大澤裕の発言 (法務委員会)
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○大澤参考人 おはようございます。東京大学で刑事訴訟法を教えております大澤でございます。
裁判員法の改正案を御審議の際にもお呼びいただきました。引き続きお呼びいただきましたこと、光栄に存じております。本日もどうぞよろしくお願いいたします。
本日は、裁量保釈の判断に当たっての考慮事情の明確化と証拠開示制度の拡充、この二つがテーマだと伺っております。
裁判員法の改正案について参考人として参りました際、裁判員制度と刑事司法制度改革との関係について御質問をいただきました。
日本のこれまでの刑事裁判は、取り調べ及び供述調書に過度に依存する傾きがありました。しかし、一般国民から選ばれた裁判員に、供述調書等の書面を精読し、その内容の丹念な検討を求める、これは現実的ではありません。そこで、裁判員裁判においては、公判審理における証拠調べを、そこから直接心証をとることができるようなわかりやすいものに改める必要が生じ、あらかじめ明らかにされた争点に焦点を当て、証人の取り調べを中心とした簡明な証拠調べをする、そのような方向が追求されることとなりました。
今回の刑訴法等の改正案も、取り調べ及び供述調書に過度に依存した捜査、公判のあり方の見直し、これを基軸としておりますが、裁判員制度の導入は、公判のあり方を見直す先駆けとなり、今回の法改正を導く牽引力の役割を果たした、そのように考えております。
そして、本日のテーマであります保釈と証拠開示は、そのような裁判員制度の導入と密接な関係のもとに制度あるいは運用が展開をしてきた、そのような法分野であり、今回の法改正は、そのようなこれまでの蓄積を確認、定着させ、あるいはさらに一歩進める内容のものとして、基本的に適切なものであると考えております。
以下、各法改正について意見を述べさせていただきます。
まず、保釈制度についてでありますが、保釈は、裁判員制度の導入を一つの契機としましてその運用に一定の変化があらわれた、そのような法分野です。
いわゆる保釈率は、一九七〇年代の半ば以降、低下の一途をたどっておりましたが、裁判員法が制定される一年前、二〇〇三年の一二・六%を底として上昇に転じ、最近、二〇一三年の数字では二〇・六%となりました。保釈が許可される場合の保釈時期も第一回公判期日前の割合がふえ、また、裁判員裁判対象事件のような重大事件についても、保釈の積極的な運用が見られるようになっています。
このような変化の背景にありましたのは、裁判員制度の導入も踏まえ、保釈の運用を見直す実務の動きです。連日的開廷が行われる裁判員裁判では、被告人と弁護人がこれまでにも増して十分な意思疎通を図りつつ公判の準備をすることが求められ、そのためには、可能な限り保釈によって身柄拘束からの解放が認められるべきである、そのような考え方が実務に広がりますとともに、そのもとで、権利保釈の除外事由の一つとされ、同時に裁量保釈の判断にも重要な影響を及ぼしている罪証隠滅のおそれ、その解釈、運用について、これまで類型化、抽象化した判断に陥る傾向がなかったか、その点について反省を促す問題提起がなされ、どのような証拠を対象に一体どのような態様の罪証隠滅が考えられるのか、その客観的可能性、主観的可能性はどの程度か、具体的、実質的に判断する必要が再認識されるようになったと言われます。
さて、今回の法改正は、刑訴法九十条の裁量保釈の判断に当たっての考慮事情といたしまして、「保釈された場合に被告人が逃亡し又は罪証を隠滅するおそれの程度のほか、身体の拘束の継続により被告人が受ける健康上、経済上、社会生活上又は防御の準備上の不利益の程度その他の事情を考慮し、」との文言をつけ加えるものです。
もとを振り返りますと、今回の法律案の基礎となりました答申の取りまとめをした法制審議会の特別部会では、被疑者、被告人の身柄拘束のあり方につきましては、証拠収集手段の適正化という観点から、勾留と在宅の間の中間的な処分を設けることと、被疑者、被告人の身柄拘束に関する適正な運用を担保するため、その指針となるべき規定を設けることと、二つの方策が検討されました。
しかし、被疑者、被告人の身柄拘束については、現状の運用についての認識、評価の隔たりが大きく、検討課題とされた方策についても意見の一致を見ることができませんでした。結局、指針規定の議論の延長線上で特定の事実の認識を前提としない確認的な趣旨の規定を設けることとなり、今回の法律案のような法改正が提案されることとなったと理解しております。
法制審議会の答申では、この改正の性格について、国民にわかりやすい制度を実現するという観点から、「あくまで現行法上確立している解釈の確認的な規定として掲げているものであり、現在の運用を変更する必要があるとする趣旨のものではないことに留意する必要がある。」との注意書きがされています。
このような経緯を振り返ってみますと、今回の裁量保釈に関する法改正は、極めて限定された趣旨、内容のものにも見えます。しかし、新たに付加される文言を見ますと、裁量保釈の考慮事情として防御の準備上の不利益の程度が挙げられていることが注目されるように思われます。裁量保釈の考慮事情として防御の準備に対する配慮というのを挙げるのは、近時の保釈運用の見直しの中で登場し、そしてまた、それを指導した視点であり、この規定は、近時の保釈の動きを前提に、それを確認し、さらに近時の動きを後押しする、そのような意味を含む規定だと言えるように思われます。その意味で、国民にわかりやすい制度を実現するという趣旨ばかりにとどまるものではなく、保釈の適正な運用、ひいては身柄拘束の適正な運用にも資する、そのような法改正として、決して意味の乏しいものではないというように思っております。
次に、証拠開示の拡充について申し上げます。
いわゆる検察官手持ち証拠の被告人、弁護人側への開示のあり方につきましては、現行刑事訴訟法の施行に端を発する長年の論争が存在いたしました。しかし、裁判員制度の導入を含む刑事司法改革の一環として行われました刑事訴訟法の改正におきまして、刑事裁判の充実、迅速化の方策として公判前整理手続、期日間整理手続が導入され、その中に、争点、証拠の整理と結びつけられた段階的な証拠開示制度が整備されました。今回の法改正は、この証拠開示制度の枠組みを前提に、その一層の機能強化を図り、公判審理の充実、活性化を図る趣旨のものと言えます。
特別部会の議論の過程では、このような現行の制度を抜本的に改め、いわゆる事前全面開示の制度の採用を説く見解も見られました。しかし、証拠開示には、罪証隠滅、証人威迫、関係者への報復、嫌がらせを招くおそれ、あるいは関係者の名誉、プライバシーを害するおそれ、国民一般の捜査への協力確保を困難にするおそれなど、さまざまな弊害の危険が伴うことも指摘されてきており、事前全面開示の制度は、このような危険に対し無防備に過ぎることは否めないように思われます。
さらに、被告人側の主張と無関係に証拠を開示すると、主張、争点の不必要な拡散を招くおそれがあること、開示証拠と矛盾しない弁解が作出され、当事者の攻撃防御を通じた事案の真相解明が損なわれるおそれがあることといった弊害も指摘をされてきております。
翻って考えますと、職権主義のもと、捜査機関が収集した証拠が基本的に全て裁判所に引き継がれるのと異なり、当事者主義のもとでは、捜査機関が収集した証拠のうち裁判で用いられるのは公判廷で証拠として取り調べるものに限られ、それ以外の証拠は、捜査機関が捜査目的で入手したものとして保管されることになります。その目的外で外部に開示することは、他に正当な目的がない限り許されないのが原則であるはずです。被告人側の防御準備のために開示することはもとよりあり得ることであるとしても、その防御上の必要性を問うことなく開示するとすれば、それが保管の趣旨と整合するかには疑問が残るようにも思われます。
これらの点を考えますと、現行証拠開示制度の枠組みを前提にその機能強化を図る法律案の方向は、基本的に適切なものと言えるように思われます。
次に、具体的制度に移ります。
その第一は、証拠の一覧表の交付制度です。
現行証拠開示制度における類型証拠、主張関連証拠の開示は、被告人側の請求により行われ、請求に当たって、被告人側は、開示の請求に係る証拠を識別するに足りる事項を明らかにする必要があります。しかし、訴追側の証拠の収集状況を知る立場にない被告人、弁護人にとっては、どのような証拠をどのように開示請求すべきかの判断が必ずしも容易ではない場合も考えられます。
そこで、開示請求の手がかりを供し、証拠開示請求の円滑化、迅速化を図ろうとしたのが証拠の一覧表の開示制度です。公判前整理手続に付された事件であれば、対象事件に限定はなく、記載される証拠の範囲も検察官が保管する証拠の全てにわたり、交付の時期も類型証拠の開示請求前とされておりますから、それらの点では間口の広い制度と言えるように思われます。
一覧表の交付制度の設計に当たり、最も議論があったのはその記載事項です。
法律案は、ここでは繰り返しませんが、検察官の実質的な判断、評価を必要としない一義的で明確な記載事項とすることにより、一覧表の記載の正確性をめぐる争いが生じることを避けるとともに、一覧表の作成が過度の負担となることも避け、手続の円滑、迅速な進行を図ろうとしたものと言えます。
これらのうち、供述者の氏名が記載される供述録取書の場合、一覧表の記載が開示請求の必要性を判断する際の有力な手がかりとなることは疑いありませんが、それ以外の証拠書類や証拠物の場合には、一覧表の記載のみでは個別の証拠が何に関係するものかわからず、それだけで開示請求の必要性を判断するということは難しいかもしれません。
しかし、開示請求に当たり明らかにしなければならないのは、開示請求に係る証拠を識別するに足りる事項であり、個別の証拠の特定が求められているわけではありません。そのような開示請求の手がかりとしては、法律案のような記載事項の一覧表でも一定の役割を果たすことは期待できますし、また、制度ができれば、それを円滑に運用するために、法曹三者の間での運用上の工夫が生まれる余地もあるように思われます。
逆に、一覧表に内容を盛り込み過ぎますと、事前全面開示について指摘されるのと同じ問題が生じかねないことにも留意が必要であるように思われます。
一覧表のほか、公判前整理手続の請求権の付与と類型証拠開示の対象の拡大も提案されておりますが、これについては、時間の関係もありますので、ここでは省略させていただきます。
以上、私の意見です。どうも御清聴ありがとうございました。(拍手)