中村桂子の発言 (国民生活・経済に関する調査会)

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○参考人(中村桂子君) 私は、命という、このごろ私が試みていることは、生命と言わないで、生命尊重と言ってしまうとそれで終わってしまうわけですね。そうではなくて、生きているとか、全部動詞で考えましょうということを言っています。生きているというふうに考えると、生きているものを見るしかないわけです。そうすると、私ここに、農業高校の子と今付き合っているんですが、例えば、出雲の農業高校へ行きました。そうしましたら、そこで豚を非常にかわいがって育てている。その豚が私に行ったらしっぽを振ってくれました。私、生まれて初めて豚にしっぽを振ってもらった。よっぽどかわいがられているなと。けれども、その豚は、その子たちはしばらくするとそれでソーセージを作るわけですね。そういうことをやっていくわけです。命を大切にするということは何も殺さないということでもないということを実感として、そうすると、その子たちは次もまた豚をとてもかわいがるわけです。
 生きているを見詰めるということをするしか命を大事にすることはないと思います。これを配らせていただいたんですが、この最後のところに「愛づる」というのを書かせていただいたものを配っています。これは虫愛づる姫君というお姫様がいらして、これは源氏物語千年紀と申しましたが、源氏物語と全く同じときに書かれています。
 このお姫様はこんな小さな毛虫をかわいがるのでみんなから駄目だ駄目だと言われるんですが、そのお姫様が、美しいチョウチョウになったらみんながきれいだと言うじゃないですか、けれども、そうなったらもう後ははかない命。本当に生きている力を持っているのはこの虫にあるので、そう思ってこれをじっと眺めていたら、これは何とかわいいものだろうと思える。これは、先ほど山田先生のおっしゃったラブとは違う、本当に時間を掛けて生きているを見詰めたら生まれてくる愛なんですね。フィロス、フィロソフィーのフィロです。愛智の愛です。これは非常に知的な愛なんですね。
 私はこういうふうに、今このお姫様の気持ちを生かそうと言っているんですが、例えばこの「愛づる」という言葉は、生きているというものを時間を掛けて見たことによって生まれてくる愛。そうすると、例えば赤ちゃんを殺してしまうというようなことがあるわけですが、本当にだっこして、赤ちゃんって泣いているときは私もうるさいと思いました。けれども、だっこして、おっぱいを時間を掛けて飲ませているうちに、時々にこっなんてされるとかわいいとなってくる。
 だから、生命尊重というのは、命というものが抽象的なものがあってそれを尊重するということがあるのではなく、生きているものを見詰めるということからしか生まれてこない。これをさせることだと。私が自然に触れましょうと言うのは、実は生きているを見詰めましょうということを言っているのです。これは別にほかの虫やそういうものじゃなくて、人間同士が見詰め合えばそれはやっぱり生きているが見えてくると思いますので、そういうことを是非していただきたいと思っています。

発言情報

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発言者: 中村桂子

speaker_id: 22890

日付: 2008-02-13

院: 参議院

会議名: 国民生活・経済に関する調査会