井形昭弘の発言 (少子高齢社会に関する調査会)

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○参考人(井形昭弘君) 今日はこういう機会を与えていただいて、感謝を申し上げます。
 私は、書いてありますように、尊厳死協会の理事長でありますので、今日、御理解いただくようにお話しするのは尊厳死についてが主でありますけれども、実はケアマネジメント学会の理事長もしておりますので、若干介護に関しても前にお話しさせていただきたいと思います。
 我が国はあっという間に世界一の長寿国になりました。こんな急激に高齢化を果たした国は初めてでありまして、世界が日本がどういう対策を取るかをずっと注目している。その中にあって、我々は自分の手で未来を開拓していかなきゃいけない責務を担っていると思います。
 私は、鹿児島大学に長くいたんですけれども、ちょうど平成五年に国立長寿医療センターの創設が愛知県に決まりまして、その創設をしなさいというので来まして、それから高齢者問題に密接に関与するようになりました。したがって、介護保険にも担当の審議会の部会長を務めましたし、そういう意味では、ケアマネジャーというのは非常に私は思い入れの多い職業であります。
 高齢者は社会では一般に暗いと言われていますけれども、やはり健康な高齢者がたくさん出ることがマイナスになるはずがないというふうに思います。平均寿命と健康寿命との間に間があって、まあぴんぴんころりだとゼロですが、平均しまして、男性が七年、女性が九年の間は、病気になり、それからだんだんQOLが低下して、その末に死が待っておるわけですね。そういうことを考えますと、医療も、医療はもちろん進歩すれば、例えば認知症がそう遠くない将来に解決すると思いますけれども、解決すればこういう体制もがらっと変わると思うんで、そういうことを申し上げたいと思います。
 ケアマネジャーは、現在、資格を持っている人が約三十万で実働の人が八万前後いると思うんですけれども、いろんな多種多様なサービスを利用者に代わって調整する職業で、もう今はステータスの高い職業として定着してきました。それで、二〇〇五年の先生方の見直しによって、介護予防の導入と同時に、地域の介護をもっと充実しなきゃいけませんということが決まりました。
 そこで、地域包括センターですね、というものが各市町村にできることは先ほど御報告のありましたとおりであります。そこの主な担い手が、三つの職種なんですけれども、主任ケアマネジャーとそれから社会福祉士と、それから──すぐに出てきませんが、まあとにかくそこで主任ケアマネジャーというのが大きな責務を課せられることになりました。
 そこで、地域におけるケアマネジャーの役割というのがハイライトを浴びてきたわけですね。これからだんだんこういう介護制度をやっていくうちに、私は走りながら考えるというスローガンを掲げておりますが、一歩踏み出してみたら問題が分かる、その問題に柔軟に解決すれば理想の力に近づくということで、現実そのような経過を取ってきております。
 介護保険は、諸外国から見ると比較的うまく円滑に導入されたという評価を受けておりますし、これから幸せな長寿社会に向けて前進していくと信じて疑いませんが、その中でケアマネジャーというのが大きな責務を担っているということを申し上げたいと思います。
 最後に、私が思っておることでありますけれども、ケアマネジャーは導入のときにゼロから始まって、四万人のケアマネジャーが必要になりました。そこで、医師、歯科医師、それから保健師、看護師、栄養士、それからPT、OT、もう非常に多くの職種に声を掛けて、その中で五年の実務経験と将来に情熱を持つ人はどうぞということで、もちろん試験があったわけでありますが、幸い数はそろいましたが、その質が大きく問われて、今度の見直しでもケアマネジャーの資質向上というのが大きなテーマになりました。そこで、生涯研修体制というのがつくられて、鋭意今e—ラーニングを含めたいろんな研修体制化して、ケアマネジャーは今、日常の勤務よりも研修の時間の方が多いんじゃないかというぐらいかなり厳しい訓練を受けております。
 で、思いますのは、ケアマネジャーはいろいろ各種の職種から出身者が多いものですから、ケアマネジャーといってもいろいろカラーが違うんですね。保健師出身の人と、看護師出身の人と、栄養士出身の人のケアマネジャーでは若干あれがある。それをもっと均一なステータスの高い職にしていく必要がある。
 それには、最初はゼロから出発したからそういうことになったわけでありますが、できたら十八歳のときから大学にケアマネジャーをライフワークとするコースをつくって、そこで本格的なケアマネジャーを養成するのが望ましいのではないか。今は依然として、ほかのことをライフワークに選んだ人が資格を取ってから五年の実務があってから試験を受けるわけでありますから、ライフワークのスタートが三十歳。こういういわゆるステータスの高い職種でありながら非常に不自然な形になっております。
 是非、先生方に関心を持っていただきたいと思います。そうすることによって、地域介護あるいは高齢者の地域生活がかなり効果的にサポートできるということを申し上げたいと思います。
 次に申し上げたいのは尊厳死のことです。
 お手元に日本尊厳死協会の「入会のご案内」と「「リビング・ウイル」をご存知ですか?」というパンフレットが届いておると、私の書いた論文が幾つか参考として提出してございますが。
 御承知のように、人間はいつかは死ぬわけですね。いかに医学が進歩しても不治、末期という状態は必ずある。ならば、高齢者は一般に、若い人は何かで急に死ぬという場面になったとき初めて命の大事さ、死はどういうものか、そしてどういう生き方をすればいいかと考えるようになりますが、高齢者は、漠然とではありますけれども、近い将来に死が訪れることを意識しております。そういう中では、やはり健康に、意欲あって生き抜いて、そして最後は苦しまずに安らかな死を遂げたい、これは高齢者がだれしもが思っておることであります。したがって、ぴんぴんころりというような言葉にもみんなあこがれるわけですね。
 ところが、医学が進歩しておりますと、病気になりますと、ある日救急車で運ばれると、そこから後はもう主治医の延命至上に教育された方針に従って、どんなことがあっても、その命を長らえる技術がある限りはどんどん命が、それで命が助かって長寿が実現したんですから、それを否定するものではありませんけれども、しかしそういう生活が本当に人間の尊厳にかなっているものか、あるいはそういう苦痛を無限に強制するものではないか、そういう考えが世界的に起こってきた。これは医学の進歩に伴って起こってきたんですね。私が大学卒業したころは人工呼吸器はありませんでした。したがって、それほど問題にならなかった。ほとんどの人が自宅で亡くなって、しかもそれがほとんどが自然死、自然の経過に任せる。ところが、医学が進歩してきて、特に延命技術が進歩してきますと、本人の意思、苦痛にかかわらず命だけが長らえられるということが起こってきたわけですね。
 そこで尊厳死という思想は必然的に世界各国に起こってきたわけですけれども、一番大きな事件はカレン裁判といって、一九七六年にカレン・アン・クインランと、これは若い方なんですが、この両親が、植物状態でそのまま長く生かされることに、これはとても尊厳ある生ではないということで、延命措置を中止することを免責してほしいという裁判を起こしました。アメリカ・ニュージャージー州。第一審は敗訴しましたけれども、第二審が現場を見て、なるほどこの人の言っていることは本当にそのとおりだといって最高裁で決定しました。
 これが大きな引き金、内外に反響を呼んで、日本もその年に尊厳死協会が誕生しております。尊厳死協会というのは、アメリカはその年にもう既にカリフォルニア州に自然死法ができまして、瞬く間に各州で尊厳死の立法化が成立し、そして連邦法としても容認されまして、アメリカでは尊厳死の考えは定着しています。ヨーロッパも人権が発達していますから、本人が希望したものを家族がどうのこうのと言うことはあんまりしない風習なんですね。したがって、ローマ法王庁もこれを容認しておりますし、常識として本人の意思がある限り尊厳死は社会的に定着していると言って過言ではありません。
 一方、日本はまだその法制化ができておりません。日本は、国会議員でありました太田典礼先生という方が中心になりまして、法曹界の人あるいは大学教授を糾合して日本尊厳死協会が発足しました。当時は尊厳死という言葉がなくて、積極的安楽死と消極的安楽死、これが自然死なんですね、と言うしかなかったものですから安楽死協会と名のって、当初は人殺し集団とかいう批判を受けたそうでありますが。
 安楽死というのはオランダ辺りで法制化されておりますけれども、これは、第三者、医者、そういう者が積極的に薬剤の注射とかでえいやっと死期を早めることですね。まあ現象的には殺人ということ。
 私たちが主張しておりますのは、自然の経過に任せてほしい。延命措置は中止してほしい。延命措置の中止と安楽死という、いわゆる安楽死を遂げる方法とは大きな乖離があります。そのことを申し上げたい。それで、私どもの尊厳死は自然死と言った方が一番分かりやすいんですが、これが安楽死とは根本的に異なることをまた強調させていただきたいと思います。
 さて、そういう経過で昭和天皇の延命治療が行われました。それから、ライシャワーさんが尊厳死を遂げたという話が伝わりました。去年は富山県の射水市民病院で問題が起こって大いに関心集めまして、その事件があるたびに、東海事件でも、事件がありましたし、もう医療現場ではこういう問題は一杯起こっておるんです。起こっておるんですけれども表へ出ない。あうんの呼吸というようなことでなされていることもありますし、本当に延命至上主義に育ったお医者さんは、そんなことはできません、協力はできませんということを言っておられます。
 したがって、いろいろ社会事情はあれですけれども、時代とともにだんだん理解が進んできて、今は尊厳死協会の会員は十二万名に達しました。しかし、十二万名は決して多い数ではありません。お話ししてみたら、積極的な反対の人はそんなに多くはない。それから、がんの末期なんかでは、尊厳死を遂げたいという人は、どんな調査をやっても八〇%以上です。こういう背景がありますので、是非法制化をお願いしたいということで、現在は中山太郎先生を中心に尊厳死を考える議員連盟が発足して、今日も実は衆議院の方で勉強会が行われておりますが、そういうことで私どもは是非法制化をしていただきたい。
 厚生省は、ガイドラインを発表しました。ガイドラインは結構なんです。じゃ、ガイドラインのとおりやれば罪にならないということを決定していただくだけで法制化は実現するんですね。ガイドラインだけですと、どうしてもやっぱり反対の人は告訴しますし、それからやっぱり社会問題になりますので、お医者さんはどうしても手が出ない。こういう意味で是非法制、法制化といいましても決してすべての者に不治、末期になったら延命を中止しろということでは決してない。本人の意思があるものは、自然に安らかな死を遂げることに容認、逃げ道をつくってほしいと、そういうことを申し上げております。
 もう時間がありませんからこれで終わりますけれども、安らかな死というのは高齢社会のキーワードです。高齢者は、十何年も苦しんで人工呼吸器であんなに生かされるのかという気持ちが、そういうことはないということを思うだけで、安らかな高齢者、高齢社会、幸せな高齢社会というのが実現できると思います。私自身も今もう独居老人でありまして、自分の問題としてあれしていますが、老年医学をやった当然の結果として私は尊厳死ということに到着いたしました。
 以上で終わります。ありがとうございました。

発言情報

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発言者: 井形昭弘

speaker_id: 19834

日付: 2007-02-28

院: 参議院

会議名: 少子高齢社会に関する調査会