西川太一郎の発言 (災害対策特別委員会)
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○西川参考人 ありがとうございます。
もう、本日、最後の発言の機会かと存じますので、子供だましに思われるかもしれませんが、こういう笛を二十万個区民に配りました。中に既往症や連絡先の紙が入る、警視庁推薦のものでございますが、これは、助けてくれと言って実験しても、こういう部屋で衛視さんがあそこのドアを閉めたら、外に聞こえないんですね。ところが、この笛は少し先まで聞こえるんです。こんないじましい努力をしてやっているゆえんのものは、権限が余りにも、基礎自治体、私どもにはないということであります。
バケツも、神戸の震災の例に従って、二万個、初期消火用に配って、これも、関西学院大学に移られました元神戸大学の室崎先生の御指導でやっています。
最後に、私が先ほどから法改正をお願いしておりますのは、二十年前に、まさに初当選した衆議院議員でありました私はこの委員会の理事にしていただきまして、その年は奥尻島の地震があり、鹿児島のシラス台地の崩れがあり、また、大冷害でお米がゴマ粒ぐらいになったり、桑が福島では育たなかったり、大変なときに、この委員会は視察に視察に視察を重ね、そして、先ほど先生から御質問がありましたが、鹿児島の天文館通りの地下に全部水が入って、一億円の保険を掛けていても五百万しか出なかったり、そういうことをこの委員会で、ほかの委員会とも連携して、奥尻の借金を商店街が延べ払いができるようにしてあげたり、または、保険会社と話をつけてその補償額をふやしたり、いろいろな意味で当委員会が存在感があって、実際に国民の生活を助けていただいたことを実感しておりますので、きょうは、その衆議院のお力におすがりいたしたいと思って参りました。
先生の御質問に直接答えられない。川越のような由緒ある町並みなんか、我々のところはないんです。もう本当に早く壊して、早くきれいにしてあげたいと思っています。どうぞ御理解を賜りますようお願い申し上げます。