野村祐之の発言 (厚生労働委員会臓器の移植に関する法律の一部を改正する法律案審査小委員会)

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○野村参考人 おはようございます。ただいま御紹介いただきました野村でございます。
 実は、大学で教えておりますが、ちょうど今週、四人の学生が卒業論文を出さなきゃいけないので、毎日徹夜のようなところにこちらにお招きの話、実はごく最近いただきまして、本当にきょうはまともな準備をする時間なく伺いましたが、率直に忌憚のないところを申し上げようかと思っております。
 そして、準備ができなかったんですが、ちょっと前、学生に配ったプリントを一枚だけ皆様のお手元にお届けしました。大きいあれですけれども、半分に折っていただくといいかと思いますが、そこのところに、私の病歴といいますか、ございます。二度の肝臓移植を受けております。一度はB型の肝炎で、それからおかげさまで十五年ぐらい生き延びまして、今度は肝がんの治療で、アメリカでは肝がんの治療の第一が肝臓移植ですので、結果的に同じ肝臓移植を二度受けるということになりました。
 アメリカでは、そういったぐあいで毎年五千例以上の方が肝臓、もちろん臓器不足ということがあるんですが、それはドナーの数が少ないからではなくて、余りに広い範囲の肝臓病に対して移植が効果的であるために、結果的にドナーの数が足りていないというような現状だと思います。
 おかげさまで、そんなわけで命拾いしておりまして、こうやって元気に学校でも、もう徹夜に次ぐ徹夜で、授業もさせていただいております。
 特にきょうお話し申し上げたいということに関しましては、こっちは個人的なことですけれども、こっち側の方がいささか重なってくる部分があるかと思います。しかし、これはきょうのために準備したのではありませんで、ちょっとずれているかと思って、申しわけございません。
 おかげさまで、今こうして元気にしておりますもので、ボランティアではありますけれども、トリオ・ジャパンという団体でお手伝いをさせていただいております。これは、もともとは、トリオというと三人組で何かやりそうなんですが、現に移植というのは、臓器提供者と臓器を受ける者とそれから医療関係者との三者がそろわないと成り立たないのも事実なんですが、実はトリオというのはそういう意味じゃありませんで、トランスプラント・レシピエンツ・インターナショナル・オーガニゼーションの略です。移植を受けた、レシピエントと日本語でも言いますね、その国際的な機関でありまして、アメリカのピッツバーグで始まったものであります。
 ヨーロッパにもあるんですが、日本のトリオ・ジャパン、日本の活動が欧米と違うところが一つございます。それは、欧米の場合は、移植を受けるレシピエントになることというのは、ほとんど医学的な、自動的なことであるわけです。しかし、日本の場合は、病気の診断がついても、それからレシピエントになれるかなれないかということが、それで現実には、それが移植に結びつくかというのがほとんど宝くじに当たるより難しいような状況にありますから、そういう中で、日本で待って命の最期を迎えるのか、それとも、外国でもし受け入れてくださるところがあるならば、そこでレシピエントの候補になる、そのお手伝いができないかということで、自分の経験も踏まえてあれしております。
 それは、ただ病院を探してつなげるというようなことではありませんで、確かにその面もあります。ところが、お医者さんをまずは支えていかなきゃいけないということ。それから、現実にそれになりますと、数千万から時には億の単位の費用が必要です。ところが、病気になるのはお金持ちではありません。ごく普通の我々。
 ですから、これは大変な募金と借金をして、どうにかそれを工面しなければいけないというような、そういったことの現実的なお手伝いもしているような、きょうの命を救うということをモットーにしておりますけれども、欧米に生まれていれば、あるいは韓国に、台湾に、中国に、フィリピンに、シンガポールに生まれていれば移植のチャンスがあったのに、日本に生まれ、日本に育っているために、医学的なレベルがありながら命をあきらめていかなければいけないという、そういった現実の中で、命の可能性を求めてこうせざるを得ない現実というのがあります。
 特に、脳死ドナーを必要とする心臓移植の場合ですと、幼児、小中学生は、一〇〇%日本では死を待つしかありません。大人の心臓移植にしても、つまり、ドナーが十五歳以上ですから可能性があるわけですけれども、日本での可能性はスペインの二百五十分の一です、アメリカの二百分の一です、ベルギーの百八十分の一です。ということで、とても手が届かない。
 実は、私の妻、おかげさまで子供に恵まれました。ちょっと親ばかで子供の自慢をしますと、日本で肝臓移植を受けた親から生まれた初めての子供がうちの娘でありまして、といっても、親が男親ですから大したことではないんですが、うちの子には、あなたには親が三人いるからねと言っているんです。母親と父親と、この父親を中から支えてくれている臓器提供者の命、三つの命が合わさらなければ生まれてこなかったのがうちのかわいい娘でありますけれども、妻は、子供が生まれて以来、日本に住むことをあきらめて、どうにかして、もしかしたらアメリカに住みたいということを言うわけです。なぜかというと、うちの子供が十五歳になるまで、もし何かの事故で、交通事故かもしれません、地震かもしれません、脳死になった場合に、うちの子の臓器を提供する可能性が日本には全然ないわけです。
 しかし、現実に仕事のことや何かもありますし、そう簡単にアメリカへ行ってすっと住めるわけでもないですから、うちのは、米軍基地の病院だったらば臓器提供をさせてもらえるんじゃないかというので、連絡をとりました。そうしましたら、もうかなり、これは十年ぐらい前になりますけれども、沖縄の米軍基地の中で、若い夫婦のお子さんが事故で脳死になった。アメリカにはとてもその臓器は送れないわけですけれども、日本の方でもぜひこれを受け取ってほしいというので、臓器提供の準備をして、沖縄の病院はそれがそろっているそうです。ところが、日本の病院がどこもそれを受け取ってくれないもので、結局、その両親は失意のうちに日本を去っていったということを伺いました。そういうこともありまして、米軍基地でも臓器摘出はできるかもしれないけれども、提供にそれが結びつかない。
 妻がそんな思いをいたしました一つの理由というのは、実は、僕の義理の弟になりますけれども、彼女の弟が、脳にダメージを受けて生まれて、二年間の人生をいわば植物状態で過ごしておりました。彼女は、その植物状態というのはとんでもないと言います。むしろ、本来人間が生きているということの根源的な姿というのが私の弟の姿であって、名前を呼んでも答えないし、いつでも天井しか見ていなかった。だけれども、人が生きている、命というのはそれ自体、それで、頭がいいとか体が格好いいとかどうのこうの、地位があるとかというようなことは全部、その上に二の次三の次で積み重なったことなんだ、本来的には人が生きている、だから絶対私の弟は植物じゃなかったと。
 それは身内ですからそういう気持ちもあるとしても、本来生きているという。その子が亡くなったときに、実は当時は、もう五十年近く前ですから、角膜の提供だけが可能でした。後で知り合って私は結婚したわけですけれども、今でも家庭の中で懐かしくその弟を思い出している。たった二歳で、もう何十年も前に亡くなった。
 その一つは、弟が亡くなったことは、そこでピリオドが打たれて過去の話です。しかし、その角膜が提供されたことによって、もしかすると、今でもあの子の角膜を通して、家族の笑顔を、あるいは家族のほおを伝う涙を見ている人がどこかにいるかもしれない。そういう意味で、弟の昔の存在というのが、ある種現在進行形として、慰めと優しさの中で思い出されている。
 ですから、臓器提供ができるということは、脳死になって、特に提供というのはとんでもない状況で起こるわけです。にもかかわらず、愛と優しさを、そしてそれをしっかり受けとめていくのが移植の社会的なシステムであると思います。
 ですから、そういう意味でいうと、臓器提供のシステムというのは、本当に無条件の愛、だれさんに差し上げるではない、本当に、今でなければ、命を失う人のためにといって差し上げるという、その愛をどれだけ社会的なシステムとして現実化していくか、その問題が問われているんだと思います。
 そこにいきますと、今のテクノロジーというのは、脳が死んでしまっても、人工呼吸や何かすることで、心臓がひとりで頑張っている限り、血液の循環を可能にして、肝臓も、その他の臓器も生かしておくことができるわけです。ですから、ちょっと誤解を恐れず申しますと、脳死というのは、脳が死んでその人の人格としてのアイデンティティーは失われているけれども、循環している血液のおかげで酸素が送られれば、肝臓も心臓も生きて頑張っているんです。妊娠している方だと、おなかの赤ちゃんを、産むことは既にできませんけれども、外科的な切開をして取り出すことができる。そしてそれは、保育器というんでしょうか、その中で見事に育て上げることができるわけです。そうです。今の外科の技術をもっては、生きて頑張っている、赤ちゃんだけではなくて、心臓なり肝臓を取り出すことができる。
 しかし、心臓、肝臓は保育器の中で育てることはできません。だれかほかの人の体の中でなきゃいけない。しかし、元気な方の心臓や肝臓を取り出してしまって、そこに入れるわけにはいかない。もしそのときに、心臓がだめなために死に瀕している、もう肝臓がぎりぎりで死に瀕している、いわば肝死寸前の人がいるのであれば、その人の臓器を取り出して、その元気な肝臓がそこで生かされるということは倫理的に許される。
 そういう意味でいいますと、私の実感というのは、脳死した人の肝臓と、肝死直前の、脳は元気だったけれども私と、その二つの死が出会って、新しい命として今元気にさせていただいている。おしゃべりしているのは脳の側の私ですけれども、それを今ここで支えているのはその肝臓であります。という意味で、僕のアイデンティティー、一人の命だけれども一緒に支えている、これを僕はウイデンティティーと呼んでいるんですけれども、そのウイデンティティーの命、実は、この社会の命というのは、お互いに支え合い、助け合ってこそ、共生してこそのものであると思います。

発言情報

speech_id: 116804263X00120071211_003

発言者: 野村祐之

speaker_id: 34846

日付: 2007-12-11

院: 衆議院

会議名: 厚生労働委員会臓器の移植に関する法律の一部を改正する法律案審査小委員会