足立信也の発言 (厚生労働委員会)
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○足立信也君 ありがとうございました。かなり現場にとっては混乱が避けられてくると思います。
さて、いよいよ法案の審議に入りたいと思いますが、私は、今週から来週にかけてちょっと潮目が変わるといいますか、野党の態度が、あるいは民主党の態度が変わってくると思うんです。それは、政権時代に様々検討してきた、我々の政権時代に様々検討してきたものが法案という形で出てくると。この法案ぐらいが最後に近いのかなという気がしているんですね。ですから、だんだん潮目が変わってくるんじゃないかなというか、こちらの態度が変わってくるんじゃないかと、そういう気がしているんです。
安倍総理は、昨年の十月の所信表明演説で、それまでは施政方針演説、所信表明演説でも一切触れてこなかったわけですが、突然、難病対策はライフワークとも呼ぶべき仕事ですと、再生医療の実用化を更に加速しますと、たった一行なんですけれども明言されたんですね。
そこで、資料のこの二枚目を御覧ください。厚生科学審議会の疾病対策部会難病対策委員会の開催実績です。これは厚労省の資料です。実績ですね。御覧になって、第七回と第八回の間、六年七か月の空白があるというのがこれお分かりになると思います。その間何だったかと。これは、毎年二千二百億円社会保障費削減という話もありましたし、第一次安倍政権もここに入っているんですね。ライフワークですとおっしゃって、これはもう大改正、四十年ぶりの大改正をやるんだというふうに言われますけれども、ちょっと私としては気になると申しますか、何となく鼻白むような雰囲気になってくるんです。
それは、この空白と、そして、これではいけないということで、二〇〇九年の政権交代の後、新たな難治性疾患対策の在り方検討チームというのを立ち上げたんです。第一回の会合が二十二年の四月二十七日、そして、そのとき私は副座長でした。厚生労働省内の局を横断的に全て関係する局を集めて、難病対策委員会の議論を活性化するためにいろんな議論をして、そして難病対策委員会にそれを持っていって検討してもらうということで、私がそれ、立ち上げを熱心に進言した根拠は、パイの取り合い、お互いに苦しい立場にある難病や小慢の方々が小さなパイの取り合いにしてはいけないんだと、疾患名によらず広く医療費助成を行うこと、これが目的。そして、当時はキャリーオーバーと呼んでおりましたが、二十歳を過ぎた方々をどうするか。この二つが大きな問題で、それが目的で立ち上げたんですね。長浜当時の副大臣が座長でした。
ここ、資料をもう一度御覧いただきたいんですが、点線が入っています。これは厚生労働省がもう入れてあったものなんですが、それ以降、物すごく活発に議論をされてきたということなんですね。この点線の間に何があったかというと、東日本大震災です。一旦それでやっぱり議論がなかなか進められなかったということは思います。その点線以降、活発な議論になりましたが、当時の座長は辻副大臣で、副座長がこの津田当時の政務官。相当議論をされました。辻副大臣も、私は与党の議員でしたけれども、その都度相談に見えて進めました。
そこで、この最後にあります中間報告の取りまとめ、これ難病を持つ子供のことについてももう当然入っております、取りまとめがなされ、この後に再び政権交代を経て、そしてその一か月後の二十五年一月に難病対策の改革について提言というふうになったわけですね。そして、その提言の内容が、去年の十二月、難病対策の改革に向けた取組についてとなって、そして今回法制化ということなんです。
ですから、私は反対するつもりは毛頭ありませんが、余りに自公政権で四十年ぶりの大改革をやったと言われると、さっきも申しましたように、ちょっとそれは違うんじゃないかなという気がしていて、その点で今回改めてこれまでの経緯をずっとお示ししたわけです。
そこで、通告はしていませんが、こういう流れを見て、特に点線以降のこの活発な議論、この中にはワーキンググループをつくってそれぞれやったものも入っています、ここには明確には日付として載せていませんが。大臣、ちょっと申し訳ないんですが、この取組の評価、今まで七年近い空白を超えてやってきた、ここは取り組まなきゃいけない、そして法制化へ結び付けたと、ここのところの思いを是非ここで披瀝願いたいんです。この思いですね、この取組をずっとやってきて、このままじゃいけないということで取り組んできた、そして今回やっと法制化にこぎ着けてきたんだと、そこの思い、この難病対策、小慢も含めて、その対策、法制化、ここに至った思いをちょっと披瀝してほしいんですよ、今までの取組。──難しいですか。
やっぱり、繰り返します。長い空白があって、ここはある意味委員会すら開かれなかったんです、ずっと。これでは駄目だと。この国の難治性疾患、難病、小慢の方々を何とか助けてあげたい、その一助になればという思いで熱心な議論をやってきた。それが政権交代を経て今度は法制化になった。つまり、私が申し上げたいのは、これは全員でつくってきたんだと、ですからこれをしっかり法制化することが大事なんだという思いを述べてもらいたいんです。