赤嶺政賢の発言 (安全保障委員会)

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○赤嶺委員 きょうはちょっと時間が限られているので、いろいろな問題で議論をしていくゆとりはないんですが、ただ、佐藤・ニクソン会談、それから沖縄が返還されない限り日本の戦後は終わらない、これは私自身も歴史の生き証人として体験をしてきたところであります。そのときに、佐藤・ニクソン会談でも、沖縄には米軍が勝手に基地をつくった結果たくさんの基地があるんだ、返還後はそのたくさんの基地を解決していかなきゃいけないんだというようなものが佐藤・ニクソン会談の本筋であったと思います。基地を残すことが大事なんだと言わんばかりの大臣の答弁ではないと思います。
 普天間の問題ですが、先ほどの答弁にもありましたように、日米両政府が普天間基地の全面返還に合意したのが九六年四月の橋本・モンデール会談でありました。防衛大臣は、県民の強い要望を踏まえ、県内への代替施設建設を前提に全面返還で合意した、九九年には当時の知事、市長も受け入れを表明したと答弁されました。官房長官も同じような発言を行っています。私は、こういう発言が今出てくることに非常に驚いております。
 防衛省に伺いますが、橋本・モンデール会談の三カ月前、つまり九六年一月に、沖縄県が基地返還アクションプログラムをまとめています。それはどういう内容ですか。普天間基地はどのように位置づけられていたのか、説明していただけますか。

発言情報

speech_id: 118903815X00620150416_028

発言者: 赤嶺政賢

speaker_id: 6967

日付: 2015-04-16

院: 衆議院

会議名: 安全保障委員会