小池振一郎の発言 (法務委員会)

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○小池参考人 このような機会をいただきまして、ありがとうございます。
 私は、今回、日弁連とは立場を異にします、日弁連を代表する立場で今ここでお話ししているわけではありません。ただし、長年にわたって、日弁連の各種の刑事関連委員会で活動してまいりました。
 一九八〇年代に国会に提出された刑事施設法案、留置施設法案、いわゆる拘禁二法案対策本部に入り、海外の刑事施設などを調査し、海外の刑事司法と日本との落差に驚きました。国連国際人権自由権規約委員会や拷問禁止委員会などでの日本審査に日弁連代表団の一員としてたびたび参加し、日本の刑事司法が厳しく糾弾されているのを目の当たりにしました。今世紀に入り、拘禁二法案対策本部は刑事拘禁制度改革実現本部に名称が変更されましたが、私は、その事務局長として、監獄法改正に尽力しました。
 また、日弁連製作の映画「裁判員—決めるのはあなた」と、志布志事件を扱ったドキュメント映画「つくられる自白—志布志の悲劇—」では、日弁連で初めて二つの映画をつくったんですが、日弁連サイドのプロデューサー役を務めました。
 ところで、志布志事件、氷見事件、足利事件、郵便不正事件を総括した捜査側の報告書を見ますと、担当捜査官が事件の筋を見損なった、無理をした、それを上司は余りチェックできなかったと。これは、総括しているだけと言って過言ではないと思います。上司を含めて、個人の責任にしています。なぜ担当者が行き過ぎたのか、なぜ上司がチェックできなかったのか、それは個人の問題ではなくシステムの問題ではないでしょうか。システムの問題として原因を究明しないから、同じ過ちを繰り返すのです。
 そこで、私は、有志を募って、日弁連の中に、冤罪原因を究明する第三者機関の設置を求めるワーキンググループの立ち上げを行いました。
 このような経験を踏まえまして、今回の法案について意見を述べさせていただきたいと思います。
 まず、保釈についてですが、法制審特別部会では、現状に問題はないという裁判官委員の発言があったようですが、果たしてそうでしょうか。これについては、先ほど宮村参考人などからもるる指摘されているとおりであります。
 志布志事件では、主犯とされた鹿児島県議会議員の中山さんが三百九十五日間、一年以上勾留され、その奥さんも二百七十三日間勾留されています。厚労省の村木さんは百六十四日間も身体拘束されております。否認すれば罪証隠滅のおそれがあるとされ、身体拘束され、保釈されない、認めれば保釈されるという実態は、数え上げれば切りがありません。身体拘束が自白獲得の手段とされている、人質司法であります。
 人質司法は、保釈に限りません。代用監獄で、自白するまで長時間、長期間取り調べる、これは人質司法の最たるものです。袴田事件では、代用監獄で、真夏の暑い時期に汗を拭くことも許されないで、平均十二時間以上取り調べられ、勾留満期直前にうその自白をしました。
 長時間、長期間の取り調べの中身はどのようなものだと思うでしょうか。
 被疑者の言い分には聞く耳を持たない、捜査官が一方的に認めろ認めろと迫る。ただにらみつけるだけという我慢比べ、これも一時間以上も続く。捜査官の意に沿うことを言わない限りは、この状態が何時間も続く、何日間も続く、いつまで続くかわからない。とうとう耐え切れなくなって、うその自白をする。これが長期間の勾留の実態です。
 痴漢事件では、認めれば、略式請求、罰金で済み、すぐ釈放されるけれども、否認すれば、いつまで勾留されるかわからない。職場に知られ、解雇されるおそれがあるので、やっていなくても認めるという冤罪がこの痴漢事件にどれほど多いでしょうか。これも人質司法の典型です。
 そもそも、刑事手続における公正な裁判、フェアトライアルを求める権利と、身体拘束を認めるべきか否かを判断する人身保護請求、ヘービアスコーパスと言われますが、これは全く次元を異にするものです。ヘービアスコーパスの思想は、身体拘束の合法性を繰り返し繰り返し審査することを裁判所に求めるものです。
 身体拘束は、裁判所のコントロールのもとで慎重に判断され、同時に保釈の権利が認められなければなりません。
 イギリスでは、公判前に八割以上が保釈されます。
 アメリカでも、O・J・シンプソン事件のように、殺人事件の被疑者でさえ、逮捕後間もなく保釈されています。
 スイスでは、私が一九八九年に刑事弁護士から聞いた話なんですが、勾留段階で弁護人にも証拠が原則的に全て開示されて、この被疑者は勾留すべきかどうか、双方で、当事者主義で、意見を闘わせ合って審理するというのが実態のようです。
 韓国のソウル中央地方裁判所は、第一審裁判で執行猶予もしくは罰金刑の宣告が予想される場合には令状発付をしない、身体拘束をしない、こういう人身拘束事務処理基準というのを二〇〇六年につくられました。比例原則と言われますけれども、多数の地方裁判所がこれに倣って、このような一般原則を発表しています。
 二〇〇七年韓国刑事訴訟法改正で、被疑者に対する捜査は不拘束状態で行うことを原則とするという規定が新設されました。こうして、韓国では、未決被収容者が、一九九八年には三万人を超えていたのが、二〇〇八年には、その半分以下の一万四千人にまで減少しました。
 ちなみに、この韓国の二〇〇七年法改正では、弁護人を、「正当な事由がない限り、被疑者に対する取り調べに立ち会わせなければならない。」と規定され、可視化とともに立法化されているわけです。起訴前保釈制度も導入されております。今や韓国は日本のはるか先を進んでいると言っていいでしょう。
 身体拘束について厳密な検討が常に求められているという発想の歴史が日本にはなく、安易に身体拘束を認め、それが取り調べに利用され、その供述調書が安易に裁判所に採用されるという前近代的な実務になっていると思います。通常、罰金で済む事件も、否認すれば何カ月も勾留するというこの日本の刑事司法は余りにも時代おくれだと思わないでしょうか。
 今回の法案では、権利保釈について何も手が加えられていませんが、せめて、否認していることを罪証隠滅のおそれの徴表とすることを禁止する規定は設けてほしいと思います。
 裁量保釈については、考慮事情の明確化とされる条文が書き込まれましたが、これは、現行法の解釈上一般的に認められるものを確認的に明文化しただけと説明されており、これでは、現状が改善されることにはならないと思います。
 新しい時代にふさわしい刑事司法というならば、身体拘束についてはとりわけ慎重に判断するというヘービアスコーパスの考え方に立つべきです。勾留段階で重要事項の証拠開示がなされ、勾留手続に弁護人が立ち会って、慎重に判断されるべきです。
 国連拷問禁止委員会は、日本政府に対して、取り調べ時間を法的に規制すべきであると勧告しています。
 二〇〇八年、日本でも国家公安委員会規則がつくられましたが、これは、署長の許可があれば八時間の取り調べを延長することができますよという抜け穴だらけで、規制にはなりません。拷問禁止委員会委員は、取り調べは、せいぜい午前中二時間、午後二時間、これは長くてもという意味です、夜間の取り調べは絶対だめだというふうに言っております。
 そもそも、自白するまで代用監獄で勾留するという、誤判の温床となっている代用監獄制度は廃止すべきです。二〇〇五年監獄法改正に際して、衆参両院で、代用監獄のあり方について検討すべきだという附帯決議が全会一致で採択されましたが、今回も見送られました。
 国際人権自由権規約委員会は、昨年の七月、日本政府に対して、代用監獄を廃止するためにありとあらゆる手段を講じなければならないという最大級の警告を発しております。
 続いて証拠開示ですが、袴田事件の再審請求審では、静岡地裁段階で約六百点が開示され、DNA鑑定やカラー写真などの重要な証拠が出されました。確定審で開示されていれば、袴田さんは無罪になっただろうと言われています。布川事件でも、プライバシーを理由に証拠開示が拒否され、再審段階で初めて明るみになったわけです。東電OL事件については先ほど言われたとおりです。
 虚心であるべき捜査が、道筋が見えたと思った瞬間から見込み捜査に邁進する、そういう危険があるんです。そのために、見込みに反する証拠が無視されて、故意に除外されることがあるのです。
 それを解明するのが全面証拠開示です。冤罪の突破力になるもので、一九九三年、カナダ最高裁は、検察官の全面証拠開示義務を承認しました。ところが、今回の法案は、単なるリストで、標目と作成年月日と供述者の氏名だけということになっております。これでは中身がわかりません。
 証拠は、捜査権力が税金を使って収集したものであり、国民の共有財産です。検察の使命は、有罪判決ではなくて、正しい判決を得ることだと思います。検察官による証拠の隠蔽、捏造が明らかになった今回の郵便不正事件、これがきっかけで特別部会が設置されたことを思い起こすべきであります。
 さらに問題は例外規定です。犯罪の捜査に支障を生ずるおそれがあるときには、証拠リストに記載しなくてよいとされています。犯罪の捜査に支障を生ずるおそれとは極めて抽象的で、捜査側の見立てに反する証拠、言いかえれば、弁護側に有利な証拠は犯罪の捜査に支障を生ずるおそれがあるとされるでしょう。
 法制審の審議を通じて痛感するのは、捜査に支障とか真相解明という言葉がキーワードになっていまして、この言葉が出てくると、しようがないという感じで黙ってしまう。果たしてこれでいいんでしょうか。これでは、まるで水戸黄門の印籠のようなものです。
 二〇〇一年の、暴露された愛媛県警の被疑者取調べ要領によると、取り調べ室に入ったら自供させるまで出るな、被疑者は朝から晩まで調べ室で調べよ、被疑者を弱らせる意味もあると書かれています。取り調べ室は、被疑者との信頼関係の場ではなくて、被疑者を屈服させる場となっているわけです。
 真相解明という名のもとに、長時間、長期間取り調べて、取り調べを野放しにすると、必ず冤罪を生みます。
 私は、二〇一三年、拷問禁止委員会の日本審査を傍聴しました。弁護人の立ち会いを認めぬのはなぜかという多くの委員の質問に対して、日本政府は、取り調べの妨げになるからという弁明をしていました。ついに、その中のドマ委員という当時のモーリシャス最高裁判事が、自白に頼り過ぎている、これは中世のものだ、日本の刑事手続を国際水準に合わせる必要があると指摘しました。
 日弁連は、このドマ委員を日本に招請しました。ドマ委員は、警察庁を訪問したとき、私も随行したんですが、真実の追求と被疑者の人権のバランスにみんな悩んでいるんだということを言われました。彼はまた、真実は賢く追求すること、リーズナブルに追求することと強調しております。
 付言しますと、取り調べの可視化についても、最高検依命通知では、取り調べの真相解明機能が害される具体的なおそれがあれば可視化しなくていいという除外規定を掲げております。そして、今回の法案の有名な例外規定、記録をしたならば被疑者が十分な供述をすることができないときは可視化しなくていい、これは、同じ発想なんですが、果たして例外規定なんでしょうか。
 自白しそうになければ可視化しなくていいというわけですから、結局、取り調べ官の裁量で、自白しそうになければ可視化しない、自白しそうであれば可視化するという仕分け規定にすぎないのではないでしょうか。これは単なる一部可視化を法案化したものであり、とても可視化の義務化と称することはできません。
 録音、録画のないところで、密室の取り調べで脅迫、利益誘導などを行って自白を迫ることを、これでは結局、結果的には容認することになってしまいます。
 証拠開示でいいますと、犯罪の捜査に支障を生ずるおそれというこの例外規定は削除していただきたいと思います。被告人にとって有利な証拠が犯罪の捜査に支障を生ずるおそれがあるとして開示リストから除かれれば、全く手がかりがなくなります。捜査側の証拠隠しが真相解明を妨げることになるんです。このような法案の証拠開示にどれほどの意味があるでしょうか。
 新時代にふさわしい刑事司法を私たちは切に望んでおります。今、日本の刑事司法が国際社会から恥ずかしいと見られていることは本当に重要なことで、自覚すべきであります。冤罪の被害者たちがこぞって猛反発しているこの法案は一旦廃案とし、新時代にふさわしい、国際社会から中世などと言われない、近代刑事司法の原則にのっとった法案をつくり直していただきたい。
 刑事訴訟法は国の根幹にかかわる法律であり、多数決で強行採決するような問題ではないことを訴えて、意見陳述を終わりたいと思います。
 どうもありがとうございました。(拍手)

発言情報

speech_id: 118905206X03020150708_008

発言者: 小池振一郎

speaker_id: 31563

日付: 2015-07-08

院: 衆議院

会議名: 法務委員会