荒井信一の発言 (外務委員会)
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○荒井参考人 一番最新の例では、さっきちょっと申し上げましたけれども、アンデス山脈の山の上にマチュピチュという、これは大変有名な遺跡でありますけれども、ここを、一九一五年に、イエール大学の考古学者が、その後何回にも分けて発掘して、それ以来イエール大学に移っているわけです。
それで、それの返還というものが、返還運動はずっとあったんですけれども、二〇〇三年から本格的にペルーが動き出して、最後には、ペルーのガルシア大統領、それからアメリカのオバマ大統領も口をききまして、ことしの二月に返還協定ができたわけです。
それで、イエール大学は、もうかなり前から返還自体には賛成なんだけれども、実際にペルーに行って、それが自由に公開されないとか、あるいはアクセスが非常にできないとか、そういう問題があると困るということで、むしろここ二年くらいはその後どうするかということの相談で費やしてきたというのが実情であります。
そして、先ほど申し上げましたように、向こうの大学がちゃんとした博物館をつくって、そこへ収蔵する、その博物館の設計とかあるいは運営についてはイエール大学が援助するということ、それからもう一つは、相互に学生、研究者を受け入れて、そして共同研究あるいは学生のフィールドワーク等、これを一緒にやりましょうというふうなこと、そういうことを詳細に協定で決めたわけです。
それからもう一つは、先ほどもちょっと申し上げましたように、重要な遺物については、レプリカ、あるいはこれは破片その他というものもあるわけですけれども、そういうものについては詳細な資料を提供するということで、結局、一つの国際化のきっかけにむしろ返還というものがなっていった。
つまり、どっちの国が持つか、これは囲い込んで離さないという問題じゃないということがこの例で非常によく出てきているというふうに思います。一つの例でございます。
以上です。