岡本行夫の発言 (予算委員会公聴会)
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○岡本公述人 岡本行夫と申します。
このような場で意見を陳述する機会を与えていただき、大変感謝しております。
二〇〇一年から始まった二十一世紀の最初の十年が昨年終わりました。我々は、今、二〇二〇年まで続く二十一世紀の第二の十年間の劈頭に立っております。
そこで、私は、まず十年ごとの総括をしてみたいと思います。
復興の一九五〇年代、高度成長の六〇年代の後、日本は七〇年代も石油危機を乗り越えてたくましく成長いたしました。一九七五年に始まった先進国サミットを初め、国際社会へ本格的に参入したのもその十年間のことでした。
八〇年代は、今から振り返れば、日本の絶頂期でした。世界最大の金融資産を持つ国として、経済的にはスーパーパワー、安全保障面でも責任を持って世界に貢献していける国とみずからを意識していました。
ところが、九〇年代に入って、バブルは崩壊し、日本は大きくつまずきました。安全保障面でも、九〇年からの湾岸戦争で、金以外には何の貢献もできない国であったことが露呈されてしまいました。
そして、二十一世紀に入ってから昨年までの十年間。経済的には、一時期、規制緩和と改革によって勢いを取り戻したものの、格差反対の声に押しつぶされて反転上昇はならず、結局、九〇年代と合わせて失われた二十年となってしまいました。
さらに深刻なのは、国際社会との関係です。
日本が昨年まで十年間に対外的に失ったものは、失われた十年間よりさらに大きかったものと思います。今や、日本は、政治、安全保障の面で世界の主要舞台から外れてしまった感すらあります。
日本の存在感の希薄化は覆いようがありません。私はいろいろな国際会議に出席いたしますが、日本の名前が言及されることがめっきり減りました。アジアといえば、中国、インドそして韓国の発展の話になってしまいます。
日本のGDPが世界に占める割合は、ピークだった九四年の半分以下になりました。ODAも九〇年代から四割以上減りました。そうした日本に対する世界の関心も、大幅に後退しています。我々は欧米とアジアのかけ橋になるなどとよく言ってきましたが、今や空疎なレトリックでしかありません。
日本としても、特にここ一、二年、グローバルな関心が薄れたように思います。日本の外交フロンティアは縮小し、隣国との状況対応型の外交のみになっています。例えば、ここ一カ月に中東で起こっている激動に対して、政治は余り関心を払っているようには見えません。最近では反政府運動にイスラム原理主義者たちのかかわりも指摘され、長期的な中東情勢とエネルギー供給の安定性を損なう事態に発展するかもしれない事態であるのにです。
さらに深刻なことがあります。
日本の安全保障が、近隣諸国、特に中国との関係で脆弱になりつつあることです。驚異的な軍事膨張を続ける中国が眼前にいるのに、政府は、安全保障の最後のとりでであるアメリカとの関係さえ不安定化させてしまいました。
予算委員会の場でございますので、本日は、予算に直接絡む防衛費と経済協力費に限って申し上げます。
最大の問題は、このままいけば、今から十年後に、世界の中での日本の安全はどうなってしまうかということであります。
成長の勢いは失われましたが、我々日本人は、今極めて居心地のいい社会に住んでいます。
昨年八月、米国のニューズウィーク誌が、世界で最も心地よい国のランキングを発表いたしました。一位はフィンランドでしたが、人口の大きな国について見れば、日本がアメリカや西欧主要国を抑えて世界第一位とされました。今の日本社会の快適さ、安全さ、清潔さ、便利さ、世界一もむべなるかなと思います。
しかし、今の日本社会の心地よさは、次世代の子供たちが享受すべき幸福を我々が無責任にも先食いしているからであります。
既にある高福祉に加えて、さらに防衛予算総額を上回る子ども手当制度をつくるなどの高額支出を伴う施策を新たにとる一方、消費税率は先進国の中でほとんど例を見ない低水準に抑えたまま、所得税の免税点も高いままです。
言われなくてもわかっているとおっしゃるでしょうが、来年度の税収見通しは四十一兆円です。この税収は、ほぼ全額が、地方交付税十六兆円、国債費二十二兆円で、消える計算になります。つまり、五十四兆円の一般歳出は、基本的にすべて借金で賄わなければならないのです。前代未聞の予算編成であります。
この財政状況の中で防衛費とODAの拡充を望むことは、ない物ねだりととられるかもしれません。それでもあえて申し上げたいのは、この二つの経費は国家存立のためのコストであり、これ以上の減額は許されないのみならず、できるだけ早い機会に増加させていかなければいけないということです。国内に応援団が少ないこともあって、日本は、この二つの経費が持つ意味を軽視してきました。その結果、国家は危機のふちに近づいているということです。
我々が次の世代に対して無責任に振る舞ってきたのは、財政面だけではありません。脆弱な国家安全保障を次の世代に残しつつあることも同様に、そして極めて深刻だと信じます。
まず、防衛関係費について申し上げます。
日本にとっては、北朝鮮からの脅威はもちろん大問題ですが、北朝鮮は、仮にも日本を攻撃すれば、日米安保体制のもとで米軍から重大な報復を受けることになりますから、日本への軍事攻撃の蓋然性はさほど高くないと思います。日本にとって現実かつ最大の危機は、膨張する中国の軍事力、特に海洋戦略であります。
中国は、一九九二年の領海法によって、スプラトリー、プラタス、パラセル、マクルスフィールド、中国側は、これをそれぞれ南沙、東沙、西沙、中沙と呼んでおりますが、それに台湾、そして澎湖列島、そして尖閣諸島を中国領土に編入しました。中国は絶対に譲れない国益をみずからの核心的利益と呼んでいますが、この中にさきに挙げた島嶼群がすべて含まれることは、昨年十二月の戴秉国論文などからも明らかであります。
中国は、九州から沖縄列島を経て台湾、フィリピンを結ぶ、いわゆる第一列島線の内側の海域を着実に支配しつつあります。中国は、この後、第一列島線を越えて、東京、伊豆七島、小笠原、サイパン、グアムを経てパプアニューギニアに至る、いわゆる第二列島線までの海域に進出することを基本戦略としています。そのため、核ミサイル搭載のものも含め、六十隻を超える潜水艦隊を保有し、かつ複数の空母機動部隊を建設しようとしております。
アメリカ海軍は、横須賀の第七艦隊を含め、二個ないし三個の空母機動部隊が西太平洋、インド洋の広大な海域をパトロールしております。これに対し、中国海軍の場合、複数の空母機動部隊が南シナ海から日本周辺までの狭い海域に展開されることになるでしょう。このまま、あと十年もすれば、強大な中国の海軍力が、太平洋も含めて日本に近接する海域に展開されることになると思います。
この十年間で、中国の国防予算は実に二六八%増加しました。なのに、主要国の中で、ただひとり日本だけは防衛予算を減らし続けております。苦しい財政事情の中でも予算総額は過去十年間で一一・八%増加しましたが、防衛関係費は三・六%の下落です。今や防衛費の対GDP比率からいえば、日本は世界の百四十位以下という状態なのです。
特に問題なのは、正面装備を取得する予算額が年々減少し、今や装備の整備維持に必要な経費以下になってしまっていることです。膨張し続ける中国に対しては、何よりも正面装備の充実が必要です。周辺諸国は皆そうしています。人件糧食費が自然に増加してしまうために、本来の意味での日本の防衛力が減退してしまう、そうしたことを防ぐことが国家予算制度であると信じます。今回は間に合いませんが、二十四年度予算において、せめてあと一千億、一千億円の正面装備が増額されれば、防衛力にとってはかなりの改善になると信じます。
次期防衛大綱は、基盤的防衛力構想から動的防衛力構想に転換いたします。変化する日本の脅威に対応するための策ではありますが、本来は、防衛構想を変えることで対応する前に、防衛費を増額して最低限の防衛体制を確保し、次世代に引き継ぐのが我々の責務のはずであります。
日本の安全保障の基本は抑止にあります。
抑止というのは、相手が攻めてくればこれを撃退して、手ひどい損害を相手にも与える実力をふだんから維持することによって相手の侵略意図をくじくということであります。
私は、十年ほど前に、本院の委員会で参考人として、「抑止とは結局、周辺の諸国が日米安保体制の信頼性ということをどのように見るか、つまり、日本自身以上に周りの国々がこの安保体制をどのように認識するかという問題」であると陳述いたしました。今もそう思っております。
憲法上、専守防衛の日本は自己完結的な抑止力を有しておらず、米国の攻撃力による相手への報復能力に頼らざるを得ません。つまり、常日ごろから日米同盟の緊密さを相手に見せつけることで初めて抑止の概念が成立するのです。
例えば、艦載機も含めれば二兆円もする航空母艦、それに随伴艦も含めれば三兆円近い第七艦隊を首都に隣接する横須賀に配置していること、そして、沖縄の第三海兵隊遠征師団も含めた米海軍のプレゼンス全体が、アメリカの日本防衛の強い決意として周辺諸国に伝わっているのです。この意味で、米軍の日本駐留を円滑に確保するための在日米軍関係経費も日本の安全のために必須の経費であります。
続いて、ODAについて申し上げます。
ODAは、当初予算ベースで見れば、ピーク時の九七年の一兆一千六百八十七億円から来年度の五千七百二十七億円まで、実に四〇%以上削減されてきました。ODAの縮小により、日本は国際社会で友人を失ってきています。日本の地位低下は、ODA予算が減り続けていることもその一つの原因であります。
感覚論ではありません。日本が大キャンペーンを張った安保理常任理事国入り、日本の悲願を可能にする国連憲章改正のためには、一定数の共同提案国が必要でした。しかし、日本のために共同提案国として名乗りを上げてくれたのは、アジアではわずかに、アフガニスタン、ブータン、モルディブ、この三カ国だけでした。
日本は自由と民主主義を信奉する世界第二位の経済大国と決まり文句を言えば、自動的に国際社会で高い地位を与えられる時代は終わりました。グローバリゼーションによる価値の相対化が起こり、中国ですら、大規模に国連PKO活動に協力する中では、言葉でない実質的な貢献が求められています。
これから、日本は、世界の政治や安全保障の舞台で重要な役割を果たすことができるのか。日本は、世界の安全維持に対して国の規模にふさわしい義務を果たせるのか。残念ながら、展望は明るくありません。リスクをとれない国情、日本人の人命だけは危険にさらさないという超安全主義、大胆な決断を行えない政治システムなどが立ちはだかるからです。
しかし、日本がみずからは血を流さない国として世界で生きていくにしても、コストはかかるのです。それがODAです。それなのに、経済協力費は十二年続けて減額されています。
政府原案のODA、五千七百二十七億円は、一般歳出五十四兆八百億円のわずか一%にすぎません。日本の危機的状況に思いをいたせば、一律削減の例外扱いにすることは可能だったはずです。ODAは、つき合いでも、人道、博愛でもありません。日本が世界で生きていくための不可欠のコストであります。
最後に、一つ申し上げたいことがあります。
ODAが減額され続ける中で日本の国際貢献の陣頭に立たなければならないのが、JICA関係者、海外青年協力隊員、外務省職員、NGOの人々です。
私の脳裏を去らない言葉があります。一九九三年四月、当時二十五歳の国連ボランティアであった中田厚仁君がカンボジアでゲリラに殺され、国際平和構築にかかわった日本人として初めての犠牲者となりました。その彼が、前年、カンボジアを訪れた私に、決然とした面持ちで語った言葉です。日本が国としてカンボジア和平に人を出さないから、僕が今ここにこうして来ているんですと。
日本は、外交官やJICA関係者や中田君のような丸腰の人々に、過重で過酷な献身を求めております。
例えば、政府は、インド洋で、極めて安上がりの予算ながら、テロリストの交通を遮断するための貢献として各国から評価されていた洋上給油活動を中止しました。武力行使との一体化という、実態とはかけ離れた理由で国際チームから引きはがしました。そして、かわりに五十億ドルという目をむくような巨額の援助をアフガニスタンに供与することにしました。
テロと闘っている国々の失望と財政上の損得勘定に目をつぶれば、東京ではこれで済むかもしれません。しかし、治安の悪化するアフガニスタンの現場で、この巨額援助を実際に復興支援プロジェクトに仕立てて実施していかなければならない七十名のJICA関係者の負担と危険はどうなるのか。
ほかの国であれば、身を守る手段と訓練を受けている軍隊が出るところを、日本の場合、自衛隊は法的あるいは組織上の理由で出動できません。その部分が援助関係者や外交官の負荷となっている面があるのです。
本来、我々はこの人たちに最大の敬意と感謝を払うべきなのに、JICAは事業仕分けの対象とされ、なぜ国家公務員並みの宿舎が必要なのか、ウイークリーマンションでもいいじゃないか、国民が期待するのはJICA全員がエコノミーで旅行することだ、なぜ外交官の八割もの手当が必要なのかなどと仕分け人に居丈高に宣告されて、予算が削減される。その結果、危険な任地に勤務するJICA職員も、疲弊しながらエコノミーで日本と往復することになりました。我々はこれで留飲を下げるのでしょうか。
途上国に派遣された日本の援助関係者の評判には、他国の追随を許さないほど高いものがあります。仕分けによる無駄遣い探しは当然ですが、援助の本質から離れた議論によってこうした人々の士気を阻喪させるのではなく、彼らを支援してやるべきだと思います。今もなお、世界各地では、一万人のJICA関係者と海外青年協力隊の若者たちが、国の名誉をかけ、献身的に援助活動に携わっております。
ちょうど時間ですので、終わります。ありがとうございました。(拍手)