高橋昭一の発言 (災害対策特別委員会)
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○高橋(昭)委員 おはようございます。高橋昭一でございます。
発災後、初めて質問に立たせていただきますので、東日本大震災でお亡くなりになられた皆様の御冥福を心よりお祈り申し上げまして、被災された皆様に、復興に向けて全力で努力を続けてまいりたい、活動を続けていくというお誓いを申し上げまして、質問に入らせていただきたいと存じます。
三月十一日の十四時四十六分であります。私は、四十六分という数字をもう一つ忘れることができず、忘れてはならない数字だと思っておりますが、一月十七日午前五時四十六分であります。阪神・淡路大震災の発災当時、私は被災地にあって、御遺体を運ばせていただくところから始まって、被災の活動、復興活動を続けてまいりました。松本大臣も、当時、現場の本部の方でもしっかりと活動いただきまして、本当に感謝を申し上げたい思いであります。
実際に、私が今思い起こすに、阪神・淡路大震災の現場を踏んでまいりましたので、今回、三月十一日の発災当時、私自身が、阪神大震災の経験が今回絶対に生きるんだという思いで活動を開始しました。
しかしながら、私の中で一番大きかったのは、阪神・淡路大震災と今回の東日本大震災では大きく違うところがあるということでありました。
直下型の地震で都市が一つ壊滅した阪神・淡路大震災と今回の津波の災害というのが全く違うんだということに関しては、当時、阪神大震災のときは、私は被災地におりましたので、東京はるかなりということで、思いが届かないという方の被災地におりました。今回、発災当時、私は東京にいまして、被災地を実際に俯瞰することができたと思いますので、その意味において、被災地の中での活動と東京での活動、二つわかりました。なので、阪神大震災当時、私自身は、東京はなぜ動いてくれないんだろうと思っておったんですが、私は今、そのときのことに関して考えが一つ改まったことがあって、俯瞰で見ることの意義というのも今回非常に感じました。
俯瞰で見たところに思ったのは、阪神大震災と全く違うのは津波でありまして、阪神大震災の直下型の場合は七十二時間で救援が可能なんだ。しかし、私の友人で阪口直人衆議院議員がアチェに行ったときの話をされましたが、津波の場合は、もう一気に、手が出たように持っていかれてしまうので、何もなくなってしまう、この状況のスタートラインからして全く違うんだということ、これに関しては自分の中でも整理をつけなくてはいけないということで、三日間、いろいろなことを情報収集に当たりました。
その後、震災ボランティア室というのが党の方でもできましたので、私はそちらの方の担当で、被災地に延べ六百名を超える皆さんに、第六次派遣に今度はなりますが、中に入り、ただボランティアをするだけではなくて、その情報をまたフィードバックする形で党や政府の方にさまざまな現地の情報をやりとりする、それを続けていく毎日を続けてまいりました。
その中で、今回法案としてかかっておりますところの東日本の財特法でありますが、これに関して、私が初めての質問でありますので、まずもって政府に対しまして、阪神・淡路大震災のときと今回の違いというもの、そして、当然のことながら、状況も違いますし範囲も違いますから、明確にかさ上げがプラスになっているところ、より支援が厚くなっているところがあろうかと思いますので、その御説明を政府からお願いしたいと思います。