安全保障委員会

2015-04-16 衆議院 全145発言

⚠️ 発言のコピー・転載時は出典元URL(kokkai.ndl.go.jpおよびkokkai-data.com)を必ず残してください。改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

会議録情報#0
平成二十七年四月十六日(木曜日)
    午前九時開議
 出席委員
   委員長 北村 誠吾君
   理事 小野寺五典君 理事 門山 宏哲君
   理事 金子万寿夫君 理事 新藤 義孝君
   理事 武田 良太君 理事 大串 博志君
   理事 下地 幹郎君 理事 佐藤 茂樹君
      今津  寛君    江渡 聡徳君
      小田原 潔君    大西 宏幸君
      大野敬太郎君    木原 誠二君
      木原  稔君    笹川 博義君
      田畑 裕明君    中谷 真一君
      野中  厚君    浜田 靖一君
      原田 憲治君    武藤 貴也君
      小川 淳也君    玉木雄一郎君
      津村 啓介君    柿沢 未途君
      吉村 洋文君    伊佐 進一君
      赤嶺 政賢君    照屋 寛徳君
    …………………………………
   防衛大臣         中谷  元君
   厚生労働大臣政務官    橋本  岳君
   国土交通大臣政務官    青木 一彦君
   防衛大臣政務官      原田 憲治君
   政府参考人
   (外務省大臣官房参事官) 鈴木 秀生君
   政府参考人
   (国土交通省航空局長)  田村明比古君
   政府参考人
   (国土交通省航空局交通管制部長)         石崎 仁志君
   政府参考人
   (防衛省大臣官房審議官) 辰己 昌良君
   政府参考人
   (防衛省防衛政策局長)  黒江 哲郎君
   政府参考人
   (防衛省経理装備局長)  三村  亨君
   政府参考人
   (防衛省地方協力局長)  中島 明彦君
   安全保障委員会専門員   齋藤久爾之君
    —————————————
委員の異動
四月十六日
 辞任         補欠選任
  中谷 真一君     田畑 裕明君
同日
 辞任         補欠選任
  田畑 裕明君     中谷 真一君
    —————————————
本日の会議に付した案件
 政府参考人出頭要求に関する件
 国の安全保障に関する件(沖縄基地問題等)
     ————◇—————
この発言だけを見る →
北村誠吾#1
○北村委員長 これより会議を開きます。
 国の安全保障に関する件、特に沖縄基地問題等について調査を進めます。
 この際、お諮りいたします。
 本件調査のため、本日、政府参考人として外務省大臣官房参事官鈴木秀生君、国土交通省航空局長田村明比古君、国土交通省航空局交通管制部長石崎仁志君、防衛省大臣官房審議官辰己昌良君、防衛省防衛政策局長黒江哲郎君、防衛省経理装備局長三村亨君、防衛省地方協力局長中島明彦君の出席を求め、説明を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →
北村誠吾#2
○北村委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。
    —————————————
この発言だけを見る →
北村誠吾#3
○北村委員長 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。小田原潔君。
この発言だけを見る →
小田原潔#4
○小田原委員 自由民主党の小田原潔であります。
 本日は、安全保障委員会で初の質問をさせていただく機会をいただき、まことにありがとうございます。
 私ごとながら、大きな御縁を感じざるを得ません。私が政治家を志したのは八歳のときでありました。私の父親は、中谷大臣と同様、陸上自衛官でありました。幼いころから、いざというとき父親が危険な任務につく可能性があるということを、覚悟を持って育ちました。子供心に、本当に命をかける意義のある任務についてほしい、それなら家族も納得できるという思いがございました。
 八歳になる一週間前、昭和四十七年の五月の十五日でありました、沖縄が日本に返ってまいりました。大変感動いたしました。一発の銃弾も発射せず、一滴の血液も流さず、一度戦争で失った領土が返ってきた。政治と外交の力はすごいとつくづく思いました。
 志を得てから、三年前に初当選をさせていただき、スタートラインに立たせていただくまで四十年がかかりましたが、これも天命でありましょう。
 では、質問をさせていただきます。
 その沖縄が、核抜き本土並みの日米安全保障条約の適用を前提に返還をされました。以来、国・県民の皆様の御理解のもと、我が国の安全保障の枠組みが成り立っているということを、委員の一人として常に肝に銘じなければならないと思っております。
 一方で、我が国の安全保障環境が厳しさを増していることは私たちの共通の認識でありましょう。対処すべき正面を見ても、北方、朝鮮半島、南西諸島、シーレーン、海中、空中に加え、宇宙、サイバー空間と、増加の一途であります。
 そこで、お伺いをいたします。
 経済的にも軍事的にも台頭する中華人民共和国が世界秩序にどういう影響を与えていくのか、またどのように折り合いをつけていくのかというのは、我が国のみならず世界各国の共通の課題になりつつあります。一方的に防空識別圏を我が国の領土上空に設定すると宣言したり、戦闘機が異常接近したりした事案は記憶に新しいところであります。
 中華人民共和国の中華人民解放軍の近代化計画にあるとされる、いわゆる第一列島線には沖縄県が入っています。この第一列島線と言われるもの、なかんずく沖縄県の、我が国とアジア太平洋地域の安全保障における意義、そして、この地域で日米安全保障条約が果たす役割と効果について、大臣の御見識をお聞かせください。
この発言だけを見る →
中谷元#5
○中谷国務大臣 小田原委員から安全保障委員会において最初の御質問をいただきましたので、お答えをさせていただきます。
 この第一列島線につきましては、中国の軍事戦略上の概念といたしまして、南西諸島などが含まれている旨、米国が指摘しているところと承知しておりますが、中国政府からこの具体的な内容を発表したことがなくて、確たることを申し上げるのは困難であります。
 その上で、沖縄県を含む南西諸島は、全長が約千二百キロに及ぶ、多数の島々で構成され、海洋国家たる我が国とアジア、中東諸国を結ぶシーレーンに近接をしており、海上輸送上の要路となっております。沖縄は、その南西諸島のほぼ中央に位置し、ユーラシア大陸と太平洋のアクセス上大変重要な戦略的位置にあります。また、東アジアの各地域に対して距離的に近い位置にあると同時に、我が国の周辺諸国との間に一定の距離を置いているという地理上の利点を有しております。
 他方、これらの周辺国から見ると、沖縄は、大陸から太平洋へアクセスするにせよ、太平洋から大陸へのアクセスを拒否するにせよ、戦略的に重要な目標となります。
 こういう特性を有する沖縄には自衛隊や在日米軍が駐留しておりますが、こうした戦略的要衝にある沖縄を守るという国防上の重要な役割を担っております。これによって抑止力が高まり、我が国の安全のみならず、アジア太平洋地域の平和と安定に大きく寄与していると認識をいたしております。
この発言だけを見る →
小田原潔#6
○小田原委員 ありがとうございます。
 我が国の安全保障が地域の皆さんの御理解のもとに成り立っているという事情は、沖縄県に限ったことではないと思います。
 私の地元にも横田基地がございます。選挙区では、昭島・横田友好クラブという団体が組成されて久しいです。米軍基地の関係者の皆さんとは良好な関係を築いています。もともと多摩陸軍飛行場があった場所でもありまして、今でも根強く軍民共用化の要望などをいただくところであります。しかしながら、首都圏において管制権が我が国の手から離れている空域があって、民間機が多摩地域を離発着できないという認識をされている方も少なくありません。
 そこで、お伺いします。
 横田基地そして沖縄県周辺に、米軍が管制を行っていることにより排他的な空域になっているところはあるのでしょうか。
この発言だけを見る →
石崎仁志#7
○石崎政府参考人 まず、空域の点でございますが、着陸降下をいたします航空機と離陸上昇いたします航空機で混雑をする飛行場周辺におきましては、航空交通の安全を図るために、当該空域を飛行いたします航空機に対して飛行の指示等を実施する進入管制空域というものが全国三十一カ所に設けられております。横田基地周辺それから沖縄本島の周辺に設けられております進入管制空域はそのうちの一つでございまして、他の進入管制空域と同様に、航空機の飛行が禁止されているものではありません。また、飛行する航空機に対して必要に応じて指示が行われているというものでございます。
 なお、沖縄本島周辺の航空管制業務につきましては、平成二十二年三月から国土交通省において実施をいたしております。また、横田の進入管制空域は、日米地位協定に基づきます日米合同委員会の合意によりまして、米軍による管制の業務が認められているものでございます。
この発言だけを見る →
小田原潔#8
○小田原委員 ありがとうございます。
 それでは、横田基地が仮に存在しなければ、民間機が今より合理的な航路をとれるということはあるのでしょうか。
この発言だけを見る →
石崎仁志#9
○石崎政府参考人 お尋ねの飛行経路でございますけれども、飛行経路の設定に当たりましては、航空交通の安全の確保を前提といたしまして、陸域への騒音の影響などの環境面の課題でありますとか、出発や到着の経路の分離によります円滑な交通流の確保といった要素を総合的に勘案する必要がございます。
 そのため、横田基地は一つの考慮要素ではございますけれども、それが存在しなくなったというだけで、必ずしも合理的な経路が設定できるわけではないということでございます。
この発言だけを見る →
小田原潔#10
○小田原委員 ありがとうございます。
 御理解を賜る沖縄県の県民の皆様が安全に暮らす中で我が国とアジア太平洋地域の安全が守られねばならないと思います。
 さて、これから安全保障法制の議論が国会で本格的に始まることと期待をしております。
 そこで、法制化に当たっては、切れ目のない安全保障法制を目指すためにも、行動の現場において、自衛官が、これはできるのでやってもいいという項目を挙げる限定列挙に、任務遂行の行為が入るのか入らないのか迷うようなことがないように、また、世界各国共通で権利行使できるという前提であればこれだけはやってはいけないというネガティブリストにするべきだという専門家、これは、今まで政府が助言を求めてきた方々を含め、御意見を多く聞きます。敵対し得る相手が何でもありの攻撃をしかけてくることを前提に行動する隊員が、任務遂行に必要な判断をしたことについて、後々罪に問われる、例えば、極端な話、殺人罪に問われるなどということのないようにつくり上げるべきだというふうに思いますが、大臣の基本的な御認識をお聞かせください。
この発言だけを見る →
中谷元#11
○中谷国務大臣 防衛法制におきましては、現在のようなポジティブリストではなくてネガティブリストにすべきだという御意見があるということは承知をいたしております。
 現在の自衛隊法における自衛隊の行動権限の規定のあり方につきましては、安全保障環境の変化に応じて適時改正が行われておりまして、自衛隊発足後約六十年になるわけでありますが、国会における議論の積み重ね等を経てきたものであると認識をいたしております。
 その上で、現場を預かる防衛大臣としての立場から申し上げれば、法律上、自衛隊に求められる任務と、そのために必要な権限が与えられるということは当然であります。また、自衛隊が現実に起こり得るあらゆる事態に迅速にかつ的確に対応するためには、部隊行動基準の策定を含め、何ができるのかだけではなくて、何ができないかをあらかじめ明確に議論していくことが重要であると認識をしておりまして、現在法律作成の作業を進めておりますけれども、現場において隊員が判断に迷うことなく、国民から負託された役割をしっかり果たすことができるよう必要な措置を講じることは政治の責務であると考えて作業を進めてまいりたいと思っております。
この発言だけを見る →
小田原潔#12
○小田原委員 ありがとうございます。
 国民の生命と財産を守る安全保障の仕事に失敗は許されません。
 さらに、私ごとながら、また本人の許可を得ずにお話をいたしますと、先ほど申した私の父は、終戦のころに十歳、満州から命からがら引き揚げてまいりました。その途中二人の妹を亡くし、一人は満州の大地に眠ったまま、今はどこにいるかはわかりません。もう一人は、あともう少しで船が日本に到着するというときに一歳半の命を失い、水葬に付されました。当時、祖父はシベリアに抑留をされておりました。そのとき、父が、一緒に逃げて帰る、頭を丸刈りにした女性に言われたことは、昭ちゃん、あんたが大人になったら絶対に戦争に巻き込まれてはいけない、しかし、もし万が一巻き込まれたら絶対に負けてはいけないと言われたと聞いています。
 この思いを、世代がかわっても強く心に焼きつけて、平和な我が国が安全に発展していくことを祈り、またその仕事に全力を傾けることをお誓い申し上げまして、私、小田原潔からの質問を終わります。
 ありがとうございました。
この発言だけを見る →
北村誠吾#13
○北村委員長 次に、伊佐進一君。
この発言だけを見る →
伊佐進一#14
○伊佐委員 おはようございます。公明党の伊佐進一です。
 本日も質問の機会をいただきまして、ありがとうございます。早速質問に入らせていただきます。
 過日、アメリカのカーター国防長官が来日をされまして、日本で安倍総理と、また菅官房長官と会談をされ、そして、外務大臣また中谷防衛大臣、両大臣と会談をされた。中谷大臣との会談、私が伺っているのは、当初四十五分という予定だったのが、いろいろな内容の議論、たくさんのイシューがあって、八十分ぐらいの議論をされた、非常に有意義な、内容の濃い議論だったというふうに伺っております。
 カーター国防長官がいらっしゃって、総理初め、両大臣初めいろいろ議論した中で、共通して話題に上がっていたのはガイドライン、日米ガイドラインです。本日は、この日米ガイドラインについて質問させていただきたいと思います。
 昨年の十二月に2プラス2の共同発表がありまして、そこでスケジュールが新たに示された。つまり、本年の前半にこのガイドラインの見直しを行っていくということが示されたわけです。
 一方で、今まさしく議論しております、与党間で議論が進められております安保法制、この安保法制のスケジュール感でいきますと、よく報道されておりますのは、まとまれば連休明けに国会に提出されるんじゃないか。また、今報道では、国会が延長される。そうすると、めど感、めどとしては七月とか八月というような状況じゃないかと思います。
 こういう中で、日米のガイドラインと、今議論をしている安保法制との関係がどうなのか、これは多々国会でも質問になっていると思います。大臣あるいは総理の答弁の中にも、ガイドラインと安保法制というのは整合性をしっかりと確保することが重要だとか、あるいは、両者を整合させて進めていくというような答弁をしていただいておりますが、当然そうあるべきなんだと思います。
 でも、ガイドラインというのは相手がある話です。その上でまた、安保法制とガイドラインは時間差ももしかしたら出てくるかもしれないというような状況の中で、もし万一、この国会でこれから議論されるであろう安保法制とガイドラインの中身が食い違った場合、矛盾がある場合、どういう扱いになりますでしょうか。
この発言だけを見る →
中谷元#15
○中谷国務大臣 先日行われましたカーター長官との議論、お互いの認識を述べ合って、大変意義があるものでございました。
 その中で、昨年十二月の2プラス2の共同発表において、ガイドラインの見直しと安保法制の整備との整合性、これを確保することの重要性を再確認した上で、安保法制の整備の進展を踏まえながら、本年前半における見直し完了に向けてさらに議論を深めるということにいたしたものでございます。
 ガイドラインというのは、日米防衛協力に関する一般的な大枠及び政策的な方向性を示す文書でございます。現在、このガイドラインの見直しと安保法制の整備の整合性を確保しながらガイドラインの見直し作業を進めているところでございまして、このガイドラインや、そのもとで行われる取り組みというのは、日米おのおのの具体的な政策や措置に適切な形で反映することが期待されるものでありますが、自国の憲法及び法令に従うのは当然でございまして、しっかりと整合性が保たれるように進めてまいりたいと思っております。
この発言だけを見る →
伊佐進一#16
○伊佐委員 ありがとうございます。
 今、大事なキーワードを言っていただいたと思うんです。つまり、今回の中間報告にも書かれておりますが、おのおのの憲法及び国内法令に従って行われる。つまり、国内法令を超えたガイドラインというのは当然ないわけです。法令の根拠がなければ、そもそもガイドラインで何を書こうが自衛隊は動けないわけですから。
 また、もう一方で、これは中間報告にも書かれています、前回のガイドラインにも書かれていますが、このガイドラインというのは、そもそも、いずれの政府にも、立法上、予算上または行政上の措置をとることを義務づけず、また、法的権利または義務を生じさせないということだと認識しています。
 つまり、ガイドラインと安保法制、どっちが上なんだという話ではないと思うんですが、少なくとも、これから国会で議論される安保法制というのが最終的な自衛隊の活動の範囲を決めるんだということだ、つまり、安保法制に合致しないような形でガイドラインをつくったとしても、それは、言ってみれば、無効だということじゃないかと思います。そういうふうに、今回の大臣の答弁のように言っていただければ誤解も少ないんじゃないかと思っております。
 では、このガイドラインの射程が、果たしてその協力の範囲がどこまで及ぶかという議論ですが、これまでガイドラインの範囲というのは、改定をされるたびに拡大してきた。当然、それは日米協力が、そもそものボリュームがどんどん拡大しているからにほかならないわけですが。
 一番最初の一九七八年のガイドラインというのは、あくまで日本有事というものを想定していた。領域外の米軍に対して支援をできるかどうか、ここは結局壁を越えなかったというふうに認識しています。
 九七年のガイドラインになって、つまり現行のガイドラインですが、最大の特徴というのは周辺事態、ここまで拡大した。三本柱となっていますが、一つは平素、もう一つは日本に対する武力攻撃事態、三つ目が周辺事態。このガイドラインの後、周辺事態法というのが制定されていくわけです。
 では、今回、ガイドラインの射程というのはどこまで広がるのか。現在、積極的平和主義というものを掲げて外交、安全保障政策に取り組んでいるわけですけれども、どこまで広がるんでしょうか。
この発言だけを見る →
原田憲治#17
○原田大臣政務官 お答えをさせていただきます。
 日米防衛協力のための指針、いわゆるガイドラインにつきましては、委員お示しのように、前回、一九九七年の見直しから既にもう十七年以上が経過をしておりまして、その間に、我が国周辺の安全保障環境が一層厳しさを増してきております。そのほか、グローバルな安全保障環境においても、海賊や国際テロ等に加え、サイバーや宇宙空間といった新たな領域での課題への対応が求められておるところでもございます。さらに、海賊対処活動、PKO、国際緊急援助活動のように、自衛隊の活動もグローバルな規模に拡大をしてきております。
 今般のガイドラインの見直しにおいては、これらの安全保障環境の変化や、自衛隊の活動また任務の拡大、さらには昨年七月の安全保障法制の整備に関する閣議決定の内容を適切に反映させることにより、日米同盟の抑止力、対処力を一層強化し、また日米両国が国際社会の平和と安全により広く寄与できるようにしたいと考えております。
 見直し後のガイドラインのもとでは、平時から緊急事態まで、日本の安全が損なわれることを防ぐための切れ目のない対応における日米協力を進めることに加えて、地域やグローバルの平和と安定のための協力や、宇宙、サイバーといった新たな戦略的領域における協力など、幅広い分野での日米協力を推進し、自衛隊と米軍の一層の連携強化を図っていく考えでございます。
この発言だけを見る →
伊佐進一#18
○伊佐委員 ありがとうございます。
 今までのガイドライン、現行のガイドラインと比べて、かなりいろいろな、縦にも横にも広がっていく。具体的に示していただいたサイバー、宇宙空間という戦略的な領域というものももちろんありますし、おっしゃっていただいた、平時から切れ目ないという観点からいきますと、恐らく、周辺事態になる前の、例えばグレーゾーンとかそういうものも入ってくるんじゃないか。あるいは、日本の安全だけではなくて、地域及びグローバルな平和と安全というものも入ってくる。
 こうして、かなり多角的な協力が日米ガイドラインでは書かれることになるわけですが、では、このガイドライン、これだけ射程が広がっていく中で、中核的な要素というのは一体どこにあるんだろうという議論があります。
 そもそも、日米同盟、安保条約に書かれているものというのは、日本に対する武力攻撃あるいは在日米軍への攻撃に対して共通の危機として対処しよう、ここが日米安保条約の世界の中核であることは疑う余地がないわけです。当然、だから、それを反映して現行のガイドラインがどう書かれているかといいますと、第四章のところで、「日本に対する武力攻撃に際しての対処行動等」というところでは、「日本に対する武力攻撃に際しての共同対処行動等は、引き続き日米防衛協力の中核的要素である。」というふうに明示をされているわけです。
 ところが、これまで日本に対する攻撃にどう対処するかというのが中核的要素ではありましたが、今回の中間報告を見ておりますと、この文言がなくなっている。つまり、メニューがどんどんここまで広がってはいるんですが、その中で中核的な要素というのは一体どこなんだという議論があります。
 そこで、お伺いしたいのは、今回のガイドラインで、中核的要素というのは、あくまでやはり日本への武力攻撃というのが中核的要素なんだという同じ認識でよいのかどうか、また、それを明記するのかどうかについて伺います。
この発言だけを見る →
黒江哲郎#19
○黒江政府参考人 ガイドラインの中での日本に対する武力攻撃に対する対処行動、位置づけという御質問でございます。
 現在行っておりますガイドラインの見直しの作業、これを指示しました二〇一三年の2プラス2の共同発表、これは十月でございますけれども、この中で、ガイドラインの見直しの目的といたしまして、「日米防衛協力の中核的要素として、日本に対する武力攻撃に対処するための同盟の能力を確保すること。」ということが明記をされておるということでございますので、我々が現在進めております見直し作業におきましても、当然、この目的に沿って作業をしておるということでございます。
 なお、最終的な報告の内容につきましては、現在精査をしておるところでございますので、今のところまだお示しできないというのはぜひ御理解をいただきたいと思います。
この発言だけを見る →
伊佐進一#20
○伊佐委員 ありがとうございます。
 具体的にどう書くかというのはまさしくこれからだということですが、少なくとも、日本に対する武力攻撃への共同対処というものが中核的要素なんだという、この意味合いは変わらないという答弁だったと思っております。
 詳細には、ではガイドラインがどういう形になるんだというのは今なかなか明らかにできないわけですが、一点だけちょっと確認したいところがあります。
 それは、現行のガイドラインにおきます調整メカニズム、日米が共同でオペレーションが始まったときに関係機関間の調整をどうやって行っていくか、具体的に書かれていますのは、周辺事態あるいは武力攻撃事態の際に日米間の調整メカニズムというのが立ち上がって、その調整メカニズムのもとでいろいろな、さまざまな意思決定、意思疎通というのが行われるということです。
 先般、四年前、東日本大震災の際に、アメリカと協力したあのトモダチ作戦というのがありました。私が伺っていますのは、このトモダチ作戦のときに、自衛隊とアメリカが協力をしようとしたときに、この調整メカニズムというのがガイドライン上に書かれていなかったので、つまり、周辺事態と、あるいは武力攻撃事態のときしか立ち上がらない、そのときしか明記されていないので、なかなか調整するのが大変だった、苦労したということを伺っております。
 そういった意味でも、今回のガイドラインでは、こうやってこれだけ射程が広がっていくわけですから、当然、調整メカニズムの機能というものもより幅広に対応できるような形にすべきじゃないかと思いますが、いかがでしょうか。
この発言だけを見る →
黒江哲郎#21
○黒江政府参考人 調整メカニズムに関しまして、現行のガイドラインにおいての位置づけといったものは武力攻撃事態あるいは周辺事態に際してということに限定をされておる、あるいは、トモダチ作戦の中でさまざまな過程があったということは、先生御指摘のとおりでございます。
 その上で、昨年十月、我々が出しました、ガイドラインの見直しに関する中間報告の中では、まず、「日本の平和と安全に影響を及ぼす状況、地域の及びグローバルな安定を脅かす状況、又は同盟の対応を必要とする可能性があるその他の状況に対処するため、」「切れ目のない、実効的な政府全体にわたる同盟内の調整を確保する。」また、このため、「同盟内の調整の枠組みを改善し、適時の情報共有並びに政策面及び運用面の調整を可能とする。」、そういう記述をしておるところでございます。
 現在も、我々、中間報告で示されましたこの基本的な方向性を踏まえまして、現行の調整メカニズムの枠組みといったものをどう改善していくのがいいのか、そこについて精力的に議論をしておる、そういう状況でございます。
この発言だけを見る →
伊佐進一#22
○伊佐委員 ありがとうございました。
 改善というものが確かに書かれている、その中身というのは、恐らくこうした拡大していくというところもあるだろう。
 時間になりましたので、最後、質問じゃなくて提案だけさせていただきたいと思いますが、今回、国防長官との間で大臣が話された中で、一つ大きな合意事項がありました。
 何かといいますと、宇宙とサイバーでの協力、特に宇宙に対して、宇宙の分野でしっかりと協力をしていく、どういう協力ができるかというのはまず話し合う、検討するようなワーキンググループをつくりましょうということになりました。サイバーはもともと日米でやっていますが、宇宙ではやっとこれができた。これからいよいよ、どういう協力をしていくかということが始まっていくわけですが、残念ながら、今日本の防衛省の中の宇宙の担当というのは、私が伺ったところ、わずか四人だと聞いています。このままじゃなかなかアメリカとの協力も進まないんじゃないかと思いますので、しっかりとした体制整備を最後お願い申し上げまして、私の質問を終わります。
 ありがとうございました。
この発言だけを見る →
北村誠吾#23
○北村委員長 次に、赤嶺政賢君。
この発言だけを見る →
赤嶺政賢#24
○赤嶺委員 日本共産党の赤嶺政賢です。
 きょうは、米軍普天間基地問題について質問をいたします。
 四月五日、菅官房長官が沖縄県の翁長知事と会談をいたしました。
 まず、防衛大臣に、普天間基地問題の原点とは何かという基本認識の問題について伺いますが、菅官房長官は、会談の場で、最重要というのは普天間飛行場の危険除去と発言をいたしました。それに対して翁長知事は、今日まで沖縄県民がみずから基地は提供したことはない、普天間飛行場も、それ以外の取り沙汰される飛行場、基地も、沖縄県民が収容所に入れられて、あるいは銃剣とブルドーザーで基地に変わった、私たちの思いとは全く別に全て強制収用された、このように発言して、基地の形成過程そのものに問題の大もとがあるという認識を示しました。
 防衛大臣はどういう認識ですか。
この発言だけを見る →
中谷元#25
○中谷国務大臣 沖縄の問題等につきましては、沖縄返還も含めまして長い長い経緯があるものと認識をいたしております。
 この普天間問題というのは、普天間の返還をめぐりまして沖縄県と地元が協議をいたしておりますが、私の認識といたしましては、この普天間の危険性の除去は、十九年前の平成八年四月十二日、橋本総理とモンデール大使との会談で普天間飛行場の全面返還に合意をしたということが発表され、当時の沖縄県知事や名護市長の御理解も得て、移設先を辺野古沖として、その後さまざまな検討を経て、政府としてキャンプ・シュワブへの移設が唯一の解決策であるという結論に至っております。
 この間、沖縄県と政府とも話し合いをいたしまして、過去の歴史等も伺っているわけでございますが、この平成八年の普天間全面返還の日米合意の後、十二月に、SACO、これを合意いたしまして、平成十一年の十月には、沖縄県議会でも、「SACOの合意に基づき、普天間飛行場の県内移設を早期に実現するよう強く要請する。」という旨の決議がありました。この後の十一月には、当時の稲嶺知事が移設候補地を辺野古沿岸域に決定をした旨の表明があり、地元の名護市の岸本市長さんも受け入れを表明して、閣議決定を行いました。
 このような経緯を振り返るときに、普天間から辺野古への移設については、十六年前に、当時の沖縄県知事と名護市長の受け入れをいただいて、国と沖縄県と名護市、これが協議をして協力をした歴史があるというふうに認識をいたしております。
この発言だけを見る →
赤嶺政賢#26
○赤嶺委員 それでは、その十六年間の経過について振り返って、問題点を整理してみたいと思います。
 官房長官との会談で、翁長知事はこう述べています。みずから奪っておいて、県民に大変な苦しみを今日まで与えて、今や世界一危険だから大変だという話になって、その危険性の除去のために沖縄が負担しろ、おまえたちは代替案は持っているのか、日本の安全保障はどう考えているんだ、沖縄県のことも考えているのかと、こういう話がされること自体が日本の国の政治の堕落ではないか、こういう厳しい指摘を行っています。
 沖縄の米軍基地は、苛烈な沖縄戦と、それに引き続く米軍占領のもとで、住民の土地を強制的に奪って構築したものであります。占領下における略奪や私有財産の没収を禁止したハーグ陸戦法規に違反するものです。国際法に違反して、県民の土地を奪ってつくられた基地の返還を進める、それが普天間基地問題の原点だと思いますが、そういう認識はないですか。
この発言だけを見る →
中谷元#27
○中谷国務大臣 この問題は、我が国の安全保障の問題もありますし、沖縄の基地の負担軽減という問題もありますが、原点はやはり、沖縄が本土に復帰をする際の日米間のやりとりにもありましたが、昭和四十七年、一九七二年の佐藤総理とニクソン・アメリカ大統領の共同発表、これによって沖縄返還が五月十五日に決定をし、佐藤総理から、在沖の米軍施設・区域、特に人口密集地域や沖縄の産業開発と密接な関係にある地域にある施設・区域が復帰後できる限り整理縮小されることが必要と述べられ、また、ニクソン大統領が、日米安保条約の目的に沿った、日米双方が受諾し得る施設・区域の調整を行うに当たってこれらの要素は十分に考慮に入れられるものである旨答えをいたしております。
 四十年の八月、佐藤総理が沖縄を訪問した際に、沖縄の祖国復帰が実現しない限り我が国にとって戦後は終わっていないということを述べて、この復帰に臨まれまして、そのときに佐藤総理が、安全保障上の要請を踏まえつつ現実的な解決策を生み出していく努力をする必要がある、また、沖縄にある米軍基地が現状において我が国の安全に果たしている役割と極東の安全保障に果たしている役割、これを認識して、国際情勢の推移を見守りつつ、国民の納得のいく解決を図る必要があると考えを持たれていたと承知をいたしております。
 佐藤総理には、沖縄返還に向けて懸命に取り組む中で、当時の情勢において、沖縄にある米軍が重要な役割を果たしている、こういう日米共通の認識がありまして、こういった結果、返還が実現をいたしておりますが、こういったことで、政府と沖縄県とはその後話し合いが続いているというふうに思っております。
この発言だけを見る →
赤嶺政賢#28
○赤嶺委員 きょうはちょっと時間が限られているので、いろいろな問題で議論をしていくゆとりはないんですが、ただ、佐藤・ニクソン会談、それから沖縄が返還されない限り日本の戦後は終わらない、これは私自身も歴史の生き証人として体験をしてきたところであります。そのときに、佐藤・ニクソン会談でも、沖縄には米軍が勝手に基地をつくった結果たくさんの基地があるんだ、返還後はそのたくさんの基地を解決していかなきゃいけないんだというようなものが佐藤・ニクソン会談の本筋であったと思います。基地を残すことが大事なんだと言わんばかりの大臣の答弁ではないと思います。
 普天間の問題ですが、先ほどの答弁にもありましたように、日米両政府が普天間基地の全面返還に合意したのが九六年四月の橋本・モンデール会談でありました。防衛大臣は、県民の強い要望を踏まえ、県内への代替施設建設を前提に全面返還で合意した、九九年には当時の知事、市長も受け入れを表明したと答弁されました。官房長官も同じような発言を行っています。私は、こういう発言が今出てくることに非常に驚いております。
 防衛省に伺いますが、橋本・モンデール会談の三カ月前、つまり九六年一月に、沖縄県が基地返還アクションプログラムをまとめています。それはどういう内容ですか。普天間基地はどのように位置づけられていたのか、説明していただけますか。
この発言だけを見る →
中島明彦#29
○中島政府参考人 お答え申し上げます。
 今委員御指摘の、平成八年一月、沖縄県が公表されました基地返還アクションプログラムにつきましては、沖縄県に当時所在しておりました全ての米軍基地、これは計四十施設でございますけれども、この返還を、第一期から第三期の三段階に区分いたしまして、平成二十七年までに計画的かつ段階的に全部返還することを求めた、当時の大田県政の考え方をまとめられたものと承知しております。
 普天間の飛行場の取り扱いでございますけれども、具体的には、当時の、二十一世紀に向けた沖縄のグランドデザイン実現に向けて策定されました国際都市形成構想との関連、それから返還要望の状況などを総合的に勘案いたしまして、三期のうち第一期の十施設の中に含まれていたものというふうに考えております。
この発言だけを見る →
← 戻る