少子高齢社会に関する調査会

2007-02-07 参議院 全133発言

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会議録情報#0
平成十九年二月七日(水曜日)
   午後一時開会
    ─────────────
   委員氏名
    会 長         清水嘉与子君
    理 事         荻原 健司君
    理 事         川口 順子君
    理 事         中原  爽君
    理 事         足立 信也君
    理 事         島田智哉子君
    理 事         鰐淵 洋子君
                有村 治子君
                岡田  広君
                狩野  安君
                沓掛 哲男君
                坂本由紀子君
                田浦  直君
                山崎  力君
                神本美恵子君
                主濱  了君
                羽田雄一郎君
                林 久美子君
                松下 新平君
                森 ゆうこ君
                蓮   舫君
                山本 香苗君
                山本  保君
                小林美恵子君
                後藤 博子君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    会 長         清水嘉与子君
    理 事
                荻原 健司君
                川口 順子君
                中原  爽君
                足立 信也君
                島田智哉子君
                鰐淵 洋子君
    委 員
                岡田  広君
                狩野  安君
                沓掛 哲男君
                坂本由紀子君
                田浦  直君
                山崎  力君
                神本美恵子君
                主濱  了君
                羽田雄一郎君
                林 久美子君
                松下 新平君
                森 ゆうこ君
                蓮   舫君
                山本 香苗君
                山本  保君
                小林美恵子君
                後藤 博子君
   事務局側
       第三特別調査室
       長        岩波 成行君
   参考人
       聖路加国際病院
       理事長・名誉院
       長        日野原重明君
       特定非営利活動
       法人寝屋川あい
       の会代表     三和 清明君
       株式会社マイス
       ター60取締役社
       長        平野 茂夫君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○委員派遣承認要求に関する件
○参考人の出席要求に関する件
○政府参考人の出席要求に関する件
○少子高齢社会に関する調査
 (「少子高齢社会への対応の在り方について」
 のうち生涯現役社会の推進)
    ─────────────
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清水嘉与子#1
○会長(清水嘉与子君) ただいまから少子高齢社会に関する調査会を開会いたします。
 まず、委員派遣承認要求に関する件についてお諮りいたします。
 少子高齢社会に関する実情調査のため、二月十九日及び二十日の二日間、広島県に委員派遣を行いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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清水嘉与子#2
○会長(清水嘉与子君) 御異議ないと認めます。
 つきましては、派遣委員等の決定は、これを会長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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清水嘉与子#3
○会長(清水嘉与子君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
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清水嘉与子#4
○会長(清水嘉与子君) 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 少子高齢社会に関する調査のため、今期国会中、必要に応じ参考人の出席を求め、その意見を聴取したいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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清水嘉与子#5
○会長(清水嘉与子君) 御異議ないと認めます。
 なお、その日時及び人選等につきましては、これを会長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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清水嘉与子#6
○会長(清水嘉与子君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ─────────────
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清水嘉与子#7
○会長(清水嘉与子君) 政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 少子高齢社会に関する調査のため、今期国会中、必要に応じ政府参考人の出席を求め、その説明を聴取することとし、その手続については会長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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清水嘉与子#8
○会長(清水嘉与子君) 御異議ないと認めます。さよう取り計らいさせていただきます。
    ─────────────
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清水嘉与子#9
○会長(清水嘉与子君) 少子高齢社会に関する調査のうち、「少子高齢社会への対応の在り方について」を議題とし、生涯現役社会の推進について参考人から意見を聴取いたします。
 本日は、聖路加国際病院理事長・名誉院長日野原重明さん、特定非営利活動法人寝屋川あいの会代表三和清明さん、株式会社マイスター60取締役社長平野茂夫さんに参考人として御出席いただいております。
 この際、参考人の皆様方に一言ごあいさつ申し上げます。
 本日は、大変御多忙のところを本調査会に御出席いただきましてありがとうございます。
 参考人の皆様方から、「少子高齢社会への対応の在り方について」のうち、生涯現役社会の推進について忌憚のない御意見をお述べいただきまして、調査の参考にさせていただきたいと存じます。どうぞよろしくお願いいたします。
 まず、議事の進め方でございますけれども、参考人の皆様方からそれぞれ二十分程度御意見をお述べいただきまして、その後、各委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
 なお、質疑につきましては、あらかじめ質疑者を定めませんで、自由に質疑を行っていきたいと思います。
 また、意見の陳述、質疑及び答弁のいずれも着席のままで結構でございます。どうぞよろしくお願いいたします。
 それでは、日野原参考人からお願いいたします。日野原参考人。
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日野原重明#10
○参考人(日野原重明君) 私は、座って講演したことないですから、立った方が楽ですから立ってまいりますが。
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清水嘉与子#11
○会長(清水嘉与子君) ありがとうございます。どうぞ。
   〔資料映写〕
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日野原重明#12
○参考人(日野原重明君) 結論を申しますと、少子、明るいままにしてください、明るいまま、全部明るくしてください。
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清水嘉与子#13
○会長(清水嘉与子君) 電気をつけてください。
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日野原重明#14
○参考人(日野原重明君) 少子高齢化の日本はどうなるかということで、どうすればいいかというと、四十五年前に老人の定義が六十五歳以上という文化国の間でされたんですが、そのときは日本の平均寿命は六十八歳でした。
 ところが、今はもう二十年も延びているんだから、老人の定義あるいは高齢者の定義は、六十五というのは不適である時代である、七十五に十年底上げをすべきだということと、それから高齢者ということを厚生労働省が老人の代わりに使ったんですが、これは年による差別用語ですから。ですから、むしろ老人、だから私は新老人という名前を使っているわけです。それが私の一番大切な結論で、そうしないとどうしようもないということ。
 最初のこのオーバーヘッドでは、日本人の平均余命は、男性は七十八・五、女性は八十五で、平均八十二歳ですが、日本は一番長寿と言われたんですが、今や男性は長寿から下りて、この香港やアイスランド、スイスに次いで四番目に下がりました。そして、女性だけが世界で一番高いという状態でありますが、この女性も続くかどうかは分かりません。
 そこで、その次の六十五歳での、平均寿命というのは、零歳のときに何年生きるかということですね。今、六十五歳の人が何年生きるとなると、男性は十八歳、ただですね、だから七十八歳。女性は二十三ですから、八十八歳まで生きるのが今の六十五の人の平均余命だということを考えていって、これは考えていただきたい。
 その次のこのスライドは、人口の、六十五歳以上の人口が全人口の七%であったのが一四%に、倍に増えるまでにどれぐらい年数が掛かったかで老化のスピードが分かるわけですね。これによりますと、フランスは百十五年掛かって人口の七%が、一四%が六十五歳以上になったんですが、日本はこのわずか二十五年でこの一四%を過ぎて、この方向からいくと、世界で一番老人が多い、そうして子供が少ないという老人の大国になるということは間違いないわけであります。
 同じことが、その次の、日本の子供の出生率をしますと、あのひのえうまというのは届出がごまかされたからそうなっただけで、どんどんどんどん、第二次ベビーブームで少し上がりましたが、今やずっと下がって一・三に下がって、二五にこれは下がっているわけでありますが、これと同じことが今韓国に起こってきた。
 次のスライド。韓国の出生率は、今、日本の出生率よりも下回ってきたというんで急速にこういう状態になっているから、韓国の老人化は日本と同じことで大変なことになる、こういう状態になったんであります。
 その次。そこで、韓国は少子対策で兵役を短縮して生産人口にもっと入れないと、これはもう消費、いろんなことが、生産力が落ちるからってこういう対策をもう既に立てております。
 次に、少子化の国はどうかというと、アメリカは、子供は日本の二倍ですからまだまだアメリカは老人国にならないんですが、アメリカは仕事と私生活が両立できる労働環境の整備に向けてワーク・ライフ・バランスを重視した政策を拡充することを発表し、フランスは、急に子供の数がこれは二人以上になりました。フランスは、子育て家族に、あるいは乳幼児あるいは新学期の手当などを、中学以上の子供がいる家庭には月に五千円を支給するということを始めている。スウェーデンは、産前産後の休暇を取りやすくするような育児休業法を制定。英国は、全国保育戦略による保育サービスや、父親にも権利を与える育児休暇制度をやる。日本は、子ども・子育て応援プランを刷新して新しい戦略をやろうとするというところで、アクションは非常に日本は後れているわけであります。
 その次のスライドを見ると、各国の出生率を見ますと、アメリカは、一人の女性が生涯の間につくる、産む子供の数がアメリカでは二名でありますが、フランスも二名、ずっと下がって日本は一・二六、韓国は一・〇七、香港は〇・九七ですから、こういう国が急速にこれは少子化になって、その次のスライドのように、日本においては国民の医療費が、老人が増えるから非常に増えて、三十兆を超えて、そして国民所得の比率が九%近くになっていて、もう医療費でこれは赤字がどうしようもなくなる、こういうことはもう分かり切ったことであります。
 そこで、その次のスライドを見ますと、日本の死因というのは、日本とアメリカとを比べますと、左のアメリカは心臓が約三〇%、がんが二三、脳卒中は余りない。日本は、心臓病はアメリカの約半分であるけれども、脳卒中はアメリカのこれ二倍以上になる。そうして、がんはアメリカよりも多いですし、今、日本では、アメリカは肺がんが激減しました、たばこで。ところが、日本は肺がんは増加しつつある。これは当分日本の状態は続くわけですが、アメリカは心臓病が三〇%ですが、今から四十年前、三十年前は半分は心臓病で死んだのが、だんだんだんだんと脂肪を、節食して肥満をコントロールしたために半分になりました。ですから、非常にいい線ですが、日本は心臓病はこれからまだ増えます、外国のフードが入ってきますから。そうして、がんもまだ増えます。そうして、医療費は非常にこれは要るという状態が迫っているわけです。
 その次。これは年を取ると脳がどうなるかということですが、記憶力は二十歳が一番いい。それから、新しいことを考える創造力は三十歳前後。それから、判断力はずっとこれが続きますから、判断力を要するような職業やそういうことは六十五以上、七十五以上になってもこれはいいです。
 ただ、痴呆になる場合には駄目ですが、八十以上の痴呆は二割。そうして、痴呆の遺伝子があります。五人に一人は痴呆の遺伝子を持っておりますが、環境が良いと、つまり食物が良いとか社会活動がいいとかという老人の環境がいいと、遺伝子が出ないで痴呆が眠ってしまう。今私は、それで、何が遺伝子を眠らせるかという研究を四年、五年前からやって、十年間で発表をするわけですね。ですから、この十年間、私自身も含めて、私も痴呆の遺伝子を測っていますが、結果は全然みんなに知らせないで五百人のこれはスタートをやるんですよね。で、国から研究費を取るのは大変ですから、私の「生きかた上手」の印税がうんと入りますから、それでこの研究をやって五年後に、発表するのは私が百歳のときに発表する。
 はい、その次。老いというのはどういうことかというと、体の健やかさはだんだん落ちて、そうして脆弱な体になるという、病気じゃないけど非常に脆弱な筋肉、脆弱な骨。ですから、この脆弱になるのを先延ばしにするのが医学ですね。これを止めることはできないから、できるだけ脆弱化を遅くするということ。しかし、心の豊かさはこの教養的なことで年を取るとこれは円熟していくという、そういうことがいいと。これは私たちのことですね。
 その次のスライドを見ますと、人口の五〇%、これはつまり六十五歳以上の老人の健康度ですが、人口の半分は典型的な老人です。それで、右側、恵まれた老人というのは二五%で、私はその恵まれた老人の一番右端にいて、九十五という。そうすると、これ七五でしょう。それで、介護を要する人が二五%いるんですね。そして、その五%は寝たきりなんですよ。それですから、方法としては、この二五%の介護を要する人を一五%に下ろす、そのために何をするかという政策をすれば、この典型的な老人で自立できる老人、ですから、関節が悪いとか糖尿病があっても自立できればいいんだから、そうして無駄なお薬を飲まないでやれば、これを、この左の二五%を一五%に持っていくためには何をすればいいかという、自立を教えるということがこれ一番大切なことです。
 その次のスライド。これは成人のライフサイクルでありまして、ABCがあります。そうして、今私がどこにあるかというと、八十の線がありますね、右から九十、八十五。私は今九十を超えていますからね、九十五を超えて生産的な、創造的な仕事をし自立をしていますから、私は一番右の端を行っているんですよね、右を。それをどこまでこの下がってくるのをこの右の方に寄せていくかというふうなことで、私は今、新老人運動をして、七十五歳の人が実際は六十五ぐらいの若さを持つような運動をやって、今これはもう五千人を超えて、来年は一万人になります。その次には二万人になって政治力を持つようになります。
 そこで、その次。第一の人生というのは二十歳までで、受けて伸びるグローイングの時代。第二の人生は、若い成人と成長したアダルト、これは社会に貢献しつつ生きるソーシャルライフ。そして、六十五で引退をすることをしないで、それから自分の中にあるポテンシャルを、遺伝子を引き出すことを助走を始めて、七十五以上になるとそのジャンプをするという。ですから、七十五以上は第三の人生で、最も自由に、奥さんにも影響されない、主人にも影響されないで、持っている個性をそこで発揮をさそうという、そういう運動です、この新老人運動というのは。はい。
 新老人会議のスローガンは、愛することが、愛が必要だという、これはフランクルの、夜の霧を書いたフランクルの考えを受けた。
 第二番は、やったことのないことを六十五を過ぎてから、七十五を過ぎてからやりなさい、やったことのないことをやりなさいと。今まで遺伝子があっても、その奥さんと結婚したから遺伝子が出なかったとか、その主人と結婚したから出なかった人があるんだから、もう自分の遺伝子をいろいろ開発しなさいというふうなこと。それから、破産をする人があるかも分からないけど、それには耐えることによって感性が豊かになって、より不幸な人の友になることができるという、耐えるということは絶対にこれは必要である。
 そうして、子供に接近して、戦争の知らない子供に平和と愛を教えるために、私は毎週、小学校の十歳の子供のクラスに四十五分間行きまして、子供に命は何であるかと言う。命は見えない、命は君が持っている時間だと言う。時間が寿命なんだから、その時間を君はどう使うかと言うと、ほとんど自分のために使っている。自分以外のために自分の与えられた時間を使うことが君たちが生きる方法だということ。そうして、戦争のひどさを、人を許すことが必要だ、つらくても耐えて、いじめを受けてもいじめを返さない、愛というものは寛容である、許すということなしには愛の運動は駄目だということを、子供に今、もう私は忙しい中に言っている。
 その次。これは、マッカーサー研究というのがありまして、心身の機能に対して遺伝子はどのような役割をするかということの結論は、年を取ってからは、成長のときには遺伝子が非常にお父さん、お母さんの遺伝子が利きますが、年を取ってからは遺伝よりも環境や生活習慣の方が重要である。それから、年齢を重ねるにつれて遺伝子の重要性は低下して、環境の重要性、環境というのは、どういうものを食べるかということと、どういうふうな生活のスタイルをするかということと、どういう友達と生活をするかということ、社会生活あるいは宗教、そういうものがこの環境で、自分が選び取れるから、習慣を。
 ですから、人間というのは何でも食べられるから病気になるんですね。いろんな動物というのは、ササしか食べないとか、コアラでも特別なユーカリしか食べないけど、人間は何でも食べるから病気をするんで、やはり選択をして食べるということをするということと、それからこのマッカーサースタディーでは、年を取ればカロリーは激減した方が良いというので、私は千三百キロカロリーで毎日生活をして、一日が夜ぐらいで、朝、昼というのは牛乳とかジュースとかで、そういうものだけで、それで集中していますから、集中するというのは習慣ですよ、集中する習慣。そういうふうな生き方の習慣を錬磨すると、私たちは空腹感はなくて、そしてちゃんと十分な仕事ができる。私は一日十八時間は完全に仕事をしている。ですから、過労が、六十時間以上あれをして亡くなった場合には過労死と言うんですが、私は十時間ずつ過労ですから一週間に一回死ななくちゃならないぐらいですよね。そんな状態でそれができているというのは、やはり私のこの選択した生き方、それがそうです。
 その次。私は長野県中野市で指導をしました。減塩運動をしました。一日の食塩を十グラムまでにしなさいと言って、尿を取って、そうして今から二十年、一九七〇年から九五年までに脳卒中があんなに減りましたよ。もうとにかく方針をすれば、心筋梗塞を減らす、糖尿病を減らすことは決して難しいことではない。
 はい、その次。そこで、今は厚生省は、メタボリックシンドロームと言うんですが、ウエストを男性は八十五センチ以上にならないように、女性も九十を過ぎないように、血圧も百三十と八十五を理想とする、そして血糖も調節をする、コレステロールも若干調節をするというんですが、コレステロールについては最近はあんまり年を取った人は制限しなくても大体いいというふうなことを聞いて、私は割合にコレステロールを取っているわけです。
 成功加齢という言葉があるんですね。エージングに成功するというんですね。年を取るというのはエージングですね。年を取る。ですから、高齢者というのは、年を取ることを差別することとして高いと。だから、この言葉を厚生省はやめて、もう一度新しい意味で、尊敬の意味の老を使ってほしい。日本には、老に悪い言葉を付けて老廃物とか老醜とか、さけへんに鬼ですね、嫌な言葉でしょう。そうでなしに、長老とか大老とか中老とかという言葉がいるんで、中国のいい老という言葉を受け継ぐために、ジ・エルダリーというふうに、英語で言えばジ・エルダリー・シチズン、そういうふうにして、日本語では新老人と言うんですね。ですから、新老人が、六十五歳以上でも、もう新老人であって、リタイアしないで仕事ができる、だから九十五になったら神様の老人にしようかと思っているんですがね。
 人生は百。野球に例えて人生を九回戦とするならば、野球は七回から勝負だという応援団の声を受けて、七十五からの人生に有終の美を持たせるためにここで作戦を立てよう。野球の延長戦に持っていけば人生は百になるという。ですから、私は今もう五年先には小澤征爾と平和のコンサートを広島でやろうということになっておりまして、そして森光子さんとは十年先に放浪記のところの幕で一緒に写真を撮ろうということになっているんです。
 生きることでなく、良く生きることが何よりも大切だというソクラテスのクリトンの中から、イット・イズ・ノット・リビング・バット・リビング・ウエル、お釈迦さんが生病老死の苦しみと言ったんですが、どう良く生きるかという、どう良く老いるか、どう良く病み、どう良く死ぬかというその生き方が私たちの生き方であると。四つの苦しみで終わらないで、それを、苦しみを取って生きることが、あのフランクルがあれだけのナチスの収容所で生き延びた、あのように私たちは生きなくちゃならないということです。こういうような状態を私は言うんですが。
 最後に、子供に。それで全部最後ですね。そこで、私は、小学校の十歳は猛烈に命のことを分かってくれるということが分かりました。もう命は何かと言うと、君たち持っているだろうといって言いますと、持っていると言う。どこに持っていると言ったら、ここだと言う。それは心臓だと言うんです。心臓は、酸素や血液を脳に送り、手足に送って人間が活動するための機械で、モーターで、心臓は命じゃない。だが、これは大切だ。命は体じゅうにあるんだけれども、君たちが使うことによって命が分かる。君の持っている時間を君はどう使うかという、それを考えたまえと。これが、「十歳のきみへ」という、人に対して私は本を書きまして、今度、毎日新聞で、その読んだ本の感想を集めて、四百万ぐらい集めて、その中のトップが、「十歳のきみへ」という私の本を読んで命が分かったと言うんですよ。それで、彼らの、私の手紙には、命というものは、寿命という空間の中に私の瞬間瞬間の命を入れるのが私の命だということを十歳の子供が書くほど成長している。だから、十歳よりも超える歳で、中学生が悪い、高校生が悪い、会社員が悪い、いろんなですね、議員さんが悪い、あるいは知事さんが悪い。だから、モデルが悪いからイチロー選手のようなモデルを持つべきだと。それで、新老人の会というのは、六十の人は八十五の人を見てあのようになりたい、八十の人はあのようになりたいというふうに、四十のサポーターの人は六十になったらああなりたいなという、そういう友達を探すための運動であるという、これが私の運動になっておりますが。
 取りあえず、もう六十五をリタイアのエージとするのはもう時代後れで、十歳底上げして、そうして、六十五以下でも体が悪ければ医療をすればいいわけですね、介護なんぞ言わないで。そうして、今言った、一番左の、二五%を一五%にするという。メタボリックシンドローム症候群なんて、みんな聞いたら分かりませんよ、ああいう言葉を使っても。難しいですよ、そういう言葉。それよりも、食べる食事を選択をし、運動をすることによって自立しようじゃないか。そうして、足が悪くても関節が悪くても車があるんじゃないですかね。いろんな、糖尿病でも薬があるんじゃないですか。心臓病でもいい薬があるんじゃないですか。だから、ちゃんと自立できますというふうに、病気があっても気力が強くて精神力を持つことが健康であると。
 健康というのは、幸福と同じように、貧しくても幸福感を持つ人があるように、病気を持っても健康感を持って、朝起きたときに、今日はここに行ってこうやるんだなというふうなことで目覚める、それが本当の健康であるということを申し上げて、私の講演を、発表を終わります。
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清水嘉与子#15
○会長(清水嘉与子君) ありがとうございました。大変示唆に富むお話をいただきました。
 次に、三和参考人にお願いいたします。三和参考人、どうぞ。
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三和清明#16
○参考人(三和清明君) 座ってやるのをお許しいただきたいと思います。
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清水嘉与子#17
○会長(清水嘉与子君) どうぞどうぞ。
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三和清明#18
○参考人(三和清明君) こんなところへ出ますのは全く初めてでございますので、緊張をいたしております。うまく話せるかどうか分かりませんが、私がやっていることを御報告を申し上げたいと思います。
 資料といたしましては、そこに、お手元にございます。一枚目が、私の今日話をしたかったレジュメでございます。あと四枚は、私が今NPO活動をやっておる事例の内容でございます。最後に一枚紙、本日意見を言えということでございますので、考えてまいりまして、四つほど意見を申し上げたいと思います。あとはパンフレット類でございますので、ごらんいただきたいと思います。
 二十分ということでございますが、できるだけ早く終わりたいと思います。
 レジュメをごらんいただきながらお話をお聞きいただきたいと思います。
 私は、平成十年に定年退職いたしました。現在、六十八歳でございます。定年のときに私が感じたことをそのまま申し上げて、なぜこんなことをするようになったかということを一つだけ申し上げたいと思います。これ、私の、自分の事実でございますので。
 まず一つは、定年しまして、何も考えておりませんでして、ぬれ落ち葉になって、女房と二人でスーパーへ買物に行きました。まあ何と、スーパーへ行きまして、びっくりしました。何とぎょうさんの、私と同じような人がうろうろしているわけですね。手持ちぶさたで、女房の買物の手伝いしながら、広場でぼんやりしていると。こういう世界を見まして、元気な人がこのままでええのかしらということを自分ながら反省をいたしたわけでございます。これは社会的損失やなということを感じたのが一つでございます。
 それから、もう一つは、家におりましても、まあ何もすることがないわけです。たまたま、私たちの市の行財政改革の公募委員、市民の公募委員というのがありまして、それで、それに挑戦してみようということで、紙一枚書いて出したわけでございます。初めて、市としては初めてやったんですが、それに行きまして、そこで約二年間ほど勉強をしたということでしょうか、何と地方の財政というのは大変なことになっているんだなと。財政難であるし、当時は不況でございまして、企業ももうリストラばかりですから、企業にも限界があると。こういうところで果たして地域は良くなるんやろうかというふうなことを素直に感じたわけでございます。だれがすべきなのかということで、元気はないけれども時間が一番ある、この定年退職者である私でございますが、こういう男が何か世の中のためになったらどうやろうかというふうな思いになりました。
 仲間を募って、そしてやり始めたわけですが、定年の退職者だけではあきませんので、地域の心優しい中高年の主婦の方と一緒になりまして、女性の力は非常に強いですから、地域では、男性の力は、全く初めてでございますので、そういうものを一緒にしてやらしてもらおうということで始めたのが私たちのNPO活動でございます。
 何するんやということになりまして、できることからしたらいいわけですから、議論をしましたけれども、最初は十五、六人でしたんですけれども、できることといったら、女性群は、もう一番初めに出ましたのが子育てと、それからその次は高齢者ですね。男性群でございます。何もすることあらへんと、こんなことになりまして、草引きぐらいかなと、あるいは商店街のビラまきかなと、あるいは車での送り迎えかなと、こんな話になりまして、さっぱり分かりませんでしたが、まちづくり支援という言葉にしまして、とにかくスタートしようということで、高齢者と子育てとまちづくり支援と、こんな形でスタートをいたしたわけでございます。
 そのときに、いろんな人の価値観、こういうのが集まりますから、価値観が違います。どうしようかということで、今から考えますと、もう六年目に入っているんですが、一番大切であったことは思いを合わせることやなということを感じました、これはいまだに良かったなと思っていますが。出会い、触れ合い、助け合い、これで寝屋川を心温まる地域にしたいなと、こういう、今で言うミッションですね、こういうものができ上がったわけでございます。たまたま、そんなことは考えていませんでして、それが一つのミッションとしてやり始めたのであります。それは結果として非常に良かったと思います。
 そういうことと、こういうNPO活動は継続せにゃいかぬわけでございます。継続するには、やっぱり事務所の経費も要りますので、通信費も要るなというようなことから始めてどうしようかということで、継続するにはどうしたらいいかと。やっぱりちょっと有償にしたらどうやろうかという、ボランティアを、そういう話になりまして、いろいろけんけんがくがくしたんですが、一時間八百円ぐらいで、御本人たちが二百円ぐらいで、二百円ぐらいを経費にもろうたらどうかと、一つのルールを決めたわけでございます。
 それでやり始めまして、その中でやって、いろいろ現金でやり取りするというのは非常にこれはボランティアとしては後ろめたい感じがすると、これはもう事実でございます。そこで、何か方法ないかということで、実は地域通貨というのを使って、事前に利用者に買っておいてもらって、そこへ活動会員が行って、それをいただいて帰ってくると。非常にソフトタッチな感じになりまして、これがうまく功を奏しまして、利用会員も喜ばれ、活動会員も喜ばれていると、こんな感じでずっと推移をいたしまして、そこに書いておりますように思わぬ発展になりまして、最初十四名ぐらいでやっておったんですが、だんだんだんだん年々活動会員が増えまして、今百二、三十人というような形でしておるのが現在の形でございます。
 特にその中で、活動しております中身で目立ったことを申し上げますと、私たちは、基本はそういう助け合いの活動でございますが、それ以外にも市の方の委託事業ということで、駅前の自転車の放置事業を、これが平均年齢七十歳ぐらいの男女でございますが、家におってもしようがないということで、ぱあっとみんな出てきまして、今四十名ぐらいが三つの駅を楽しくやっております。一時間五百円ということで決めまして、やっておりますが、非常に喜んでおります。それが一つでございます。
 それからもう一つは、寝屋川市の市民会館がありまして、これの指定管理を受けようということで、これも市民がやらな意味ないなと、行政との協働という話でございますが、市民がやろうということで応募いたしまして、それもいろいろやらしてもろうた。ここは、中身は定年退職者の男性群のワークシェアリングでやっております。もうそれぞれ一か月の予定決めまして、十人ぐらいが、実際要るのは三人か四人なんですが、それをワークシェアリングして都合のいい日に出てきてやると、こんな感じでやっておるのが実態でございます。
 そんなことで、細かく、もう時間ありませんので御説明しませんが、楽しく非常にやっています。もう無理せず、地域はもう女性が強いわけです。そこへ男性が入るわけです。しかし、男性はもう皆、最初はもう気楽にいけと、自然の姿でいけという形でいっています。そうすると、いろんなことやってみて、そのうちに何か役に立つものがあるやろうと、自分にフィットするものがあるやろうと、こんな感じで、今、大体四割ぐらいが男性でございます。ほぼ定年退職者でございます。
 そんなことやっていまして、今の関連したNPO活動を四つ御紹介しておきますと、地域通貨が一NPOと一商店街でやっておりましたんですが、寝屋川市全域でやろうということになりまして、今、大分盛り上がっております。それが一つ。
 それから、私がこんなことやっていて、収益も上がってきているわけですが、一つの地域課題を解決するという、今で言う社会起業家というんですかね、コミュニティービジネスの一つの小さい、小型版だなということでございまして、これを支援する側で今は中間支援としてやっておりますのが、これは大阪府全体でございます。
 それからもう一つは、後で平野さんのところから話が出ますが、私のところで、こういうボランティア活動に、男性群は定年というのが二つあるんですね。一つは、まあ気楽にいってもう楽しみたいわという世界と、現役時代のスキルを生かしたいと、こういう二つあるんですね。その二つ目が、そこに書いていますように、地域経済の振興ということで、北大阪支援マスターいうことでつくったんですが、企業の大手のOBが集まって中小企業を応援していくと。ややボランティア的精神でいくんですが、まあ技術屋さんに多いんですが、そういう世界で、今それも、書いておりますように、こつこつと実績が上がっているというふうな状況であります。それから、まあこんなことやっていまして、今はまちづくり支援ということでやっております。
 それから、以上が私の活動報告でございます。
 あと、団塊の世代は、先ほども先生から話がありましたので飛ばさせていただきます。もう気軽にやって、私、一言だけ言いますと、六十歳で定年になって、第二の学生に戻りましたんで、これからは拘束、束縛されへんなと、大手企業におりましたものですから、非常に拘束されていましたから、もうここから後は好きなことやりたいなということで、非常に楽しんだ世代になりました。
 それから、最後ですが、私の方の提案として一枚の紙に書いております。一番最後をごらんいただきたいと思います。
 私は、地域コミュニティーの活性化というのが私の生きがいでございます。いかに定年退職者が入るかということですが、簡単に申し上げますと、まあいろいろ考えてみたんですが、今日来るということでいろいろ自分なりに考えてみました。
 一つは、団塊の世代がやっぱり私たちのときと違って働きに行かざるを得ないと、六十四歳までですね、まあ年金の問題ですね。で、みんなそれは言うんです、来る人が。したがって、本当に地域活動をやりたいんだけれども、生活を片一方でせないかぬと。だから、そのところに物すごくハードルを高くなってきておるんです、今。まあ六十五歳になればそれだけ年金入りますから動けるんですが、六十歳からすぐというのはなかなか難しいと。
 そういう意味で、その人たち、そういう団塊の世代の優秀な人材が是非入ってほしいと。そのためにはインセンティブがやっぱりどうしても要ると思うんですね。これは、NPOの場合は経営責任者なりあるいはリーダーです。それから、自治会の場合は、まあいろんな会合、セクションありますから、それのコーディネーター役というような感じで入っていただいたら、こういう人を是非入れるような仕組みを工夫いただきたいなと、これが私の今日の一点でございます。
 二つ目は、私がやっておりますが、この生涯現役ですから、先ほど言いました指定管理者なんかはそういうことで定年退職者にもってこいの仕事やなと思っておる。官の、行政はコストを安くしていきますんで、人件費も安くせないかぬという問題が出てきます。しかし、市民に対してサービスせないかぬと。そうなると、こういう人たちがうってつけやなと実感をいたしております。
 それから三番目には、先ほど言いましたように、コミュニティービジネス、あるいはもう社会起業家と言う方がいいと思いますが、こういう人が一生懸命やっておられます。これは女性と高齢者が多いです。非常に経営に苦労しておられます。こういう人たちをアドバイスしながら、うまく地域で活動すればなと思います。
 それから最後に、私はちょっとお願いしたいんですが、私先ほど申し上げましたように、私たちの活動は有償ボランティアになっております。これは会の継続ということでやむを得ぬわけですね。しかしそれは、現在、世の中、私やっていまして、六年間やって分かりました。やっぱり人間は助けられ、助けるというのはそこにやっぱりお礼の気持ちがあると。はっきりしています。したがって、この有償ボランティアイコール謝礼金というふうな形なんですね。だから、これをひとつきちっとしていただいて、この謝礼の世界、これをどんどん人と人とのきずなを結ぶために使うと、こういう形に是非お願いを申し上げたいというのが第四点目でございます。
 以上、簡単でございますが、終わらしていただきます。ありがとうございました。
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清水嘉与子#19
○会長(清水嘉与子君) ありがとうございました。
 それでは次に、平野参考人にお願いいたします。平野参考人、どうぞ。
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平野茂夫#20
○参考人(平野茂夫君) ただいま御紹介をいただきましたマイスター60の社長をしております平野でございます。よろしくお願い申し上げます。
 年齢は背番号、人生に定年なしと、こういうふうな語り掛けをいたしまして、社員の方が創業時二十名より現在は六百名になりまして、累計十七年で三千名の雇用を創出をしております。
 以下、レジュメに従って話をさせていただきます。
 平成二年の二月につくりましたこの会社、十七年になるんですけれども、親会社のマイスターエンジニアリングから六割の出資を得て、それから中小企業投資育成株式会社法に基づく設備投資を四割受けまして、この資本の構成をしております。
 社員が初め二十名だったんですけれども、現在は六百名と。そして、平均年齢が六十三歳で、最高の年齢の方は七十五歳の方でございます。
 事業の内容は、建築設備のメンテナンス、プラントのメンテナンスの技術で始まりまして、最近では営業や総務やホワイトカラーの部門に事業を展開をしておると。
 売上高が去年の三月期で十七億一千七百万円上げているんですけれども、税金を払う前の経常利益が千八十九万ということで、極めて、利益としては随分低い会社であります。大体、十七億上げて一千万の税引き前利益しか出ないということは、会社はまあ会社じゃないんですね。これでは資金繰りも付きませんし、それは後で申し上げますけれども、そういう状況でございます。
 大阪で実は出ました後に、名古屋、そして東京というふうに事業展開を進めております。
 次に、よくお尋ねをいただくわけですけれども、このマイスター60という事業会社をどうして創業したのかということをお尋ねいただくわけですけれども、私が四十七歳の折に、平成元年九月の十五日、敬老の日にNHKが敬老の日特集というトーク番組をやっておったんですね。それを聞いていたところ、「サラリーマン、会社辞めればただの人」と、こういう川柳が流れた途端、ああ、そうかと、知識も経験も体力も働く気もある方が定年の日を迎えた途端ただの人になってしまうという、これはおかしいなと思ったんですね。
 私は、親が中支で戦死をしておりまして、生まれて一週間目で親は中国へ行きましたから、母一人子一人で育ったもんですから、頭の白い方とか、薄い方とか、そういう方が自分の父親のような親近感を持ちまして、常々御年配の方と話しておった折には、平野君、おれは働きたいんだということを、酒を飲んで飲んで飲みまくったいうふうなときに思わず、平野君、おれの不満は仕事をしたいんだと、こういうことが相当聞いておったんですね。それから、その当時も、大学や総理府やシンクタンク等がいろいろ高齢者の方の定年退職者の方の就労意識を調査しますと、六割以上の方がやっぱり働きたいというふうに言うているということを聞いておったんですね、見ておったんです。
 ですから、この川柳を聞いた途端、それが私をしてぱちんとはじいたんですね。四人に一人が先々高齢者になるという、十七年前の状況から、そういう状況からしますと、ああそうだなと、定年という制度が既に陳腐化を迎えたんだなと。だったら、働く人を堂々とぴかぴかの新入生として迎える会社を起こしたらどうかと、こういうふうに私は思ったわけです。ですから、そこに、会社定年制に風穴を空けるビジネスモデルができないかと、新しい仕組みの発明が変わる環境に新しい価値を生むのかというふうなことでの思いが創業のきっかけでありました。
 次に、退職者の皆さんの就業意識というものをお尋ねしてみますと、最近は特に年金の受給が、私が始めたころには満額六十歳からいただけたわけですね。大体二百五十万ぐらい、働かなければ二百五十万ぐらいもらえたというものが、だんだんだんだんこういうふうな財政の問題からしまして先送りになるというふうなことからしまして、やっぱり退職金はあるんだけれども、それは使わないで、何か事があったらいかぬから、いろいろこれから何があるか分からぬから取りあえずためておこうと。で、日常的に生活するその生活費は働いて自分の生活をしようじゃないかと、資産の目減りをできるだけ防止しようじゃないかというふうなことで働こうという方も随分出てきていますよね。
 しかしながら、これまで、最近はこういう傾向もありますけれども、皆さん、私にお会いしてお話をいただくことは、おれは働きたいんだと、働くことが生きがいだというふうなことなんですね。
 で、こういう変わった会社ですから、テレビの取材や新聞の皆さんがよく来られますから、私は最初話はいたしましたけれども、私はいいことしか場合によっては話はしないと、どうぞどうぞ社員さんに話をして聞いていただきたいということを言うて社員さんにインタビューをしていただきますと、社員さんは、僕は若い人に技術を教えたいと言うんですね、おれは元気だから世の中の役に立ちたいとか。何とこの皆さん、どうでしょうか。自分のことじゃなくて、自分が働いてきたこの実績というものを社会の中に役に立てたい、立っていきたいという、こういうお気持ちなんでしょうかね。
 先生からの話も今ありましたように、だんだん年を取ることによって心の豊かさがそういうふうにこう進展するんでしょうか。あのマズロー博士が言うていますように、初めは、若いうちは安全の欲求、生存の欲求、それから偉くなりたいとか、家を持ちたいとか、当然の欲求でもあるわけですけど、それがだんだん六十も過ぎるころから、社会とか他人のためとか、そういう物の見えない世界の中に自分の生きがいを持とうとするんですかね。精神が昇華過程に入って仏心になるんでしょうかね。そういうふうなことが結局、僕は、賃金の多寡より働くことが生きがいであるし、家庭の健全性もそれによって堅持できるということですね。
 お父さんが、おお、帰ってきたぞ、夜七時八時に帰ってくれば、奥さんが、お父さん、初ガツオ今日はあるよ、買っておいたよ、こういうふうなリズミカルな生活が続くわけですね。ところが、うちでごろごろしておるとそういうことじゃ全くなくなるわけですから、これは女性がいいとか男性がいい悪いとかいう話、そういうことじゃなくて、やはり元気な限りは家庭も、おやじは、これまでの我々の世代はおやじが働いて奥さんが守ると、こういう状況の延長線上からすれば、やはり健全な家庭というふうなもののありようは、男が働いて大黒柱だと、奥さんがそれを支えるというふうなことが近ごろ定年を迎える方々の一つの家庭の風景なのかなという感じがいたします。
 それから、社員、今六百名、約、おられますけども、その中で六十五歳以上の方が百九十四名、三〇%を超える社員が働いておるわけですね。高齢者雇用安定法改正法も、だんだんだんだん六十五歳まで雇用を企業は継続しなさいと、こういうことを求める法律ができておるわけですけども、それも年金が支給されるまでの間、政府としては働いてほしいと、あとは国家財政で面倒を見ますよというふうなことでもありますよね。年金受給までのことをどうするかということですよね。
 しかし、ここを見ますと、六百名中、二百名近い方が働いておるということは、働くということは何も経済的な問題だけじゃないんですね。勤勉、実直、克己、それがおれの生き方なんだというふうな、そういう精神といいますか、そういう中に満足感を求める方がいるということは、我々としても、どうでしょうか、私は、一人の、一つの会社の経営者ですけども、皆さんにお考えいただきたいことは、働くということの保障といいますか、働くということをどう担保していくかということですね。称賛をする、表彰をする、顕彰をするというふうなことも含めて、お金の世界を超えた人たちをどう国家として働くことへの担保をしていくかという、かなり精神的になるんですけども、この精神というものを皆さん求めておるし、その中で大いに生きようという方が多いんですね。是非この点を、六十五歳以上の方が三割以上いるということに御注目をいただきたいと思います。
 次に、マイスター60の経営コンセプトでありますけども、年齢は背番号、人生に定年なし、六十歳でぴかぴかの一年生、そして七十歳選択定年と。選択定年というのは、自分で定年を決めなさいという、決めてくださいということですね。おれは働けるのか働けないのか。耳が遠いから辞めようと、うちのかみさんが、奥さんがどうも腰の調子が悪いから僕が面倒を見ようということで辞めるのか。自分でまず主体的に判断をしてほしいと。もちろん会社も、その方が働きたい気持ちがあっても、働きに堪えない健康状態であるし能力の具合であれば、お辞めになったらいかがですか、お辞めくださいという話はしますけども、まずは自分が七十歳でどうするかということですね。そして、それ以上働くということをお客さんも会社もいいんであれば、今現在いるように、七十五歳の方が働いておりますから、事実上無定年で大いに働いてもらおうという考え方です。
 それで、この会社は高齢者の会社ゆえに、今はやりの時価総額とか利益の極大化の経営じゃなくて、それで社会への貢献ではなくて、この社会的責任のうちの中で雇用というのがありますね。利益を上げてそれを国に貢献をする、社員に月給をたくさん上げるということのほかに雇用の確保、このマイスター60はたくさん月給を上げることができない会社ですから、雇用の創出をもって少なくとも企業の社会的な責任というものを果たしていきたいと、こういうふうに考えております。
 それから、高齢者の方が働きたい、僕は働くことがもう楽しいんだという方に対して、その方が働くことの正当性というものを、何かうらぶれて、陰に隠れてとか惨めに働くというふうな、そういうふうなことじゃなくて、働くことの正当性というものをきちんと位置付けを会社としてしていきたいと。会社の組織の中で働くことによって、マイスター60をしてそういう位置付けを訴えていきたい、あるいはその認識を作っていきたいと思っておりまして、ですから、高齢者のニーズに適応した経営モデルの実現ということを考えております。あとは、技術立国を下支えするための熟練技能とか技術、そういうふうなものを大いに備えた方のダム造りと、こういうふうに考えております。
 それから、具体的なマイスター60の雇用制度と諸条件は、特に申し上げることは、身分はアルバイトとかパートとか、何か名刺がないんではなくて、全員がシニアマネージャーという肩書、いわゆる称号ですね、私の気持ちからすると、六十歳を超えてなお働こうという方々をたたえるということで、称号ということで正社員として名刺をお出ししています。営業部門の方はすべて部長。課長はいません。現場の方はすべてシニアマネージャー。何か珍奇な雰囲気かもしれませんけれども、これが非常にその方のモチベーションを高めるということですね。こういうことをしてやっております。
 それから、給料は、日給月給ということもありますけれども、これも場合によっては誇りを失ってもらっては困りますから、大企業、上場企業と同じように完全月給制で、風邪でお休みになっても月給は引きません、日給月給じゃないですから。完全月給制とか、そういうふうなことをしております。
 それから次に、六ページ目、マイスター60の経営をして私がつかんだものといいますか、教えていただいたものは、高齢者は国の宝、随分昔からこういう話があったようですけれども、現在はこういうことになるのかなと。活用とか活性化は国家の安定に結び付くのかなというふうに思います。
 高齢者雇用で出現する老壮青の職場環境、三世代同居の疑似家族的組織編成がもたらす経営秩序、人の情緒、情操教育、企業風土の醸成と、これが私は気が付かなかった、やってみて発見したことです。技術の伝承、技能の伝承、仕事の伝承は初めから想定していました。しかし、想定外だったことが、この第一項目ですけれども、今マイスターエンジニアリンググループ、千五百名ほどの社員がおられるわけですけれども、その中で六百名の方が平均年齢六十三、四歳の高齢者ということになりますと、二十歳と四十五と七十、こういう三世代が、僕とお父さんとおじいちゃん、三世代が同じ仕事をするわけです。十人の、ある仕事をするとすれば、六人が若者、四人が高齢者ということになると、そういう組合せですね。
 かつて日本の国は、高齢者がおるし、じいちゃん、ばあちゃん、父ちゃん、母ちゃん、僕みたいな孫がおるといって、三世代ないし四世代の同居をする大家族だったんですね。これがどういうことを生んできたかというと、封建的な堅苦しさや非常にぎすぎすした家族関係もたまには出たと思うんですけれども、それが、じいちゃんの働く姿や、じいちゃんのこぼす姿やじいちゃんが文句言うことを見ながら、僕たちはああなってはいけないなとか、若い夫婦がけんかしておれば、何でおまえ、いつまでけんかしているんだというふうなことを、場合によってはじいちゃん、ばあちゃんが注意をし、孫にと。そういうふうな一見抑圧された堅苦しい家族の状況も一面はあったんでしょうけれども、それがやはり三世代の中に、きちんとした人間の情操とかしつけとか、失敗と成功なんというふうな人生劇場がこの中にできておったかなと思うんです。
 ですから、私は、各職場に高齢者を大いに積極的に入れてもらうことによって、六十で打ち切るんではなくて、七十のおじいちゃんがおることによって、若者、それから中年、高齢者で、そこで改めて人間としての一つの完成された人生を目指す、そういう環境ができるのかなというふうに私は特に感じました。感じております。
 それから、目先の経済社会の話ですけれども、人口これだけ減ってくるわけですから、これから中長期的、少なくとも十年スパンで考えたときには、人手不足が急速に進んでいます。各企業とも若者にまだ注目していますけれども、団塊世代どんどん表へ出ますから、この高齢者を起用しなければ企業業績は落ちます。場合によっては人が採れませんから企業の存亡にかかわるということまで、間もなくこれはきちんとした議論に出てくるのかというふうな感じがいたします。
 それから三つ目は、経済大国、理念国家づくりに期待できる高齢者の人生経験と精神基盤、喜怒哀楽を踏み越えたゆえの次代に対するあるべき王道の提唱者、オピニオンリーダーになっていただけるのかなと、またなってほしいというのが私の考え方でございまして、それで、御年配の方に私は職場でお願いしていることは、技術を教えていただく傍ら、落語の師匠の師、師に畳表の表、働き方、技術のこと、人生のこと、働き方の師表になってほしいと、是非これだけは譲ってほしくないと。技術が場合によっては若者よりも劣っても、仕事に立ち向かう姿勢、経営姿勢、人生姿勢、これこそ皆さんに師表になっていただいてあるべき姿を正してほしいと、こういうことをお願いをしております。
 企業コンプライアンスの問題なんかも、是非御年長の方に大いに引っ張ってほしいと。御年長の方だからこそ、いろいろ御苦労して失敗もして過ちも、場合によっては失敗したなということが経験していますから、日本の国の立て直しといいますか、やや経済社会の中に論点が移っているこの日本の社会を、大いに年長の方は立て直すといいますか、大いににしきの御旗を掲げていただきたいというのが私のお願いでもあります。
 それから、一番最後、マイスター60からの高齢者雇用にかかる政策提言という、生意気なことを書いてありますけれども、一番目に、現在、年金の問題では、六十歳以上六十五歳未満の在職老齢年金が働くとカットされますよね。二十八万円を、月額二十八万円以上いただくと年金は一切出ないというようなことでの、二十八万円上限、年間三百三十万を超えると年金がもう出なくなるというようなことからいたしますと、やっぱり六十から六十五というふうなこの方々は、この目先の経済社会の中に大いに取り込んで企業戦力にする価値がある方ですから、この方々に大いにやっぱり働いてもらうということについては、やはりここで削るんではなくて再び企業戦士として送り出すと。うちでぶらぶらされたら困るわけです、やっぱり労働力足らぬわけですから。
 ですから、若いこの方たちをぐんとやっぱり押し出していくためには、私は、年金はカットせずにきちんと出していくといいますか、六十五歳を超えると四十八万までそのカットのあれが延びますけれども、四十八万まで月例の給与を出す、年金を出さなくても、財政のことを考えたら、まあ三十万ぐらいまで出していったらいいかなと思うんです。そうすると、大体年間四百万ですね。四百万を超えて手取りがありますと、夫婦二人の生活は適度にやれます。まあまあやれます。四百万を、とにかく六十以上の方が働いて、あるいはプラス年金で確保するということが、私は意欲を相当高める、労働市場に高齢者を引っ張り出す大きな力になるのかなという感じがいたします。
 それから、あと四番目について一つだけ申し上げますけど、私は、高齢者の方を大いに起用するということを法律でいろいろ決めて、そういうふうなことで企業にお願いするということ以上に、それを超えて働きたいという方が出てくるわけですから、その方たちを六十五を過ぎて、場合によっては七十まで働いてもらおうというそういう政策で決めた後も、七十からでも働きたいという人生がおるわけですから、その方たちを大いに採用して活躍の場を与えているという企業や団体や組織に、大いに高齢者の方を使っていただいて、雇用していて大変立派だなというような、そういうふうな顕彰をするということを国の政策として、消防のマル適マークじゃありませんけれども、こういうことというのは結構経営者は、おれの会社は社会のために役に立っているんだなということの誇りになりますから、社員さんもそれによって、うちの会社は大いに世間に胸張れるなと、こういうふうなことで、この四番目の高齢者雇用優良企業マークなんということもいかがかと思います。
 あと最後、我々マイスター60、時々フォーラムを開いておりまして、我々の、六十を過ぎた後もこんなに働いているよということを求めに応じてフォーラムで出て言っているんですけれども、千葉ロータリークラブでやっていただいた我々社員さんのフォーラムの状況、それから、私のところに先週金曜日にロイターから送ってきました、ヘラルド・トリビューンにロイターから発信した記事、マイスター60出ましたからと送ってきたものを付けております。
 これで取りあえず説明を終わります。ありがとうございました。
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清水嘉与子#21
○会長(清水嘉与子君) ありがとうございました。
 以上で参考人からの意見聴取を終わります。
 これより参考人に対する質疑を行います。質疑はおおむね午後四時をめどにさせていただきます。
 なお、質疑者及び各参考人にお願い申し上げます。質疑及び御答弁の際は、挙手の上、会長の指名を受けてから御発言いただきますようお願いいたします。
 また、多くの方が御発言できますように、一回の発言はおおむね三分程度とさせていただきます。
 なお、質疑の際は、最初にどなたに対する質問であるかお述べいただきたいと存じます。
 それでは、質疑のある方は挙手をお願いいたします。
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中原爽#22
○中原爽君 自由民主党の中原でございます。
 平野参考人にお尋ねしようと思います。
 いただいておりますカラーのパンフレットの一ページ、最初の一ページでありますけれども、ここで事業内容が明示されております。建築設備それから各種プラント、それと営業から経理等の専門事務職の人材派遣と、有料の職業紹介と、こうなっておりますけれども、ここで人材派遣というのは、いわゆるその紹介派遣業、派遣業を営んでおられるのかどうかということをお尋ねしたいと思います。
 現在、厚生労働省は、短時間労働者の雇用の改善を図るということで労働基準法の改正を行うということになってきておりますけれども、派遣業といいますと、年齢に関係なくこの派遣業の会社に登録をいたしまして、そこから派遣先に仕事に行くと、どちらかというと短時間労働者が多いという形になると思うんですけれども。ですから、このマイスター60の会社でやっておられる人材派遣の内容について少し御説明をいただきたいということ。したがって、社員が六百名おられるということでありますので、この人材派遣の部分は六百名の中に含まれないだろうと思うんですよ。まあ自社の社員を派遣するというのはまた別の話でありますけれども。そういう意味で、今後、この短時間労働者にかかわる少なくとも高齢者についてどのようにお考えなのか、あるいは現在の社長さんのところのこの派遣の状態について御説明いただきたいと思います。
 それから、ページ少しめくりまして四ページでありますけれども、六十歳新入社員とそれから七十歳で選択定年と、こう書かれておりますが、まあ用語だけ、言葉だけとらえて申し訳ありませんけれども、通常の選択定年というのは、例えば定年が六十歳であれば、五十五歳ぐらいで選択定年を選んでその代わり退職金は多めにいただくと、こういうのが選択定年と言っておるんですが、社長さんの会社で言っておられるこの七十歳選択定年の意味を教えていただきたい。
 以上でございます。
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清水嘉与子#23
○会長(清水嘉与子君) それでは、平野参考人、どうぞ。
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平野茂夫#24
○参考人(平野茂夫君) お答えいたします。
 ただいまの中原さんの御質問についての関連の、この七ページ、私がお配りしましたレジュメの七ページの政策提言の②高齢者派遣対象事業の種別制限の緩和、派遣期間制限の撤廃ということでここに掲げてあるんですけれども、高齢者がゆえに何でもあらゆる職種に制限の緩和をしていただきたいと、すべての分野に今は少し制限がありまして、その制限を取り払ってもらったらいかがかということと、派遣期間もこれも高齢者であれば働けるまで働かせてほしいということがここで言っていることですけれども。
 その中で、今御質問がありました、当社は派遣事業もしてますし、それから請負事業もしてますし、紹介派遣もしてますし、どういうふうな、法律が許される範囲の中でお客さんが、人材派遣法に基づく派遣をしてほしい、あるいは請負契約で例えばこの建物の設備のメンテナンスをしてほしいとか、お客さんのそれぞれの要望がありますから、法律に許された状況の中でいろんな形でとにかく高齢者を働いてもらおうという、方式はお客さんの御自由に決めてほしいということでお願いしています。
 それから、この社員六百名のほとんどが正社員です。正社員というのは、うちの社員として雇用して、それから派遣をしたり請け負ったりしますんで、途中で、一年間の契約で行ってて半年で場合によってはお客さんの方から、親会社から人が来るんで、マイスター60さん、引き揚げてほしいというときは引き揚げまして、残された社員の六か月の雇用保障、賃金は保障しております。正社員です。ですから、派遣期間だけ行って帰ってきてというふうなことではなくて、これは特定派遣というふうな科目に入りまして、ただの派遣であればこれは一般派遣というんですよね。当社はほとんどの方が正社員として派遣をしております。あるいは請け負ってます。
 それからもう一つ、この七十歳選択定年ということは、六十歳から入っていただいて七十歳になるころには、自分も場合によっては耳が聞こえないとか、家庭に事情があるとか、国へ帰らにゃいかぬとか、いろんな事情が皆さんありますから、七十歳のときに初めて自分で人生を考えていただいたらいかがですかと言うんです。
 それから、私、これは日野原先生から話が出ましたけれども、私は高齢者の方を大いに働いてもらうということを奨励をしておるわけですけれども、老いて老醜をさらさせたくないと思っているんですね。老いて老醜をさらさずという言葉があるでしょう。老いて老醜をさらすということの惨めさというものを私はここでぬぐいたいんです。やっぱり働くからには、どこどこ、どこどこ一流会社の部長さんで働いてきたけども、ただ働きたいがゆえに、もうよたよたしているにかかわらず、僕は働きたいんだからずっと仕事をするんだということは、その人をして、何だあのおやじさん、もういい加減辞めたらいいのに、あんな一流会社で常務やったのにという、そういうふうなことの見方がされますから、老いて老醜をさらさせないということを、特にまた七十歳選択定年というところに節目を置いて、そして働く方にそれを問うておるんです。いかがですか、お辞めになりますか、働きますかということでの選択定年です。
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清水嘉与子#25
○会長(清水嘉与子君) よろしいですか、中原さん。
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中原爽#26
○中原爽君 はい、分かりました。
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清水嘉与子#27
○会長(清水嘉与子君) ほかにいかがでしょうか。
 それでは、じゃ、山本香苗さんから、どうぞ。
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山本香苗#28
○山本香苗君 三人の先生方、大変にありがとうございました。大変貴重なお話をお伺いさせていただきました。
 日野原先生にはもう圧倒され通したわけでございますけれども、何から本当伺っていいかなとちょっと悩んでおったわけなんですが、本当に、我々、ずっとずっと下の者でもしっかり頑張っていかなくちゃいけないなというメッセージを受け取ったわけでございますが、今先生がやっていらっしゃる新老人運動という形の中で、七十五歳未満の方々にもお声掛けをして今活動もスタートをされていらっしゃるわけですよね。
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日野原重明#29
○参考人(日野原重明君) 四十以上はサポーターになっています。
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