森本敏の発言 (外交防衛委員会)

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○国務大臣(森本敏君) 一九六〇年に改定された現在の安保条約の基本的な構造というのは、安保条約の五条において、日本の施政下における日米いずれか一方に対する武力攻撃があった場合に日米で共同対処する。つまり、そのことは、法的に言うと、日本が他国から攻撃を受けた場合、アメリカが日本を守る、これを安保条約第六条の施設・区域の提供というアクセス、便宜を与えることによって相殺する、バランスを取るという構造になって安保条約ができているんだろうと思います。
 この当時の基本的な安保条約の目的は、あくまで冷戦期、西側同盟の一員として極東における東側の脅威を日米同盟でいかにして排除するか、そのために米軍が日本の施設・区域を使ってどこまで活動できるか、これが安保条約第六条に言う極東範囲、極東の範囲という議論でした。今もその考え方は変わらないと思いますが、ただ、これは安保条約に基づく米軍の活動の区域を議論しただけであって、冷戦が終わってから東西冷戦の構造がなくなって、日米同盟はむしろグローバルに、あるいはアジア太平洋地域の安定のために共に同盟を活用してこの地域の安定のために貢献して、そのために共通の戦略目標を決めようとしてできたのが今先生御指摘の二〇〇五年の2プラス2の合意であります。
 その目的は、安保条約に基づいて米軍がどういう地域に活動するかということとは別に、日米同盟が安保条約に基づいてどのような役割を世界の平和と安定のために、あるいは地域の安定のために果たすかということを、共通の価値観を求めて共通の戦略目標を定めてその下で日米協力をしていこうという、より広い地域におけるマンデート、理念を取り入れようとしたのがこの冷戦後の安保体制の在り方だと思うんです。
 条約の定義、条約の中身は変わらないんですけれども、取り組もうとしている方針とやり方が冷戦期と冷戦後と著しく変化していると、こういうことではないかと思います。

発言情報

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発言者: 森本敏

speaker_id: 34495

日付: 2012-08-28

院: 参議院

会議名: 外交防衛委員会