シドニー・ブレナーの発言 (沖縄及び北方問題に関する特別委員会)
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○参考人(シドニー・ブレナー君)(通訳) 私の考えでは、科学ではある意味矛盾する気質を持った人間が必要です。ある段階では、非常に素直にオープンな考えを持っていて幅広い関心を抱かなければいけない、いろんなアイデアをいろいろと考えられる、いろんな方向で考えられる人が必要です。しかし、ある段階では、一方向に決めてひたすら真っすぐにそれを追求し、自分の考えを証明しなければなりません。場合によってはれんがの厚い壁も乗り越えなければいけないわけです。両方できる人は数多くありません。この二つの極端な相矛盾する気質を併せ持った人は少ないのです。しかし、それが必要なんです。
したがって、広範な視点と、それから、何かこれと決めたらばそれに重点的に取り組める人、で、重点的に取り組めて初めて成果が出るのです。これが最も重要な特徴の一つ、性格の一つだと思います。
まあ学生は気付いていないかもしれませんけれども、彼らは貢献しているのです。この惑星で人類が今までつくってきた最大の宝、すなわち私たちの世界における合理性、合理的な考えのシステムづくり、それに科学は寄与をしてきたわけでありまして、研究者はそれを意識する必要があります。この国がどうとか、この都市がどうとか、あるいはこの時代がどうということではありません。時代というのは連続的なものです。ですから、どこで研究をやっていても関係ないのです。世界につながっているからです。そして、世界の中から私たちは確固たる地位を確立していくつもりです。それが私の考えです。
一つだけ追加して申し上げますと、私がこのポストに就く前、いつもノーベル賞を受賞して後悔したことがあるとすれば、OISTの、基盤整備機構の理事長になってしまったわけですけれども、果たしてそれで良かったのか分かりませんが、とにかくこのポストに就任する前に沖縄の歴史に関する本を読ませていただきました。非常に興味深いものがございました。琉球王国など、それから独立した文化を何世紀にもわたって持っていたということは、狭い知識ながら知っていたんです。そして、アメリカの植民地になりかけたこともあると。ペリー提督が来た際が一回目、それから大戦後が二回目、危うく植民地になりかけたということも知りました。
沖縄は日本の一部でありますが、独自のアイデンティティーを持っています。それは、歴史あるいは地理的な位置によって規定されているものであります。それを評価すべきであります。実際にそこで研究をすることになる人たちもそのことは非常に高く評価するだろうと思います。
今の一般的な御質問に対してこれ以上付け加えることはありませんが、ただもう一点だけ強調したいことがありまして、過去の、二〇〇四年からのこれまでの経緯を振り返りますと、日本はこういったことを成し遂げてきたのだと、日本の国民、日本の政府は自分たちの将来のためにこういった取組をされてきたのだと、皆さんの夢を成し遂げるために私たちはお手伝いをしているにすぎない、沖縄に全く新しい、全くこれまでと違うものをつくるという夢を実現するお手伝いをしているにすぎないと感じます。