清水鴻一郎の発言 (厚生労働委員会)
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○清水(鴻)委員 今、根本先生から答弁がありましたけれども、ただ、十五歳未満の方の意思をそんたくすると申しましても、ゼロ歳、一歳、二歳の生きる権利、その人たちが生きていくということについて、脳死が死でない、まだ少なくともコンセンサスがないという状況の中で、もし親がそれを親権があるからといって、少なくとも何のメリットも御本人にはないわけでありますから、大変その辺は、ある意味で親の方に物すごい負担を負わせることになるのではないかなというふうに思います。
十五歳未満の方にとって、一般的に日本の国ではまだ脳死というコンセンサスがない、しかしながら、親が子供の意思をそんたくして臓器提供を決めるというのは、大変親の方にとっては、それでなくても臓器移植を実行された後の遺族の方々は、そのことについてよかったのかどうか、よかった、あるいは、いや、そのときに後で後悔した、いろいろな心の葛藤があると聞いています。
まして、今、少なくとも脳死が客観的に死であるということを認めれば、死であるという前提のもとに立てますけれども、そうでない、それはまだコンセンサスがないという状況の中で親が決めていくことは大変難しいと思いますし、その後の心の負担も含めて、道は開いたけれども、開いただけで、実際にそのことを実行していくということは極めて難しい。
現行法でも、実際、十五歳以上の方でも日本ではこの十何年で八十何例という非常に限られた、アメリカ等に比べれば二百分の一というような大変少ない臓器提供です。ただ、提供することがいいかどうかは別問題として、少なくともA案、D案は臓器移植を進めていこう、そういう道を開いていこう、また十五歳未満の方にもそういうものを開いていこうというのならば、D案は、そういう意味では開いたけれども、十五歳未満は特に進みにくい、開いたけれども、本当にはまず実行できないのではないかというふうに私は思いますし、また十五歳以上も、現行法のままでは、推進するという意味からいえば現状を打開することはできないというふうに思います。
そこで、医学界全体の御意見等も含めて、A案提案者にはどのような理解があるのか。つまり、全体の医学界の意向あるいは患者さんの団体の意向、そういうものを踏まえてA案の方の御意見をお伺いしたいと思います。