樋口耕太郎の発言 (沖縄及び北方問題に関する特別委員会)

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○参考人(樋口耕太郎君) 沖縄から参りました樋口耕太郎です。
 経済と振興の話をさせていただきたいと思います。
 沖縄復帰以来四十三年、沖縄振興開発計画等々、非常に目覚ましい成果が上げられたと思います。本当に多くの方が尽力されています。振興予算だけでも十兆円近くの累積額が投下されていて、県経済の規模は復帰から約八倍。観光も産業も振興が目覚ましく、振興計画のみならず、例えば一九九七年に那覇空港を発着する空港の着陸料、施設料、燃料税、大幅に減免され、あるいは美ら海水族館の新館、首里城公園世界遺産登録、あるいは二千円札の裏に守礼の門、沖縄を支えてくれる日本国のサポートが本当に感じられるようで、一九九七年から十五年間で観光客は倍増しております。
 また、二〇〇〇年に九州・沖縄サミット、あるいは二〇一一年から中国人の複次ビザ、那覇市を一泊する中国人に関しては複数回のビザが発行されるという特典。そして、現在は那覇空港の第二滑走路が進行中です。結果、沖縄を訪れる観光客は毎年七百万人の声を聞く来訪者数になり、観光収入は四千億円。
 観光だけではありません。情報産業、通信産業も目覚ましく、過去十年間で、これは二〇〇二年から二〇一二年のデータですけど、情報通信関連企業数は五倍以上。コールセンターなどを中心に大量の雇用が生まれ、過去十年間で雇用も五倍弱になっています。
 おかげと言うべきなのか分かりませんけれども、人口増加も、流入と相まって少なくとも現時点において人口が増えている数少ない地方都市であり、経済成長率だけではなく、それに規模の深みが加わって、日本で最も景気の良い地方都市の一つになっています。これは皆さん御案内だと思います。
 ところが、観光の質、労働の質、社会の質、これについては非常に問題が山積みどころか悪化しているんじゃないだろうか。観光の質も、一人当たりの観光収入の低下が止まらない。観光客一人当たりの滞在日数も低下傾向。観光客はどんどん沖縄本島を離れて離島にばかり行っているように見える。あるいは、観光立県と言われながら、ホテルで働く従業員の給料は全く上がらず、若者の給料は二百万円いけばいい方だ。長年勤めても給料は上がらない。子供をつくることも難しい。日本最低の収入であることも依然として変わらず、情報通信産業がこれほどまで増えているのに、なぜ沖縄はまだ最下位の所得のままなんだろう。
 あるいは、経済的なものだけではありません。教育問題、大学、高校とも進学率はいまだに最低水準。大学卒業後の無業者は全国一位、就職率全国最低、就職後の離職率も残念ながら全国一位。
 あるいは、社会的な問題としては、いわゆるでき婚率、全国的に一位であり、若い結婚は年収、生涯年収が低くなる傾向があって離婚率が高く、シングルマザーを大量に生み出す可能性があり、例えば花街で働く女性、ホステスの大多数はシングルマザーです。そうなると家庭の問題が生じる。子供の深夜徘回、不眠、睡眠不足。早稲田大学のレポートによりますと、一歳から六歳まで、年端もいかない幼児の七割強が睡眠不足という調査があります。
 あるいは、死亡率、死亡者数当たりの自殺、これも全国トップ。長寿県から転落し、六十五歳以下の死亡率は全国の高水準レベルを移動している。メタボ率もトップ。あるいは糖尿病、高血圧、生活習慣病が広がっている。幼児虐待、DV、性的虐待、これも高水準だというふうに報告されています。
 数量的な成果を実現する陰で、産業、労働、生活の質が著しく低下し続けている。これは非常に問題というか、とっても痛ましいことであって、我々の振興計画に何か足りないものがあったに違いない。この点に関して我々は深く向き合って考える時期に来ているんじゃないだろうか。多大な方々の今までの努力を無駄にしないためにも、今ここで発想を変えて、全然違ったアプローチでこの生活と社会の質を上げるような方法はないんだろうかというようなことを考えて、随分長い間たちます。
 沖縄は低所得県と言われますが、それ以上に日本最大の格差社会だというエビデンスもあります。振興計画が本土との格差を縮めることを目的として長年実行されてきましたが、本土と沖縄の格差です、ところが、それがゆえに県内に格差を生み、多くの社会問題の原因となっているのではないだろうか。沖縄振興は、沖縄と本土の格差を解消すること。しかしながら、それゆえに沖縄社会の内部に大きな格差が生じている。沖縄の格差は、大量の補助金が一部の既得権者に過剰に配分されていることによってこのようなことが起こっているのではないだろうか。つまり、我々が沖縄にとって良かれと思った補助金が傾斜的に配分され、社会の格差を生み、生活の質を痛めているとするならば、アプローチを変えるべきではないだろうか。
 本土の格差とはやっぱり性質が違うんです。本土の格差は、やはり金融的な資本化と競争原理による労働収入の削減みたいなことが多分主流になると思いますが、沖縄の格差に関しては、やっぱりこの補助金、振興開発計画が非常に特色的で、全く発想の変わった、違ったアプローチでこの問題を解決できないかなと僕は思いました。
 例えばです、私は沖縄に来て十年、岩手県盛岡市出身なので、沖縄にとってはよそ者。この地域の社会、文化を知るために、毎晩、松山という那覇の町で、一日五時間、夜の九時半から朝の三時まで、女の子もいない、カラオケもないところで、人の話を聞くために、内外の知識人が集まると言われている店に過去十年間通っています。毎日七人のお客さんがいらっしゃって、年間僕三百日その店にいますので、年間延べ二千百名、十年間やっていますので二万一千人の話を聞き続けて、何かそこから沖縄の社会のような、文化のような、構造のような、問題のような道筋がないかということをずっと自分なりに考えてきました。
 この振興計画は、文化に対する深い理解なしでは無理だというのが私の今の結論でございます。沖縄は本土とは全くと言っていいぐらい異なる文化を持つ社会で、よそ者の私だから逆に言えるのかも分かりません。あるテレビ番組でこういうことを申し上げました。沖縄はクラクションを鳴らさないんだと。本土だったら、違法運転とか不届きな運転をしている人間に対してクラクションを鳴らすと、いいぞ樋口、もっと鳴らせと言うかもしれないけど、沖縄は、鳴らした樋口の方をさっと見て、何で鳴らすのかなと僕の方が責められるんです。声を上げた人間の方が問題視される、あるいは加害者だというふうな扱いを受けて、結局のところ、声を上げる人間がなかなか存在しない。
 これは言葉で言うだけでは難しいですが、本土の感覚とは随分違うので、なかなか理解することは難しいと思います。声を上げられない社会、ちょっとでも他人と違うことをすると物すごく目立って、一人だけ新しい物を持っていると、ミダサー、これは物を乱すという意味ですけど、と非難されて、その後、できなくなる、使えなくなる。
 ある有名なミュージシャンが、私はとってもワインが好きなんだ、ウチナーンチュです、でも、これはひた隠しに隠している。ウチナーンチュに対して自分がワインが好きだということが暴露というか知られると、非常にウチナーンチュとの人間関係がこじれる。
 私は大学で教えていますけど、教育の現場でも、文章はしっかり書ける学生でも質問を全然してくれない。声を上げて質問するという行為が、やっぱり周りの目を気にするということが非常に多いんだと思います。頭のいい子でも、賢い子でも、思考をしている子でも、やっぱり声を上げることが非常に難しい。
 人材でも、会社の現場では部下を注意できない。注意をすると、逆にミダサーと言われて、何で、あの先輩怖いよねと、むしろ何か先輩の方が非難されるような雰囲気になる。
 雇用でもそうです。例えば経営者が、自分の給料を上げよう、従業員を上げよう、業界水準以上に上げようと思って努力すると、周りの業界の人たちから、そんなに頑張らないでもねと無言の圧力が掛かる。
 この手の微妙な感情の動きを物すごい鋭い感覚で感じるセンサーをウチナーンチュは持っているわけです。自分の居場所を確保するための死活問題と言ってもいいと思います。
 ですので、例えば補助金がやってくる、補助金を管理する人間が社会全体に公平に分配しようと思っても、やっぱり親類縁者あるいは自分の側近たちが、そんなことをなぜするんですかと。やっぱり自分の血縁、グループ、あるいは自分の身近なグループを優先して配分しなければ、その人自身が居場所を失うという現象があるかもしれない。補助金が不均等に分配されるのを知っていても、社会全体に対してどれだけフェアに振る舞おうとしても、身内が反対することには非常に困難で、ある意味の同調圧力にあらがうことは難しい。
 あるいは、既得権益の企業の多くは、複雑な株式の持ち合いなどを通じてお互いを縛り合っているという、こういう環境にあります。
 ですから、このような方々に、別に彼らを悪者にしようと言っている意味はないんですが、補助金を投下しても、やはり格差は拡大するばかりではないだろうか。
 大原則と言っていいと思いますけれども、無言のルールとして、沖縄は、物を変えてはいけない、声を上げてはならない、こういったルールがあるように感じています。
 結果として、人材が育たない、新しいことをやろうとしている人間、イノベーションを起こそうという人間、やはり無言の圧力が掛かって頭を図抜けることができない。沖縄出身者というのは、非常に才能があるんだけれども、結局、活躍している人はほとんど県外あるいは国外です。成功した人間も沖縄に戻ってくるとまた潰される。したがって、社会全体でイノベーションが起こらない、創業者が生まれない、オンリーワン企業がほとんど生じない。結果として、産業の質が低下し、雇用の質が低下し、生活の質が低下し、数々の社会問題が生じているんではないだろうか。
 この問題が仮に正しいとして、さあ、何をするべきか。この状態で我々がするべきことは一つだと思います。社会的、文化的な制約を受けずに実業として成り立つ選択肢、私は、とっぴに思われるかもしれないですけれども、JALの子会社、日本トランスオーシャン航空、かつて南西航空という飛行機会社を沖縄に買い戻して、社会的、文化的圧力から抜けるような独自の経営をして沖縄の人材を育成する、活性化する、そういったドラスチックな方法がこれからの振興に必要なんではないかと思います。
 地方創生は、人の創生であり、人が生きないと社会は生きない。人を殺さない事業体が必ず必要で、人を殺さない事業体というのはそれなりの条件が必要だ。それは文化的なものであり、社会的なものだと。
 失礼しました。時間がなくなりました。

発言情報

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発言者: 樋口耕太郎

speaker_id: 34717

日付: 2015-06-17

院: 参議院

会議名: 沖縄及び北方問題に関する特別委員会