片田敏孝の発言 (予算委員会公聴会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○片田公述人 群馬大学の片田と申します。
私の専門分野は、防災、減災対策及び防災教育というような分野で仕事をしておりまして、東日本大震災におきましても、特に防災教育というような観点から、子供たちに生き抜く力を与えたいというようなことで、長年にわたって、防災教育、事前の防災教育に取り組んできたという立場にあります。
そのような観点から、きょうは、この防災のお話をさせていただきたいというふうに思っております。
今申し上げましたように、私は、防災、減災対策及び防災教育というような分野で仕事をしているわけなんですが、今回の東日本大震災を見たときに、その関連死まで含めると二万人以上の方が亡くなる。本当に、防災研究者としては痛恨のきわみでありますし、情けないという思いで、今、この悔しい思いを何とか、来るべき南海トラフの大津波等々で生かし、一人の犠牲者も出さないような国土形成、国づくりということに対して、できる範囲での努力をしているという立場でございます。
こういう取り組みをしている中で、今の防災、そして減災、こういった分野において、幾つかの問題点、方向性において私なりの意見を持っております。この点、二点ほどお話をさせていただこうというふうに思っております。
まず、私が防災の観点において大変重要だと思っていることは、もちろんこの災害大国日本でありますので、時に、あの東日本大震災のようなことは、物理現象として起こってしまいます。しかし、そうであっても、国民の命を、一人も死なせない、特に子供たちに生き抜く力を与えて、犠牲者を出さないような国土づくりというものは絶対に必要なんだ、そういう思いでおります。
そういう観点において、今、国土強靱化論というものが出されているわけなんですが、その中において、ぜひ、その概念の中に含まれているのかもしれませんが、国土強靱化の前に国民強靱化、これが必要なんだということを非常に強く思っております。
といいますのは、この三・一一東日本大震災以前の状態を思い起こしてみてください。例えば、宮城県沖地震は、向こう三十年の間に九九%の確率で起こる、つまり絶対起こると言われていたわけですね。であるにもかかわらず、避難勧告を出そうが、津波警報を出そうが、国民は逃げない、こういう状態に置かれていたわけです。そのままそのときを迎えれば何が起こるのか、ある意味、これはもう明確なことでありました。
そして、そのような大人たちの背中を見た子供たち。子供たちは、避難勧告が出ても逃げようとしなかった。ある学校で、どうして君は逃げないのと聞いたら、だってお父さんも逃げないもん、おじいちゃんも逃げないもん、こう言っているわけです。
このままあの子たちが大きくなり、そしてそのときを迎えたとするならば、必ずや命を落とす危険に、その状況に置かれているんだ、そう思ったときに、私は防災教育の必要性というのを非常に強く認識し、防災教育の現場に入っていったということなわけです。
今このような状況の中で、なぜ、このように国民は逃げなくなってしまったのか、もしくは、防災というと行政がやるものなんだというようなことで行政依存意識を高めてしまったのか、そして、ある意味、国民自身が災害に対して脆弱になってしまったのか。ここの部分を改善しない限り、今の防災、幾らハードを行っても、それを超える部分において、必ずや国民は自分自身で命を守らなきゃいけない部分を残しておりますので、もちろんハード対策も重要、しかし、それを超える部分が必ずあることにおいては、その部分は国民自身が強靱化していかなきゃいけない、こういう必要性を感じているわけです。
なぜこのような国民になってしまったのかということを考えてみますと、これまで日本の防災というのは、災害対策基本法において、国、都道府県、市町村、これが三条、四条、五条で規定されているわけなんですが、国民の命を守る責務は国にあるんだ、都道府県にあるんだ、市町村にあるんだ、つまり行政にあるんだ、そういう体制の中で、行政主導、そしてハード主導で進められてきたというのがこれまでの経緯だったと思います。
この災害対策基本法は、昭和三十四年に伊勢湾台風がありましたけれども、これを契機につくられたわけなんですが、当時、毎年のように、日本というのは数千人規模で災害犠牲者が出ておりました。何でこんなに災害犠牲者が出るかといえば、それは、先進国にふさわしい最低限のハード、防災対策ができていなかったからです。
それに対して、国、行政が主導して防災対策をやる、ハード中心になるわけなんですが、決定的に不足していたわけですからそれをやってきたわけなんですが、そうしたところ、災害犠牲者は、数千人オーダーから百人ぐらいまで、ずっと、毎年のように落ちてきました。そして、阪神・淡路大震災と三・一一東日本大震災を除けば、毎年百人ぐらいになってしまったという状況の中で、確かに功を奏してきた。ここにおいて、私は、防災におけるハード対策の必要性というのは重要であり、それを否定するものではない、そういう基本的な考え方を持っております。
しかしながら、このレベルが、非常に高いレベルで防災を進めてきたがゆえに、これは明らかにソーシャルウエルフェアの向上につながったということにおいてよかったわけなんですが、一方で、大きな問題をもたらしました。
それは何かというと、例えば治水を例にとりますと、百年確率、つまり百年に一回あるかないかの大雨でも災害が起こらないようなハード対策をする。そうしますと、国民は、おおむね平均的には百年に一回あるやなしやの災害のレベルで災害をこうむることになるんですが、これは、一人一人の一生の間に一回あるやなしやの期間、もしくは、世代でいうと、二十五歳で第一子が生まれると考えると四世代ぐらいになりますから、ひいおじいちゃんの時代にあったらしいよぐらいのレベルまで災害というのはなくなっていったんですね。
これは大変いいことなんです。だけれども、考えてみてください。そこまでのレベルでハードをやったことによって、いわばそこで守られる以下の、いわゆるちまちました災害といいますのが、小さな災害が、確かに高頻度にあった災害なんですけれども、これが全部取り払われた。それによって、国民はいつしか、防災というのは行政がやり、ハードに守られ、自分はもう災害なんかに遭わないんだ、ひいおじいちゃんの時代にあったらしいよのレベルで聞いて、それはもう自分には関係ないことなんだ、こういう意識を持ち始めてきたわけですね。
そして、結果として何が起こったかというと、防災は誰がやるの、行政。危ないところに堤防をつくってくれるのは誰、行政。危ないところを情報で教えてくれるのは誰、ハザードマップ、これをつくるのは行政ですから、これも行政。危ないときに逃げろと教えてくれるのは誰、これも行政。あなたの命を守っているのは誰、これも行政。大体こういうことになっていってしまい、全部、国民一人一人が自分の命を守るということに対する基本的な認識をなくしてしまった、こういう状況があるわけです。
しかしながら、もちろん高い安全を保持することはいいことなんですが、ここで重要なポイントになるのは、人為的に高める安全は、ヒューマンファクター、つまり人間側の脆弱性を高めるということです。過保護な親のもとにひ弱な子供が育つ、全く同じ構造になっているわけです。そして、今は避難勧告が出ても逃げやしない、こういう状況の中で、どうして逃げなかったのと聞くと、だって避難勧告がなかったじゃないか。国民は、これほどまでに自分の命を守るという基本的な力をなくしております。
私は、国土強靱化、その概念の中に国民強靱化という概念が大きく含まれていると信じております。そして、そのためには、子供たちに対する防災教育、そして災害に向かい合う、もともと災害大国日本ですから、それに向かい合う強靱な国民であるよう国民を誘導していくのが政治の役割ではないのかというふうに私は思うわけです。そういった意味におきまして、防災教育の重要性は殊のほか大きいというふうに思っております。
この防災教育につきましては、私は、冒頭申し上げましたように、子供たちに、ここは昔から津波が来るんだけれども、君、ちゃんと逃げるか、こう聞いたときに、逃げないと。その逃げない理由が、お父さんも逃げない、おじいちゃんも逃げないからだ、こう言っている。この状態を見たときに、今、もちろん子供たちに対する防災教育も重要ですが、大人たちに対する防災教育も含めて、三・一一の東日本大震災を受けた我が国だからこそ、今後に向けて、国民が災害に未来永劫向かい合って、強い国民であるよう誘導していくことが重要だろうと思いますし、そのために必要な手だてとしての防災教育の重要性を改めて御指摘しておきたいというふうに思うわけです。
防災教育は、教室座学として先生が子供に教えている、こういうイメージをしがちなんですが、こんな狭い範囲で考えていただきたくないんですね。
考えてみてください。十年間防災教育を継続する、もしくは三・一一のあの悔しい思い、あの無念の思いを十年間頑張って維持して子供たちに教育を続けたとしますと、小学校六年生、十二歳は二十二歳になります。十五歳、中学校三年生は二十五歳。つまり、悉皆性を持って日本国民をつくるプロジェクトなんだ、こう考えるべきだろうというふうに思うわけです。これが十年間のタームで考えられることですね。
もう十年考えてみましょう。彼らは三十二歳、三十五歳。ぼちぼちお父さん、お母さんになります。そして、真っ当な防災意識を持った、もしくは自然にちゃんと向かい合える、自分の命をしっかり自分で守れるようなそのお父さん、お母さんのもとで子供が育てば、当然子供はそういう子供に育ちます。
つまり、十年で国民をつくるプロジェクト、そして、もう十年で文化をつくるプロジェクトなんだ、こう考えていただきたい。そう考えていただくときに、この防災教育の重要性というものを改めて強く認識していただきたいなというふうに思うわけです。
そのために、私は文部科学省の中央教育審議会の委員ですとか防災教育に関する有識者の会議に委員として出させていただきました。そこで申し上げたことは、ぜひ先生方に防災の教育ができるような素養をつけていただく。そのためには、これはもう、日本国民、この災害大国日本に住む以上は皆が皆持っていなければいけない知識ですし、姿勢ですので、教員の養成課程の中に、ぜひ防災の科目というものを必須条件にしていただきたいというふうに思うわけです。
加えて言うならば、学校教育の中に、今、理科教育等々が、どんどん時間がなくなってしまいまして、私も大学入試をやっておりますけれども、地学で受けてくる学生なんか、もうほとんどゼロです。自然に向かい合うというこんな大事な科目、これは日本であるからこそ本当に重要な科目だと思うんですけれども、もうほとんど受験は物理、化学。それも大事なんですけれども、でも、こんな災害大国にありながら地学教育がこんなにもないがしろにされているということに対して、私は非常に大きな危機感を持っております。
そして、地球の営み、自然との向かい合い方、そして助け合い、きずな、この防災の概念の中に含まれるものを全部統合したような、防災というような科目をぜひ学校教育科目の中に新たに創設すべきじゃないのかというような発言をさせていただきました。
この観点については、国民を強くすることにおいて大変重要な骨格となることであろうと思いますので、ぜひ、今後において御検討いただければというふうに思っております。
そして、次は、最近の取り組みの中で痛切に感じていることをもう一点申し上げたいと思います。
防災の基本原則はどこにあるべきか。一義的に、一番重要なことは何かというと、災害ごときで人が死なない、国民が死なない国土、国民をつくり上げていくことだろうというふうに私は考えております。
我が国は、阪神・淡路大震災を経て、防災に対する国民意識は非常に高まりました。そして、阪神・淡路大震災を契機に、日本の防災そのものが国民レベルでも非常に底上げがされたと思います。ボランティア元年とも言われました。
今回も、被災地に行きますと、本当に多くの国民が、精いっぱいの努力をもって、被災地をお助けしたいという意識の中で、誠心誠意、日本国全体が被災地を助けようとしております。本当に、この文化ができたのは阪神・淡路大震災以降のことだと思います。
しかし、それであっても、僕は、日本の防災はこの間間違ってきたんじゃないのかと思っております。それは、何が間違いだったのかということなんですが、阪神・淡路大震災以降、よくなった防災というのは何かというと、生き残った人たちを助ける防災、ここに重きがあったように思うんです。もちろん重要です。
今回も、三・一一の後、私は、三日後ですか、現地に入りました。私の目の前には、家をなくし、家族を亡くし、そして家族の行方がわからないという状況の中で、不安に駆られ、苦しんでおられる被災者の方々がたくさんおられました。
当然です。誠心誠意、精いっぱい、自分のできる限りの支援をもって、彼らにできることをやってあげたいというふうに私は思いました。これは人であれば当たり前の心理であって、それをやることは当然のことで、それを否定するものでも何でもありません。
しかし、ここで考えなきゃいけないことがあると思うんです。
今回は、関連死も含めるならば、約二万人の方が亡くなったんですね。誰が一番悔しい思いをしているのか。これは言うまでもなく、この亡くなった二万人の方々です。しかし、我々が現場に入りますと、彼らは我々に物を言うことはできない。そして、遺体がありそうな現場というのは、もうロープが張られて、警察や消防や自衛隊の方々がひっそり遺体処理をしてくださる。この御遺体というのは、無念の塊であるところの御遺体です。
そして、我々の目の前にいるのは、生き残って今を苦しむ方々。ここを支援するのは当たり前です。これを否定するものではないんです。これは重要な防災です。
しかし、防災は、人が死なないということ、国民を災害ごときで死なせない、そのために国民に力をつける、こういうことも僕は大変重要なことなんだろうと思いますし、防災は、まずは国民を死なせないということに特化していただくことが重要ではないのかというふうに考えるわけです。
例えば、これは否定するものではないんですけれども、あの三・一一の後、帰宅困難者問題というのがさんざん議論されました。重要な問題です。あれほどの混乱を招いたわけですから、重要な問題です。
でも、考えてみてください。この問題は三日すれば解決します。生きているんですね。そして、帰れないといって大混乱をもたらしている。これは大きな大きな問題であり、だけれども、これは防災の問題かというとそうではなくて、都市交通の災害時対応の問題で、都市交通部局が頑張ればいい問題だと思うんです。平常モードの仕事、災害モードの仕事がある、それを都市部局がやればいい問題だと思うんです。
私は、防災の一義的な目的は、やはり国民が災害ごときで死なない、そして自分の命を守るということに対して主体性を持ち、何かにつけ行政依存の状態から脱し、自分の力でちゃんと行動がとれるような子供たちを育て、そして国民にしていく、こういうプロセスこそが今日本の防災に求められていることなんだろうと思います。
私が十年前から取り組んできました釜石におきましては、釜石の子供たちは懸命に避難しました。そして、自分が避難するだけではなくて、保育園の子供を抱きかかえ、おじいさん、おばあさんに手をかし、そして、逃げようとしない大人たちを、一生懸命、泣きながら説得して、避難をしてくれました。それであっても子供たち全員の命は守れなかったわけなんですが、でも、釜石の子供たちの一生懸命とってくれた行動は、釜石の奇跡として全国に紹介されるところとなりました。
今、私のところには、特に高知県や徳島県や和歌山県や三重県や、これから津波が危ないと言われている、道東なども含めてなんですが、防災指導の依頼が毎日五件も六件も来ます。もう対応できません。きょうもこの後、高知県の黒潮町、三十四メートルと言われているあの黒潮町の町長さんにお会いします。また、高知県の防災担当にもきょうお会いします。
こうやって、私のできる限りのことはやっておりますけれども、今まさに、災害に向かい合う主体的な姿勢をどう国民につけていくのかというのは、これはもう防災教育以外あり得ない。そして、やはり国家は人だと思います。十年、二十年という長い教育の中で、子供たちに生き抜く力を与え、国民をつくり上げ、そして、お父さん、お母さんになり、文化として育て上げていく。こんなところに施策としての重点をぜひ置いていただきたいというふうに思います。
もちろん、ハード対策も私は重要だと思っております。ハードのレベルというのは、ある意味国力のレベルだと思います。そこまでは物理的に災害を排除してくれるということにおいて、これは何ら悪いことではないと思うんです。
ただ、私が強調したいのは、ハードですとか人為的につくり上げていく安全というのが、必ずや人間側の脆弱性をつくり上げていくんだということ、このバランスをどうとるのかということ、ここをぜひ先生方には御理解いただき、ハード対策をやればやるほど、ソフト対策、人間側の脆弱性をどうリカバーしていくのかということに対しての特段の御配慮をいただきたいというふうに思うわけです。
そして、岩をどれだけ高く、堤防を高くしても、それを越える津波、それを越える洪水はあり得ます。高ければ高いほど、確かに安全度は高まる。しかし、それを越えるものが起こったときに、一網打尽のように死んでいくような脆弱性を高めることでもあるということ。それを理解していただいたときに、やはり最後、我々国民自身が、一人一人が自分の命を守るということ、ここに対する主体的な姿勢をしっかり持つ、これはもう教育以外あり得ないというふうに思っています。
この教育をもって、ぜひ日本国を真の意味で強靱化していきたいと私自身は思っておりますし、私は一介の研究者ですので、できることには限界があります。しかし、私のできる限りの対策をもって、今でも全国各地を飛び回っているんですが、これからも続けていきたいというふうに思っております。
ぜひ、この国会の場の先生方には、国土強靱化とは何なのか、もちろんハードも重要、でも一方で、それに応じたソフト、つまり国民強靱化が重要なんだということを、この観点をぜひお持ちいただき、日本の防災教育の推進ということに対してお力添えをいただければというふうに思っております。
私の申し上げたいことは以上でございます。よろしくお願いいたします。(拍手)