法務委員会

2015-07-08 衆議院 全100発言

⚠️ 発言のコピー・転載時は出典元URL(kokkai.ndl.go.jpおよびkokkai-data.com)を必ず残してください。改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

会議録情報#0
平成二十七年七月八日(水曜日)
    午前九時開議
 出席委員
   委員長 奥野 信亮君
   理事 安藤  裕君 理事 井野 俊郎君
   理事 伊藤 忠彦君 理事 盛山 正仁君
   理事 山下 貴司君 理事 山尾志桜里君
   理事 井出 庸生君 理事 漆原 良夫君
      大塚  拓君    鬼木  誠君
      門  博文君    門山 宏哲君
      今野 智博君    田所 嘉徳君
      田野瀬太道君    辻  清人君
      冨樫 博之君    藤井比早之君
      藤原  崇君    古田 圭一君
      宮内 秀樹君    宮崎 謙介君
      宮路 拓馬君    簗  和生君
      山口  壯君    若狭  勝君
      大西 健介君    黒岩 宇洋君
      階   猛君    鈴木 貴子君
      柚木 道義君    重徳 和彦君
      大口 善徳君    國重  徹君
      清水 忠史君    畑野 君枝君
      上西小百合君
    …………………………………
   法務大臣政務官      大塚  拓君
   参考人
   (東京大学大学院法学政治学研究科教授)      大澤  裕君
   参考人
   (日本弁護士連合会司法改革調査室室長)      宮村 啓太君
   参考人
   (ジャーナリスト)    江川 紹子君
   参考人
   (弁護士)        小池振一郎君
   法務委員会専門員     矢部 明宏君
    —————————————
委員の異動
七月八日
 辞任         補欠選任
  菅家 一郎君     藤井比早之君
  辻  清人君     田野瀬太道君
  冨樫 博之君     田所 嘉徳君
  宮川 典子君     鬼木  誠君
  鈴木 貴子君     大西 健介君
同日
 辞任         補欠選任
  鬼木  誠君     宮内 秀樹君
  田所 嘉徳君     冨樫 博之君
  田野瀬太道君     辻  清人君
  藤井比早之君     菅家 一郎君
  大西 健介君     鈴木 貴子君
同日
 辞任         補欠選任
  宮内 秀樹君     宮川 典子君
    —————————————
本日の会議に付した案件
 刑事訴訟法等の一部を改正する法律案(内閣提出第四二号)
     ————◇—————
この発言だけを見る →
奥野信亮#1
○奥野委員長 これより会議を開きます。
 内閣提出、刑事訴訟法等の一部を改正する法律案を議題といたします。
 本日は、本案審査のため、特に裁量保釈の判断に当たっての考慮事情の明確化及び証拠開示制度の拡充について、参考人として、東京大学大学院法学政治学研究科教授大澤裕君、日本弁護士連合会司法改革調査室室長宮村啓太君、ジャーナリスト江川紹子君及び弁護士小池振一郎君、以上四名の方々に御出席をいただいております。
 この際、参考人各位に委員会を代表して一言御挨拶を申し上げます。
 本日は、大変御多忙の中、まげて御出席を賜りまして、まことにありがとうございます。それぞれのお立場から忌憚のない御意見を賜れば幸いに存じます。
 きょうは四名の方で、本当だともう一人用意をする予定だったんですが、どうしても都合がつかなかったものですから、お一人はあさってということになっております。またそれは、議事録等を取り寄せて見ていただければと思います。
 次に、議事の順序について申し上げます。
 まず、大澤参考人、宮村参考人、江川参考人、小池参考人の順に、それぞれ十五分程度御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑に対してお答えをいただきたいと存じます。
 なお、御発言の際はその都度委員長の許可を得て発言していただくようお願いいたします。また、参考人から委員に対して質疑をすることはできないことになっておりますので、御了承願います。また、委員の質問に対してはできるだけ簡潔明瞭にお答えいただくようにお願い申し上げます。
 それでは、まず大澤参考人にお願いいたします。
この発言だけを見る →
大澤裕#2
○大澤参考人 おはようございます。東京大学で刑事訴訟法を教えております大澤でございます。
 裁判員法の改正案を御審議の際にもお呼びいただきました。引き続きお呼びいただきましたこと、光栄に存じております。本日もどうぞよろしくお願いいたします。
 本日は、裁量保釈の判断に当たっての考慮事情の明確化と証拠開示制度の拡充、この二つがテーマだと伺っております。
 裁判員法の改正案について参考人として参りました際、裁判員制度と刑事司法制度改革との関係について御質問をいただきました。
 日本のこれまでの刑事裁判は、取り調べ及び供述調書に過度に依存する傾きがありました。しかし、一般国民から選ばれた裁判員に、供述調書等の書面を精読し、その内容の丹念な検討を求める、これは現実的ではありません。そこで、裁判員裁判においては、公判審理における証拠調べを、そこから直接心証をとることができるようなわかりやすいものに改める必要が生じ、あらかじめ明らかにされた争点に焦点を当て、証人の取り調べを中心とした簡明な証拠調べをする、そのような方向が追求されることとなりました。
 今回の刑訴法等の改正案も、取り調べ及び供述調書に過度に依存した捜査、公判のあり方の見直し、これを基軸としておりますが、裁判員制度の導入は、公判のあり方を見直す先駆けとなり、今回の法改正を導く牽引力の役割を果たした、そのように考えております。
 そして、本日のテーマであります保釈と証拠開示は、そのような裁判員制度の導入と密接な関係のもとに制度あるいは運用が展開をしてきた、そのような法分野であり、今回の法改正は、そのようなこれまでの蓄積を確認、定着させ、あるいはさらに一歩進める内容のものとして、基本的に適切なものであると考えております。
 以下、各法改正について意見を述べさせていただきます。
 まず、保釈制度についてでありますが、保釈は、裁判員制度の導入を一つの契機としましてその運用に一定の変化があらわれた、そのような法分野です。
 いわゆる保釈率は、一九七〇年代の半ば以降、低下の一途をたどっておりましたが、裁判員法が制定される一年前、二〇〇三年の一二・六%を底として上昇に転じ、最近、二〇一三年の数字では二〇・六%となりました。保釈が許可される場合の保釈時期も第一回公判期日前の割合がふえ、また、裁判員裁判対象事件のような重大事件についても、保釈の積極的な運用が見られるようになっています。
 このような変化の背景にありましたのは、裁判員制度の導入も踏まえ、保釈の運用を見直す実務の動きです。連日的開廷が行われる裁判員裁判では、被告人と弁護人がこれまでにも増して十分な意思疎通を図りつつ公判の準備をすることが求められ、そのためには、可能な限り保釈によって身柄拘束からの解放が認められるべきである、そのような考え方が実務に広がりますとともに、そのもとで、権利保釈の除外事由の一つとされ、同時に裁量保釈の判断にも重要な影響を及ぼしている罪証隠滅のおそれ、その解釈、運用について、これまで類型化、抽象化した判断に陥る傾向がなかったか、その点について反省を促す問題提起がなされ、どのような証拠を対象に一体どのような態様の罪証隠滅が考えられるのか、その客観的可能性、主観的可能性はどの程度か、具体的、実質的に判断する必要が再認識されるようになったと言われます。
 さて、今回の法改正は、刑訴法九十条の裁量保釈の判断に当たっての考慮事情といたしまして、「保釈された場合に被告人が逃亡し又は罪証を隠滅するおそれの程度のほか、身体の拘束の継続により被告人が受ける健康上、経済上、社会生活上又は防御の準備上の不利益の程度その他の事情を考慮し、」との文言をつけ加えるものです。
 もとを振り返りますと、今回の法律案の基礎となりました答申の取りまとめをした法制審議会の特別部会では、被疑者、被告人の身柄拘束のあり方につきましては、証拠収集手段の適正化という観点から、勾留と在宅の間の中間的な処分を設けることと、被疑者、被告人の身柄拘束に関する適正な運用を担保するため、その指針となるべき規定を設けることと、二つの方策が検討されました。
 しかし、被疑者、被告人の身柄拘束については、現状の運用についての認識、評価の隔たりが大きく、検討課題とされた方策についても意見の一致を見ることができませんでした。結局、指針規定の議論の延長線上で特定の事実の認識を前提としない確認的な趣旨の規定を設けることとなり、今回の法律案のような法改正が提案されることとなったと理解しております。
 法制審議会の答申では、この改正の性格について、国民にわかりやすい制度を実現するという観点から、「あくまで現行法上確立している解釈の確認的な規定として掲げているものであり、現在の運用を変更する必要があるとする趣旨のものではないことに留意する必要がある。」との注意書きがされています。
 このような経緯を振り返ってみますと、今回の裁量保釈に関する法改正は、極めて限定された趣旨、内容のものにも見えます。しかし、新たに付加される文言を見ますと、裁量保釈の考慮事情として防御の準備上の不利益の程度が挙げられていることが注目されるように思われます。裁量保釈の考慮事情として防御の準備に対する配慮というのを挙げるのは、近時の保釈運用の見直しの中で登場し、そしてまた、それを指導した視点であり、この規定は、近時の保釈の動きを前提に、それを確認し、さらに近時の動きを後押しする、そのような意味を含む規定だと言えるように思われます。その意味で、国民にわかりやすい制度を実現するという趣旨ばかりにとどまるものではなく、保釈の適正な運用、ひいては身柄拘束の適正な運用にも資する、そのような法改正として、決して意味の乏しいものではないというように思っております。
 次に、証拠開示の拡充について申し上げます。
 いわゆる検察官手持ち証拠の被告人、弁護人側への開示のあり方につきましては、現行刑事訴訟法の施行に端を発する長年の論争が存在いたしました。しかし、裁判員制度の導入を含む刑事司法改革の一環として行われました刑事訴訟法の改正におきまして、刑事裁判の充実、迅速化の方策として公判前整理手続、期日間整理手続が導入され、その中に、争点、証拠の整理と結びつけられた段階的な証拠開示制度が整備されました。今回の法改正は、この証拠開示制度の枠組みを前提に、その一層の機能強化を図り、公判審理の充実、活性化を図る趣旨のものと言えます。
 特別部会の議論の過程では、このような現行の制度を抜本的に改め、いわゆる事前全面開示の制度の採用を説く見解も見られました。しかし、証拠開示には、罪証隠滅、証人威迫、関係者への報復、嫌がらせを招くおそれ、あるいは関係者の名誉、プライバシーを害するおそれ、国民一般の捜査への協力確保を困難にするおそれなど、さまざまな弊害の危険が伴うことも指摘されてきており、事前全面開示の制度は、このような危険に対し無防備に過ぎることは否めないように思われます。
 さらに、被告人側の主張と無関係に証拠を開示すると、主張、争点の不必要な拡散を招くおそれがあること、開示証拠と矛盾しない弁解が作出され、当事者の攻撃防御を通じた事案の真相解明が損なわれるおそれがあることといった弊害も指摘をされてきております。
 翻って考えますと、職権主義のもと、捜査機関が収集した証拠が基本的に全て裁判所に引き継がれるのと異なり、当事者主義のもとでは、捜査機関が収集した証拠のうち裁判で用いられるのは公判廷で証拠として取り調べるものに限られ、それ以外の証拠は、捜査機関が捜査目的で入手したものとして保管されることになります。その目的外で外部に開示することは、他に正当な目的がない限り許されないのが原則であるはずです。被告人側の防御準備のために開示することはもとよりあり得ることであるとしても、その防御上の必要性を問うことなく開示するとすれば、それが保管の趣旨と整合するかには疑問が残るようにも思われます。
 これらの点を考えますと、現行証拠開示制度の枠組みを前提にその機能強化を図る法律案の方向は、基本的に適切なものと言えるように思われます。
 次に、具体的制度に移ります。
 その第一は、証拠の一覧表の交付制度です。
 現行証拠開示制度における類型証拠、主張関連証拠の開示は、被告人側の請求により行われ、請求に当たって、被告人側は、開示の請求に係る証拠を識別するに足りる事項を明らかにする必要があります。しかし、訴追側の証拠の収集状況を知る立場にない被告人、弁護人にとっては、どのような証拠をどのように開示請求すべきかの判断が必ずしも容易ではない場合も考えられます。
 そこで、開示請求の手がかりを供し、証拠開示請求の円滑化、迅速化を図ろうとしたのが証拠の一覧表の開示制度です。公判前整理手続に付された事件であれば、対象事件に限定はなく、記載される証拠の範囲も検察官が保管する証拠の全てにわたり、交付の時期も類型証拠の開示請求前とされておりますから、それらの点では間口の広い制度と言えるように思われます。
 一覧表の交付制度の設計に当たり、最も議論があったのはその記載事項です。
 法律案は、ここでは繰り返しませんが、検察官の実質的な判断、評価を必要としない一義的で明確な記載事項とすることにより、一覧表の記載の正確性をめぐる争いが生じることを避けるとともに、一覧表の作成が過度の負担となることも避け、手続の円滑、迅速な進行を図ろうとしたものと言えます。
 これらのうち、供述者の氏名が記載される供述録取書の場合、一覧表の記載が開示請求の必要性を判断する際の有力な手がかりとなることは疑いありませんが、それ以外の証拠書類や証拠物の場合には、一覧表の記載のみでは個別の証拠が何に関係するものかわからず、それだけで開示請求の必要性を判断するということは難しいかもしれません。
 しかし、開示請求に当たり明らかにしなければならないのは、開示請求に係る証拠を識別するに足りる事項であり、個別の証拠の特定が求められているわけではありません。そのような開示請求の手がかりとしては、法律案のような記載事項の一覧表でも一定の役割を果たすことは期待できますし、また、制度ができれば、それを円滑に運用するために、法曹三者の間での運用上の工夫が生まれる余地もあるように思われます。
 逆に、一覧表に内容を盛り込み過ぎますと、事前全面開示について指摘されるのと同じ問題が生じかねないことにも留意が必要であるように思われます。
 一覧表のほか、公判前整理手続の請求権の付与と類型証拠開示の対象の拡大も提案されておりますが、これについては、時間の関係もありますので、ここでは省略させていただきます。
 以上、私の意見です。どうも御清聴ありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →
奥野信亮#3
○奥野委員長 どうもありがとうございました。
 次に、宮村参考人にお願いいたします。
この発言だけを見る →
宮村啓太#4
○宮村参考人 日本弁護士連合会で司法改革調査室の室長を務めております宮村と申します。本日はよろしくお願いいたします。
 当連合会の本法律案についての意見、全般的な意見及び取り調べの録音、録画についての意見は、本年六月十日の本委員会で副会長の内山弁護士から申し上げたとおりです。
 本日は、身体拘束及び証拠開示制度について意見を申し上げます。
 まず、身体拘束制度についてです。
 言うまでもなく、身体の拘束は重大な人権の制約です。身体を拘束された被疑者、被告人は、四六時中、寝食も含めて全ての動作が監視のもとに置かれることになります。身体が拘束される期間が長期化すれば、仕事を失うこともあります。また、身体を拘束されている状態では、弁護人との打ち合わせの機会が制限されてしまいますから、防御権の行使も困難になってしまいます。
 従来、とりわけ、嫌疑を否認し、無実を訴える被疑者、被告人について、容易に身体の拘束を続けるという運用が行われてきました。
 取り調べで黙秘をすること、嫌疑を否認すること、供述調書への署名、押印を拒否すること、そして公判で検察官が取り調べを請求した証拠書類に不同意の意見を述べること、これらは、無実を訴える被疑者、被告人にとって当然の権利の行使です。ところが、そのような否認または黙秘の態度を理由として、容易に、罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由、あるいは逃亡すると疑うに足りる相当な理由を認めてしまい、勾留を決定し、保釈請求を却下する、そのような運用が従来行われてきました。いわゆる郵便不正事件でも、罪を認める供述をした被告人には早期の保釈が許可されたのに、無実を訴える村木厚子さんには百六十四日間にもわたって勾留が続けられました。
 先ほども申し上げたとおり、勾留された被疑者、被告人は、四六時中、全ての動作が監視のもとに置かれることになります。弁護人以外との面会は、一日一組、ごく短時間しか認められません。接見禁止が決定されれば、家族や友人などの一般人とは一切会えない状況が続きます。そのような過酷な状況で捜査機関の取り調べを受け続けることになります。起訴された後も保釈されない状況が続けば、捜査は終わっているのに、いつ終わるともしれない、出口の見えない過酷な状況に置かれ続けることになります。
 無実を訴える人を容易に身体の拘束下に置くという運用は、被疑者、被告人の自由を不当に制約するばかりか、冤罪を生む大きな要因になってきました。本当は罪を犯していないのに、身体を拘束されている過酷な状況から逃れたいばかりに、捜査機関の見立てに沿う供述をし、虚偽の自白をしてしまうという結果をもたらしてきました。
 無実の人が無実を訴えていることを理由に身体の拘束を続けるようなことは、決して許されないと言うべきです。被疑者、被告人の身体拘束が許されるのを例外的な場合に限定し、無実の人が身体の自由と引きかえに自白を強いられるようなことが決してないように、身体拘束制度を抜本的に改善する必要があります。近年、勾留請求の却下率や保釈の許可率には改善の兆しがあります。しかし、その改善はいまだ不十分であると言うべきです。
 このように、従来の身体拘束制度には極めて問題があったからこそ、日弁連は、その改善に向けてさまざまな提言をしてまいりました。具体的には、勾留及び保釈の裁判に当たって、被疑者、被告人が否認または黙秘したことなどを理由として不利益な取り扱いをしてはならない旨の規定の創設、そして、身体を拘束することなく罪証隠滅や逃亡を防止する住居等制限命令制度の創設などを提言してまいりました。
 本法律案は、裁判所が裁量保釈の判断をする際の考慮事情の一つとして、身体の拘束の継続により被告人が受ける防御の準備上の不利益を明記するものとしています。身体を拘束されている状態では、弁護人との打ち合わせの機会が限られます。差し入れられた証拠を検討する時間も限られてしまいます。そして、身体を拘束されていることによる防御上の不利益の程度が最も大きいのは、防御準備の必要性が特に大きい、嫌疑を否認し無実を訴える事件であると考えられます。
 本法律案による裁量保釈に関する規定の改正は、身体拘束制度の運用を改善する契機になり得るものであると考えています。本法律案による改正を契機として、被疑者、被告人の防御準備の利益に十分に配慮し、そして、嫌疑を否認し無実を訴えている被疑者、被告人の身体を容易に拘束しない、そのような運用が広がっていかなければならないと考えています。
 次に、証拠開示制度について申し上げます。
 現在の刑事訴訟法のもとでは、捜査機関が作成または入手した証拠のうち、被告人側に開示される証拠は一部に限られます。公判前整理手続が導入されたことで証拠開示請求権が保障されましたが、全ての証拠の開示を受ける機会が保障されたわけではありません。また、公判前整理手続に付されていない事件では、いまだ証拠開示請求権は保障されていません。
 被告人に有利な証拠が隠されたまま過って無実の人が処罰されるようなことは、決してあってはなりません。無実の人が処罰されることがない刑事司法を実現するためには、全ての事件において全ての証拠が開示されるべきです。
 二〇〇七年十月に再審無罪判決が言い渡されたいわゆる氷見事件では、捜査機関が押収していた電話通話履歴の中に被告人のアリバイを裏づける情報がありました。しかし、公判ではそれが取り調べられないまま有罪判決が言い渡されていました。
 再審開始を経て二〇一二年十一月に無罪判決が確定したいわゆる東京電力女性社員殺害事件では、再審開始が決定した後になって、検察官から被告人側に新たな証拠が開示されました。新たに開示された証拠の中には、被害者の体から採取された唾液が被告人とは異なる血液型の反応を呈したということを示す証拠が含まれていました。私は、この東京電力女性社員殺害事件で、元被告人であるマイナリ氏の弁護団の一人でした。
 これらの事件で被告人の無実を裏づける証拠がもっと早い段階で開示されていれば、無実の方が有罪判決を言い渡されずに済んだ可能性があります。東京電力女性社員殺害事件では、マイナリさんが逮捕されてから釈放されるまで、実に十五年以上の歳月を要しました。
 被告人が虚偽の弁解をするなどの弊害を防止するために、証拠開示を制限するべきとの意見もあります。しかし、刑事司法で何よりも防がなければならないのは冤罪であるはずです。無実の人を処罰することがない刑事司法を実現するためには、全ての事件において全ての証拠が被告人側に開示されるべきです。
 確かに、刑事訴訟法は当事者主義を採用しています。しかし、捜査機関と被告人側には、証拠収集のための権限に圧倒的な差があります。
 そのような見地から、日弁連は、全ての事件に適用される全証拠の開示制度、そして証拠一覧表の交付制度の創設を主張してまいりました。
 今回の法律案は、証拠一覧表交付制度の導入と類型証拠開示の対象の拡大を定めています。検察官から弁護人に証拠一覧表が交付されれば、弁護人にとって、検察官に対して証拠開示の請求をする手がかりが与えられます。
 また、今回の法律案は、検察官及び被告人側に公判前整理手続に付することの請求権を付与することとしています。特に争いがある事件では、弁護人が充実した公判に向けた準備を遂げるために、証拠開示を受ける必要性が高く、弁護人から公判前整理手続に付することを請求する場合が少なくないと考えられます。
 今回の法律案は、いまだ全面証拠開示制度を実現するものではありませんが、証拠開示の拡充を進める改正であると言うことができます。
 日弁連は、本法律案が成立し、証拠開示が前進することを望んでいます。その上で、さらに、法制審特別部会で必要に応じてさらに検討を行うことが考えられるとされた再審請求審における証拠開示制度のあり方を含めて、証拠開示の一層の拡充に向けた議論がなされるべきであると考えております。
 私の意見は以上です。御清聴ありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →
奥野信亮#5
○奥野委員長 ありがとうございました。
 次に、江川参考人にお願いいたします。
この発言だけを見る →
江川紹子#6
○江川参考人 おはようございます。江川です。
 今回の法改正というのは、本当に多岐に及んでいると思います。それぞれの課題をよく吟味することも大切ですけれども、少し視野を広くして全体像をチェックするということもまた必要だと思います。
 そうして見たときに、私が一番気になるのは、裁判の公開、司法の透明性、国民による検証可能性といった問題がなおざりにされていないだろうかということです。本来、日本の刑事司法は少しずつよくなって、透明性も昔より高まっているはずです。しかし、現実はどうでしょうか。
 刑事確定訴訟記録法の制定以来、裁判記録の閲覧は、国民はほとんどできなくなりました。原則は、刑事訴訟法五十三条の「何人も、」「訴訟記録を閲覧することができる。」だったはずなのに、原則と例外の逆転現象が起きてしまったわけです。
 また、裁判の公開というのも、形式的な解釈がなされ、時に非常に形骸化いたします。要するに、法廷のドアが開いていて、傍聴人が入る機会があればオーケーというのが裁判所の解釈のようです。
 前回も申し上げましたけれども、オウム事件の一審は、大半が一九九五年から二〇〇四年に職業裁判官による裁判で行われました。このときは、ほとんどの証人尋問が公開で普通の形で行われました。私たち傍聴人は、証人の証言態度が確認できました。また、被告人の家族や友人などの証言状況からは、オウムなどのカルトによる事件というのは、被害者のみならず加害者周辺にもどれだけ大きな悲しみや苦しみをもたらすか、見てとることができました。
 二〇一二年に捕まった、裁判員裁判で裁かれた三人はどうだったでしょうか。元信者の証人は、非公開だったり、遮蔽措置が施されて見えませんでした。死刑囚は、本人が通常の裁判を望んでいても、遮蔽されていて見えませんでした。被告人がオウムに行く前に友達だった人が弁護側の情状証人で出ましたが、それも遮蔽措置で見られませんでした。
 視覚による情報は重要であります。目で見、耳で聞いて、それを総合して判断したり考えたりするのは、傍聴人も同じです。ところが、高画質な4Kテレビが出てくるという時代に、法廷はラジオの時代に逆行しているわけです。
 それだけではありません。ある事件で、これはオウム事件ではありませんが、検察側証人がビデオリンク方式で証言をしたわけですけれども、その上なぜか遮蔽措置になりました。そのため、法廷のモニターが切られ、映像だけではなくて音声までもオフになりました。裁判官、検察官、弁護人の席上のモニターはオンです。傍聴人は、証人が見えないだけでなく、証言も聞こえないという状況で裁判が行われました。傍聴とは傍らで聴くと書きますが、聞こえなくても傍聴人とはこれいかにという感じがいたします。
 傍聴人の中に弁護士さんが一人いて、裁判を起こしました。これは不当であるというような趣旨ですけれども、認められませんでした。
 それはそうでしょう。これに限らず、裁判所の問題を裁判に訴えても全く無駄というのが現実です。裁判所は自分たちの問題を認めないからです。皆さん方、余り司法は批判されませんけれども、冤罪の問題でも最も責任があるのは裁判所なのに、裁判所ほど反省というものが見えない役所はありません。心の中でこっそり反省している人はいるのかもしれませんけれども、国民からは見えないのです。
 また、証拠開示に関連して、検察側証拠の目的外使用の禁止というのが昨今つくられました。
 かつては、私も、記録を全部読んで、その上でさまざまな人に取材をし、これを検証しつつ記事や本を書くということができましたけれども、今は再審請求事件でもそれができなくなっています。
 記録を読むということは公正な報道に役立つと思います。冤罪を訴えている人が、その主張を知ってもらうときに、記録の一部を見せる必要がある場合もあるでしょう。また、被告人や弁護人の訴えが信頼を置けるものなのかを確認する手段にもなります。
 読んだ人に、プライバシーにかかわる情報や個人情報をみだりに流布させないための対策はもちろん必要だと思います。けれども、刑事確定訴訟記録法のときと同じように、全て大もとで元栓をひねって情報をとめてしまうというのは、違うのではないでしょうか。
 国民が刑事司法を通して考えるべき課題はたくさんあります。冤罪だけでなく、死刑制度、知的障害や発達障害と刑事司法、犯罪の高齢化の問題、テロ対策などなど、裁判を通じて考えたり研究したりするテーマはたくさんあります。
 刑事司法は法曹三者だけのものではありません。個々の事件についてはそのように見えるかもしれませんが、刑事司法という大きな枠で見るならば、それは国民のものであります。国民の目から見てできるだけ透明な制度であることが必要です。
 今回、証拠開示の拡充ということが議論されていますけれども、この機会に、この目的外使用の禁止の問題についても改善を議論していただきたいというふうに思います。
 それから、個別の問題について幾つか申し上げます。
 きょうテーマにはなっていませんけれども、証人についてのビデオリンク方式や遮蔽措置などについて、こういう透明性を損なう方式や措置は、私は実は原則として反対であります。原則としてというのは、わずかな例外はあるということですが、なぜ反対かというと、やはり法廷はパブリックな場、公開の場所であるべきだと思うからです。
 証人がそういう場に顔をさらして出てくるのは嫌に決まっています。私がその立場になっても嫌でしょう。けれども、法廷というのは、やはり公的な場所であり、人々の目が届くべき場所であり、そういう意識と覚悟を持って出てくるところだと思います。嫌だけれども仕方がないということです。
 なのに、嫌なことを避ける方法があるということになれば、だったら私もという人が相次ぐのは当然であります。そういうふうにしてくれなければ証人として出ないと言われれば、検察官や弁護人も、事件の立証のために、あるいは被告人の利益のために、例外措置を求めます。こうして例外が積み上げられ、原則と例外の逆転が起きていくのだと思います。
 最初に遮蔽措置が講じられるようになったときは、性犯罪の被害者など、ごくごく例外的な措置だったはずです。それが、先ほどオウム事件で述べたような状況に今なっているわけです。私も性犯罪の被害者などへの例外的措置は必要だと思いますが、原則と例外の逆転が起きないような対策は必要だと思います。
 それから、きょう話題の保釈に関する問題です。
 刑訴法九十条の改正というのは、いわゆる人質司法の対策だと思いますが、申しわけありませんが、こういう微温的な対応では問題は改善しないと思います。
 先日、法制審議会のメンバーの方に話を伺って、びっくり仰天したことがありました。それは、検察や法務省常連の学者の先生だけではなく、裁判所なども、人質司法は日本には存在しないとの認識だというのです。だから、問題を改善するための話をしようにも話が全然かみ合わないということでした。
 まさか、この法務委員会では人質司法がないなどという前提での議論はされていないと思いますが、どうなのでしょうか。質問は許されないということなので、後でこっそり教えていただければと思います。
 これに関して、一番の問題は、裁判所が、これは検察もですが、被疑者、被告人が否認していることをもって罪証隠滅のおそれありとすることであります。この問題点はずっと指摘されていますが、改まっていないようであります。
 ある事件を紹介します。
 脱税の嫌疑をかけられた弁護士さんと元妻の公認会計士ですが、この二人は、逮捕から二年三カ月もの間勾留されていました。脱税の嫌疑でです。それは公判前整理手続が長引いたということがあるようなんですが、その間、何度保釈申請をしても蹴られたということです。そして、ようやく公判前整理手続が終わり、裁判が始まり、そして、その結果は一審無罪でした。検察官は控訴しているようなんですけれども、とにかく一審は無罪です。
 村木さんのときもそうでしたが、無実の人が否認をするのは当たり前です。なのに、否認すると罪証隠滅のおそれがあるととられる。そうして否認すると長期の勾留をされる。そういう不利益を恐れて虚偽の供述をしたりして、冤罪も生まれる。これが人質司法の怖さだと思います。否認しているからといって罪証隠滅のおそれありと判断してはいけないと、ぜひ法律に書いてほしいと思います。
 この脱税事件については、一審裁判長が、長期の拘束は裁判所としても反省すると述べられたそうです。反省を述べる裁判長、実に貴重で見識のある裁判官だと思います。しかし、真に反省すべきはこの方ではありません。第一回公判が開かれるまでは、いわゆる令状部が身柄に関する判断をしていたからです。この事件でも、公判担当部ではない、東京地裁十四部というところが判断したというふうに伺っております。
 公判前整理手続になっている事件は、公判担当の裁判所は、検察、弁護人双方の主張や証拠もよくわかっております。公判前整理手続中の身柄拘束に関する判断は、むしろ事情がよくわかっている担当部が行うべきではないかなと私は思っています。公判前整理手続になると、初公判までの時間がかかります。勾留の無用な長期化を避けるための対策を検討する必要があると思います。
 もう一つの問題は、勾留の手続は全くノーチェックの状態であるということです。裁判官がどういう疎明資料をもとに勾留の判断をしたのか、弁護人はわかりません。今回は、起訴後の勾留に関する条文が話題になっているようですけれども、捜査段階の勾留にも問題がいろいろあると思います。
 勾留理由開示の請求の公判も幾つか見たことがありますけれども、そこでは判断の根拠が裁判官から具体的に述べられるわけではありません。疎明資料は後々も弁護人に開示されません。身柄拘束にかかわる判断について後からチェックされたり研究されたりする可能性もないまま、若い裁判官が、まあ検察官が言うとおり勾留しておいた方が無難だからと、ばんばん勾留を認めているんじゃないかと見られても仕方がない状況があります。おかしな勾留をしたら後から確認されるという検証可能な状況をつくる必要があるのではないでしょうか。
 弁護人から請求があった場合、疎明資料は開示しなければいけないというふうにしたらどうでしょうか。そういった点もあわせて御検討いただきたいというふうに思います。
 今回の法案については、冤罪被害者の人やその支援者が反対しているというふうにも伺っています。彼らの不信感や危機感は相当なものだと思います。
 その不信感というのは、警察、検察、裁判所だけに向けられたものではないと思います。政治も、今まで幾ら声を上げても動いてくれなかった、自分たちの被害を受けとめてもらえなかった。ところが、厚労省の高級官僚である村木さんがああいうことになり、おまけに検察が証拠改ざんしたという事態があって初めて政治も動き、今回の法案になった。でも、そんなことはめったにあるものではない。ということは、この可視化も、これが初めの一歩ではなく、最後の一歩になるんじゃないか、そんな不信感と危機感があるというふうに思います。これはまさに政治の信頼性が問われている、そういう現象だと思います。
 これに対して、そうではないんだ、政治はこの問題をちゃんと見ていくし、もっといい制度にしていくんだというメッセージをはっきり出していただきたいというふうに思います。
 録音、録画だけでなく、合意制度、あるいは先ほど私が例外が例外でなくなっていくというようなことを申し上げた点、あるいは人質司法の問題点、さらには刑事司法の透明性を含めた全体像を三年後に見直すということを、何らかの形で目に見えるように示していただきたいというふうに思います。
 特に透明性の問題については、要求してくる人が余りいないと思うので、全国民を代表する先生方にその見識をぜひ働かせていただきたいというふうに思います。
 先般、アメリカの司法当局が、FIFA、国際サッカー連盟の幹部らを起訴した事件がありました。日本でいえば、起訴状と検察側の冒頭陳述を合体させたような書面が当局からネットで公表されて、日本にいてもそれを読むことができました。司法取引でFIFAの元理事がしゃべった内容や捜査協力の内容についても公表がされました。
 日本の司法も、真の意味での公開、つまり、国民の前にできるだけ開かれたものにするという意識で今後とも制度づくりをしていただきたいというふうに思います。よろしくお願いいたします。
 ありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →
奥野信亮#7
○奥野委員長 ありがとうございました。
 次に、小池参考人にお願いいたします。
この発言だけを見る →
小池振一郎#8
○小池参考人 このような機会をいただきまして、ありがとうございます。
 私は、今回、日弁連とは立場を異にします、日弁連を代表する立場で今ここでお話ししているわけではありません。ただし、長年にわたって、日弁連の各種の刑事関連委員会で活動してまいりました。
 一九八〇年代に国会に提出された刑事施設法案、留置施設法案、いわゆる拘禁二法案対策本部に入り、海外の刑事施設などを調査し、海外の刑事司法と日本との落差に驚きました。国連国際人権自由権規約委員会や拷問禁止委員会などでの日本審査に日弁連代表団の一員としてたびたび参加し、日本の刑事司法が厳しく糾弾されているのを目の当たりにしました。今世紀に入り、拘禁二法案対策本部は刑事拘禁制度改革実現本部に名称が変更されましたが、私は、その事務局長として、監獄法改正に尽力しました。
 また、日弁連製作の映画「裁判員—決めるのはあなた」と、志布志事件を扱ったドキュメント映画「つくられる自白—志布志の悲劇—」では、日弁連で初めて二つの映画をつくったんですが、日弁連サイドのプロデューサー役を務めました。
 ところで、志布志事件、氷見事件、足利事件、郵便不正事件を総括した捜査側の報告書を見ますと、担当捜査官が事件の筋を見損なった、無理をした、それを上司は余りチェックできなかったと。これは、総括しているだけと言って過言ではないと思います。上司を含めて、個人の責任にしています。なぜ担当者が行き過ぎたのか、なぜ上司がチェックできなかったのか、それは個人の問題ではなくシステムの問題ではないでしょうか。システムの問題として原因を究明しないから、同じ過ちを繰り返すのです。
 そこで、私は、有志を募って、日弁連の中に、冤罪原因を究明する第三者機関の設置を求めるワーキンググループの立ち上げを行いました。
 このような経験を踏まえまして、今回の法案について意見を述べさせていただきたいと思います。
 まず、保釈についてですが、法制審特別部会では、現状に問題はないという裁判官委員の発言があったようですが、果たしてそうでしょうか。これについては、先ほど宮村参考人などからもるる指摘されているとおりであります。
 志布志事件では、主犯とされた鹿児島県議会議員の中山さんが三百九十五日間、一年以上勾留され、その奥さんも二百七十三日間勾留されています。厚労省の村木さんは百六十四日間も身体拘束されております。否認すれば罪証隠滅のおそれがあるとされ、身体拘束され、保釈されない、認めれば保釈されるという実態は、数え上げれば切りがありません。身体拘束が自白獲得の手段とされている、人質司法であります。
 人質司法は、保釈に限りません。代用監獄で、自白するまで長時間、長期間取り調べる、これは人質司法の最たるものです。袴田事件では、代用監獄で、真夏の暑い時期に汗を拭くことも許されないで、平均十二時間以上取り調べられ、勾留満期直前にうその自白をしました。
 長時間、長期間の取り調べの中身はどのようなものだと思うでしょうか。
 被疑者の言い分には聞く耳を持たない、捜査官が一方的に認めろ認めろと迫る。ただにらみつけるだけという我慢比べ、これも一時間以上も続く。捜査官の意に沿うことを言わない限りは、この状態が何時間も続く、何日間も続く、いつまで続くかわからない。とうとう耐え切れなくなって、うその自白をする。これが長期間の勾留の実態です。
 痴漢事件では、認めれば、略式請求、罰金で済み、すぐ釈放されるけれども、否認すれば、いつまで勾留されるかわからない。職場に知られ、解雇されるおそれがあるので、やっていなくても認めるという冤罪がこの痴漢事件にどれほど多いでしょうか。これも人質司法の典型です。
 そもそも、刑事手続における公正な裁判、フェアトライアルを求める権利と、身体拘束を認めるべきか否かを判断する人身保護請求、ヘービアスコーパスと言われますが、これは全く次元を異にするものです。ヘービアスコーパスの思想は、身体拘束の合法性を繰り返し繰り返し審査することを裁判所に求めるものです。
 身体拘束は、裁判所のコントロールのもとで慎重に判断され、同時に保釈の権利が認められなければなりません。
 イギリスでは、公判前に八割以上が保釈されます。
 アメリカでも、O・J・シンプソン事件のように、殺人事件の被疑者でさえ、逮捕後間もなく保釈されています。
 スイスでは、私が一九八九年に刑事弁護士から聞いた話なんですが、勾留段階で弁護人にも証拠が原則的に全て開示されて、この被疑者は勾留すべきかどうか、双方で、当事者主義で、意見を闘わせ合って審理するというのが実態のようです。
 韓国のソウル中央地方裁判所は、第一審裁判で執行猶予もしくは罰金刑の宣告が予想される場合には令状発付をしない、身体拘束をしない、こういう人身拘束事務処理基準というのを二〇〇六年につくられました。比例原則と言われますけれども、多数の地方裁判所がこれに倣って、このような一般原則を発表しています。
 二〇〇七年韓国刑事訴訟法改正で、被疑者に対する捜査は不拘束状態で行うことを原則とするという規定が新設されました。こうして、韓国では、未決被収容者が、一九九八年には三万人を超えていたのが、二〇〇八年には、その半分以下の一万四千人にまで減少しました。
 ちなみに、この韓国の二〇〇七年法改正では、弁護人を、「正当な事由がない限り、被疑者に対する取り調べに立ち会わせなければならない。」と規定され、可視化とともに立法化されているわけです。起訴前保釈制度も導入されております。今や韓国は日本のはるか先を進んでいると言っていいでしょう。
 身体拘束について厳密な検討が常に求められているという発想の歴史が日本にはなく、安易に身体拘束を認め、それが取り調べに利用され、その供述調書が安易に裁判所に採用されるという前近代的な実務になっていると思います。通常、罰金で済む事件も、否認すれば何カ月も勾留するというこの日本の刑事司法は余りにも時代おくれだと思わないでしょうか。
 今回の法案では、権利保釈について何も手が加えられていませんが、せめて、否認していることを罪証隠滅のおそれの徴表とすることを禁止する規定は設けてほしいと思います。
 裁量保釈については、考慮事情の明確化とされる条文が書き込まれましたが、これは、現行法の解釈上一般的に認められるものを確認的に明文化しただけと説明されており、これでは、現状が改善されることにはならないと思います。
 新しい時代にふさわしい刑事司法というならば、身体拘束についてはとりわけ慎重に判断するというヘービアスコーパスの考え方に立つべきです。勾留段階で重要事項の証拠開示がなされ、勾留手続に弁護人が立ち会って、慎重に判断されるべきです。
 国連拷問禁止委員会は、日本政府に対して、取り調べ時間を法的に規制すべきであると勧告しています。
 二〇〇八年、日本でも国家公安委員会規則がつくられましたが、これは、署長の許可があれば八時間の取り調べを延長することができますよという抜け穴だらけで、規制にはなりません。拷問禁止委員会委員は、取り調べは、せいぜい午前中二時間、午後二時間、これは長くてもという意味です、夜間の取り調べは絶対だめだというふうに言っております。
 そもそも、自白するまで代用監獄で勾留するという、誤判の温床となっている代用監獄制度は廃止すべきです。二〇〇五年監獄法改正に際して、衆参両院で、代用監獄のあり方について検討すべきだという附帯決議が全会一致で採択されましたが、今回も見送られました。
 国際人権自由権規約委員会は、昨年の七月、日本政府に対して、代用監獄を廃止するためにありとあらゆる手段を講じなければならないという最大級の警告を発しております。
 続いて証拠開示ですが、袴田事件の再審請求審では、静岡地裁段階で約六百点が開示され、DNA鑑定やカラー写真などの重要な証拠が出されました。確定審で開示されていれば、袴田さんは無罪になっただろうと言われています。布川事件でも、プライバシーを理由に証拠開示が拒否され、再審段階で初めて明るみになったわけです。東電OL事件については先ほど言われたとおりです。
 虚心であるべき捜査が、道筋が見えたと思った瞬間から見込み捜査に邁進する、そういう危険があるんです。そのために、見込みに反する証拠が無視されて、故意に除外されることがあるのです。
 それを解明するのが全面証拠開示です。冤罪の突破力になるもので、一九九三年、カナダ最高裁は、検察官の全面証拠開示義務を承認しました。ところが、今回の法案は、単なるリストで、標目と作成年月日と供述者の氏名だけということになっております。これでは中身がわかりません。
 証拠は、捜査権力が税金を使って収集したものであり、国民の共有財産です。検察の使命は、有罪判決ではなくて、正しい判決を得ることだと思います。検察官による証拠の隠蔽、捏造が明らかになった今回の郵便不正事件、これがきっかけで特別部会が設置されたことを思い起こすべきであります。
 さらに問題は例外規定です。犯罪の捜査に支障を生ずるおそれがあるときには、証拠リストに記載しなくてよいとされています。犯罪の捜査に支障を生ずるおそれとは極めて抽象的で、捜査側の見立てに反する証拠、言いかえれば、弁護側に有利な証拠は犯罪の捜査に支障を生ずるおそれがあるとされるでしょう。
 法制審の審議を通じて痛感するのは、捜査に支障とか真相解明という言葉がキーワードになっていまして、この言葉が出てくると、しようがないという感じで黙ってしまう。果たしてこれでいいんでしょうか。これでは、まるで水戸黄門の印籠のようなものです。
 二〇〇一年の、暴露された愛媛県警の被疑者取調べ要領によると、取り調べ室に入ったら自供させるまで出るな、被疑者は朝から晩まで調べ室で調べよ、被疑者を弱らせる意味もあると書かれています。取り調べ室は、被疑者との信頼関係の場ではなくて、被疑者を屈服させる場となっているわけです。
 真相解明という名のもとに、長時間、長期間取り調べて、取り調べを野放しにすると、必ず冤罪を生みます。
 私は、二〇一三年、拷問禁止委員会の日本審査を傍聴しました。弁護人の立ち会いを認めぬのはなぜかという多くの委員の質問に対して、日本政府は、取り調べの妨げになるからという弁明をしていました。ついに、その中のドマ委員という当時のモーリシャス最高裁判事が、自白に頼り過ぎている、これは中世のものだ、日本の刑事手続を国際水準に合わせる必要があると指摘しました。
 日弁連は、このドマ委員を日本に招請しました。ドマ委員は、警察庁を訪問したとき、私も随行したんですが、真実の追求と被疑者の人権のバランスにみんな悩んでいるんだということを言われました。彼はまた、真実は賢く追求すること、リーズナブルに追求することと強調しております。
 付言しますと、取り調べの可視化についても、最高検依命通知では、取り調べの真相解明機能が害される具体的なおそれがあれば可視化しなくていいという除外規定を掲げております。そして、今回の法案の有名な例外規定、記録をしたならば被疑者が十分な供述をすることができないときは可視化しなくていい、これは、同じ発想なんですが、果たして例外規定なんでしょうか。
 自白しそうになければ可視化しなくていいというわけですから、結局、取り調べ官の裁量で、自白しそうになければ可視化しない、自白しそうであれば可視化するという仕分け規定にすぎないのではないでしょうか。これは単なる一部可視化を法案化したものであり、とても可視化の義務化と称することはできません。
 録音、録画のないところで、密室の取り調べで脅迫、利益誘導などを行って自白を迫ることを、これでは結局、結果的には容認することになってしまいます。
 証拠開示でいいますと、犯罪の捜査に支障を生ずるおそれというこの例外規定は削除していただきたいと思います。被告人にとって有利な証拠が犯罪の捜査に支障を生ずるおそれがあるとして開示リストから除かれれば、全く手がかりがなくなります。捜査側の証拠隠しが真相解明を妨げることになるんです。このような法案の証拠開示にどれほどの意味があるでしょうか。
 新時代にふさわしい刑事司法を私たちは切に望んでおります。今、日本の刑事司法が国際社会から恥ずかしいと見られていることは本当に重要なことで、自覚すべきであります。冤罪の被害者たちがこぞって猛反発しているこの法案は一旦廃案とし、新時代にふさわしい、国際社会から中世などと言われない、近代刑事司法の原則にのっとった法案をつくり直していただきたい。
 刑事訴訟法は国の根幹にかかわる法律であり、多数決で強行採決するような問題ではないことを訴えて、意見陳述を終わりたいと思います。
 どうもありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →
奥野信亮#9
○奥野委員長 ありがとうございました。
 以上で参考人の方々の御意見の開陳は終わりました。
    —————————————
この発言だけを見る →
奥野信亮#10
○奥野委員長 これより参考人に対する質疑に入ります。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。若狭勝君。
この発言だけを見る →
若狭勝#11
○若狭委員 自由民主党の若狭でございます。
 本日は、四人の参考人の皆さん、お忙しい中、本当にありがとうございます。
 早速ですが、私も三十五年近くこの刑事裁判、刑事手続にかかわってきております。刑事弁護もしておりますので、そういう意味においては、いつも私が悩んでいる点、この三十五年近くにおいて悩んでいる点についてまず申し上げたいと思います。
 それは、先ほど小池参考人の話の中にも、外国の権威の方が真実の発見と人権保障のバランスというものについて悩んでいるというお話がございました。私も、この三十何年間ずっと、それについていろいろと考えてきたところでございます。
 そこで、早速ですが、四人の参考人の皆さん方に一人ずつお答えいただきたいと思う点、つまり、今のバランスの問題なんですが、刑事司法あるいは刑事手続とか刑事事件に関しては、てんびんにかけて、真相発見、真実の追求という一つの価値観がありますよね。もう一つは、被告人、被疑者の人権保障というのがございます。これは刑事訴訟法の一条にも書かれているんですが、その二つのてんびんのどちらに重きを持って考えるか。
 つまり、治安維持、国民の安心、安全のためには真相発見がどうしても必要不可欠だから、やはり真相発見とか真実を追求することに重きを持って見るべきだという考え方、あるいは逆に、十人の真犯人、つまり十人の本当の犯人を逃しても、一人の無辜の者、一人の無実の者を罰してはいけないという一つの教えがあると思うんですが、それに象徴されるように、やはり刑事手続などにおいては真相発見ということよりも人権保障というのを重視すべきだというふうに考えるか、あるいは、当然それは同じぐらいに考えるということなんですが、どちらかというとこっちだというような、その辺のバランス感覚、あるいは刑事司法の基本的な理念というものについてお答えいただければというふうに思います。四人の参考人の方それぞれ、簡単で結構です。
この発言だけを見る →
大澤裕#12
○大澤参考人 事案の真相解明と被疑者、被告人の権利の保護、どちらか。これは、どちらかというのを抽象的なレベルでお答えするのは非常に難しいと思いますが、十人の犯罪者を逃すとも一人の無辜を罰するなかれ、これは一般的に認められているところであり、ただそれは、刑事司法というのは、どうしても真相解明の方に傾きやすくなる、そういう趣を持ちやすいことに対しての一つの警句であろうというふうに思っております。
 抽象的にどちらかとは申し上げられません。被疑者、被告人の権利は憲法の中にいろいろと規定されております。その中には侵すことのできないものもあり、それを侵して真相を追求するということはできません。他方で、権利の中にも、一定の真相解明のために、例えば捜査の必要上、制約を受けるような権利というのもあります。それは結局、憲法の中にバランスとして示されているということなのではないでしょうか。
 十分じゃないかもしれませんが。
この発言だけを見る →
宮村啓太#13
○宮村参考人 刑事訴訟法の規定上、被疑者、被告人の権利が制約される場面もございますので、人権制限が一切認められないということではないと承知しております。
 ただ、無実の人が絶対に処罰されないことが最優先だ、これはもう間違いないことだというふうに考えております。
この発言だけを見る →
江川紹子#14
○江川参考人 真実発見と人権擁護というのは、必ずしも対立する概念とは限らないと思います。真実発見のためにがんがん取り調べて有罪にした、ところが、その人は犯人ではなかったというような事件がありますよね。そうなると、結局、真実を発見するために人権をないがしろにしてまで頑張ったのに、結局、真実は発見できなかったというようなこともあるので、私は、必ずしも、対立概念とばかり考えるというのは違うのではないかなというふうに思います。
 それからもう一つは、やはり冤罪というのは国家の犯罪であります。ほかの、私人がやる犯罪ではなくて国が犯罪を犯すということになるので、それを国家権力でやるということは絶対にあってはいけないというのは、一番の大事なところだというふうに思っています。
この発言だけを見る →
小池振一郎#15
○小池参考人 真実を追求して徹底的に取り調べて、朝から晩まで取り調べて弱るまで取り調べる、それによって真犯人が自白するといったケースもあるでしょう。しかし、逆に、それによって無実の人が自白を迫られる、これもあるわけです。
 今の若狭委員の質問は、答えができない質問なんですね。これはトレードオフ関係といいますが、一方を追求しようとすれば他方がだめになる、両立しないという関係でございます。ですからこそ、取り調べは適正に調べなければならない、一定の限度で調べないといけない。リーズナブルに真実を追求しなければいけないと私が先ほど紹介したドマ委員の意見は、そういうことだというふうに思います。
この発言だけを見る →
若狭勝#16
○若狭委員 なかなか難しい質問で恐縮なんですが、実は、私が実際に取り調べをしたりとか、いろいろ法の運用をしていた関係では、そういう問題というのは、結構いつもいつも考えているところなんですよね。ですから、なかなか抽象的な話なので、答えにくいところはあると思うんですけれども、この問題というのは、本当は本質的な問題になると僕は思うんです。そこのスタンスを、どっちに重きを置くかによって、法制度というのはどういうふうになっていくか、実は、その辺のところにたどり着くのではないかと私は常日ごろ思っておるんですよね。それで聞いた次第なんですが、四人の参考人の皆さん方は、いろいろとお答えの中で、端的にこっちだとは言わないものの、やはりその辺の心というのが何かちょっと感じられるようなところがございました。
 次に、もう一度抽象的な質問で恐縮なんですが、そうした刑事司法のあり方あるいは刑事司法の理念というものを達成する方法、方法論、あるいはアプローチのことについてお聞きしたいんです。
 いわゆる演繹法と帰納法があると思うんですけれども、それと同じような問題、類似しているのかもしれないんですが、例えば、人権を擁護するためには、制度設計でこういう制度をやはりどんと最初に設けるべきだというふうに考えていくのか、あるいは逆に、真相発見とかいう問題も重要な要素ですので、その辺のバランスを、完璧な制度でないにしてもとりあえず取り入れて、検証しながら何年間かかけて、これはもう少しこういうふうにすべきだとかいうような方法で刑事司法というのをあるべき方向に持っていくというのか。
 要するに、参考人の皆さん方の御意見を聞いていると、やはり、こうすべきだとかというような御意見があると思うんですけれども、それは当然なんですが、他方、また別の参考人の先生方は、とりあえずは三年間やってみてとかという話があるので、これから我々が目指すこの審議の中において、とりあえずはこれでやってみる、そして、三年間なら三年間の検証期間を経て、もう一度そこで考え直すべきだ、あるいは修正すべきだという考えは問題なのか、あるいは、そういうような発想じゃなくて、この法案がだめならだめというような方法論しかとり得ないんだと思うのか、その辺について、これも抽象的で恐縮なんですが、四人の参考人の先生方にお聞きできればと思います。
この発言だけを見る →
小池振一郎#17
○小池参考人 先ほど、十人の真犯人を逃すとも一人の無辜を罰するなかれという話が出ました。日本の現実の司法は、言葉は、それはみんなそうだと言うんですけれども、実際は、一人の真犯人も逃してはいけない、これが日本の刑事実務だと思います。
 ですから、今、若狭委員が言われましたように、真相解明、これを金科玉条のごとく絶対視してはだめなんだと。やはり、それを制限する、取り調べ時間も規制する、弁護人が取り調べに立ち会う、そのために、立ち会わなければ自白したかもしれない、それでもいいじゃないですか。捜査側は、それが取り調べの妨害になった、よくないと言うわけですけれども、私はそうは思わないんです。弁護人が立ち会い、そのために自白しなくなった、それはそれでもいいじゃないですか。それが取り調べを適正に規制するという方法論だと思います。
この発言だけを見る →
江川紹子#18
○江川参考人 ゼロか一かの二元論で考えるのは違うんじゃないかなと思うんですね。もちろん、完璧な制度を目指すというのは大事だと思いますけれども、誰にとって完璧かというと、人によって完璧な制度は違うので、そこのところを、できるだけ合意できるところでやってみるというのはやはり大事なことかなと思っています。そうやって少しずつ前進させるということは大事だと思っています。
 ただ、問題は、先ほども申し上げたように、では本当に三年後にもう一度全体像を見直してくれるんですかという信頼の問題だと思います。できればそれは、三年後にちゃんとやりますと、可視化の点については法律に書いてあるようですけれども、それ以外の面についてもちゃんと見直すんだということを、やはり目に見える形で、何らかの形で示していただきたいというふうに思っています。
この発言だけを見る →
宮村啓太#19
○宮村参考人 完璧な制度をまず導入するのか、それともとりあえずの制度を始めてみるのかというのは、なかなか難しい選択です。できれば、完璧な制度がすぐ導入されれば、それはベストだと思います。ただ、ベストな制度ができないからいつまでも立ちどまってしまうというわけにはいかないと考えています。
 今、日々無実を訴えている被告人の方が裁判を進めています。日々無実を訴えて勾留されている方がいらっしゃいます。だから、できるだけ早くこの改善の道を進めなければならないと考えています。
 ですので、一歩前進する制度である限りは、ここで確実に進めてもらいたい、その上でさらなる改善の議論を積み重ねていただきたい、そのように考えています。
この発言だけを見る →
大澤裕#20
○大澤参考人 新憲法ができたときには、恐らく刑事司法制度はがらりと変えることができました。しかし、現在がそういう時代なのかどうなのかということが一つの問題だろうと。
 そして、刑事司法というのは、被告人、被疑者を弁護する弁護の立場もあれば、検察の立場もあり、そして捜査をする警察の立場もあります。裁判所の立場もあります。非常に物の見方が分かれています。そういうところで一刀両断的な改革をどんと進めるというのは、よほどの時代状況がないと難しいところかなというふうに私は思っています。
 そういう意味では、学者的な発言ではないかもしれませんけれども、しかし、少しずつ動かせるところを動かし、それをまた検証しながら進めていく、それが一番現実的であるし、また、現在その方向で少しずつ改革が進んでいるというふうに私は認識しております。
この発言だけを見る →
若狭勝#21
○若狭委員 ありがとうございました。
 今のお話を踏まえて、宮村参考人と小池参考人にお聞きしたいんです。
 日弁連が、ことしの三月に、今回の法案については、とりあえず速やかに成立することを強く希望するという文書を出していると思うんです。再審請求審における証拠開示制度の整備だとかいう形で若干いろいろ条件をつけておるんですが、結論としては、本改正案は速やかに成立する、それは一歩改革が前進しているからというような意見を日弁連の方で出しているんです。
 この日弁連の意見について宮村参考人と小池参考人はどう思われるかということについて、それぞれお聞きしたいと思います。
この発言だけを見る →
宮村啓太#22
○宮村参考人 まず、私の意見を申し上げます。
 日弁連の意見としてこれまで申し上げてきたとおり、この法案の成立を望んでおります。それは、今御指摘いただきましたように、この法案によって一歩進むからというふうに考えています。
 取り調べの録音、録画、身体拘束制度の改善、そして証拠開示の拡充というのは、日弁連がずっとこれまで訴えてきたテーマです。ここで立ちどまるわけにはいかないと考えています。一歩進めるためにこの法案を成立させていただき、そして議論も、ここでとめるのではなく、さらに議論していただきたいというふうに考えています。
この発言だけを見る →
小池振一郎#23
○小池参考人 一番嫌な質問が出てきまして、私は、日弁連の中で三十年間、日弁連の執行部とともに活動してきました立場で、今ここで、日弁連の方針に反対するということを公に言うのは本当につらいことがございます。しかし、この法案については反対せざるを得ない。
 可視化の問題でいいますと、これは先ほど申しましたように、一部可視化にすぎない。一部可視化では意味がないんだ、全面可視化しないといいとこ取りされてしまうんだということを冤罪の被害者たちは訴えていたんです。それが法律で固定化されてしまうわけですから、合法化されてしまうわけですから、こんな可視化法案は、全然、一歩前進でも何でもないというふうに思っております。
 証拠開示や裁量保釈については先ほど言ったとおりですが、その後、通信傍受、盗聴法の問題と司法取引の問題、このとんでもない法案を全体として考えたときには、これは、一刻も早く成立させるどころか、一刻も早く廃案にして、改めて根本からつくり直していただきたいというふうに思います。
この発言だけを見る →
若狭勝#24
○若狭委員 私も、可視化についてはもっともっと拡大、拡充していくべきだというふうにかねてから考えております。ただ、一歩前進ということで、とりあえずは今回の法案はよしとするというふうに私自身も考えているので、そういう意味では皆さんと共有するところはあると思うんです。
 時間の関係で、裁量保釈の点についてお聞きしたいと思うんです。
 私も、これまで刑事弁護をやっていまして、保釈請求をしてもほとんど認められないということで、じくじたる思いがあります。非常に問題があるというふうに思っております。こういう形で法文に落としたとしても、結局は、私は裁判官の意識の問題だと思うんですよね。その辺は、江川参考人も先ほど、裁判官に問題ありというお話がありましたので、その辺の裁判官の意識の問題ということについて御意見を賜ればというふうに思います。簡単に結論だけ、四人の先生方にそれぞれお聞き願えればと思います。
この発言だけを見る →
江川紹子#25
○江川参考人 裁判官に一々何か言ったりすることはできないと思うので、やはり制度とか、あるいは見られているというところが意識を変えるんだと思うんですね。
 だから、先ほど、後から検証可能なようにというふうに申し上げたのはそこで、やはり後から人に見られるというところが、変な判断はできないという緊張感を高めるのではないかな、そういうような制度が必要ではないかと思います。
この発言だけを見る →
宮村啓太#26
○宮村参考人 最後は裁判官の意識そして判断次第というのは御指摘のとおりです。だからこそ、現行法のあるべき解釈を変えるものではなくても、今の刑事訴訟法の裁量保釈の条文というのは全くオープンで、何を考慮するかということが書かれていないんですが、そうではなく、被告人側の防御ということを考慮するんだということを法律でしっかり書くということは、裁判官の意識に与える影響というのは十分にあるんじゃないかというふうに考えています。
 以上です。
この発言だけを見る →
大澤裕#27
○大澤参考人 最初の意見の中である程度述べたつもりでおりましたけれども、保釈については、まだ評価はいろいろあるかもしれませんが、しかし、かつてに比べると随分変わってきた。それは、裁判官自身の中で、特に裁判員制度の導入を踏まえながら、保釈のあり方について見直そうという動きが出てきたということであるかと思います。
 そして、今回の九十条は、その動きを踏まえて現在の解釈を定めるということであり、私はそれなりに意味があるものだというふうに思っております。
この発言だけを見る →
小池振一郎#28
○小池参考人 今回の裁量保釈の規定は、ないよりはあった方がいいという程度の話でございまして、現状と変わらないんだということですから、今回の法案については冤罪事件を踏まえてもっと根本的につくり直すべきだという立場ですので、中途半端なものではなくて、罪証隠滅のおそれというふうな規定についての権利保釈の問題も含めて、きちんとここで取り組まないといけないというふうに思っております。
この発言だけを見る →
若狭勝#29
○若狭委員 ありがとうございました。これで私の質問は終わります。
この発言だけを見る →
← 戻る