竹田昌弘の発言 (法務委員会)

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○参考人(竹田昌弘君) いつもお世話になっております。本日はお招きいただき、ありがとうございました。慣れないものですから至らない点が多々あると存じますが、御容赦のほどをお願いいたします。事件や司法の取材を続けてきた記者の一人として意見を述べさせてもらいたいと思います。
 お手元に資料をお配りしました。まず最初に見ていただきたいのは、レジュメの三ページ目にあります古い新聞記事であります。これは一九二八年、昭和三年十月一日の東京朝日新聞の朝刊であります。「民意司法に反映して 立憲政治初めて整ふ」、「官僚の裁判から 国民参与の裁判へ」と、こういう見出しになっております。これは日本で陪審制度が始まった日の新聞であります。
 民意司法に反映とか官僚の裁判からといった制度の意義に関する辺りは、実は来月二十一日の朝刊の見出しにも使われるかもしれません。実に八十一年前と同じ見出しの新聞を作らなきゃいけないわけで、それに対して非常に深く考えております。
 それでは、その制度の意義ということを考える意味で、レジュメの一ページに戻りまして、釈迦に説法ではございますが、立法府は有権者が選挙で皆さんの、議員の方を選ばれています。行政に対しては情報公開制度あるいは不服申立て制度などがあります。有権者がチェックすることができます。司法には最高裁判事の国民審査といったものがありますけれども、実質的にはほとんど専門家に任せきりでやってきたわけです。それが裁判員制度によって有権者が直接司法に参加するということを考えますと、やはり日本の民主主義を高めるという大きな意義が裁判員制度にはあるのではないかと考えております。
 問題点多々あります。これからるる制度の問題点申し上げますけれども、ともかくは制度をスタートさせ運用していく中で問題点を逐一直しながら有権者にとっていい制度にしていくことが必要ではないかと思っております。そして、裁判員制度が刑事裁判で軌道に乗れば、行政訴訟であるとか民事訴訟の一部にも拡大していってこの国の民主主義をより高めていくという意義を実現されるのがいいのではないかと思っております。
 それでは、裁判員制度の問題点というか課題を挙げていきますが、お手元にお配りしたもう一つの冊子は、共同通信の社会部がおととしの十一月からほぼ原則毎月一回連載記事を出しております。目次御覧になっていただけばお分かりのように、「制度誕生の軌跡」から「参加への不安」、あるいは「制度異議あり」、「評議の行方」、「イタリアの知恵」、「日本人との相性」、「死刑の判断」、「情報の壁」、「変わるか取り調べ」、「弁護人の仕事」、「沖縄の経験」、「検察官の仕事」、「コリアンの挑戦」、「裁判官の仕事」などなど、それぞれ裁判員制度の持つ課題を探るという趣旨でやってきました。
 今日は、この取材結果などを基に少しお話をしたいと思います。取材したのは法曹三者の皆さん、現職、元職の方もとより、模擬裁判に参加された全国各地の有権者の方々、制度に反対されている方々、あるいは制度設計にかかわった方、起訴されたけれども無罪になった人、あるいは死刑執行に立ち会った人などにも取材をしております。
 目次にあるように、裁判員制度と似た参審制度を採用しているイタリアであるとか、昨年から陪審裁判を始めています韓国、あるいは復帰まで陪審裁判をやっていた沖縄でも取材をしております。
 第二部の「参加への不安」というのがあると思いますが、模擬裁判に参加された方の感想などを見てみますと、レジュメの一ページにあるように、重要な判断をする自信がないですとか、殺人など悲惨な事件の審理にかかわるのは嫌だとか、そういう心理的不安がいかに大きいかというのがよく分かりました。仕事に支障があるからなりたくないという人はさほど多くありません。そこにあるように、世論調査でも三〇%程度にとどまっております。問題は心理的不安ということになると思います。
 では、それはどうすれば和らげることができるかというと、私は情報公開しかないと思っています。司法の情報は余りにも公開されてきませんでした。法律家の皆さん、この委員会たくさんいらっしゃいますので、これは釈迦に説法でございますが、連載の第八部の「情報の壁」でも詳しく書きましたけれども、裁判を傍聴しても、専門用語が多かったり証拠も要旨を述べるだけで内容がよく分かりません。民事訴訟に至っては、訴状や準備書面は陳述しますというだけで要旨さえも告げられませんので、刑事裁判以上に傍聴しても何も分かりません。かつては法廷でメモを取ることさえ、傍聴人はメモを取ることさえ許されず、裁判の確定記録は今もなかなか見ることができないという状況にあります。
 また、模擬裁判に参加された方からは、とにかく量刑が難しい、懲役と言われても刑務所で何をやっているか僕らは分からないんだから判断できないよというような声も聞きました。刑事政策全体が有権者によく理解されていないということを感じたわけです。やはりもっと情報を公開していかないと、裁判員の方々、大変苦労なさるんではないかと思います。
 模擬裁判においては、リアリティーがないという理由で死刑の適否を本格的に論議するケースはありませんでした。模擬裁判参加者の中には、死刑をどうするか判断する事件をやらされたらつらいなとか、自分たちが死刑を言い渡した人が執行されたら後味が悪いなというような感想を漏らされた方もおられました。死刑についても、刑場を始め執行の手順をすべて公開していただいて、その上で有権者に死刑の判断をゆだねていただきたいと思います。また、判断される方の心理的不安を考えますと、死刑判決だけは裁判員と裁判官の全員一致を要件とすることも検討すべきではないでしょうか。
 そこに失業率と刑法犯認知件数、何か唐突に載せましたけれども、これは一九九〇年、失業率二・一%のころに刑法犯の認知件数が百六十三万件ですと。失業率が五・四%になった二〇〇三年には刑法犯の認知件数は二百八十五万件に達したと。要は、仕事に困って、仕事がなくなって金に困って犯罪に走るケースが実は犯罪のほとんどであります。
 特殊な犯罪者、もちろんいるでしょうけれども、大半は有権者が十分理解可能な、あるいは場合によっては明日は我が身の被告人であります。こうした社会の現実も、これは私たちどんどん報道しなきゃならないのですが、政府や裁判所におかれましても、もっと犯罪の現状というものを例えば経済状況と絡めながら分かりやすくお伝えいただければなと思います。
 先ほど四宮先生もおっしゃっておられましたけれども、これも心理的不安に関係しますが、守秘義務であります。
 最高裁のホームページには、裁判の公正やその信頼を確保するとともに、評議で裁判員や裁判官が自由な意見を言えるようにするためですと説明されております。確かに、だれが何を言ったか明らかになりますとだれも何か意見を言えなくなってしまいますので、この最高裁の説明の後段部分はよく分かります。ただ、その前段の、裁判の公正やその信頼を確保するというのであれば、アメリカの陪審制度のように、裁判終了後、個人情報などを除いて守秘義務を課さなければ、評議の内容を検証することは可能です。これこそが裁判の公正や信頼の確保につながると思っています。
 先日、中川財務大臣が辞任される原因となりましたもうろう会見というのがありました。その際、どうして記者は酔っ払っているのではないかと質問しないのかということで厳しく批判をされました。昔なら中継されるもの以外なかなか記者会見の詳細というのは読者には分からなかったんですけれども、最近はネットで会見は中継されておりますし、場合によると役所のホームページには詳報が載ったりしています。都合の悪いのはちょっと削っている役所も何かあるようですけれども、情報が公開されているわけです。そうすると、私たちも、なれ合うことなく読者、視聴者の目線できちんと質問をしないと、何だ報道機関、何やっているんだと、こういうふうに言われるわけです。民主社会においてはこうした情報公開こそが何よりも有権者の信頼を得る方策だと思います。
 また、守秘義務に関して最高で懲役六か月の罰則がありますけれども、裁判官には罰則がありません。先週の衆議院の法務委員会で政府参考人は、裁判官には高度の職業倫理に基づく行動が期待できるとおっしゃっておられました。ただ、最近でも、職場にいる女性にストーカー行為をやったり、バスで隣り合わせになった女子大生の体を触ったりする裁判官が少数ながらいるわけであります。ちょうどこの裁判員制度導入を議論しておりました二〇〇一年二月ごろには、福岡高裁判事の妻の事件というのがございました。その際、福岡地検の次席検事が捜査情報を判事に流し、その判事の妻の証拠となる携帯電話が破棄されております。もちろん少数ではありますけれども、高度な職業倫理に基づく行動が期待できない人もいるわけであります。
 それに、一回限りだからといって有権者には裁判員として高度な職業倫理が期待できないのでしょうか、上から目線で法律家の方々有権者を見下していないでしょうかということで、レジュメの一ページ、普通の人はばかか幼稚だというのが日本の司法制度の一種の前提となっているように思えると。イラストや漫画で制度を紹介し、無罪の推定さえ出てこない。刑事事件の容疑者になった人が自白調書を漫画でかかせてくださいと言い出したらどうなるか。ばかにするな、これは真剣な問題だ、まじめに仕事をしているんだと、こう検事に言われるだろうと。裁判員となる普通の人々は漫画や子供の絵本のような資料でないと理解できないと想定されているにもかかわらず、死刑とか無期懲役のような判断を強制されることの矛盾は大きいと。これは、コリン・P・A・ジョーンズさんという方が最近出された「アメリカ人弁護士が見た裁判員制度」という本に書かれております。
 それから、裁判員制度反対派の方ですけれども、西野喜一さんという方が書かれた「裁判員制度の正体」には、義務教育修了だけを資格要件としてくじで無作為に選ばれた人たちのその場一回限りの判断が、専門的な資格と訓練があって何年もそういう仕事をやってきている裁判官の判断より最終的に常識的である、信頼できると思う人はいないのではないでしょうかと、こうお書きになっています。
 結局は、法律家と有権者は違うんだという、これを上から目線とか私は呼んでいますけれども、あとこの冊子の中に、全国の弁護士会の会長さんに取材した結果を載せています。その中で、弁護士会長さんの中にははっきりと、市民の判断は信用できないからねとおっしゃる方もいらっしゃいました。こういう法律家の目線、上から目線ですが、これ本当に有権者がちゃんと判断できないのかといいますと、ここにちょっと書きましたけれども、昨年から始まった韓国の国民参与裁判。韓国は、日本国憲法と違って、憲法に裁判官による裁判を受ける権利というふうに明記されておりますので、裁判官と陪審員が別々に評議をやって結局は裁判官が判断するという制度になっておりますけれども、裁判官と陪審員の別々にやった評議の結果は実に五十九件のうち五十二件が一致しております。八八%、九〇%近くが一致しています。必ずしも専門家でなければ云々ということではないのではないかと思っています。
 それに、裁判員法に例えば候補者の呼出し状などという言葉がありますけれども、これも非常に上から目線ではないかと思います。呼出し状をもらう有権者のことを考えて名付けられた名称なのかどうか非常に首をかしげております。
 こういうことになりますと、評議に参加された裁判員の方が、どんなエリートか知らないけれども鼻持ちならない連中と評議なんかやってられるかと、こう思われる方も出てくるのではないかと心配しております。
 連載の「裁判官の仕事」、「検察官の仕事」では、官僚手法と批判されてきた法律家の姿とともに、裁判員制度に向けて大きく変わりつつある法律家の姿を対比して書いております。もっともっと目線を下げていただければ、冒頭申し上げた民主主義を高めるという制度の意義も実現できるのではないかと考えております。
 連載の「評議の行方」のところでは、模擬評議の様子をルポしておりますので、是非読んでいただければと思いますけれども、その際、罪に見合った刑を考えるべきで、犯罪被害者遺族の法廷証言に引きずられてはいけない、例えば天涯孤独の人が殺されたら遺族の法廷証言はないのだから不公平ではないかと言った裁判員役の方もいらっしゃいました。そこに載せました最高裁のアンケートでも、被害者の遺族が厳罰を求めて、裁判官は八〇%が考慮する、重くすると答えましたけれども、市民は実は半数の方がどちらでもないと。これはどういうことかと申しますと、生涯で一度、裁判員という公の立場で大事な仕事を果たそうとする有権者の真摯で冷静なお気持ちではないかと思っています。犯罪被害者の支援が非常に進みまして、裁判、公のはずの刑事裁判にやや私的な部分が持ち込まれているようなケースも散見されるのではないかと思っております。裁判員の方が公を意識して判断していただくことで、ここもまた少し影響があるのではないかと思っています。
 お時間がなくなりました。
 あと、少し載せましたのは、実は裁判官の方も予断を持っているよということで、三井昭さん、これ随分古い、一九八四年、死刑確定者の再審無罪が相次いでいたころに出た論文ですけれども、誤判が問題となった事件にはいわゆる重大事件が目立つ。どうしてなのかというと、裁判官も内心の圧力というものがあると。これは社会的に大きい重大な事件だ、軽々しく無罪にできないというように、普通の事件とは違った特別な意識が働く。それが内心の圧力となって証拠に対する判断に影響し、誤判を生み出すおそれがないとは言えないと、こう裁判官の方が書かれております。
 裁判員の方から見ると、そもそも裁判員を務めること自体が大きなプレッシャーで、内心の圧力を感じられるかもしれませんけれども、感じると思いますけれども、事件の大小によっての違いは裁判官ほどではないのかなとも思ったりしています。
 るる問題点を申し上げました。
 ここにも書きましたけれども、裁判員制度を提言した司法制度改革審議会、委員十三人のうち法律家は六人にとどまっていました。非法律家が七人です。しかし、この制度の骨格を設計した裁判員制度・刑事検討会、ここは委員十一人のうち法律家以外は二人しかいらっしゃいません。つまり裁判員になれるのはこの方だけです。うち一人は今自治体の首長さんになられておりますので、実際は一人しか裁判員になれない。だから、裁判員になれない人が決めた制度の詳細であります。ですから、有権者の皆さんから選ばれた議会におきまして有権者のために十分配慮したものに修正していただくことが何よりも大切なのではないかと思います。
 レジュメ最後に付けました。これは裁判員制度をめぐって事件報道による予断どうなのかということを言われまして、新聞協会の方で指針なども作って自主的な取組を続けています。これは共同通信の取組を、私たちの取組をまとめて書いたものです。今月号の「新聞研究」では朝毎読も含め各社の取組が紹介されていますので、是非お読みいただければと思っております。
 報道に携わる私たちも、上から目線になることなく庶民の視線で取材を続けていかないと、やはり読者、視聴者の支持は得られないと、こう思っています。
 私の申し上げたいことは以上であります。どうもありがとうございました。

発言情報

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発言者: 竹田昌弘

speaker_id: 26179

日付: 2009-04-09

院: 参議院

会議名: 法務委員会