四宮啓の発言 (法務委員会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○参考人(四宮啓君) ありがとうございます。
 実はこの陪審制、今一つ大澤参考人から制度の問題が指摘されましたけれども、私がもう一つ大きな原因と考えていますのは、社会の在り方、国の在り方です。
 陪審法が施行された昭和三年、一九二八年ですけれども、それ以降、もうこれは皆様御案内のとおり、日本は軍国主義、戦争への道を走っていった。陪審法の誕生がその後の日本のあの軍国主義の時代と全く重なってしまったということが大変不幸なことだったと私は思っております。
 今度の制度ですけれども、私が決定的に違うと思うのはやっぱり国民の意識です。
 実は陪審法は戦後、戦争が終わったら復活するということが陪審法ノ停止ニ関スル法律という法律の附則に明記をされておりましたけれども、実は戦後六十年間、復活が果たされなかったわけですね。しかし、じゃ国会で全く議論がなかったかというと、実は、ここに市川房枝先生の肖像画がありますけれども、市川房枝先生が質問されるなど、年に一回ぐらいずつ国会で審議をされてきた経過があります。しかし、残念ながら、国民の関心を呼ぶところとはなりませんでした。また、それはまた無理もなかった面もあったかもしれません。しかし、今は、この時代は国民がやっぱり社会に参加していこうという意識が大変強くなってきていると思います。
 ちょっと一つ戻りまして、陪審法の、さっきの、が停止になった理由ですけれども、実は陪審法だけが停止になったわけではありません。もうこれは先生方御案内のとおり、民主的な制度すべてが窒息をしたわけでして、陪審制だけが国民に向かないから、日本国民に向かないから停止をされたというのではないと私は思っております。
 それで、日本の今の社会状況、国民の意識を考えますと、当時とは全く質が違っているというふうに思います。むしろ、今こそ日本の民主主義に最後埋まっていなかった民主主義のピース、立法、行政は埋められていました、しかし司法のだけは民主主義のピースが落ちていたわけで、そこにこれがはめ込まれることによって日本の民主主義は完成するというふうに思います。

発言情報

speech_id: 117115206X00720090409_022

発言者: 四宮啓

speaker_id: 35043

日付: 2009-04-09

院: 参議院

会議名: 法務委員会