辻惠の発言 (法務委員会)
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○辻委員 被害者、遺族の感情、ひいては国民感情というふうに整理してもいいと思いますけれども、それは量刑判断に当たって非常に重要な要素である、また、罪刑の均衡を考えるときの法定刑の定め方とかいうことに当たって十分考慮しなければならないということは確かな事実だろうというふうに思いますけれども、今回の改正に当たって主要な話として聞こえてくるのは、真犯人の逃げ得を許さないということについての被害者の感情が非常に大きな役割を果たしているということが指摘されているわけであります。
そういう意味におきますと、先ほど申し上げたように、刑罰の基礎を歴史的にさかのぼって、これはいろいろな先人の、近代国家成立以来の知恵の集積として時効制度というのはあるわけでありまして、それを、逃げ得を許さないという、ある意味では非常に生の、それは理解できる感情でありますけれども、それをそのまま法制度や法の改正に持ち込むというのは、やや問題があるのではないかというふうに考えざるを得ないわけであります。
やはりもう少し本質にさかのぼった議論というのが十分になされなければ、百三十年目に日本で一部時効が廃止になった、公訴時効が廃止になった、それは後世のいろいろな、法学者だけではない、国民にとってどのように評価されるんだろうか。人類の歴史は、単純な進歩の歴史では必ずしもなくて、復古主義的な傾向やいろいろな逆戻りの過程を経て、しかし大きくは前進していくということでありますから、そういう歴史の流れの中で、今回の法改正が被害者の処罰感情ということを中心に組み立てられていたとすれば、それは非常に大きな問題として後世に指摘されるのではないかというふうに私としては御指摘申し上げておきたいというふうに思います。
それで、今回の法案、例えば強盗殺人については公訴時効が廃止になる、しかし強姦致死についてはならないとか、いろいろな問題点があります。ただ、今回の運用を今後考えていく上に当たって、一つ御指摘申し上げたい点があります。
それは、一九九六年の四月十一日に立教大学の学生が死亡した事件があります。午後の十一時三十分ごろ、池袋駅の山手線外回り七・八番線ホームで、当時、立教大学学生であった男性二十一歳が男に顔を殴られ転倒した際、後頭部を強打し、五日後に収容先の病院で死亡した。当初、警視庁は傷害致死容疑で捜査したが、公訴時効の直前の二〇〇三年三月に今度は殺人容疑に切りかえて捜査を続けている。つまり、時効にかかるのを、罪名を切りかえることによってクリアしたという形になっているわけですね。
この点は、参議院の附帯決議で、四項目めに「殺意の有無により公訴時効期間が大きく異なることにかんがみ、捜査機関がその認定を行うに当たっては、十分な証拠に基づいて適切公平な判断を行うべきよう努めること。」というふうになっております。
この点については、大臣、どうお考えですか。