栗生俊一の発言 (内閣委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○政府参考人(栗生俊一君) お答えいたします。
終戦直後の昭和二十年代ごろでございますが、戦前から存在していました博徒やテキ屋といった集団に加えまして、ぐれん隊という新たな集団も戦後の混乱に乗じまして現れました。それぞれがやみ市の支配でありますとか覚醒剤の密売、各種の興行への介入などを行うとともに、これらの利権をめぐって対立抗争を繰り返していたものと承知しています。
昭和三十年代ごろになりますと、博徒やテキ屋、ぐれん隊が互いに対立抗争や離合集散を繰り返す中で、資金獲得を図るため組織の威力を利用して暴力的な犯罪行為を敢行するようになり、それらを暴力団と呼称するようになったものでございます。こうした中で、山口組や稲川会などの一部の暴力団がその組織的暴力を背景に広く各地に進出を図り、大規模な対立抗争を繰り返しつつ、他の暴力団を吸収しながら次第に広域に、あるいはほぼ全国的にその勢力を拡大していったものと承知しております。