田代和生の発言 (外務委員会)

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○田代参考人 私が最初に韓国に行きましたときに、この閲覧の権限は全部国史編纂委員会の委員長が持っておりました。その委員長がこれをお見せできない理由ということで申されたことは、朝鮮戦争が終わった後、私たちがソウルに戻ってきて見た光景というのを話していただきました。宗家文書が中庭に山のように積まれておりまして、今すぐにガソリンをかけて燃やす寸前になっていたということ、雨ざらしになっていた文書を一点一点手に抱えて、我々は倉庫に戻したという話。そしてこれが、日本人の手によって朝鮮史を書きかえようという意図のもとに、その材料として朝鮮総督府が購入した資料である、日本の資料である、向こうにとりましては、そういった敵のものの資料を大事に保管しなきゃならない、そういう矛盾、それがやはりあったということをお話しになりました。しかしながら、やはり歴史資料というのは大事なので、そのことに価値を見出した我々は、それを非公開の形にして、そしてかぎをかけて、とりあえずこれが学者の目にまだ映らないようにしていますということを申されました。
 それで私たちは、長年、機会をかけまして、そうではない、この資料は、日本人にとっても重要だけれども、韓国側にとってもとても重要であると。つまり、交流史の資料というのは、日本のことだけを記録しているわけではなくて、韓国側のことも記録してある、したがって、両方にとって宝の山だということを申し上げました。
 そのために、それでは、原本が大事なのでということで、かなりの部分をマイクロフィルム化いたしまして、それを公開する。しかしながら、このマイクロフィルムが限られて一日に二百枚しかプリントできないという厳しい条件にありますので、若手研究者が大変お金がかかって困っているということを何度も聞いております。私たちは、そういったことを改善していただければ非常に前を向いて日韓関係の文化交流が図られるのではないかというふうに考えております。
 以上です。

発言情報

speech_id: 117703968X00920110427_012

発言者: 田代和生

speaker_id: 27729

日付: 2011-04-27

院: 衆議院

会議名: 外務委員会