伊藤真の発言 (憲法審査会)
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○参考人(伊藤真君) お答えします。
今御指摘の、一点目の解釈の変更というところについてお答え申し上げればよろしいですね。
政府も憲法の解釈の権限はあると考えています。やはり、憲法は非常にある意味では幅が広い法でありますから、それを具体的に執行する場面のところで、その憲法の枠の中でその解釈によって憲法の規定をより具体的なものにしていく、また、これまで不明確だったところを明確にしていく、また当てはめなどを適宜具体化していく、そういう形での解釈というものは、また従来の解釈をより深める、進めるという意味の解釈の変更ということは、それはあり得ることだと考えています。
ですから、例えば文民の規定の意味、当てはめを考えていく。それから、この国は独立国家として自衛権を持っているけれども、その自衛権というもの、それが、例えば自衛権に基づく戦争、それもしませんと。ですが、その自衛権というものが具体的にどういうものなのか、その中身をより明確にし深めていく、そういう形で一見変更に見えるようなことは行われていく、それは当然のことだろうと思っています。
ですが、憲法の枠を飛び出して、元々憲法が想定しているその枠を飛び出して変更をするということは当然許されることではありませんし、そしてまた、これまで蓄積されてきた憲法の解釈、それに基づいてこの国が運営されてきたというある意味で安定したその憲法の解釈というものを大きく変えてしまう、百八十度その意味を変えてしまうということは一内閣の決定でできることではないと考えています。元々憲法は国家権力を拘束するものですから、拘束される側の言わば恣意的な判断によってそれを緩める方向で変更を認めてしまうということはあってはならない、これは立憲主義に反すると考えます。
もう一点、やはり、今回、特に平和主義に関わる、この国の根本原理、規範に関わる部分のところでございますから、そして、それはイコール国民の言わば人権、国民の生活に直結する極めて重要な部分であります。時に国民自身の生死に関わるような極めて重大な問題ということは、その当事者である国民が参加して、今まで議論がなされたように、十分国民のレベルでの熟議が尽くされること、これは国民主権という観点からも不可欠のことではないかと思っています。
それが、国民が参加して十分な熟議がなされないまま政府の解釈によってこれまでの方向が全く逆になってしまい、この国の形が変わってしまうような変更は、立憲主義の観点から及び国民主権という観点から、これは許されることではないと考えています。