近藤洋介の発言 (内閣委員会)

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○近藤(洋)委員 おはようございます。民主党の近藤洋介であります。
 本日は、国家公務員法の改正案の質疑、野党、これから始まります。そもそも国家公務員制度の改革は、翻ってみますと、橋本行革に端を発して、もともとその前からも公務員制度の議論というのはございましたけれども、いわゆる橋本内閣において本格的に議論がスタートした、省庁再編の議論と相まってスタートした、こう認識しております。
 当時、私は議員ではなく、霞が関を取材する新聞記者でありましたけれども、公務員制度が大変揺れておりまして、私は経済産業省の担当でありましたが、そのときは、まさに時の大臣が局長を更迭されまして、次官候補を更迭されて、蜂の巣をつついたような大騒ぎになりました。また、その後、大蔵不祥事、何とかしゃぶしゃぶ事件等々ございました。その前は厚生労働省、いわゆる官僚の不祥事も続いたわけであります。
 そういったことも踏まえて、あるべき官僚像はどうかということで橋本内閣で議論がスタートし、そして、第一次安倍内閣において国家公務員制度改革基本法が打ち上げられ、いわゆる官僚内閣制から議院内閣制にしようではないかということで第一次安倍内閣で打ち上げられ、そして、それを引き継いだ福田内閣で成立をした。当時、自民党政権のもとで、百年に一度の改革とうたわれ、基本法は、それを実行するプログラム法として、当時野党であった民主党の修正案も受け入れる形で、自公民三党によって成立をしました。
 このプログラム法は成立をしたわけでありますが、ところが、ことしの七月十日に、この法律で予定をしていた五年間の措置期限が過ぎ去ったわけであります。この間、麻生政権で二十一年改正案、いわゆる甘利法案も提出され、廃案になり、また、民主党政権下でも二度にわたる法案の提出があったわけですが、成立を見なかった、こういうわけであります。
 そこで、まず冒頭、稲田大臣にお伺いしたいのですが、担当大臣として、私は、この責任が誰にあったかということをあげつらうつもりはございません。民主党もこの間、三年半の政権を担当しておりました。誰がよかった、悪かったと言うつもりはございませんが、しかしながら、この改革が期限内に実行できなかった最大の要因は何だったのかということは、ここにおいてきちんと整理をする必要があると思うんです。
 大臣は、その最大の要因は何だったのか、この措置期限内に成立を見なかった最大の要因は何だとお考えになるか。稲田大臣、お答えいただけますでしょうか。

発言情報

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発言者: 近藤洋介

speaker_id: 2158

日付: 2013-11-27

院: 衆議院

会議名: 内閣委員会