宮川典子の発言 (法務委員会)

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○宮川委員 ありがとうございます。
 確かに、被害少年も、また加害少年も、それぞれ未来のある存在と捉えれば、この六十一条の意義はあると思っております。
 ただ、私はどうしても、少年犯罪を見るときに、不条理を感じて仕方がないんです。例えば今回の川崎の問題においては、被害少年はたくさんのSOSを出していたのにもかかわらず、多くの大人がそれを見逃して、彼は命を失うことになりました。しかし、加害少年はこれから、三人おりますけれども、実は、多くの大人の目に守られて教育更生の道を歩んでいくんだと思います。学校の先生、警察、そして保護観察の場所、少年院に行けば少年院の観察官、保護司、親、いろいろな方たちが、この子を何とか更生させて社会に送り出さなければいけないということで、被害少年はああやって寂しい思いをして亡くなっていったのにもかかわらず、被害を与えた子供たちはプライバシーまで守られて社会に出ていくということに関しては、私自身、どうしても不条理を感じずにはいられません。
 特に今回の川崎の事件におきましては、被害少年はもとより、その子の日常の活動、そして、母子家庭であること、家族構成、被害少年の母親の現在の状況、また、葬儀でどんなことが起きたとか、そんなことがインターネットや新聞紙上、また雑誌の中で書かれるということに関して、二重三重の苦しみ、また、被害少年にとってみれば恥をかかされるという思いもあると思います。子供たちは黙って親をかばいながら生きているという側面もあるのにもかかわらず、自分が死した後に自分の家庭の問題を大きく取り上げられるというのは、彼にとっては二回目の社会的な死ではないかなというふうに私は思っております。
 今回はどうしても、被害少年と加害少年たちとのプライバシーの保護の不平等性を感じずにはいられない。そして、その根底には、この少年法の第六十一条というものが流れているのではないかなというふうに私自身は思っております。
 まず一番守られるべきは被害者のプライバシーでありますし、死した後、また被害を受けた後の尊厳だというふうに私自身は思っておりますけれども、まずは、被害者のプライバシーの方が暴かれやすい現状に対してどんな取り組みをしているのか、ぜひここでお答えをいただきたいと思います。内閣府、お願いします。

発言情報

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発言者: 宮川典子

speaker_id: 11838

日付: 2015-04-07

院: 衆議院

会議名: 法務委員会