田中和徳の発言 (環境委員会)
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○田中(和)委員 ぜひ大臣もカンクンに行って大活躍をしていただければ、こう思っております。いずれにしましても、我々もバックアップしつつ、成功を念じてまいりたいと思っております。
それでは、本題の環境影響評価法の一部を改正する法律案、いわゆるアセス法について質問をしてまいります。
法案の質疑に入る前に一言申し上げておかなければならないのは、前国会では本法案について、我々自民党が欠席のまま、提案理由の説明、そして政府質疑、参考人質疑が行われました。これは公正な委員会運営とは言えず、大変遺憾に思います。先日の参議院選挙で状況も大きく変わって、国会も心機一転、私は、きょうからアセス法の本当の審議が始まった、このように認識しておりますので、よろしくお願いしたいと思っております。
まず、今般のアセス法改正に当たり、そもそも平成九年にアセス法が制定された背景を確認しておきたいと思います。
昭和五十一年に、我が国最初、初の環境アセスメント条例を制定したのは、公害問題で悩んでおりました私の地元川崎市でありました。これを皮切りに各自治体に環境アセスの制度化の動きが広がり、現在ではすべての都道府県、それから十九ある政令指定都市のうちの十五市で環境アセスの条例が制定、施行されております。一般の市町村では、条例化された自治体は七市です。
要綱を制定している自治体についても環境省に資料を要求しましたけれども、実情の把握ができていないという返事でありました。都道府県の条例でカバーしているとは思いますけれども、国はこの改正案を提出しておるわけですから、当然、全国のそれぞれの自治体の状況についても私は十分把握をしておくべきである、このように付言をしておきたいと思っております。
国の方はといいますと、昭和四十七年に各種公共事業に係る環境保全対策についての閣議了解がなされ、以降、環境アセスに関する取り組みが本格的に始まり、平成九年にはいわゆるアセス法が成立、平成十一年より完全施行ということになりました。
世界的に見ると、昭和四十四年にアメリカが世界に先駆けて環境アセスメントを法制化し、その後ずっと進められてきましたけれども、日本が法制化したのは、どうもOECDの中では最後であった、このように認識をしておるところでございます。
小沢前環境大臣、現委員長殿も、こう述べておられました。地球温暖化や生物多様性の危機といった問題に代表されるように、健全で恵み豊かな環境は、現在を生きる我々のみならず、将来世代にわたる人類の生存の基盤であるとともに、持続可能な経済活動の基盤である。環境と経済といった観点に即して申し上げれば、かつて、環境問題は経済活動の阻害要因、こう言われた時代がありました。しかし、今は、環境は経済成長をもたらす重要な柱である、この認識が一般的だと思っていると。
私も全くこの認識でございます。この法律の存在意義もここにあるんだ、このように思っておるわけでございます。
アセス法が施行されてから十年間、着実に全国にも制度が広まり、活用されている、このように思っておるわけでございます。
我が国の環境への影響への貢献度はどういうことであるのか、また経済成長にはどのように寄与したのか、大臣としても数字をお持ちであれば示していただければと思っております。