桜井国俊の発言 (外務委員会)
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○桜井参考人 第三海兵機動展開部隊の要員及びその家族の沖縄からグアムへの移転の実施に関する日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の協定の締結について承認を求めるの件の審査のために参考人として招致されました、沖縄大学の桜井でございます。私の意見を述べさせていただきます。
ことし二〇〇九年は、薩摩侵攻から四百年、明治政府の琉球処分から百三十年の大きな節目の年でございます。薩摩侵攻も琉球処分も、外部の強大な力によって沖縄の運命がねじ曲げられたものとして、琉球・沖縄史に深く刻まれた事件でございます。本年二月十七日に締結されたグアム協定は、沖縄では、新たなる琉球処分となるのではと危惧されております。
グアム協定の国内適用対象は、ほぼ沖縄県に限定されます。憲法第九十五条は、「一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない。」としております。この憲法第九十五条の精神にのっとり、県民の意思を聞くべき事案であると私は考えます。しかるに、グアム協定は、地元沖縄の人々に一言の相談もなく、その意思が全く問われることなく押しつけられようとしております。沖縄の米軍基地は、戦争中から戦後、すべて県民の意思を無視してつくられてきましたが、復帰後の今、また新たな基地がつくられようとしているのです。
新基地建設についての沖縄の民意は、ノーです。それは、名護市民投票によって、また各種世論調査によって明らかです。直近の民意としましては、沖縄県議会も、昨年七月十八日に新基地建設反対を決議しております。
国土面積のわずか〇・六%を占めるにすぎない沖縄に、米軍基地の七五%が集中しております。基地がもたらす各種の人権侵害や環境破壊は既に限界に達しております。小さなかごに卵が山盛りの状態、これが沖縄の現状です。普天間飛行場代替施設が国家安全保障上必要であるとしても、その移設先が沖縄県内である必然性はありません。沖縄県民には、人間の安全保障の観点から、県外への移設を求める権利がございます。小さなかごにこれ以上卵を盛ることは不可能です。
日米両政府によって締結されたこの協定は、沖縄の負担軽減をうたっておりますが、沖縄で私どもが日常的に感じているのは、むしろ負担の増加でございます。また、基地受け入れと一体となって我慢料、沈黙料として提供される高率補助による土木公共事業は、沖縄の風土に配慮を欠くものが多く、沖縄の山と川と海を破壊し続けております。
さらに、基地受け入れと高率補助の関係は、二〇〇七年五月の米軍再編特措法によっていわゆる出来高払い制となり、出来高に応じて防衛省が普天間代替交付金を支給するという、今まで以上にわかりやすいむき出しのあめとむちの政策となりました。このことから、今や、環境ばかりか、沖縄の自治も誇りも押しつぶされようとしております。
沖縄の祖国復帰に際しての県民の要求は基地撤去と恒久平和でしたが、本土政府の方針は、これを認めず、米軍基地は温存し、その犠牲の代償として補助金による経済援助をするというものでした。
国庫補助金による公共事業は、全国画一的で地域の実情に合いませんが、特に沖縄の場合、それが言えます。道路や農業基盤整備によって赤土が流出し、海を汚染し、サンゴ礁を死滅させました。沖縄の自然に合わない公共事業が、環境破壊という社会的損失を生み出すこととなったのです。
沖縄は全国一の埋立県です。埋め立て自体が自己目的化しております。埋立地の多くは有効利用されずに放置されています。埋め立てによって一時の利益は生じますが、その後に続く雇用機会が生まれていないのも沖縄の特色でございます。
かくして、沖縄では、自然のままの海岸線や湿地は今や極めて希少なものとなりました。そして、今、沖縄本島に残された貴重なサンゴの海が、新たな埋立事業により泡瀬と辺野古で消えようとしております。
辺野古に基地をつくろうとする米軍の計画は、既に、ベトナム戦争時の一九六〇年代にございました。その昔のプランが急浮上することとなったのは、九五年の少女暴行事件を契機とした九六年のSACO合意によってであります。沖縄の負担の軽減という名目でなされたSACO合意に基づき辺野古につくられようとしている基地は、普天間飛行場代替施設と呼ばれております。しかし、これを代替施設と呼ぶのは適切ではございません。人口稠密な都市に包囲されて使い勝手が悪い旧式の普天間飛行場を返還し、かわりに、人口密度の低い地域に日本国民の血税で普天間にはない軍港つきの最新鋭の施設をつくってもらうというものであり、米軍から見れば、これはまさに焼け太りでございます。
当初は、キャンプ・シュワブ内にヘリポートを建設するという案でした。そうしたささやかなヘリポート案がなぜV字形案へと肥大化を遂げたのでしょうか。利権絡みで肥大化したのではないかと考える県民が出てきて当然の経緯でございます。
辺野古沖合案であれば、リーフの外の深い海を埋めなければならず、技術力の乏しい地元土建業者が出る幕は余りございませんが、沿岸案であれば、浅いイノーの埋め立てであり、地元業者の出番がある。そこで、住民への騒音被害や危険を軽減するという大義名分のもとに、もう少し沖合に移動させて地元業者のうまみをふやそうというのが知事並びに名護市長の沖合移動案でございます。一方、国や米軍は、沖合に移動させると反対運動が展開しやすくなるとして、あくまでも沿岸案にこだわっておられます。
そして、本土マスコミは、あたかもこの違いこそが国と地元の意見のずれであり争点であると錯覚させる報道を行っております。知事案に多少なりとも歩み寄れば地元の意向が受け入れられたとの誤ったメッセージが国民に送られることになります。しかし、県民世論は、圧倒的に、新たなる基地建設を許さないというものであり、真の争点は、つくるか、つくらせないかでございます。
さて、辺野古では、環境アセスが形の上では進み、去る四月一日に準備書が提出されました。
しかし、辺野古アセスは、アセス法の趣旨にもとる点が多々あり、環境アセスメント学会の学会員であり、学会の評議員でもある小職としましては、これをアセスとして認めることはできません。
時間の制約がありますので、二点のみ、重大なアセス法違反を指摘しておきたいと思います。
第一には、私のメモの第二と書いてあるところでございますけれども、ロードマップで設定された二〇一四年というゴールに間に合わせるために、アセス法の手続に入る直前に、アセス法に基づく方法書の洗礼なしに、二十数億円とも言われる巨費を投じて大がかりな事前調査が実施されました。ジュゴンやサンゴ礁調査のための機材の設置は、海上自衛隊の掃海母艦「ぶんご」まで繰り出して、非暴力で反対活動を展開する市民を威圧する中で、潜水隊員によって夜間に行われました。サンゴやジュゴンの生態を知らない者によるそのような無理な作業の当然の結果として、機器の設置でサンゴの損傷が生ずることともなり、また、ジュゴンを威嚇するような形でビデオカメラが設置されることとなりました。
本年四月一日に、公告縦覧に供された準備書は、辺野古沿岸域にはジュゴンはいない、したがって、辺野古新基地の建設と使用はジュゴンに影響を及ぼすことはないと記述しておりますが、それはこうした威嚇の結果である可能性が高いと言えます。なぜなら、長年にわたって、金武湾から北の辺野古沿岸域を含む沖縄本島東海岸では、ジュゴンが目視され、海草のはみ跡が観察されているからでございます。
その次に、私のメモの第四というところでございますが、事業者である沖縄防衛局は、事業内容に関する情報を後出ししております。昨年一月にも、百五十ページもの追加資料が提出されております。その追加資料提出の際に、事業者は、埋立用土砂として、沖縄近海で採取された千七百万立方メートルの海砂を民間業者から購入するという計画を明らかにしましたが、それがもたらす環境影響についてアセスは行わないとしております。
この海砂の量は、沖縄県での二〇〇六年度の海砂採取量の十二・四倍、二〇〇五年の全国採取量の一・一四倍に相当する膨大なものであり、それがもたらす沖縄の沿岸、海浜環境に及ぼす影響には、はかり知れないものがございます。沖合の海砂採取で砂浜がやせ細るのを沖縄の人々は経験的に知っております。ところが、沖縄防衛局は、民間業者が合法的に採取した海砂を購入するのだから問題はないし、アセスの対象とする必要はないとしております。ここでは、いわゆる合成の誤謬が発生します。
また、皆様御存じと思いますけれども、辺野古周辺海域を中心とする沖縄本島東海岸には北限のジュゴンが生息しており、昨年十月十四日にスペイン・バルセロナで開催されたIUCN会議において、三度目のジュゴン保護の推進勧告が採択されております。来年十月には、名古屋で生物多様性国際締約国会議が開催されますが、議長国日本のジュゴン保護の取り組みに国際世論は注目しております。
さらに、ジュゴンについては、辺野古新基地建設で絶滅するおそれもあることから、沖縄ジュゴン訴訟が米国サンフランシスコ連邦地裁で争われ、国家歴史保存法に基づき、原告勝訴の判決が昨年一月に出ております。この判決で米国防総省が求められているのは、辺野古新基地の建設と使用が、既に絶滅の危機に瀕している沖縄のジュゴンにいかなる影響を与えるかということを評価し、建設と使用に当たっては評価結果を考慮に入れることでございます。これに対し、米国防総省は、日本政府が行う環境アセスがその評価を行うことになるとしております。
しかし、今行われているアセスは欠陥アセスでございます。この欠陥アセスが同連邦地裁で妥当な評価作業と認められるかについては、大いに疑問がございます。四月一日、エープリルフールの日に出されたということは、もしかすると、後日、本当のアセス準備書はこれですと出し直しがされることではないかと考えたりもしております。
それでは、私の意見をまとめます。
グアム協定は、沖縄県民の声を聞かずに辺野古新基地を押しつけるものであり、断じて認めることはできません。国は、外交と防衛は国の専権事項とおっしゃいますが、米軍基地の存在は沖縄の人々の人権を日常的に踏みにじっており、人間の安全保障の観点から基地廃絶を求めることは県民の権利でございます。現在の地方自治法において、国と自治体は原則的に対等、同格であると規定されております。これは、たとえ日米安全保障条約に関する決定は国の権限であるとしても、そのもとでの基地配備決定については、当然、地域の権利が保障されるべきだということでございます。
本土復帰後の沖縄は、米軍基地が集約され、その見返りとして土木公共事業が集中的に展開される構造にあり、深刻な環境影響が予測されたことから、時には免罪符として利用されるという側面を持ちつつ環境アセスが実施されてきました。環境アセスのラッシュ状態が沖縄で生じてきたのです。
アセス法の精神に反するような手法が沖縄で拡大し蔓延してきました。日本社会の維持可能な発展を実現する上で欠かせない仕組みの一つであるアセス制度に沖縄で大きな穴があき、その欠陥が日本社会全体にブーメランとなって返っていこうとしております。沖縄に問答無用で基地を押しつけ、その余のことに無関心を決め込むことは、結局は日本社会を大きくむしばむことになるでしょう。
故後藤田正晴元官房長官は、死の前年の二〇〇三年二月に、国の安全は全部米国任せだから、今のように日本はアメリカの属国になってしまったと発言されております。この発言を踏まえつつ、オーストラリア国立大学名誉教授のガバン・マコーマックさんは、その著書で、日本は質的に米国の属国と言っていい状態にまで変容したと述べておられます。日本が米国の属国ならば、沖縄は米国の軍事植民地ということになります。沖縄県民が国民として誇りの持てる外交政策を強く日本政府に求める次第です。
以上が、私の意見でございます。(拍手)