山田昌弘の発言 (国民生活・経済に関する調査会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○参考人(山田昌弘君) 確かに私も、この前ゼミ生から、山田先生のゼミが終わるたびに私暗くなるというふうに言われて、まあ私本人はそれほど暗いとは思っていないんですけれども、そういうふうに聞こえることがあるというのは重々承知しております。
多分、夢ということ自体も、やはりここ十年、二十年の間で大きく様相が変わったんだと私は踏んでおります。それはどういうことかというと、九〇年ごろ、戦後社会の夢というものは、その夢を一つ追いかければ多分全生活自体がそれで組み立てられてしまう、かつそれが社会的に十分実現可能なものであるということであったがゆえに、夢を見て、それを努力して実現するというようなプロセスが可能だったかと思います。しかし、それが今、私が若い人たちを調査、観察する中であるのは、この一つのことを、夢を実現すれば、その人生が全部組み立てられるというものがだんだんなくなってきているというか、そういうものではなかなかないものが多くなってきたというのがあります。
となると、取りあえず生活は生活として確保していく中で各人がそれぞれの夢を見る。例えば、農業で自然と触れて、それで周りの人とも一緒になって実感できるというのももちろん一つの夢としてはあります。ただ、団塊世代の退職農業とか土日菜園とかで非常に楽しくやっている人もいます。でも、それで暮らせる夢ではないわけですよね。そこが多分ポイントになってくると思います。つまり、暮らすところは別に持っていながら、プラスアルファの夢を十分実現可能で、かつ周りから評価されるような夢を実現していく。今後モデルとなるような生活があるとすればそういうことだと思います。逆に言えば、家庭菜園だけで全部生活できるようなのを夢にしてしまうと、かなりそれは失敗してしまう可能性があると思います。
そういう形で、社会の夢の在り方というのも社会の変化によって私は変わってきているものだと思っております。