阪口直人の発言 (外務委員会)
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○阪口委員 日本維新の会の阪口直人でございます。
私は、この四月下旬から五月初めにかけて、中国の延辺朝鮮族自治州という、朝鮮族の方々が住んでいらっしゃる地域、まさに北朝鮮と国境を接した地域に行ってまいりました。目的は、北朝鮮をめぐる諸問題の解決にどのような力になれるかということで、さまざまな情報収集をすることが目的であったんですが、その際に、一九六〇年代に日本から北朝鮮への帰国事業で北朝鮮に渡って、四十年余り現地で大変な苦難の生活をされた後に脱北をされた方に案内をしていただいて、もう七十代の女性なんですが、その方とともに現地の状況をリサーチしてまいりました。こちらの本を書いていらっしゃる方ですね。「日本から「北」に帰った人の物語」という本でございます。読んだ方もいらっしゃるかもしれません。
彼女は、影の存在でいては人の心の心髄に訴えることはできないということで、北朝鮮に家族がいらっしゃる、四人のお子さんとお孫さんがいらっしゃるにもかかわらず、もうお亡くなりになりましたが、御主人が北朝鮮の方でしたから、国籍は北朝鮮ということなんですね。そういったお子さんがいるにもかかわらず大変に勇気のある発言をされておりますが、私自身は、彼女の安全、また彼女の御家族の安全も配慮しなければいけないということで、同行してくださった方の状況については抑制的に紹介しつつ、きょうは、特に拉致被害者の帰国、さらに、帰国事業で北朝鮮に渡った方々、とりわけ日本国籍を持っていらっしゃる方々の帰国の可能性、そして、国境付近というのは、脱北される方が、人道的配慮が必要な、大変な人権じゅうりんの中で苦しい思いをしていらっしゃいます、そういう方々にどのように働きかけていくのか、そういったテーマで質問をさせていただきたいと思います。
まず最初の質問なんですが、一九五九年に始まったいわゆる帰国事業についての評価を伺いたいと思います。
少しおさらいしてみますと、一九五九年の十二月に、当時日本にいらっしゃった、主には在日の方々、九五%が現在の韓国出身の方ということですが、その方々を北朝鮮に帰国させるという事業が始まりました。トータルで九万三千人程度の方々が帰国をされたわけですが、日本赤十字社と北朝鮮の赤十字会が在日朝鮮人の帰還に関するカルカッタ協定を結び、また、日本赤十字社が帰国希望者の登録やこの事業の運営を行って、赤十字国際委員会が助言という形で関与する、そして日本政府、北朝鮮政府がさまざまな形で関与しながら帰国事業を行っていたわけです。
当時、日本においては、在日朝鮮人の方々に対する多くの差別があったと思います。そして、一生懸命勉強してもなかなか思いどおりの職につくことができない、そういう状況がある一方で、当時、北朝鮮においては金日成首相を中心にまさに理想の国づくりを行っている、各種メディアなども、地上の楽園というような言葉を使って、北朝鮮に行けば差別のない生活ができる、高等教育を受けることもできる、また、例えば、冷蔵庫をあけると肉と野菜がこぼれ落ちてくる、そういった、社会主義が成功しているというような報道があり、多くの方々が海を渡ったわけでございます。
ところが、行ってみると、期待していた状況とは正反対であり、一切の人権、自由がない社会。そして、特に日本から来た方々は、現地の方々も嫌がる仕事、例えば、炭鉱で働く、鉱山で大変に苦しい仕事をするというような仕事につく方が大変に多くて、また、日本人ということで、敵性成分というんでしょうかね、後ろ盾になってくれる方もいなくて、現地でも大変な差別を受け、着のみ着のまま、冬にはマイナス四十度にもなるような場所で生活をされた。大変に苦しい思いをされてきたわけでございます。
特に、一九九〇年の後半からはいわゆる飢餓が生じまして、人口の約一割が亡くなったと言われていますが、同行した方の周りでははるかに高い割合で餓死をされた方がいたと。地上の楽園どころか地上の地獄であった、そういう状況であったと聞いております。
結果的にこのような状況になったにもかかわらず、日本政府は、正確な情報を提供することなく、結果的に大変多くの方々を不幸にすることに関与してしまったと私は思っているんですが、まず、この帰国事業全体に対する評価、外務大臣はどのように受けとめているか、お聞きしたいと思います。