中川秀直の発言 (内閣委員会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○中川(秀)委員 金融政策そのものについて全く理解をしていらっしゃらないような気がしますね。これは二〇〇八年の大学入試センターのセンター試験の問題ですよ。一般的に中央銀行が行える政策として最も適当なもの。正解は、不況期に市中銀行から国債を買い入れる。つまり量的緩和をやる。これはセンター試験の出題問題ですよ。
 常識なんであって、さっきの点でいうと、日銀が量的緩和をやめた二〇〇六年の三月以前、この五カ月間の平均インフレ率はゼロ%だった。ゼロ、マイナスだった。日銀もあなたも、物価上昇率ゼロ%のデフレターゲティング、そういうポリシーを確固として、頑固に持っているとしか私は言いようがありませんね。
 そして、もう一つ言えば、この二〇〇六年三月に日銀量的緩和政策をやめたことと、さらに同じ年の七月、〇・二五%、そして翌年二月、つまり半年後ぐらいですか、誘導金利をさらに〇・二五%、合計、合わせて〇・五%、金利を日銀は上げたわけです。そして、二〇〇七年の十月、リーマン・ショックよりもはるか前に日本は景気の山を迎えてしまった、そういうことです。
 所得の低い勤労者世帯の所得も、二〇〇六年前後までは減少して、ようやく上がり始めた。二〇〇六年の正月ぐらいまでは減少していたのが上がり始めた。そこで日銀の金融政策が、今言ったように、三回にわたって転換されちゃった。そして、二〇〇七年の十月に景気の山を迎えてしまった。
 雇用も、百万人ぐらい小泉時代はふえました。正社員の数も、二〇〇五年から二〇〇七年にかけてようやく増加につながった。そこで二〇〇七年の十月に景気の山を迎えてしまったんです。
 明らかに、二〇〇六年から二〇〇七年にかけて政策判断ミスがあった。当時の経済財政運営の中枢にいたあなたの責任は重いとしか言いようがないと私は思います。
 増税に関するあなたの認識も少し確認したいんですが、ロイターのインタビューで、三月、デフレをどう定義するかわからないが、消費税が上がると物価は上昇する、物の値段は上がるとあなたはお答えになっていますが、デフレというのを一体どう定義しているんでしょうか。毎年数%ずつ消費税を上げることで、物価は上がった、デフレは克服した、そんなことは言えるんでしょうか。私は、むしろデフレ下の消費税増税は結果的にさらなる物価下落圧力になると考えています。むしろそのリスクが強い。だから税収は上がらない。
 一九九一年度、今からもう二十年ぐらい前になりますね。GDP四百七十四兆。二〇〇九年度、四百七十四兆。名目成長率が上がらないと、こんな、十八年間も増税しても税収なんか上がりませんよ。このことをあなたは認めるんですか、認めないんですか。

発言情報

speech_id: 117704889X00220110309_059

発言者: 中川秀直

speaker_id: 765

日付: 2011-03-09

院: 衆議院

会議名: 内閣委員会