小澤隆一の発言 (日本国憲法に関する調査特別委員会)
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○参考人(小澤隆一君) 東京慈恵医科大学の小澤です。専攻は憲法学です。
参考人にお呼びいただき、光栄に存じますが、ちゅうちょもしました。私は、配付資料のとおり、三月二十二日に衆議院で公述人として意見を述べています。重ねて登院することへのためらいを感じながら結局お引き受けしたのは、この間の国会での審議からは私がさきに指摘した法案への疑問点は払拭されていないという思いからです。以下、配付資料の意見と重複しない形で、法案への現時点での意見を与党案を中心に述べさせていただきます。
資料の一枚目をごらんください。
第一は、意見を求められている最低投票率制度についてです。
その導入を否定する論拠には、憲法論的正統性を見いだし難いと思います。主権者たる国民の国の最高法規たる憲法の改正の是非についての判断という実質を投票が持つためには、むしろこの種の制度を採用することの方が憲法適合的であると思います。法案の根本的な再検討を求めます。
いわゆるボイコット運動の可能性は、この種の制度を退ける根拠にはなりません。そうした運動はこの制度と無関係に起こり得るし、また、憲法改正案に反対する人々が必ずボイコットの誘惑に駆られるわけではありません。不正確で過剰な想定を持ち出して憲法の趣旨の実現を妨げるのはやめるべきです。
また、憲法に規定されていない要件を加重することはできないという理由が挙げられてもいますが、この種の理解を貫くと、およそあらゆる憲法附属法は成り立ちません。憲法附属法は、いずれも憲法の趣旨にのっとり、それを補充しつつ具体化するものとして制定されているはずで、憲法の規定以外のことを定めていけないならば、現行の公職選挙法などはかなりの部分が憲法違反となってしまうでしょう。私は、そういう理由で公選法を違憲とした判例を寡聞にして知りません。
第二は、国民投票運動の規制についてです。
法案には、主権者国民が憲法改正という極めて重要な問題を判断する際にはふさわしからぬ数々の運動規制の規定が見られます。これらは、罰則の有無にかかわらず、その規制、禁止の対象、内容のあいまいさによって国民の運動に萎縮効果を及ぼすと思います。
公務員と教員の地位利用による国民投票運動の禁止は、地位とは何か、利用とはどういうことか、法案百三条に言う効果的に行い得る影響力又は便益とは何のことかなど、著しく不明確です。懲戒処分を恐れる公務員や教員が結局、個人としての意見表明を控えることにならないかと危惧します。
国公法、地公法の政治的行為の制限が公務員による国民投票運動のうちどのようなものに適用されるかを今後検討していくという趣旨の附則第十一条、これも同様の萎縮効果を持つと思います。法案の中では、適用が想定される事例として、憲法改正の賛否への勧誘が特定の公職の候補者を支持するなどの政治目的を持つ場合などが挙げられていますが、そういう極端な例を持ち出して適用の可能性を残しておくこと自体が自由濶達であるべき国民投票運動の意義を損ねることを恐れます。
第百九条の組織的多数人買収利害誘導罪の規定もあいまいさがあります。
買収や利害誘導をそれ自体はあってはならないこととして、組織によりとは一体どのような場合をいうのか不明確です。買収については、多数の者に対する意見の表明の手段として通常用いられない利益等の供与に限るとされていますが、さきに述べたボイコット運動や別の政治的目的を持った勧誘行為など、別の場面では通常のものとはとても言えない想定を持ち出しているようでは、確たる基準で通常用いられる手段か否かを判断すると本当に信頼してよいか不安になります。
総じて、国民投票運動が主権者国民の憲法についてのしっかりとした判断を促すよう、自由濶達かつ民主的道義に基づいて行われるよう、制度を基礎から構築するべきです。その際、この国民投票が、候補者や政党を選ぶものではないし、個別の国政上の施策についてのものでもなく、ほかならぬ国の最高法規の改正に関するものであることを踏まえなければなりません。
憲法第十五条が定める公務員の全体の奉仕者という地位は、公選に係る特別職公務員は別として、その所掌する公務執行の政治的な党派からの中立性を基本として理解されるべきものです。憲法改正の国民投票に際しては、この投票の事務を担う公務員は別として、公務員はさきに言う政治的中立性が一般的に問題とされる立場にはないと思います。すなわち、国民一般と同等の立場でこの投票の運動に臨むことができると解するべきです。
第三は、国民に対する広報についてです。
法案の審議では、提案者から十分な広報をする旨の答弁がなされていますが、法案第十八条四項によれば、国民投票公報の配布は国民投票の期日前十日までに行うとされています。憲法改正の発議の正確な内容は、この国民投票公報によって知らされるはずです。仮に期日の十日前に国民投票公報が配布された場合、それで憲法改正案についての国民への周知は十分と言えるでしょうか。
法案第六十条によれば、期日前投票は期日前十四日からできます。国民投票公報を見ずに期日前投票を行うことができるとするのは、日常的な政治の延長の中で候補者や政党を選ぶ公職選挙とは違う憲法改正投票において妥当な制度設計と果たして言えるでしょうか。この問題は、元々、国会の発議から投票期日までを最短で六十日としたことに原因があるように思われます。再度、この期間の抜本的な延長を求めます。それこそが国民主権にふさわしい制度と判断します。
なお、国民の判断に資する広報を行うためには、憲法改正に関する賛成、反対の両論が公平に示される必要があります。そのためには、広報協議会の構成は、法案第十二条三項のように、反対の表決を行った議員会派からの委員選任につき、できる限り配慮するという程度にとどめるのではなく、必ず含むようにすることの方が妥当と考えます。さもなければ、国民には不公平で一方的な広報との疑いを抱かせることになるでしょう。
憲法改正の発議に国会の三分の二の多数を要求しているのは、国の最高法規の改変の重要性にかんがみて、その時々の議会における単純多数の判断にゆだねることをしないという配慮から出たものと解するべきです。その趣旨からすれば、広報を担う機関はむしろ賛成、反対の意見の公平な反映にこそ重きを置くべきであって、多数、少数の比率のストレートな移入は、この問題に関する限りは多数の横暴のそしりを免れないと思います。
第四は、発議における両院の関係です。
憲法改正にかかわる衆参両院は、主権者国民による投票を仰ぐ憲法改正案を準備する機関です。法律や予算などのように自足的な議決をする機関ではありません。それゆえに、二院制という仕組みを前提にした衆議院の優越に基礎を持つ両院協議会の制度を採用するのは適切とは思われません。また、院の自律を損ないかねないような役割を合同審査会に与えるべきでもありません。この点も制度の再考を求めます。
第五は、放送や新聞を利用した意見広告についてです。
法案は、政党に無料による意見広告を保障し、国民投票期日前十四日間の広告放送を禁止していますが、果たしてこれらによって国民の判断に資する十分かつ公平な情報の提供が期待できるでしょうか。政党や政党が指定する団体以外の者の意見広告への配慮や投票期日前十四日以前の広告放送の在り方について検討が尽くされたとは言えないように思います。
以上述べた点を勘案すると、この間の衆議院、参議院での審議を経る中で、現在提出されている法案の憲法上の疑義、制度設計上の不具合が多々散見されます。こうした法案をこのまま成立させてしまうようなことがあれば、それは日本国憲法の下での憲法附属法の中で、最も憲法に密接にかかわるものが憲法の趣旨に最も背馳したものになってしまうのではないかと懸念します。貴委員会にはそのようなことを招来せぬよう切に望むとともに、重ねて法案の廃案を含む憲法原理にのっとった根本からの慎重な審議を求めて、私の意見陳述を終わります。
どうも御清聴ありがとうございました。