田中康夫の発言 (東日本大震災復興特別委員会)

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○田中(康)委員 いや、一部の方ではなくて、ここには、市役所があり、スーパーマーケットも開いていて、多くの児童、子供、病弱な方、まさに弱者とおっしゃる方が住んでいるんです。あえて申し上げれば、今のところは大丈夫と言いながら、枝野幸男さんも岡田克也さんも宇宙服のような防護服を着て、まさにこの二十キロから三十キロの範囲に、人々は普通の生活をしていらっしゃるにもかかわらず、短時間お入りになったかもしれない。でも、私は、ぜひ皆さんに、同じ与党の一角にいる我々七人として、ノーブレスオブリージュ、やはり社会的使命を持った指導者の哲学と覚悟を持っていただきたいと思うんです。今そのお話をいたします。
 と申しますのは、この二十キロから三十キロには多くの児童生徒が住んでおります。市全体の七〇%が、原町地区と言われる二十から三十の居住圏内です。今どうなっているか。この三十キロを超えた鹿島地区というところの学校にすし詰めになって、体育館やあるいは武道場で、空調設備もないところで、複式学級のような暮らしになっている。一たんバスで行くわけです。しかし、バスに集合するのは、津波も地震の被害もない、今も建っている二十キロ—三十キロの学校の体育館に集合して、二十台のバスを市が一日百万円の自己負担をしてバスを出しているわけです。
 では、これは一体どういうことなのか。私たちは、出ていきなさい、疎開しなさいと言われるならば、まだつらくてもわかると。そして、その移った場所で職業や住まいというもの、意欲を持つための意職住と前回も申し上げました。しかし、住んでもいいけれども、自分で、素手で、自力で避難しなさいと言われているわけです。
 もう一個言うと、この北側に相馬市というのがございます。相馬市にも百人近い方々が親戚がいるから移っております。本来は、これは隣接区域として、相馬市の学校が受け入れることは、平時においても全国で行っているのに、なぜか相馬市長はそのことを拒んでいることによって、相馬市からもバスを出しているわけです。
 そして、驚くべきことに、福島県は、何と、五月の二十三日の日に、事前通告なしに、教員を百名、複式学級のような形になったからいいだろうということで、他の場所への発令を行ったわけです。本来は、この場所で、津波の怖さもあるような子供たちのためにPTSDの臨床心理士も加配すべき場所を、教員を百名も福島県は切っている。自治かもしれません。しかし、これは、私たちの国というのは、義務教育は皆に満遍なく行うということが、本来、憲法で保障されているはずです。
 この件に関して、現在の福島県知事の佐藤雄平さんは、皆さんの民主党の参議院議員であられた方です。にもかかわらず、一方的なこうした形で、平成の棄民状態に南相馬市が置かれている。このことに関して、きちんと政府として指導を行う、この御意思があられますでしょうか。

発言情報

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発言者: 田中康夫

speaker_id: 6612

日付: 2011-05-31

院: 衆議院

会議名: 東日本大震災復興特別委員会