清水鴻一郎の発言 (厚生労働委員会)

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○清水(鴻)委員 自由民主党の清水鴻一郎でございます。
 きょうは、脳死下での臓器移植の一部改正法案ということで質問させていただきます。
 A案、B案、C案、D案、今四案ございますけれども、A、B、Cにつきましては、今まで小委員会等でも参考人の皆様にも来ていただいて、それぞれの違いというものも私も理解できましたし、また、A、B、Cそれぞれに提案なさっている提案者の思いあるいはその論拠、それからその法案にかけるフィロソフィー、哲学も十分理解をさせていただきました。
 その上で、A、B、Cの違いというのは私も理解をしていますし、委員の皆さんも理解されていると思いますので、きょうは、新しく出たD案、これはある意味ではA案と同じように、十五歳未満の脳死下での移植にも道を開くということにおきまして、ある意味ではA案と大変似ている部分もあります。
 そこで、今回は、限られた時間ですので、A案とD案につきまして質問させていただきたいと思います。と申しますのは、私自身は脳神経外科の医者というもともとの仕事から、脳死というものに対して、従来、大変慎重に判断すべきだという思いもありました。しかしその中で、また一方、移植の医療を待たれる患者さんの思い、あるいは今の医学界の発達する中で、脳死判定においても、脳死というのは厳然と科学的に行われるというふうに思っています。
 そこで、私は、このA案、少なくともA、Dは脳死下における移植をやはり推進していくということが前提にはあるんだろう、また十五歳未満の方々についても、今までは海外でしかその道はなかった、そして海外も、しかしながらWHOの意向も、幸か不幸かことしは新型インフルエンザということで、禁止というような決定をされませんでしたけれども、少なくとも国内で移植は完了すべきだという方向性は、依然として国際的な世論としてもあるわけであります。
 それを前提に置きまして、まずA案とD案の違い。A案は、少なくとも脳死は死であるということを前提にしています。そしてD案は、少なくとも現状においては、脳死は一般的に、今この日本ではまだ死として受け入れられていないという中で、脳死は臓器移植に提供するという意味においてのみというふうにおっしゃっています。
 そこで、脳死が死であるということに位置づける、そう決めることについて、A案はどうしてそういうふうにした方がいいということであるか、A案の提案者に御質問したいと思います。

発言情報

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発言者: 清水鴻一郎

speaker_id: 10248

日付: 2009-05-27

院: 衆議院

会議名: 厚生労働委員会