増元照明の発言 (北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会)
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○増元参考人 日本政府から詳しい、今先生がおっしゃったように、水深何メートルのところで水温がどのぐらいのところだったという話は、私は市川家ではないので聞いておりません。市川家に対して話しているかというのも、私はまだ聞いておりません。
ただ、おっしゃったように、非常に不自然な点は、市川さんは、鹿児島とはいえ、山の方に住んでいらっしゃって、ほとんど泳ぎに対して余り興味がなかった。その方が、九月四日という、皆さんも御存じのように、北海道と同じようなレベル、もっとそれ以下かもしれませんけれども、九月というと本当に寒くて、冷たくて、入る気にならないですよね。私も北海道に住んでいましたから、八月の後半以降はもう水泳しようと思っていませんでしたけれども。そういった中で、水泳を好きでない市川さんがあえて水泳をしたいということを言うかというと、全くあり得ない、そういう報告をしてきていました。
市川さんは心臓麻痺で亡くなったといいますが、私の姉も、実は一九八一年の八月十七日に突然の心臓麻痺。夫婦で、非常に簡単に考えたんだと思いますけれども、一人が心臓麻痺で死んだから、もう一人も心臓麻痺で死んだことにしてしまえというだけのことだと思います。
さらにもう一つ言わせていただきますと、一九七九年の九月に亡くなったと言っていますけれども、祐木子さんは私の姉と一九七九年の十月まで一緒に招待所で暮らしていた。その後、るみ子さんは結婚のために私とは別れたということは、その十月以降に結婚したことになりますので、その前に市川修一さんが死んでいるというこの情報も、非常に怪しいというか、信頼に足らないものだと私は思っております。