階猛の発言 (法務委員会)
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○階委員 おはようございます。民主党の階猛です。
臨時国会、引き続き法務委員会に所属させていただきましたので、谷垣大臣、政務三役の皆様、よろしくお願いいたします。
きょうは、資料をさまざまお配りしておりますけれども、まず最初、谷垣大臣がまだ当選三回目のときに書かれた、中央公論の一九八七年四月号に掲載された論文をお出ししました。
「われら自民党議員「スパイ防止法案」に反対する」という題名がついておりまして、この「われら」というのには、今、自民党でいいますと、大島理森代議士であるとか、今回の特定秘密保護法案に反対の意思を表明している村上誠一郎代議士も含まれております。
私は、質問に入ります前に、ここはざっくばらんにお聞きしたいんですが、党の進めていこうとするスパイ防止法案に対して、こういう公の雑誌で反対の意見を表明されるということは、なかなか若手議員として勇気の要ることではないかと思っておりまして、この論文を出したときに、どういう党内からの反発なり、あるいはさまざまな意見なりというのがあったのかどうか、それから、この法案については最後まで反対をし続けられたのか。
こんなことをお聞きしますのも、去年、ちょうど谷垣大臣が自民党総裁でいらっしゃったころに、例の社会保障と税の一体改革法案をめぐって、民主党の中でもけんけんがくがくの議論をしました。
私は、三党協議による修正の合意に基づく修正案というのが、民主党のよって立つ社会保障改革を骨抜きにしかねないということで反対の立場を表明しまして、この論文、谷垣先生も当時、逐条で批判を書かれたというふうに書かれていますけれども、私も逐条で、党内の議員向けに、ここはこうだからおかしいということをペーパーとして出したんですけれども、なかなか当時、民主党では私のような意見は顧みられることなく、三党合意で法案が通ったということがあったわけです。
そのような私の経験上、谷垣先生も当時いろいろな御苦労がおありになったのかなと。ここは、大臣というよりも議員として、当時どういうような御苦労があったのか、また、反対の立場を貫かれたのかということをまず質問に入る前にお聞きしたいと思います。