甘利明の発言 (経済産業委員会)
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○甘利国務大臣 私、昔、ロンドン郊外に住んでおります友人を訪ねていったことがあります。そうしましたら、その近所でおじさんが塀にペンキを塗っているんですね。友人に、近所でペンキを塗っているおじさんがいたけれども、ああいう人を雇ってみんなやっているのかねと言ったら、いや、多分そこのうちの御主人だ、大体、日曜日には庭の手入れか家の手入れをほとんどしていると。
要は、まめに手入れをして、買ったときよりも売ったときの方が価格が高くなるようにするという話を聞きましてちょっと軽いカルチャーショックを受けまして、住んで使った後の方が価格が高くなるということはどういうことなんだろうかという思いをしたことがあります。
この二百年住宅構想というのは、ある種のパラダイムシフトの提言だと思うんですね。住宅というのは、消耗品という発想から伝承していくものという、住宅に対するとらえ方を少し変えていかなきゃいけないという部分がある。ただし一方で、では住宅産業というのはどうなっちゃうのと。だれも新しい家をつくらないとしたら、経済的にいえば、我が省からいえば、住宅が支えているGDP部分というのはどうなるんだという話があるわけであります。
ただし、五百年、千年建てかえないわけではないですし、日本全土の住宅が入れかわっていくには相当な経済効果もありますし、一方、いい状態で保存していくためにメンテナンスの経済効果も当然出てくるであろうと思いますし、資源を大切に使うということで資源節約、それから廃棄物の減量という政策にも合致をしてくるわけであります。
長寿命化するに従って部材をどう長い間保持していくか、共通化していくか、あるいは長寿命化していくか、そういう課題もあわせて住宅政策としてとらえていくということで経済と環境とを両立させる、それから、消耗品という感覚から大切に手入れをして子々孫々と伝えていくもの、そこに文化ということも加味してくるんだろうと思いますし、これは単なる住宅政策を超えた総合的な政策であり得るというふうに我々もとらえております。