというと、四十五年前に老人の定義が六十五歳以上という文化国の間でされたんですが、そのときは日本の平均寿命は六十八歳でした。
 ところが、今はもう二十年も延びているんだから、老人の定義あるいは高齢者の定義は、六十五というのは不適である時代である、七十五に十年底上げをすべきだということと、それから高齢者ということを厚生労働省が老人の代わりに使ったんですが、これは年による差別用語ですから。ですから、むしろ老人、だから私は新老人という名前を使っているわけです。それが私の一番大切な結論で、そうしないとどうしようもないということ。
 最初のこのオーバーヘッドでは、日本人の平均余命は、男性は七十八・五、女性は八十五で、平均八十二歳ですが、日本は一番長寿と言われたんですが、今や男性は長寿から下りて、この香港やアイスランド、スイスに次いで四番目に下がりました。そして、女性だけが世界で一番高いという状態でありますが、この女性も続くかどうかは分かりません。
 そこで、その次の六十五歳での、平均寿命というのは、零歳のときに何年生きるかということですね。今、六十五歳の人が何年生きるとなると、男性は十八歳、ただですね、だから七十八歳。女性は二十三ですから、八十八歳まで生きるのが今の六十五の人の平均余命だということを考えていって、これは考えていただきたい。
 その次のこのスライドは、人口の、六十五歳以上の人口が全人口の七%であったのが一四%に、倍に増えるまでにどれぐらい年数が掛かったかで老化のスピードが分かるわけですね。これによりますと、フランスは百十五年掛かって人口の七%が、一四%が六十五歳以上になったんですが、日本はこのわずか二十五年でこの一四%を過ぎて、この方向からいくと、世界で一番老人が多い、そうして子供が少ないという老人の大国になるということは間違いないわけであります。
 同じことが、その次の、日本の子供の出生率をしますと、あのひのえうまというのは届出がごまかされたからそうなっただけで、どんどんどんどん、第二次ベビーブームで少し上がりましたが、今やずっと下がって一・三に下がって、二五にこれは下がっているわけでありますが、これと同じことが今韓国に起こってきた。
 次のスライド。韓国の出生率は、今、日本の出生率よりも下回ってきたというんで急速にこういう状態になっているから、韓国の老人化は日本と同じことで大変なことになる、こういう状態になったんであります。
 その次。そこで、韓国は少子対策で兵役を短縮して生産人口にもっと入れないと、これはもう消費、いろんなことが、生産力が落ちるからってこういう対策をもう既に立てております。
 次に、少子化の国はどうかというと、アメリカは、子供は日本の二倍ですからまだまだアメリカは老人国にならないんですが、アメリカは仕事と私生活が両立できる労働環境の整備に向けてワーク・ライフ・バランスを重視した政策を拡充することを発表し、フランスは、急に子供の数がこれは二人以上になりました。フランスは、子育て家族に、あるいは乳幼児あるいは新学期の手当などを、中学以上の子供がいる家庭には月に五千円を支給するということを始めている。スウェーデンは、産前産後の休暇を取りやすくするような育児休業法を制定。英国は、全国保育戦略による保育サービスや、父親にも権利を与える育児休暇制度をやる。日本は、子ども・子育て応援プランを刷新して新しい戦略をやろうとするというところで、アクションは非常に日本は後れているわけであります。
 その次のスライドを見ると、各国の出生率を見ますと、アメリカは、一人の女性が生涯の間につくる、産む子供の数がアメリカでは二名でありますが、フランスも二名、ずっと下がって日本は一・二六、韓国は一・〇七、香港は〇・九七ですから、こういう国が急速にこれは少子化になって、その次のスライドのように、日本においては国民の医療費が、老人が増えるから非常に増えて、三十兆を超えて、そして国民所得の比率が九%近くになっていて、もう医療費でこれは赤字がどうしようもなくなる、こういうことはもう分かり切ったことであります。
 そこで、その次のスライドを見ますと、日本の死因というのは、日本とアメリカとを比べますと、左のアメリカは心臓が約三〇%、がんが二三、脳卒中は余りない。日本は、心臓病はアメリカの約半分であるけれども、脳卒中はアメリカのこれ二倍以上になる。そうして、がんはアメリカよりも多いですし、今、日本では、アメリカは肺がんが激減しました、たばこで。ところが、日本は肺がんは増加しつつある。これは当分日本の状態は続くわけですが、アメリカは心臓病が三〇%ですが、今から四十年前、三十年前は半分は心臓病で死んだのが、だんだんだんだんと脂肪を、節食して肥満をコントロールしたために半分になりました。ですから、非常にいい線ですが、日本は心臓病はこれからまだ増えます、外国のフードが入ってきますから。そうして、がんもまだ増えます。そうして、医療費は非常にこれは要るという状態が迫っているわけです。
 その次。これは年を取ると脳がどうなるかということですが、記憶力は二十歳が一番いい。それから、新しいことを考える創造力は三十歳前後。それから、判断力はずっとこれが続きますから、判断力を要するような職業やそういうことは六十五以上、七十五以上になってもこれはいいです。
 ただ、痴呆になる場合には駄目ですが、八十以上の痴呆は二割。そうして、痴呆の遺伝子があります。五人に一人は痴呆の遺伝子を持っておりますが、環境が良いと、つまり食物が良いとか社会活動がいいとかという老人の環境がいいと、遺伝子が出ないで痴呆が眠ってしまう。今私は、それで、何が遺伝子を眠らせるかという研究を四年、五年前からやって、十年間で発表をするわけですね。ですから、この十年間、私自身も含めて、私も痴呆の遺伝子を測っていますが、結果は全然みんなに知らせないで五百人のこれはスタートをやるんですよね。で、国から研究費を取るのは大変ですから、私の「生きかた上手」の印税がうんと入りますから、それでこの研究をやって五年後に、発表するのは私が百歳のときに発表する。
 はい、その次。老いというのはどういうことかというと、体の健やかさはだんだん落ちて、そうして脆弱な体になるという、病気じゃないけど非常に脆弱な筋肉、脆弱な骨。ですから、この脆弱になるのを先延ばしにするのが医学ですね。これを止めることはできないから、できるだけ脆弱化を遅くするということ。しかし、心の豊かさはこの教養的なことで年を取るとこれは円熟していくという、そういうことがいいと。これは私たちのことですね。
 その次のスライドを見ますと、人口の五〇%、これはつまり六十五歳以上の老人の健康度ですが、人口の半分は典型的な老人です。それで、右側、恵まれた老人というのは二五%で、私はその恵まれた老人の一番右端にいて、九十五という。そうすると、これ七五でしょう。それで、介護を要する人が二五%いるんですね。そして、その五%は寝たきりなんですよ。それですから、方法としては、この二五%の介護を要する人を一五%に下ろす、そのために何をするかという政策をすれば、この典型的な老人で自立できる老人、ですから、関節が悪いとか糖尿病があっても自立できればいいんだから、そうして無駄なお薬を飲まないでやれば、これを、この左の二五%を一五%に持っていくためには何をすればいいかという、自立を教えるということがこれ一番大切なことです。
 その次のスライド。これは成人のライフサイクルでありまして、ABCがあります。そうして、今私がどこにあるかというと、八十の線がありますね、右から九十、八十五。私は今九十を超えていますからね、九十五を超えて生産的な、創造的な仕事をし自立をしていますから、私は一番右の端を行っているんですよね、右を。それをどこまでこの下がってくるのをこの右の方に寄せていくかというふうなことで、私は今、新老人運動をして、七十五歳の人が実際は六十五ぐらいの若さを持つような運動をやって、今これはもう五千人を超えて、来年は一万人になります。その次には二万人になって政治力を持つようになります。
 そこで、その次。第一の人生というのは二十歳までで、受けて伸びるグローイングの時代。第二の人生は、若い成人と成長したアダルト、これは社会に貢献しつつ生きるソーシャルライフ。そして、六十五で引退をすることをしないで、それから自分の中にあるポテンシャルを、遺伝子を引き出すことを助走を始めて、七十五以上になるとそのジャンプをするという。ですから、七十五以上は第三の人生で、最も自由に、奥さんにも影響されない、主人にも影響されないで、持っている個性をそこで発揮をさそうという、そういう運動です、この新老人運動というのは。はい。
 新老人会議のスローガンは、愛することが、愛が必要だという、これはフランクルの、夜の霧を書いたフランクルの考えを受けた。
 第二番は、やったことのないことを六十五を過ぎてから、七十五を過ぎてからやりなさい、やったことのないことをやりなさいと。今まで遺伝子があっても、その奥さんと結婚したから遺伝子が出なかったとか、その主人と結婚したから出なかった人があるんだから、もう自分の遺伝子をいろいろ開発しなさいというふうなこと。それから、破産をする人があるかも分からないけど、それには耐えることによって感性が豊かになって、より不幸な人の友になることができるという、耐えるということは絶対にこれは必要である。
 そうして、子供に接近して、戦争の知らない子供に平和と愛を教えるために、私は毎週、小学校の十歳の子供のクラスに四十五分間行きまして、子供に命は何であるかと言う。命は見えない、命は君が持っている時間だと言う。時間が寿命なんだから、その時間を君はどう使うかと言うと、ほとんど自分のために使っている。自分以外のために自分の与えられた時間を使うことが君たちが生きる方法だということ。そうして、戦争のひどさを、人を許すことが必要だ、つらくても耐えて、いじめを受けてもいじめを返さない、愛というものは寛容である、許すということなしには愛の運動は駄目だということを、子供に今、もう私は忙しい中に言っている。
 その次。これは、マッカーサー研究というのがありまして、心身の機能に対して遺伝子はどのような役割をするかということの結論は、年を取ってからは、成長のときには遺伝子が非常にお父さん、お母さんの遺伝子が利きますが、年を取ってからは遺伝よりも環境や生活習慣の方が重要である。それから、年齢を重ねるにつれて遺伝子の重要性は低下して、環境の重要性、環境というのは、どういうものを食べるかということと、どういうふうな生活のスタイルをするかということと、どういう友達と生活をするかということ、社会生活あるいは宗教、そういうものがこの環境で、自分が選び取れるから、習慣を。
 ですから、人間というのは何でも食べられるから病気になるんですね。いろんな動物というのは、ササしか食べないとか、コアラでも特別なユーカリしか食べないけど、人間は何でも食べるから病気をするんで、やはり選択をして食べるということをするということと、それからこのマッカーサースタディーでは、年を取ればカロリーは激減した方が良いというので、私は千三百キロカロリーで毎日生活をして、一日が夜ぐらいで、朝、昼というのは牛乳とかジュースとかで、そういうものだけで、それで集中していますから、集中するというのは習慣ですよ、集中する習慣。そういうふうな生き方の習慣を錬磨すると、私たちは空腹感はなくて、そしてちゃんと十分な仕事ができる。私は一日十八時間は完全に仕事をしている。ですから、過労が、六十時間以上あれをして亡くなった場合には過労死と言うんですが、私は十時間ずつ過労ですから一週間に一回死ななくちゃならないぐらいですよね。そんな状態でそれができているというのは、やはり私のこの選択した生き方、それがそうです。
 その次。私は長野県中野市で指導をしました。減塩運動をしました。一日の食塩を十グラムまでにしなさいと言って、尿を取って、そうして今から二十年、一九七〇年から九五年までに脳卒中があんなに減りましたよ。もうとにかく方針をすれば、心筋梗塞を減らす、糖尿病を減らすことは決して難しいことではない。
 はい、その次。そこで、今は厚生省は、メタボリックシンドロームと言うんですが、ウエストを男性は八十五センチ以上にならないように、女性も九十を過ぎないように、血圧も百三十と八十五を理想とする、そして血糖も調節をする、コレステロールも若干調節をするというんですが、コレステロールについては最近はあんまり年を取った人は制限しなくても大体いいというふうなことを聞いて、私は割合にコレステロールを取っているわけです。
 成功加齢という言葉があるんですね。エージングに成功するというんですね。年を取るというのはエージングですね。年を取る。ですから、高齢者というのは、年を取ることを差別することとして高いと。だから、この言葉を厚生省はやめて、もう一度新しい意味で、尊敬の意味の老を使ってほしい。日本には、老に悪い言葉を付けて老廃物とか老醜とか、さけへんに鬼ですね、嫌な言葉でしょう。そうでなしに、長老とか大老とか中老とかという言葉がいるんで、中国のいい老という言葉を受け継ぐために、ジ・エルダリーというふうに、英語で言えばジ・エルダリー・シチズン、そういうふうにして、日本語では新老人と言うんですね。ですから、新老人が、六十五歳以上でも、もう新老人であって、リタイアしないで仕事ができる、だから九十五になったら神様の老人にしようかと思っているんですがね。
 人生は百。野球に例えて人生を九回戦とするならば、野球は七回から勝負だという応援団の声を受けて、七十五からの人生に有終の美を持たせるためにここで作戦を立てよう。野球の延長戦に持っていけば人生は百になるという。ですから、私は今もう五年先には小澤征爾と平和のコンサートを広島でやろうということになっておりまして、そして森光子さんとは十年先に放浪記のところの幕で一緒に写真を撮ろうということになっているんです。
 生きることでなく、良く生きることが何よりも大切だというソクラテスのクリトンの中から、イット・イズ・ノット・リビング・バット・リビング・ウエル、お釈迦さんが生病老死の苦しみと言ったんですが、どう良く生きるかという、どう良く老いるか、どう良く病み、どう良く死ぬかというその生き方が私たちの生き方であると。四つの苦しみで終わらないで、それを、苦しみを取って生きることが、あのフランクルがあれだけのナチスの収容所で生き延びた、あのように私たちは生きなくちゃならないということです。こういうような状態を私は言うんですが。
 最後に、子供に。それで全部最後ですね。そこで、私は、小学校の十歳は猛烈に命のことを分かってくれるということが分かりました。もう命は何かと言うと、君たち持っているだろうといって言いますと、持っていると言う。どこに持っていると言ったら、ここだと言う。それは心臓だと言うんです。心臓は、酸素や血液を脳に送り、手足に送って人間が活動するための機械で、モーターで、心臓は命じゃない。だが、これは大切だ。命は体じゅうにあるんだけれども、君たちが使うことによって命が分かる。君の持っている時間を君はどう使うかという、それを考えたまえと。これが、「十歳のきみへ」という、人に対して私は本を書きまして、今度、毎日新聞で、その読んだ本の感想を集めて、四百万ぐらい集めて、その中のトップが、「十歳のきみへ」という私の本を読んで命が分かったと言うんですよ。それで、彼らの、私の手紙には、命というものは、寿命という空間の中に私の瞬間瞬間の命を入れるのが私の命だということを十歳の子供が書くほど成長している。だから、十歳よりも超える歳で、中学生が悪い、高校生が悪い、会社員が悪い、いろんなですね、議員さんが悪い、あるいは知事さんが悪い。だから、モデルが悪いからイチロー選手のようなモデルを持つべきだと。それで、新老人の会というのは、六十の人は八十五の人を見てあのようになりたい、八十の人はあのようになりたいというふうに、四十のサポーターの人は六十になったらああなりたいなという、そういう友達を探すための運動であるという、これが私の運動になっておりますが。
 取りあえず、もう六十五をリタイアのエージとするのはもう時代後れで、十歳底上げして、そうして、六十五以下でも体が悪ければ医療をすればいいわけですね、介護なんぞ言わないで。そうして、今言った、一番左の、二五%を一五%にするという。メタボリックシンドローム症候群なんて、みんな聞いたら分かりませんよ、ああいう言葉を使っても。難しいですよ、そういう言葉。それよりも、食べる食事を選択をし、運動をすることによって自立しようじゃないか。そうして、足が悪くても関節が悪くても車があるんじゃないですかね。いろんな、糖尿病でも薬があるんじゃないですか。心臓病でもいい薬があるんじゃないですか。だから、ちゃんと自立できますというふうに、病気があっても気力が強くて精神力を持つことが健康であると。
 健康というのは、幸福と同じように、貧しくても幸福感を持つ人があるように、病気を持っても健康感を持って、朝起きたときに、今日はここに行ってこうやるんだなというふうなことで目覚める、それが本当の健康であるということを申し上げて、私の講演を、発表を終わります。

発言情報

speech_id: 116614534X00120070207_014

発言者: 日野原重明

speaker_id: 24009

日付: 2007-02-07

院: 参議院

会議名: 少子高齢社会に関する調査会