椎橋隆幸の発言 (法務委員会)

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○椎橋参考人 ただいま御紹介いただきました中央大学の椎橋でございます。本日は、このような場でお話しする機会を賜りまして、大変光栄に存じております。
 私は、刑事訴訟法の研究をしておりまして、今回の法律案につきましては、法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会の委員としてかかわりました。本日は、本法律案に賛成の立場から、本法律案に盛り込まれている取り調べの録音、録画制度を中心に意見を申し上げさせていただきたいと思います。
 以下、基本的に、配付させていただきました簡単なレジュメに沿って話を進めさせていただきます。
 御案内のとおり、平成二十三年五月、検察の在り方検討会議の提言を受けて、当時の江田法務大臣から法制審議会に対して諮問九十二号が発せられました。その内容は以下のとおりであります。つまり、「近年の刑事手続をめぐる諸事情に鑑み、時代に即した新たな刑事司法制度を構築するため、取調べ及び供述調書に過度に依存した捜査・公判の在り方の見直しや、被疑者の取調べ状況を録音・録画の方法により記録する制度の導入など、刑事の実体法及び手続法の整備の在り方について、御意見を承りたい。」こういうものでございました。そして、その審議のために特別部会が設置されたわけであります。
 これは、審議の対象が国民の生活にも影響する刑事司法全体のあり方に及ぶものであったために、特別部会では、刑事司法の専門家だけでなく、一般の有識者もさまざまな立場から委員に加わり、幅広い観点から活発な議論が行われました。
 各委員の立場やその見解も多様でありましたが、三年余りの審議を重ね、最終的には全会一致で答申案をまとめることができました。これは、それぞれの委員が、立場の違いを乗り越えて、我が国の刑事司法を前進させていこうという強い思いを持って、真摯な姿勢で粘り強く審議に臨んだからであり、非常に画期的なことであるというふうに思っております。
 それでは、本題に入りまして、まず、取り調べの録音、録画制度の導入の意義について申し上げます。
 取り調べの録音、録画制度は、本法律案に盛り込まれている制度の中でも最も大きな柱であり、ただいま申し上げました特別部会の審議においても、一番多くの時間を費やして検討が行われたわけであります。
 被疑者の取り調べを録音、録画しておけば、事後に自白の任意性に争いが生じた場合に、取り調べの違法、不当を客観的に判断するということができ、取り調べ状況をめぐる水かけ論というものは解消されます。また、取り調べ時点においても、心理的抑制が働くために、取り調べの適正が確保されるということになります。
 従来、我が国の刑事司法につきましては、事案の細部に至るまで徹底的な解明に努めるということを特徴として、それが精密司法という名で呼ばれてきました。その中で、取り調べは、諸外国に比して他の証拠収集手段が限られているということもありまして、最も中心的な捜査手法として重要な役割を果たしてきたわけであります。
 このような我が国の刑事司法は、事案の真相解明を求める国民の支持を受け、良好な治安の維持に大きく貢献してきた面がある一方で、誤った事件の構図に基づき、裏づけを怠った取り調べがなされた結果、虚偽の自白が採取され、誤判が生じたという事案が生じております。取り調べや、その結果として作成される供述調書に過度に依存している現在の刑事司法が制度疲労を起こしているということは、否定しがたいのではないかというふうに考えられます。
 取り調べの録音、録画の導入は、取り調べや供述調書に焦点を当てた初めての法改正であり、捜査の適正化、公判審理の充実化に資するものであって、取り調べ及び供述調書への過度の依存からの脱却に向け、歴史的な意義を有するものであると考えております。
 次に、本法律案の取り調べの録音、録画制度が構想された経緯について、特別部会における議論に触れつつ御説明いたします。
 特別部会におきましては、録音、録画の有用性を生かすという観点からは、政策的にできる限り広い範囲で録音、録画が実施されるものとすることが望ましいという観点と、それから、録音、録画の実施によって取り調べや捜査の機能等に大きな支障が生ずることのないような制度設計を行う必要がある、こういう二つの観点を踏まえて、二つの案が出されました。
 一つは、一定の例外事由を定めつつ、原則として被疑者取り調べの全過程について録音、録画を義務づける案でございます。もう一つは、録音、録画の対象とする範囲は取り調べ官の一定の裁量に委ねるものとする案でございます。
 両案について検討が行われ、それぞれの枠組みを具体化しながらさまざまな議論が行われた結果、例外事由を適切に設定した上で、原則として被疑者取り調べの全過程について録音、録画を義務づけるという枠組みとされたわけでございます。
 その上で、この枠組みによって取り調べの録音、録画を義務づける対象事件については、例えば、裁判員制度対象事件に限定すべきという意見とか、それ以外の全ての身柄事件における検察官の取り調べも対象に含めるべきだという見解など、さまざまな意見が出されまして、幅広い観点から議論が行われた結果、制度の対象とならない事件についても検察等の運用による取り調べの録音、録画が行われることもあわせ考慮した上で、法律上の制度としては、録音、録画の必要性が最も高いと考えられる類型の事件である裁判員制度対象事件及び検察官独自捜査事件を対象とする、そして、制度の施行から一定期間経過後に必要な見直しを行う旨の規定を設けるというふうにされたところでございます。
 次に、幾つかの重要な論点について、私見を申し上げます。
 まず、本法律案の取り調べの録音、録画制度に対しては、対象事件の範囲が狭いのではないかという意見がございました。
 取り調べの録音、録画の有用性だけに着目すれば、確かに、広い範囲の事件で義務化をすべきことになろうというふうに思われます。しかし、取り調べの録音、録画には、被疑者の心理に影響を与え、十分な供述が得られなくなる場合があるという問題点もございます。
 犯罪が発生した場合には、犯人と証拠を発見、収集し、裁判の手続を経て、証拠によって認定された事実に刑罰法令を適用して事案を解決し、犯罪によって乱された社会の秩序それから安全を回復しなければなりません。個人の基本的人権を尊重しながらも、事案の真相を解明し、刑事事件を適正に処理、解決することが重要であることは言うまでもありません。
 取り調べの録音、録画制度は、我が国で初めて導入する制度であり、取り調べや捜査に影響を及ぼして真相解明を損なうことも懸念されるところからすると、やはり、早急に過ぎることなく慎重に対応し、必要性が最も高い類型の事件を義務化の対象とするというのは、十分に合理的な考え方であると思われます。現実には、自白の任意性が争われる事件は少なく、幅広い範囲の事件で一律の義務化をすることは、費用対効果の観点からの疑問もございます。
 また、検察は、運用による取り調べの録音、録画を相当に拡大する方針を明らかにしております。近時の公判実務においては、取り調べ状況の立証のためのベストエビデンス、最良証拠、これは取り調べの録音、録画記録であると考えられるようになってきておりまして、必要な録音、録画がされていない場合には、検察官はそのような最良証拠を公判に提出できず、大きな立証上のリスクを負うことになるため、運用による録音、録画は相当に幅広い範囲で行われることになると思います。
 さらに、裁判員制度対象事件、検察官独自捜査事件は、それぞれ、警察捜査、検察捜査のいわば顔とも言える重要な事件でございます。そのような事件で義務化をする意味は大きく、取り調べの手法や捜査官の意識の変化などを通じ、他の事件への波及効果も小さくないというふうに考えます。
 以上のような事情も含めて考えますと、法律で定める取り調べの録音、録画制度としては、裁判員制度対象事件及び検察官独自捜査事件を対象として導入し、その後、制度の運用をよく検証してみて、必要があれば見直しをするというのが、最も現実的で着実な方法であるというふうに考えます。特別部会においても、このような結論において意見の一致を見たところでございます。
 次に、取り調べの録音、録画の例外事由について、これを設けるべきではないという御意見や、捜査機関が例外事由を恣意的に運用するのではないかという御指摘もございました。
 取り調べによる供述の獲得を重視する余り、違法、不当な取り調べによって虚偽の自白を得るということは、決してあってはならないことです。しかしながら、取り調べ自体が否定されるべきものではなく、適正な手続に基づく取り調べは、引き続き、刑事訴訟法の目的である事案の真相の解明のために必要であるということを改めて確認しておきたいと思います。
 証拠収集における取り調べの比重を下げるとしても、犯罪事実やその背景を含めた事案の全容を客観証拠だけで解明するということは非現実的であり、取り調べはなお一定の重要な役割を担うことから、録音、録画義務の例外事由は、適正な取り調べによって事案の解明ができるようにするため、過不足なく定める必要があります。
 特別部会においては、例外事由についても、真に必要な例外が確保されるものとなっているか、不必要に広い例外を認めるものとなっていないかという両方の観点から詳細な検討が行われました。もとより、初めて導入する制度であり、実際の運用を注視していく必要はありますが、現時点で考えられる範囲で適切な例外事由が定められていると思っております。
 そして、例外事由の運用については、捜査機関が例外事由に当たると判断して録音、録画を実施しなかった場合に、公判で例外事由の存否が問題となったときは、裁判所による審査の対象となり、捜査機関側の責任で例外事由を的確に立証する必要があります。
 また、例外事由に該当する場合であっても、法的効果としては、取り調べの録音、録画義務が解除されるだけであり、検察官が自白の任意性の立証責任を果たさなければならないことに何ら変わりはありませんので、捜査機関としては、必要な録音、録画を実施しないということは、取り調べ状況の立証のための最良証拠をあえて放棄するということにほかなりません。
 したがいまして、この両方の面から見て、例外事由について捜査機関が恣意的に判断することはできない仕組みになっているものと考えております。
 以上、取り調べの録音、録画について私見を述べさせていただきました。
 この録音、録画制度が今回の改正案の大きな柱であることは間違いありませんが、そもそも今回の法案の大きな狙いは、捜査、公判が取り調べ及び供述調書に過度に依存しているという状況を改めるものだということでございますので、そういう観点から考えますと、取り調べの録音、録画制度の導入のみならず、捜査、公判のさまざまな点にわたる幅広い改正が必要になると考えられます。
 例えば、組織的な犯罪において背後の首謀者等を適切に処罰するためには、犯罪組織内部におけるやりとりを明らかにしなければなりません。そのためには、取り調べに頼らない捜査手法として、例えば、証拠収集等への協力及び訴追に関する合意制度、それから、客観的な証拠収集方法である通信傍受の合理化、効率化というものは、取り調べに頼る場面を減らすという観点から大きな意義を有するものだというふうに思います。
 同時に、捜査段階において無理な取り調べが行われないようにするという観点からは、被疑者国選弁護制度の拡充も重要でございます。さらには、公判審理の充実化を図るという観点からは、証拠開示制度の拡充とか犯罪被害者等、証人を保護するための措置なども同様に重要でございます。
 本法律案は、こうしたさまざまな改正項目が盛り込まれており、いずれもが、取り調べ及び供述調書に過度に依存しているという我が国の刑事司法の現状を改め、時代に即した新たな刑事司法制度を構築するという観点から極めて重要な意義を有するものでありまして、その実現は喫緊の課題であると考えます。
 この点を改めて申し上げまして、私の意見陳述を終わりたいと思います。
 どうも御清聴ありがとうございました。(拍手)

発言情報

speech_id: 118905206X02220150610_002

発言者: 椎橋隆幸

speaker_id: 10906

日付: 2015-06-10

院: 衆議院

会議名: 法務委員会