吉村剛太郎の発言 (予算委員会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○吉村剛太郎君 被害者家族の方々の思いも本当に大変だろうと、このように思っております。どうか政府一丸となって、いや国民一丸となってこの問題を解決すべく力を合わせていきたいと、このように思いますので、よろしくリーダーシップをお願いしたいと、このように思っております。
 今回のテロ支援国家指定解除に絡みまして、先ほどもちょっと申しましたが、日米間にちょっとぎすぎすしたものが生まれておるのではないかというような懸念を表される向きもございます。
 ちょっと話を昔に戻しますと、またおじい様の話になって恐縮でございますが、一九五一年、昭和二十六年、サンフランシスコで講和条約、これは全権代表として行かれて署名をされました。その後の日米安保は吉田総理たった一人で署名をされているんですね。これは大変大きな何か含みの意味があるのかなと私はいつも考えておるんです。
 といいますのは、吉田茂総理は、戦前は中国天津、奉天などで総領事をされておりまして、その当時の日本国と満州国との間、関係というのを熟知されている方ですね。その満州国の存在というのは、まさに当時の日本のかいらい国家であったと言っても過言ではない。そこには関東軍と当時の溥儀との間に秘密協定、これは秘密協定でも何でもないんですが、協定が結ばれておりまして、その内容を大ざっぱに申しますと、国防と治安は全部日本にお任せすると、日本が必要と思うところの鉄道の駅とか地域はすべてお使いくださいと、その費用は満州国が持ちますと。
 これ、何やら今日の日米安保、また地位協定とよく似ているんですね。それを承知の吉田さんがこの安保条約を結んだ、それもたった一人で署名に臨まれたということ、これについて、実は私は宮澤元総理とも晩年、最晩年にたった二人でお話を聞いたことがございます。あのときの随員として宮澤元総理は一緒に行かれているんですけど、宮澤元総理も入っておられないんですね、その署名のときに。これはまさに吉田さんが命を懸けてたった一人で責任を負うという心構えでされたのではないかと。
 同時に、これは後世の我々に大変大きな宿題を残されたと。日米関係は基軸であると、しかしながら独立自尊の国家としての尊厳は決して崩してはならないんだという宿題を残されたんではないかと、私はこのように理解もしておるところでございまして、お孫さんである総理、ひざの上でいろいろなこともお聞きになったかも分かりませんが、御意見あれば所見をお聞きしたいと、このように思っております。

発言情報

speech_id: 117015261X00320081014_015

発言者: 吉村剛太郎

speaker_id: 408

日付: 2008-10-14

院: 参議院

会議名: 予算委員会