赤林英夫の発言 (文教科学委員会)
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○参考人(赤林英夫君) 慶應義塾大学経済学部の赤林英夫でございます。本日はよろしくお願いいたします。
私は、経済学を研究している立場で、日ごろから教育と教育政策の効果について研究をしております。本日は、その立場から、お手元に配りました資料に従いまして、高校無償化政策の意義と予想される副次効果について私の私見を述べさせていただきます。
ページ番号を振っていなくて大変申し訳ございませんでした。一ページ目には、目的の確認、次に現状の確認、政策の意義と予想される副次効果、そして私の意見と今後の課題というふうに進ませていただきたいと思います。
次をめくっていただきまして、まず目的の確認です。これはもう皆さんよく御承知のとおりのことでございますけれども、私なりに法案の概要と法案の第一条から持ってきた資料でございます。下線部だけを読ませていただきますと、家庭の状況にかかわらず、すべての意志ある高校生等が安心して勉学に打ち込める社会をつくるため、この政策があるというわけです。法案の方にも、「教育の機会均等に寄与することを目的とする。」と書いてございます。
それでは、現状はどうなっているのかということを私なりに整理させていただきたく思います。
まず、現在、経済的困難により高校入学や継続を断念する子供は一体どれだけいるのかと。私もふだんから、仕事柄教育統計を扱うことが多いんですけれども、入学者の中でどれぐらい経済的困難で断念しているのかということに関する統計というのはなかなか見当たりません。もちろん、新聞等でいろいろなケースが報道されているのは承知しているんですが、この機会に何人かの身近な研究者に聞いても、なかなか統計不足で実態はよく分からないというふうに理解しております。ただし、高等学校中退についてはある程度のデータがあります。それでまず確認させていただきます。
次に、現在ある私立学校及び公立学校の学費減免制度は一体どの程度高校生の就学を支援する、若しくは、別の言い方をしますと、中退を阻止する効果があるのかという点でございます。実は、この点について余り研究がなされていなかったということを私は三年ほど前に気付きまして、三年ほど前から研究を続けておりました。たまたま今年に入ってからその研究成果を発表する機会がございましたので、その研究結果も含めて簡単に御説明させていただきたいと思います。
次をめくっていただきまして、高校中退者の事由別比率という資料がございます。これは、平成二十年度の児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査という文部科学省の調査の結果でございます。事由別に、公立、私立でどれだけの比率の子供が中退しているかということを書いてございます。
これを見ますと、ちょうど真ん中辺りに経済的理由という欄がございまして、経済的理由で中退している子供は、公立の中退者の中でおよそ二・四%程度を占めております。私立ですと五・五%ということになります。それ以外に、場合により、家庭の事情というふうに答えていても、その中には経済的理由が当然入っている可能性はございます。それで見ますと、公立が四・四%、私立が四・六%ということになっております。さらに、進路変更の中に就職というのもあります。これももちろん、就職という選択肢が、一部が経済的理由であるという可能性もございます。これがそれぞれ、公立が一六・七、私立が六・九ということになっております。
ただ、全体を見ましても、経済的理由とはっきり答えた人は非常に少ないですし、むしろそれ以上に中退の理由として大きなシェアを占めているのは、むしろ学校生活・学業不適応であるというふうに理解することができると思います。
次の資料をめくっていただきまして、従来の私立学校授業料減免制度というのがどれぐらいの中退抑制効果があったのかと。これは、私が大学院生の荒木と一緒に研究した論文の結果をまとめたものでございます。ちょうど三年前は教育バウチャーの議論がなされた時期でございまして、私の立場から見ますと、私立学校の授業料助成というのは、いわゆる私立教育バウチャーにほぼ近いものであるというふうに考えておりました。当時、バウチャーの議論が盛んだった割には、現在ある制度がちゃんと検証されていないということが研究のきっかけでございました。ただ、なかなかその中退に関するデータが得られませんので、たまたまデータの得られました東北と北陸の八県のデータとその県における政策変更を利用しまして、その効果を推計したものでございます。
その結果、我々がその限られたデータの中で確認できた範囲でございますけれども、授業料減免制度を拡充すると中退を抑止する効果が普通科ではなかなか確認できませんでした。ところが、専門学科の生徒には十分確認できました。もちろんこれは統計的な確認ですので、もしかしたら全国のデータを利用すれば普通科にも確認できるかもしれませんが、これが研究の現状ということでございます。
以上をまとめさせていただきますと、次の資料に行きますと、現状のまとめということで三点書いてございます。
まず、経済的理由による高校中退というのは必ずしも多くないということです。必ずしもという言い方はどういうことかというと、恐らくそれ以上に深刻なのは学校不適応であろうということとまとめることができると思います。
さらに、現在の私立高校の授業料減免制度は普通科の生徒よりも専門学科の生徒の中退抑止効果の方が恐らく大きいであろうというふうに考えております。これはもちろん私立の、しかもデータの得られた八県の生徒に対する研究ですので、これが公立の高等学校の生徒全体にどうかとか、あるいは全国どうかということは必ずしも言えませんが、恐らく可能性としては普通科よりも専門学科の生徒の方が効果が大きいのではないかというふうに想像しております。
それでは、次のページに行っていただきまして、では、高等学校無償化の意義を私なりにまとめてみます。
たった今御説明しました現状分析を踏まえますと、まず、この無償化は生徒の高校中退を抑止し、高校進学を促進する効果が恐らく特に今専門学科に通う生徒にはあるのではないかというふうに想像しております。繰り返しになりますが、普通科の生徒にないと言っているわけではありません。データ不足で検証できなかったというだけでございます。
さらに、当然のことでございますけれども、単に中退さえしなければいいということではありません。高校に通いながら十分に勉強に打ち込めるという環境を支えるために利用されるという意義もございます。すなわち、一般的な生活支援、学業支援という意味も当然ございます。
そして、三番目にあえて挙げさせていただきましたけれども、この無償化はある種の学校という産業における競争政策であるということを是非御認識いただきたいということでございます。これを少し詳しく説明させていただくのが次の紙でございます。
なぜ高校無償化は競争政策なのかということなんですが、この現在の案を実施しますと、当然ながらどこの学校でも通うための費用が安くなります。生徒にとっては選択肢の拡大が起きます。これはむしろ前向きなことだと思いますが、ただ、今のように高等学校、特に高等学校についてお話しさせていただきますが、定員が設定されている現状では、定員という供給サイドの制約の割には需要が拡大するのではないか、パイとしての需要が増えるだけではなくて、特定の学校に対する競争の激化が起きるのではないかというふうに想像しております。
これを踏まえますと、次のスライドに行っていただきますと、無償化によって予想される副次効果を、これは予想でございますのでその程度は分かりませんけれども、次の三点でまとめることができると思います。
今回の無償化によって公的な教育予算が実質的に増えるわけではありません。次のスライドに簡単に模式化してございますけれども、既に御承知のとおり、この無償化政策というのは従来家計が支払っていた授業料を国が肩代わりするというものですから、学校の中に入ってくるお金が変わるわけではございません。その結果、この政策だけで教育の質が向上するわけでも、かつ定員の余裕を増やせるわけでもございません。
資料百十三ページと書いてありますけれども、これは私が今回の会に出席の数日前にいただきました本法案にかかわる参考資料の冊子を引用したものでございます。もし皆様のお手元になければ特段参照していただく必要はございませんが、例えばその百十三ページには、京都府の校長先生が学校には本当にお金はないんだということを言っておられます。
次の点ですけれども、高校入学需要が増えるとどうなるかというと、可能性としましては、勉強したくても希望する高校に入れない子供が増えるのではないかということでございます。これも現場の一部の懸念と一致しておりまして、例えば資料の百十四ページのところで、東京都の教育長の御発言で、公立への希望者が急増した場合の受入れ体制の整備というものが費用面でも時間的にも大きな問題となる点に留意していただきたいと思いますというふうに御発言されています。
三点目ですが、高校入学のための競争が先ほどの理由により激しくなり、そのため余裕のできた家計は恐らく塾などへの支出を増やすということが想像されます。
その点をもう少し詳しく述べたいと思いますが、次のスライドはもう既に御説明したので飛ばしてください。その次のスライドに、定時制人気の上昇で定員不足が発生しているという新聞記事をまず参照していただきたいと思います。
この記事から私が述べたいことは、現時点でもたとえ授業料を払ってでも高校に通いたいと、公立高校に通いたいという子供が公立学校に入れないという状況が生まれているという現状を確認したいということでございます。右の記事によりますと、定時制に入れない子供というのは、これは昨年の記事ですので昨年度のことだと思います。今年度のことについては実はたまたま日本経済新聞に昨日記事が出まして、神奈川県の状況や、たしか東京都の状況などが書かれていました。昨年度の状況でいいますと、定時制に入れない子供は約千二百人。
やはりいただいた資料に基づいて、中卒後、高校に行かない子供は大体何人かということを確認しますと、二万五千人程度であると。すなわち、高校に行かない子供のざっくり言って約五%は、公立の高校に行きたくても入れないという子供ではないかというふうに想像をしております。これらの子供たちというのは言ってみれば学びたい学校で学べないという子供たちでございますので、ここで、授業料とは別の部分で教育の機会不均等が起きているというふうに私は理解しております。
そして、更に重要なことですが、ここの部分については高校無償化法案では救えないと。先ほど申しましたように、もし高校に入りたい子供が無償化によって増えれば更にこのような子供は増える可能性もございます。もちろん高等学校は既にもう義務教育化していますから増えるという余地もそれほどないかのように見えるかもしれませんが、既に卒業している子供がやはり高校に入り直したいというふうに戻ってくる可能性もございますので、その辺はなかなか予想が難しいところだと思います。
次の紙に行っていただきまして、じゃ改めて、無償化はなぜ学びたくても学べない子供を増やすのかと。ちょっと繰り返しになりますけれども、これは先ほどから繰り返していますように、無償化になれば、これは学校に通うための費用が下がりますので、非常に基本的な経済原理をここで繰り返すのも釈迦に説法かもしれませんが、やはり需要が増えるということになります。
次の図を見ていただきたいんですが、これはごく単純に高校に入学する希望者の変化と学費の関係を示したものです。学費が約十二万からゼロに下がれば入学したいという子供は増えるでしょう。その一方で、定員が増えなければ定員をオーバーしてしまう子供の数は当然増えるということになると思います。
その前の紙に戻っていただきまして、繰り返しになりますけれども、定員管理の下では現在も入りたくても入れない子供がいるということになります。
もちろん、民主党のマニフェストを改めて読み直してみますと、高校の全入ということと高校の無償化ということがワンセットで唱えられていたと思います。今回は、無償化が先行して法案として上がってきたというふうに理解しておりますけれども、その際の説明としまして、これも資料を参照させていただきますと、多くのOECD諸国では高等学校まで無料であると、だから日本も無料にすべきだというようなことが一つの根拠になっていたと思います。
ところが、私も諸外国の事情に必ずしも精通しているわけではございませんが、高校無料化を実現している国の多くでは、もちろん義務教育であるとは限りませんが、義務教育であるなしにかかわらず公立高校のどこかに入れるという、いわゆるオープンアクセスという原理がほとんど実現しているように思います。ですから、ほとんどの国では、オープンアクセスということと無料化というのはワンセットになっていると、だから入りたくても、高校で学びたい子供がすべて学べるという状況が生まれているんだと理解しています。
そう考えますと、じゃ、ほかの国では私立は成立しているのかというようなことを考える方もいらっしゃるかと思いますけれども、多くの国では私立の役割というのが日本とは少し違います。もちろん私立というものは事実上存在していないような国もあるわけですけれども、私立が共存している国では、公立と私立がほぼ一体的に運用されているような国、ヨーロッパの国の一部ですが、か、あるいはもうほぼ完全に政府からの規制を受けていないような米国ですね、のような国が多いと思います。日本はどちらでもないというふうに理解しております。
二枚めくっていただきまして、じゃ、高校無償化はなぜ高校入学競争を激化させるのかということでございます。
ちょっと時間もないようですので簡単にまとめますと、ここに書いてあるとおりでございますけれども、塾にお金を出せなかった家計も出せるようになり、それにより塾を通じた高校入学競争が激化する可能性があります。
最後、次のページに行っていただきまして、私の意見というところですけれども、高校無償化が生徒の就学継続を支援する可能性というのは、確かに専門学校の生徒には十分予想されますので、全体を見ますと趣旨として当然悪いことではございません。もちろん、私の研究結果というのは、限られたデータと視野の中で行った研究でございますので、もう少し詳しいことは更に研究を進めなきゃ分かりません。
ところが、この点というのは我が国の高校全体が抱える問題の一部にすぎないのではないかと。ですから、高校無償化というものが生徒の就学継続あるいは学業支援というものを助ける費用対効果には若干の疑問が残ります。さらに、むしろほかの部分での問題を拡大する可能性さえあるということ、すなわち学びたいのに学べない子供というのが増える可能性さえあります。
ですから、次の、最後の政策課題のところに行っていただきたいんですが、今回、無償化ということを先行して政策として実現したのであれば、今後は、急いでそれによる副次的な影響というものを回避するような手だてを取った方がいいと思います。まずは、公立高校の質を上げながら、この質というのは、いわゆる教育の質だけではなくてサービスとしての質、例えば入りたい子供をできるだけ受け入れるとか、そのために十分な資金を用意するとか、そういう部分でございます。
それと、二番目が、私立学校の在り方というものを考えた方がいいと思います。今回は、私立と公立の間の競争関係のバランスを取りながら、どちらにとっても恩恵があるような政策となったと思いますけれども、これも実際にふたを開けてみればどういう状況になるか分かりません。諸外国のようにより私立学校の自由度を上げるのか、あるいはより公立に近い形にするのか、是非議論する場を設けた方がいいと思います。
最後でございますが、高校無償化がどういう波及効果をもたらすのか、きちんと検証すべきだと思います。検証というのは、これは三年間の検証期間がたしか法案に補足されたと思いますけれども、三年後では遅過ぎます。既に、政策が始まる以前からいろんなことが起きておりますので、是非早めにその検証のための機関若しくはその機会を設けた方がいいと思っております。
以上でございます。ありがとうございました。